怪物には大いなる責任が伴う、かもしれない。
ラピュセルの首都まで戻ってまいりました、どうもアハリートです。
さすがに二回目の砲撃を食らうなんてヘマはせずに、ちゃんと姿形が変わったことをサンの中にいるラフレシア経由でスコールさん達に事前に伝えていたよ。
なので最初は『らぶあんどぴぃす』の姿でドタドタダッシュをキメて門前まで行き(でも悲鳴が上がりました)、そこで華麗なる変身を遂げて、許可証を貰い、首都に入っていきました。
ちなみに今の俺の周りにはヒウル、ディーヴァ、そしてラキューがいる。もちろん三人とも前に貰った服を着て、めかし込んでいる。肌の色もあまり死体っぽくない色合いにしており、とても人間的だ。ラキューもいつもは白豚だけど、今は肌色の豚になっている。可愛いね。
(――けど、なんであんたはそんな姿をしてるんだよ)
そうミチサキ・ルカがげんなりした様子で言う。
(何か問題でも!?)
俺の自らを見下ろす。後ろが二又に尖った黒いコートに黒いズボン――その中で映える白のワイシャツをコートの中に纏うことで雰囲気的には燕尾服っぽい感じにしてあります。
なんでこんな服もってんのかっていうとね、ただ単にそれっぽく『性質変化』でそれっぽくみせてるだけで、俺の皮なんですよ、これ。
なので中世っぽい世界観だろうがなんだろうが、関係なく俺はタキシードやスーツ、はたまた燕尾服を着られるのだ!
でも細かい部分はわかんないから、実は燕尾服とかタキシードなところがごっちゃになってるかも。けれど良いのだ。こういうのは雰囲気が大事だから!
(いや、そこじゃねえ! 頭だ、頭!)
(頭……?)
至って普通だが? 俺の大好きな鹿骨頭だが?側頭部でクルンと丸まっている羊っぽい角は細やかな凹凸に気を配りました。
あと、しっかりと目は赤く『発光』させており、妖しさを演出しております。あとちゃんと口も使えるように下顎もつけているよ! ……実は今までの鹿骨頭ってほぼ被り物要素的で下顎なかったんだよね。
俺はそんな素敵な頭を触りながら首を傾げる。
(どこがおかしい!?)
(人間の頭にしろや!)
(そんなのつまんないでしょ!)
(この快楽主義者が……!)
俺の中にいるミチサキ・ルカが唸り声を上げて威嚇してくる。
(まっ、正直なところ言うと『異常性』を残しとかないと逆に不安にさせるからね)
完全な人間体になってしまうと、そういう形態として見られずに『人に化けられる怪物』として見られちゃうからね。実際その通りだけど、『その通りとして見られると』大変、警戒されてしまうのだ。
(……まあ、一理あるな。……で、その心は?)
(異形頭大好きなので!!)
俺は元気よく、胸を張って答える。ホヤ内部にいるミチサキ・ルカがポコンと叩いてくる。
「な、なにか……?」
と、俺がふざけていると近くにいる人狼さんがビクビクしながら、声をかけてきた。
この女の人狼さんは俺の警護という名の監視人だ。
「いえ、私の中にいる仲間とちょっと会話していましてね」
「は、はあ……」
ちょっと理解が及んでなさそう。実際にラキュー達が出てきたのを見てたはずけど、元の姿――でっかい時だったから、小っちゃくなった以上、もう中に生きた奴がいるのはあり得ないとか思ってるのだろうか?
ちなみにだけど、『千ノ無貌』のおかげで俺は様々な姿に即座に変身出来るようになった。これは常用特化型らしく、特殊効果はないが、変身におけるロスがほぼなく、いくらでも変身出来るのだ。
そんでもって、小さくなった場合の挙動だけど、基本的に小さくなったら肉体の重なりなどにより圧縮されてしまうみたい(でも動きは以前のように阻害されない)。異空間に収納されるタイプじゃないっぽいね。ああ、一応体重も変化可能だ。姿とは別にその都度、変動させなければならないので、ちょっと面倒ではある。元の体重から0キロぐらいまで減らせるよ。けど元の体重よりは増やせません。あと肉体の変身と違って若干ながら、この体重の変動にはタイムラグが存在して、一瞬で完了は出来ない(体感2、3秒くらいかかる)。
あとねー異空間収容型じゃない弊害として、小さくなったら、体内にあるものは潰れちゃうみたい。だから俺が小さくなると体内にいる者は潰れる。
けど、もちろん例外はある。
一つは俺の身体に順応したものだ。これは眷属化したラフレシアやアスカ、ミチサキ・ルカだな。んで、他にはワームくんと葡萄頭共だ。ワームくんはもちろんだが、葡萄頭も何気に俺の残機扱いだからか、潰れずに機能が保持されたまま縮むようなのだ。
あと、ホヤ頭部もだな。これが一番特別で『クリーンルーム』であるホヤ頭部内にいるとラキュー達でも潰れない。だから何かを保存しておきたいのなら、ホヤ頭部の中にぶち込んでおけば安心だ。でも『混濁ノ邪龕』の効果範囲でもあるから、生き物の保護にはおいそれと使えないのよね(パッシブな上に、最上位スキルで強力なせいかオフするのも難しい)。
ああ、この際の『クリーンルーム』の挙動だけど、ホヤ頭部内は空間的に安定していて、実際の大きさは変わっていないらしい。
で、さらに面白いことがわかったんだけど、これに法則系の効果が強く加わってるおかげか、『同じ条件の空間を作ること』で新たな『クリーンルーム』を簡単に作ることが出来るのだ。さらにそれは俺自身が作成しなくても、俺に類する者が作れば出来てしまう。なので俺から離れた場所でも『クリーンルーム』は作れるのだ。ただし魔力の供給は強制的に俺へと繋がるし、空間の大きさによっては膨大な魔力を消費するから適当に作るわけにはいかないんだけどね。
『千ノ無貌』と『クリーンルーム』についてはこんな感じかしら。ちなみにミチサキ・ルカはホヤ頭部内にいるよ。なんでも俺の圧縮された内臓を漂うのは気持ち悪いらしく、出たくないらしい。
あとラキュー達と一緒に体外に出ない理由としては、服がないからだな。……魔族の野営地でミチサキ・ルカ用の服を買うのを忘れていた。『千ノ無貌』で俺が服を作れば良いけど、俺のディテールはイヤだってよ(ミチサキ・ルカはこのスキルを使えなかった)。
必死に(伝われ、俺の想像図……!)とかやったけど、残念ながら俺はミチサキ・ルカの思考は読めんかったよ。
そもそも『性質変化』も『体色変化』も俺の身体から切り離すと効果が切れて俺の元の皮膚に戻っちゃうからね。どーしよーもない。
《マスター、お喋りする暇があったらさっさと食え》
ラフレシアからそんな言葉が飛んでくる。
(はいよ)
俺は素直にそう答えて、監視人さんに連れられてきた屋台で食料を買って口をバカッと開けて放り込む。
ちなみに屋台は肉まんみたいなものを売ってます。ホカホカして、とても美味しそう。まあ匂いも味もしないんですけどね。
《しっとりしながらもふわっとした口当たりの生地に、一口噛んで溢れ出る肉汁の絡んだ挽肉は美味以外の言葉はない! 具は豚バラ肉の他に――もしかしてタケノコ? ああ、こっちでも食べる文化はあるんだね――このシャッキリとした歯応えが好きなんだよねー》
俺の口の中で肉まんをもにゅもにゅと食べているラフレシアは早口にそう言っていた。
もちろん、実際に口に出してます。夢中になってて、心の中に留めておくのを忘れているようだ。
監視人さんや店員さんに微妙な顔で見られてしまう。なんて言おうかね。
「……美味しいものを食べると、つい声がメスになってしまうんです」
「難儀な生態してますね……」
監視人さんに、ちょっと同情されてしまった。
ああ、一応言っておくけど、今は自分の声帯を使っている。それと『鬼胎』は自分で効果をオフにしている。自分のスキルを操る訓練及び……『罰』の一種だ。
俺は目の光を逆U型にして、店員さんに笑顔を向ける。
「美味しい肉まんをありがとうごさいます」
「お、おう。どうも」
困惑しながらも嬉しそうに店員さんが頷く。
ただちょっと微妙な表情も次いで浮かべる。――視線はやや下、ラキューの方だ。ディーヴァが片手に肉まんを持って、それを千切り分けながらラキューに食べさせているのだ。
それで、
「おいしー」
「ぷぎー」
と、言っているからなんとも微妙な気持ちになっているのだろう。豚に食べさせて美味しいと言うのは煽ってるようにしか見えないだろう。ディーヴァ自身は一口も食べてないし。
ちなみにディーヴァは俺と同じく、味覚がないため、肉まんを食べても味を感じられない。けれど『同期』を使って、ラキューの味覚を感じることは出来るらしい(俺も出来るけどやらない。やってみたことはあるんだけど、かなり薄味にしか感じられないのだ)。
だから当人達に悪気は全くないのだが、傍から――料理人から見ると、自分の自信作を文字通り豚の餌にされているようにしか見えないのだ。
俺は小さく咳払いをする。
「申し訳ありません。そちらの豚は豚のようで豚ではありません。私の眷属で、豚のような姿をしているだけなのです」
店員さんが眉をひそめる。
「……実は仮の姿だと?」
「いいえ。最初から豚です。でも精神は人間と同様です。……それとこの少女は味覚がなく、事情が複雑なのですが、この豚に何かを食べさせることで味を感じさせることが出来るのです。……まあそれでも本来の味覚の一割に満たないでしょうが」
「でも美味しいですよー」
「ぷもん」
ディーヴァは人畜無害そうな可愛い笑顔を浮かべて見上げる。ラキューも肉まんを頬張って目を細めて幸せそうな表情を浮かべる。
「そ、そうか」
悪意のない二人に店員さんはぎこちないながらも嬉しそうにしてくれた。やったね。
……まあ、それと強く言えないのはディーヴァが店員さん(男の人狼さん)に無自覚サービスをしてるからだろう。ディーヴァは浴衣っぽい服を着てるんだけど、胸元がやや乱れているため、谷間が見えるのだ。踊り子のクロスしているあの上着を着ているから、全部は見えないけど(てか乳首ないからな、この子)、逆に下着っぽくて扇情的かも。
ちなみに浴衣はアルスのです。最初、ディーヴァは踊り子上着にふんどしで出歩こうとしてたんだけど、着せてみたらさすがにヤバかったので(主に尻方面が)、アルスの浴衣を無理矢理着せたのだ。幸い、アルスは外に出る気があまりなかったし、自分の服にそれほど頓着してないみたいだったから助かった。
なので、今後のことも考えてディーヴァのまともな服をここで買っておこうと思う。
あと……ディーヴァの教育はどうすっかなあ。羞恥心を持たせるべきか否か、そこが悩みどころだ。人間としての感性を持たせるのが正しいとは限らないからな。ワームくんの運用において、倫理観が必須でないように。
……だから……ここは羞恥心が『武器』になるようにするべきかしらね。そういう仕草が人を惹きつけるっていう風に言えば、たぶんディーヴァは自ら学ぼうとするはず。
それとディーヴァは少しずつだが身体を変えていっている。大きな変化はないが、色々と俺達に訊きながら『美人』になろうとしているのだ。
それが自らの特徴だからか、それとも性への関心が強くなっているのか、はたまた『使えるから』やっているだけなのか。
前者と後者の理由が大きくて、真ん中はあんまりそんなではないかなあ。
《おら、マスター。何個か買って次行くぞ、こら》
(はいよ)
ラフレシアに口の中をバシバシと叩かれたので、閑話休題だ。俺は肉まんを何個か買って、次の料理屋に向かおうとする。
――はい、ではいい加減この乱暴なラフレシアについて説明すると……今俺はラフレシアのご機嫌取りをしています。さすがにべっこう飴だけじゃ機嫌は直らなかった。
まあ、一応『穢身ノ罪過』については許してくれたけどね。
いわく、
《『糞戸』で止めてたら、魂はなかったぞ》
って言われた。怖いね。
なので許してはくれたけど、下がりに下がった機嫌を直すための食べ歩きツアーをしている。ああ、一応だけどダラーさんやオルミーガ達とはまだ合流はしない。あっちもあっちで立て込んでるみたいだし。
俺は監視人さんに顔を向ける。
「次の料理屋に連れて行ってもらっても良いですか? 美味しいところなら屋台でもなんでも良いですよ、お金はあるので」
「あ、え、はい――えっと……えー……」
監視人さんはすごい悩んでしまう。どうやらあまり料理店について詳しくないみたい。
「えっとええっと……えー…………」
それとすごい焦ってる姿が痛々しいぜ。……だよなあ、俺の今の見た目も本当の見た目も完全にヤバい生物だから、機嫌を損ねたら何されるかわからんのよね。
あと普通にスコールさんというトップがもてなせと言ったから、違う意味で胃が痛いだろう。
俺はとりあえず笑みを浮かべる。
「焦らなくても良いですよ。あと不味くても問題ありませんからね」
《うん、この子は悪くない。だからマスターが身体で払え。生命のスープと刺胞触手でラーメン作るぞ。一本一本、選定してやるから覚悟しろ》
ラフレシアに脅され(声は出していない)、俺は根源的な恐怖を感じました。
けれど俺は監視人さんを不安にさせないようにポーカーフェイスを気取ろうとしたけど、動揺が目の赤い『発光』に現れて、ぶぶぶぶと揺らぐ。
「……!?」
その変化に監視人さんがビビって涙目になってしまう。ごめんちゃい。
それと監視人さんの目線がチラチラと違う方に向いてしまっていて、――それが当人にとって意外であったために現状と合わさってさらに泣きそうになってしまっていた。
彼女が横目で見てしまう方にはヒウルがいた。
浴衣を着ているのだが、左肩をはだけさせ、豊満な雄っぱいを惜しげなく晒している。ちなみに乳首はあります。雄っぱいに乳首は必須ですからね。
(無論だ)
ミチサキ・ルカもこう言っているので、ヒウルにつけるように言ってしまいました(実際はそういう形のした電灯みたいなもんだけど)。
そんなヒウルに周りの道行く人々もつい視線を向けてしまう。見られる回数で言えば、ヒウルの方が俺より多いかも。
原因は属性『変態人』のせいだ。
『千ノ無貌』に吸収された属性だけど、これの効果は変身系の能力を向上させる代わりに、周囲の目を引いてしまうという変身系には本末転倒の効果となっている。
でも囮役などを担うなら、とても便利な能力だ。ヒウル自身、今のところそういう役割を自身に課そうしているっぽいから、合致した『デメリットなメリット』になったわけだな。
で、それに視線を奪われた監視人さんは自身の謎の不純さに自己嫌悪すら抱いているようだった。……どうしたもんかね、これ。
するとヒウルが監視人さんの視線に気付いたようで、チラッと監視人さんに目を向けるとすぐに考え込むように斜め上に視線を移した。そして何を思ったのか、露出した左乳首を光らせたのだ。しかも摘まみを捻るとぼわあ、と光るタイプのランプのようにゆっくりと光源が大きくなっていく。
「ひぃん!!」
そんな意味不明なものを見た監視人さんのキャパが完全にオーバーし、泣いちゃった。可哀想に……。
ぽろぽろと泣きながら、ひんひん言ってる監視人さんの周りを、ラキューが暇になったのかケツから火を噴きながら、グルグルと回っていた。ラキューの上にディーヴァが乗っており、楽しげな笑い声が響く。
そしてヒウルの片乳首に灯るロマンチックな光源は最大級の光量を放っていた。
……なんだこの阿鼻叫喚。俺にどうしろってんだよ。
俺が全力で匙を投擲しようかと思っていた時だった。
人が近づかないくらい混沌としていたこの場に、てってって、と軽い足取りで近づいてきた人狼が一人いた。
それは小柄な少女だ。身長的にはたぶん13歳やそこらだと思ったけど……フェリスが持っているナイフと同じものをショルダーホルスターっていうのかな? なんかサスペンダーっぽい肩に吊すようなものに一つ装備していた。
あとラピュセルに来る前のフェリスっぽい服装の雰囲気も感じられた。さすがにあそこまで露出は高くなかったけれどね。ちょっと厚めの半袖タイプの上着に黒インナー。これまた厚めのショートパンツに黒タイツ、みたいな。もちろんごついブーツをはいている。
人狼が外回りする時に着る服なのかね、これは。たぶんそれなりに年齢はいってるかも。
少女は長めの三つ編みを揺らしながら、俺らに大して気にも止めず、店員さんの前につく。
「おじさーん、肉まん一つくださーい」
「え? あ、お、おう。……いつも通りだな、アロマ将軍様は」
将軍様なのかい。グリムさんと一緒だけど、さすがに立場とか同じではないよね? この国の軍人の階級ってどうなってんだろ。プレイフォートでは家柄とか関係してくるとは聞いたことあるけど、ここでも一緒なのかな?
んで、その少女ことアロマさん(仮の敬称)は出来たての肉まんを一つもらうとそれにかぶりつき、幸せそうな顔をする。
「やっぱり美味しー。ここの肉まんはやっぱり絶品だよー」
「そりゃどうも。…………ところでお節介かもしれないけど、そっちでお仲間が泣いてるから助け船出してあげたら良いんじゃねえかな?」
マイペース過ぎるアロマさんにさすがの店員さんも口を出してしまう。
するとアロマさんは「?」とガチで不思議そうな顔をした後、周囲を見渡して……俺と乳首を光らせるヒウルにギョッとして、ドリフトしているラキュー達を見て眉をひそめ――そして泣いている監視人さんを見て、目を見開く。気付いてなかったんかい。
「どうしたの!?」
「い、いえ――ひぃん!」
監視人さんはなんとか頑張って説明しようとするも、崩れた精神を取り戻すのは容易ではない。なので俺が慎重に進み出て、口を開く。
「私から説明します。実はかくがくしかじかべちょっと、としたことがありまして――」
俺は出来るだけ簡潔に説明すると、アロマさんは「おぅ……」と監視人さんに同情的な視線を向ける。
「そっかあ……大変だったんだねえ。それにしてもスコールさんもこんな大役を任せるとは人が悪い。……よし、ここは私に任せてもらおう!」
アロマさんが薄い胸をドンッと叩くと監視人さんが少々慌てる。
「い、良いのですか?」
「引き継ぎはしっかりとしておくから安心して!」
「ああ、引き継ぎの際に補足として――彼女の案内は丁寧でとても助けられた、と伝えておいてください」
俺は一応、フォローを入れておく。こんな意味不明な相手によく頑張って案内してくれたよ。多少は報われないと可哀想過ぎる。
「ア、アハリートさん……?」
監視人さん、ちょっとだけ警戒している。実は言葉の裏に「お前駄目だよ」的なニュアンスが隠れてないか、不安になったのだろう。
俺は慇懃に頭を下げる。
「この意味不明な化け物相手にここまで相手をしていただき、大変感謝致します」
「そ、そんな……」
「もし次があれば、不安にさせないような振る舞いが出来るように勉強しておきます。……こちらの品性がない子供達含め」
俺がそう言うとラキューが止まって不満気に「ぷぎっ!(品性がないとはなんですかっ!)」と鳴き、ディーヴァが唇を尖らせて「子供じゃありませーん」と言うので二人の顔面を手で掴んで小刻みに振るわせた。
「子供ですよ。大人であると認めて欲しかったら、その時々、相手によって態度を使い分けなさい。無責任な振る舞いは誰も大人であると認めてくれません」
大人であるという証明は責任の有無だ。責任とはすなわち『責められる立場を任される』ということであり、己を律さないといけない。
責任があるということは何かしらの力があるということで、その行使には慎重な対応が求められるのだ。決して子供には任せてはいけない。故に責任を持つということは大人であり、力を持つ者であるということになる。
「ふ、む」
ヒウルは何か思い至ってくれたのか、乳首の光を消してくれた。
俺はそんなヒウルに微笑みを浮かべ、俺はもう一つの手を生やして伸ばして頭を撫でる。
「ヒウル、キミは思慮深い。よく考え、適切な行動をするように。――ただし『時と場合』で己を律することはあっても、常に己を抑え込むことはないように」
それはいくらなんでも大変だからね。時と場合が別に重要じゃなかったら、馬鹿になっても良いのだ。そもそも一般的に大人と言われる人達も一皮剥けば、子供っぽいところなんて多々あるしね。人間や大抵の知的生物なんて生まれてから死ぬまで内面なんてそんな変わりゃしないのだ。
(……一理あるな。あんたは普段はアホだしな)
《普段のマスターはまさに馬鹿ではある》
なんか内面に宿る人達が酷いこと言ってる。……いや、これは貶されているようで褒められてるのかな? 少なくとも今の俺はマシな奴には見えているみたいだからね。
「ぐぅ……!」
「ぷぐぅ!」
ラキューやディーヴァはヒウルが褒められているのを見て、ぐぅの音しか出ないようだ。……うむ、こういう『良いことをしたら褒められる』っていう対抗意識の出し方も情操教育に良いかもね。
だからこそ俺自身が『褒められたら嬉しい存在』で居続けなきゃいけないわけだけど。うーん、これこそまさに重い責任だぜ。俺がそういう存在で居続けるためには、どうすれば良いかも今後考えていかないとね。
さて、教育は以上でとりあえず監視人さんを見送り――改めてアロマさんに向き直る。
「ごたごたしてしまいましたが――どうも初めまして、アハリートと申します。こんな見た目ですが魔族側ではありません。よろしくお願いします」
「はい、こちらも初めまして、よろしくお願いします。私はアロマ・ランです。武家にて――えっと、立場的にはプレイフォートの伯爵的な位置にいます」
ああ、それなりに高い地位にいるんだ。……この場合、商家と比べてどうなんだろう。ラピュセルだと商家が力を持ってるっぽいから、なんとも言えないのよね。まあ、別にそこはいっか。
アロマさんは肉まんを片手にチラリと自らの服装を見下ろす。
「戦闘服であるのはご容赦ください。さっきまで仕事だったもので……。あっ、そうだ、それ含めて改めてお礼を言わせてください! ゴブリンの件、ありがとうございます! ゴブリン退治の他、救助者の治療まで……何から何まで本当に助かりました……」
アロマさんがペコリと頭を下げてくるので、俺は手の平を向ける。
「頭を上げてください。……ところで仕事というと、やはりこの近辺にゴブリンが?」
「みたいですね。叫び声が聞こえたので、調査したらシーフタイプのゴブリンが潜伏していました。もうこの近辺にはいないはずです」
「完璧に?」
「完璧に、です。私、鼻が良いんですよね。それこそ本物の犬並みに。全て見つけて、駆除しました」
アロマさんが誇らしげな顔で自らの鼻の頭を指で叩く。ほほーん、そうなのか。そういえばフェリスから聞いたことあるけど、人狼って基本的に魔力量や多少の身体能力が高い以外は人間と変わらないみたいなんだよね。
ただ、進化することで多少の差異は現れるみたい。
……ん? そうすると――、
「……私の臭いって大丈夫ですか?」
ちょっと心配になる。俺って基本的な臭いは生臭いみたいだからなあ。
アロマさんは首を横に振る。
「大丈夫ですよ。ちなみに鼻が良いと言っても、細かい臭いを嗅ぎ分ける力が強いのであって、ちょっとした臭いが強烈に感じる、というわけではないです。…………それにアハリートさんの匂いはクセになるような香りで好きですよ」
アロマさんは、ちょっとハアハアしている。……変態さんだぁ。
「――それでですが、町の案内をお願いしてもよろしいですか?」
「あっ、はい。えっと、どういう場所を回りたいんですか?」
「一通り食べ物屋……特に持ち帰りが出来る屋台タイプのが良いですね。それと……青春出来そうな人気のない場所を町の中……以外でも外にでもあれば紹介して欲しいんですよね」
「青春……ですか?」
アロマさんは不思議そうに首を傾げる。
うん、かなり大事なことなのだ。……実はラピュセルに戻ってくる前に、とあることが完了したとラフレシアから告げられたのだ。
それは――勇者と魔王の魂情報を解析した、と。
だからすぐにでも二人を召喚するつもりだ。魔王さんはたぶん問題ない。けど一番は勇者だ。恐らくこのままだと死ぬことで話が完結しそうだから、多少手を打つつもりだ。まあ、大したことを思いつかなかったから食べ物でも食べさせようという単純なことを考えているのだ。
……勝率は低いから、ほぼ諦めて最後の晩餐くらいの気持ちでいるんだけどね。
アロマさんは俺の意味不明なお願いに考え込むように視線を斜め上に向ける。
「外に一箇所、良い感じの場所はありますけど。……整備はそれなりにされてて、人気もない場所が。ちょっと遠いですけど」
「あるんですね。珍しい」
大体中世系の世界で重要な場所以外での整備って進んでない感じはする。町と町を繋ぐ道路ですら、最低限だったし。……石畳が延々と敷き詰められてるとかなかったよ。
「ゴブリンが潜んでいた山方面なんですけどね。整備された森で、一部に綺麗なところがあったはず。今のところ、ゴブリンの件もありましたし、突然誰かがくることもないですし。ただ、一応国で管理してるので上の人に許可を貰ってくださいね?」
「わかりました、助かります」
良かった良かった、これで心置きなく勇者と青春出来るよ。……結果が悲惨なものであれ、まあ、勇者が納得出来る終わりにはしたいよね。
さて、気を取り直そう。明確な目的ももちろんあるけど、観光の意味もあるから俺自身も楽しむつもりだ。
「――それでは食べ物屋さんについて、お願いします。どんな美味しい食べ物がありますか?」
「ええっとまずー……あっ、その前に」
アロマさんが考え込もうとする――その前に何かに気付いたように俺へと顔を向ける。
「一応、確認ですけどアハリートさんってフェリスちゃんと一緒にいたアンデッドの方、なんですよね?」
「……そうですが……」
……ちょっと警戒しつつ、そう答える。アロマさんにはフェリスに対する敵意とか恐怖とかそういうものが見られないけど……。
俺がそういうとアロマさんは嬉しそうに手を合わせる。
「そうなんですね! あっ、私、フェリスちゃんのお友達です! アハリートさんについてはチラッと伺っていて――アンデッドだけど面白くて信頼出来るって言ってました!」
あら、嬉しい。
「――と、いうことはつまりです! フェリスちゃんがそう言った人に悪い人はいないということで、お友達のお友達はお友達ということに出来るかもしれませんよね?」
「かもしれませんね」
俺は微笑みを浮かべると、アロマさんも笑みを浮かべる。
「なら、フランクに行かせていただきます! その方が突っ込んだ場所にもいけますし。よろしいですか!?」
「――――いいよ。よろしくアロマさん」
「よろしく、アハリートさん! すごく良い匂いのところとか、クセになるヤバめな匂いのするけど美味しい料理とか色々紹介しちゃうよ!」
そういうとアロマさんは元気よく先導してくれる。これは楽しい観光になりそうだ。
……ところでアロマさんが選ぶ料理の基準って基本的に『香り』なのね。
次回更新は7月7日23時の予定です。もしくは6月30日23時に投稿するかもしれません。




