第二十四章 内緒話
すったもんだと色々あったけど、俺が頑張ってる間にリディアがやってきて村を守り切ることが出来たよ。やったね。
まあ、家族を失った人もいるみたいだから素直には喜べないだろうけど、それでも危機が去ったことに安堵しているのは確かだ。
うん、ヤベえ化け物になった甲斐があるものだ。
ちなみにこのパラサイトって身体に寄生虫うじゃうじゃいる以外にも、面白い機能があった。
口からなんか鉤爪風味な牙が四つついたぶっとい芋虫っぽいのを一体出せるの。映画『グリー○』みたいなミミズみたいなのね。これ体内器官っぽくて、ある意味俺のもう一つの本体なんだって。
リディアが言うには、パラサイトは頭を潰されてもこの芋虫っぽいのが残っていると普通に身体が動くんだってよ。まあ、動けるだけらしいけど。
普通のゾンビならそんな変わりはないんだろうけど、俺みたいな人間っぽい思考をする場合はめっちゃ影響受ける可能性があるらしいね。複雑な思考は出来ず、回復や敵の迎撃を普通のゾンビっぽくするだけかもしれないんだと。
あくまで『補助的』な動きしかできないようだ。これ『補助脳』の効果っぽいね。
でも不死性が上がるのはありがたい。刺し違え戦法使っても、普通に生き残れる可能性上がるだろうし。やれることの幅が広がるのは有り難い。
……この場合、頭を千切って潰さずに身体から外した場合どうなるんだろう。
もし自動で動くのなら、ある程度その挙動を確認したいなあ。今は忙しいから無理だろうけど、余裕が出来たら是非とも試したいな。
あと、『魂支配』なんてのも手に入ったな。寄生虫の支配とは違うものらしく、俺の魂の一部を相手に注入して隷属化するんだって。寄生虫の支配だと知能が著しく下がるけど、こっちは相手の意識は奪わず、知能もそのままで従わせられるらしい。最大三人までだけど、かなり有用な力だろう。
あと、感情スキルなるものも手に入れたけど、これはただ単に決意した感情を保ちやすくなるだけのものらしい。感情がそのスキルにガッチリホールドされるわけじゃなくて、ふとした時、強く念っていられる程度のスキルだそうだ。まあ、初志貫徹しやすくなるだけみたい。一応、精神支配系の攻撃に耐えやすくはなるっぽいけど。
新しく得た力はこんなものだろうか。
んでもって、今は村の中心にやってきている。避難施設の近くにある広場みたいなところに兵士や重要人物っぽい人、一般的な村人らが少数いる。もちろんリディアやスーヤもいる。さすがにミアエルはいないけど。まだ眠っているようだ。でも怪我の治療は完璧なようで、傷も残ってないようだ。良かった。
で、俺も広場にいるんだけど、幸い俺を「吊し上げるのだ」なんて危険なこと言う奴はおらず、普通にぼんやり出来ている。けど周りの村人達は俺をちょっと不安そうに見てるし、大丈夫かなあ的なことくらいは囁いていたけど。無理もない。
俺だって身体に危険な寄生虫宿したゾンビが近くにいたら、怖いもん。しばらく集落内の水とか飲める気しない。
それでまだ暗い中、こんなところに集まっているのは、大体の安全が確保出来たから、結界の心臓部の修復及び村の安全確保について話し合いをしているようだ。
建物の中でやれよと思ったが、避難施設は怪我をしている者や女性、子供などが休む場所にしているみたい。他の建物に入らないのは、まだゾンビがうろついているかもしれないので死角の多い建物は危険なんだって。
避難施設の次に頑丈な建物は、結界の心臓部がある建物らしいけど、そこはまあ、ぶっ壊れて使い物にならないらしいし。
そんなわけで空になんか照明弾っぽい魔法を打ち上げて、夜空の下で会議している。
一応、話し合いに参加する意義が俺にもあるらしいけど、俺は特にそこら辺は何も出来ないので、ぼーっとするしかない。
話しの中には残党ゾンビを倒す議題もある。村をうろちょろしていた上位個体を全部リディアが倒したところ、普通のゾンビは散り散りになっている模様。そのザコゾンビ達は村人が後から退治していく予定らしい。
そういえば村人って普通に強いのね。結界の心臓部こそ破壊されたけど、その際の死亡者はゼロだったっぽい。爆発による防御網の一部崩壊でそこから爆発系含めた多数のゾンビに、心臓部を破壊されたみたい。だけど、その後、守るモノがなくなったから攻勢に出て心臓部周りにいたゾンビ達を一掃したらしい。
面倒な特殊個体が複数集まって守らなきゃならない場所に特攻かけてなければ問題ないようだ。
そういえば特殊個体と言えば、俺の寄生虫が感染したゾンビ共は一カ所に集めて(簡単な指示だけだけど思うだけで操れた)、リディアが塵も残さず消滅させた。
文字通りの意味で。うん、なんかブラックホールみたいな黒い球体発生させて、それに吸い込ませてた。リディアがめっちゃ強いとかはスーヤの過大評価もあるのかなあ、とか思ってたけどあれを見ただけでヤバいのは良く理解出来た。この子は怒らしちゃダメな奴だと俺は瞬時に悟ったね。
バックアード、お前終わったよ。いや、でも意外にあいつも強い――とか思ったけどリディアが俺でも対処出来るって言ったから、強くないんだろうなあ。
で、そのバックアードについてはリディアと俺がやっつけることになった。まあ、妥当っちゃ妥当かね。村にはもう結界はないけど、普通のゾンビや少数の特殊個体がいたところで村人で対応出来るようだし。
(移動はどうするんだ?)
「幸いアハリちゃんは息する必要ないし、浮かんで全速力で吹っ飛んでいくかなあ」
(……吹っ飛ぶ……。飛ぶ、じゃないんだな)
「そんな器用な力じゃないよん。重さを消して、浮かんで、横に落ちるだけ」
ああ、うん、なるほど。雑っ!
……あと今の説明で、リディアの能力、なんとなく分かった。重力操作系か。
……うーむ、強者っぽくって憧れる。
俺も将来的にそんな格好良い能力欲しいなあ、とか思ったけど無理かね。なんか俺の能力の方向性って支配系とかデロデロ系ばっかだし。思いっきりヴィランチックな能力だよねっ!
あと、もうヴァンパイアになれないから魔法は今後も使えないだろうしなあ。悲しいぜ。
俺がちょっとダウナーになっているとリディアが覗き込んでくる。
「どったの、アハリちゃん。ちょっと悩んでるっぽいけど」
(んー、何でもな……くはないかな。まあ、馬鹿げた話しだけど、俺も魔法使いたいなあ、とか思ったんだよ)
「……ああ、そっか」
リディアが察してくれる。
「可能性は薄いけど、今後出来ないわけじゃないから安心してもいいと思うよ。ヴァンパイア以外にも他種族になれる可能性もあるし、……不死ノ王っていうアンデッドの最上位体は確か、魔法を使えたはずだから」
(マジか)
「結構危ない部類だけどね」
リディアが言うには、大昔にアンデッドを率いた不死ノ王が現れたんだとか。でも魔王とかじゃなく、人類と魔族、その二種間に割り込んできた第三勢力なんだって。そんなことになったのはそれが後にも先にも初めてで、かなり混沌としたらしい。
まあ、持久戦というか混戦では、アンデッド側がかなり有利で人類と魔族は追いつめられたそうな。その時だけは人類と魔族が手を組んだらしいよ。
で、その不死ノ王なんだけど、広範囲の殲滅魔法を扱えた上にアンデッドにしてはかなり丈夫でその上回復能力も高かったようだ。急所を幾度も潰しても死ななかったこともあり、かなり辛い戦いだったそうだ。幸いそいつにも限界はあったらしいけど。
んで、そいつは当時の勇者と魔王が手を組んで、相打ちしてようやく倒せたんだと。
……話を聞いて思ったんだが、それってある意味たった一体で世界に喧嘩売って勝ちかけたってことだよな。
……なにそれこわい。
……なんだろうね、パラサイトもそうだが、このアンデッドの全生命体に対する敵感は。
(てか、不死ノ王って思い切り人類……どころか魔物を含めた生きとし生ける者の敵じゃん。嫌だよ、全生者に命狙われるなんて)
「んにゃ、大丈夫だと思うよ。ずいぶん昔だし、知ってる子は長寿な子以外いないいない。それにアハリちゃん自身が目立つことしなきゃ注目はそんなされないんじゃないかなん」
そりゃそうだが、魔法使うためにそんな危険な存在になるのもどうなんだろう。というか、そんな危ないの勧めないでいただきたい。
(……なんだよ、そんな危ないの教えるなんて。俺に強くでもなってもらいたいのか?)
そんなちょっと冗談めかして言ったら、リディアは笑みを浮かべた。
「うん」
……。なんかゾクッとした。端的な肯定の中に色んな意味のすごい重みを感じます。
……やべえ、避けてきた地雷に突っ込んだかもしれない。
ど、どうにしかして避ける方法ないかな。……いや、ここはあえて聞いてみるべきか? 俺に強くなってもらいたいのなら、俺を今、殺すことはない、はず。
なんだろう、心臓動いてないのにバクバクしている気がする。
(……なんでだ?)
俺がそう問うと、リディアが小首を傾げてさらに笑みを深くした。
いやーん、すごくこわーい。大丈夫? 俺、無意識のうちに漏らしてない?
俺は自分の下半身に視線を軽く向けたが……ゲリラ豪雨は起こってなかったよ。
リディアが人差し指を自らの唇に当てる。
「内緒」
あら、これは色っぽい。と、同時にちょっと安心する。
「教えるのは、アハリちゃんがもうちょっと強くなってからかにゃ。……もし仮に冗談抜きで『世界』に関わる話しとかだったら、荷が重いでしょ?」
まあね。俺が世界の命運を握っているとか言われたら、プレッシャーに押し潰されること間違いなし。俺の小物っぷりを舐めるなよ。
「アハリちゃんには期待しているよ。色々と特異な存在だからね。でも、だからと言って『あそこ』に辿り着けるかどうかは分からないんだ。今までも似たようなこと色々あったし」
ふう、とため息をつくリディアは、姿は変わらないけど年老いた人間の雰囲気を醸し出す。
「……でも、もしこの先、強くなっていって『制定者』を名乗る声が聞こえたら教えて。それで『制定者』の下へ行く決断してくれたら私は力を貸すから。その時、全てを話すから」
(…………。なんか、よく分からんが、一応分かった、とは言っておく)
意味深過ぎて訳が分からないけど、たぶん悪いことではないんだろうな。
ただリディアからはなんか切羽詰まったような感情をうかがえるから、大事なことなんだろう。よく分からないから、深く考えることはやめるけれども。
リディアも俺に期待はしているけど、「やれよ」と押しつける気はないようだし。
しかし、『制定者』ね。なんか神様っぽい。あれだ、裏ラスボスっぽそう。最後の敵は神様、とかか? ……いや、リディアのニュアンス的に敵っぽくはなさそうだけど。
まあ、それが分かるのも俺が強くなったら、だな。
ミアエルの面倒を見るために、強くなるのはやぶさかではないし、リディアの願いも聞き届けられるかもね。
まだまだ先の話だろうけど。
リディアは安心したように微笑むと、俺に歩み寄りハグしてくれた。わぁお。
「ありがと。そう言ってくれるだけでも嬉しいよ。……村のことも含めて本当に色々と助かってるよ」
リディアって中身が色々とアレだけど、見た目は可愛いし、これは嬉しいぜ。それにリディアなら俺に触れても大丈夫っていうなんか謎の安心感もある。
悲しいのは俺の五感がほぼないことだなっ! 悔しい! 今までで一番、悔しい!
でも、嬉しいことには違いないので雰囲気だけ楽しもうと思っていたが――不意に殺気を感じた。それも一つや二つではない、かなり強めの殺気がたくさん俺を囲んでいる。
何事!? とか思っていたら、怨嗟に満ちた呟き声があちこちから聞こえてくる。
「あの野郎、リディア様に抱きついてもらってやがる」「くそが」「私だって子供の時くらいしかしてもらったことないのに」「リディアお姉ちゃん……ゾンビくたばれ」「わしらとてあれほどの褒美受けたことはない……あのゾンビめが……!」「アハリート……もげろ」
老若男女問わず、俺を恨めしげに見ている。広場にいる兵士や長老達っぽいの以外にも何かの気配を感じ取ったのか、避難施設から子供やら女性やらも俺を覗き見てやがるぜ。あと、スーヤ、お前もか。
リディア、愛され過ぎじゃね?
……ああ、殺意に満ちた声が、声が止まらないよお。
――うん、このままだと俺、村人に袋だたきにされちゃう。
(リディア、そろそろ行こう。……あれだ、フェリスやアンサムを助けに行かないと)
俺がもっともな理由を言うと、リディアは俺から離れて頷く。
「そうだね。……皆、よろしく頼むね。もう傷ついちゃ嫌だよ」
リディアのその言葉に、村人全員が力強く応えた。声で広場が震えたぜ。
その返事にリディアは嬉しそうにすると、ふわりと自分と俺を浮かび上がらせる。
「それじゃあ、行ってくるね」
そう言うと、文字通り俺らは吹っ飛んだ。
――痛みもなにも感じないけれど、これだけは言える。
生身で空を吹っ飛ぶってすごい怖い。




