第七十五章 勝機は気付き続けること
サン・プルクラは豚が嫌いだった。あの、アスカを転移させられた際、邪魔してきた時から憎悪すら抱くようになった。
それが恐らく、あのレギオンが化けた姿だろうと無意識に理解していても、嫌悪感は豚そのものに向けられた。
……でも、張り付いている分にはまだ放置して良い。
結果的にアレに意識を割いてしまったがために、脚一本を失う羽目になった。脚は元には戻ったが結局、何かをされてしまい、それが何なのか分からずじまいだった。
違和感は特にない。魂に集中しても、何かがあるわけでもなさそうだった。……それに内側にだけ注意を向けていられるほど、安穏とした状況ではなかったのだ。
――圧倒したと思っていたが、レギオンがまた行動を開始した。
また、あのおかしな頭部をした豚を切り離したのだ。
サンは即座に火球を放つ。だが、あの豚はすぐに気づき「ぷぎゃ!?」と悲鳴を上げながら、逃げ惑う。なんなら本体であろうレギオンより先に気付いて、脱兎の如く逃げ出していた。
思わず舌打ちをしてしまう。
あんなのでも放置していたら、厄介なのだ。
だが、豚を見失う。ある遮蔽物の裏を通ったのを境に、完全に気配や魔力が消え失せたのだ。何かしらのステルス能力を使ったのだろう。
爆破したが恐らく、殺していない。――透明と言ってもわずかな歪みがあるが、それを悠長に探しているヒマはない。
尻から火を噴いて飛ぶときの音やその際はステルス能力は完全には使えなくなるのか、感知は出来る。
しかし、先ほどのように紙一重での回避になるかもしれない。
もしくは回避しないで、反射の盾を即座に展開出来るしていれば、倒せるかもしれない。
――そう考えると、危険度は低い。
――――そう。大元を壊せば良い。あの巨大な肉の塊を。全てを台無しにした――救った?――壊した――この子の意義を亡くしたあの外道を殺すのだ。
引き裂いて、ぐちゃぐちゃにして二度と元に戻れないようにしてやる。意味がある? そうすれば死ぬ。死なないのはおかしい。だめだよ。うるさい、だからきっといいんだ。ちがわない。あれは正しくない。
歪む思考――でも為すべき事は明白で、レギオンとダラーを狙う。
でも仕留められず、放たれた不安要素に意識が割かれてしまう。
それでも、サンに出来るのは氷ガトリングを放ち、火球で牽制することだ。下手なこと――苛ついて近づいてしまえば、簡単に展開はひっくり返る。
――向こうの求めるのは、状況を好転させる『一撃』。――だからある時点で一気にたたみかけてくるはず。それを全ていなせば、勝利はより近づく。
一度晒した手札は――奇襲を得意とする相手ならば――効力をほぼ失うからだ。無論、それは相手も分かっていることだろうから、苛烈な攻めになるのは容易に想像出来る。
そして、その時は来る。
レギオンの無数の上半身が何か小さなものを手に持っており、それが火を噴き始める。
三角の翼がついた小さな肉の塊は、不規則な軌道を描きながら、サンへと一斉に迫っている。しかも恐らく一陣目。明らかに二陣と続く同じ形のものをまだレギオンは持っていた。
氷ガトリングでの迎撃は行わない。――むしろ小さい群れなら、火の玉での迎撃をする。無論、放つ途中での妨害されることも忘れない。案の定、先ほど脚を粉々にした兵器を持った上半身の一体……アルスが――いつの間にかレギオンから離れた位置にて、狙っている。
……レギオンが逃走中に、死角で切り離したのだろうか。
だが、これで分かった。今回、やはり全ての手札を使ってでも仕留めてくる。
サンは『雷霆万鈞』による自身や火の玉への直撃を避けるため、即座に氷ガトリングを十数発撃ち放つ。
『雷霆万鈞』の弾丸が発射される直前に、銃身に当たることで――放たれた銃弾が明後日の方へと飛んでいく(銃身が溶けて、撃ったものを捨てて背負っていた最後の一丁を手に駆けだした。本体と繋がっていた時はそのようなことはなかったが――本体のスキルか魔法の恩恵がないと切り離しての運用は難しいのだろうか)。
そして、火の玉が第一陣の小さな肉の塊を粉々にしたところ、血煙、爆煙が舞う中に紛れ込ますように第二陣がやってくる。
その上、今度はレギオンがけたたましい『絶叫』を上げてきた。
恐怖に支配されるが――いい加減慣れた。……それにこれが来るということは、さらに何かが紛れてくるということ。
サンは凶悪に笑う。もしそうなら、ワンパターン過ぎる。
……彼女にとって、ある意味幸いだったのは本当に『ワンパターン』だったことだろう。火が噴射する音が聞こえ――馬鹿なことだと思うが豚が結界の表面を走っていたのだ。確かに地面と違って障害物がない上に、ある意味で舗装されているから走りやすいとは言え、本当に壁や天井を爆走する生き物がどこにいる。
しかも、姿を隠していない。見えないのなら、もっと警戒する必要があったが見えているなら、ギリギリまで引きつけることも可能だ。
――――と、そこで『何故』と疑問が浮かぶ。
何故、消えない。完全なステルスを失うとは言え、姿がほとんど見えないのは大きなアドバンテージだというのに、それをしない理由はなんだ。
透明になるのも、何かしら制限があったか――魔力切れ――――他には……アレが偽物で、本物が別のところにいる。――さらにあのステルス能力は……他者に被せることが出来た。
「――!」
そこでサンの背筋が凍る。
あの豚の群れがレギオンであるならば、あのステルス能力も同じで、ウーに被せていたように同じことが出来るかもしれない。
……そして気付いた時にはダラーの姿がなくなっていた。
さすがに顔が強張ってしまう。
なら、メインはダラーであり、他の全ては陽動及び、攻撃を通りやすくするための布石なのだろう。
だから、今、飛びかかってきている豚は絶対に近づかせてはならない。
サンは即座に火球を造り、それをジェット噴射で突っ込んで来る豚に向かって放つ。
「あぶ!?」
豚が驚いたような声を上げ、火の玉にぶつかり――爆発四散し広範囲に白煙を撒き散らした。溶けるような音がわずかに聞こえたことから、酸性の煙幕であるのが分かった。
同時に第二陣の小さな肉の塊が飛んできたが、接近を許してしまう。でも迎撃はしない。これがあの豚と同じ用途であるならば、近くで破壊した場合、継戦が困難なダメージを受けてしまうかもしれないのだ。
幸いにして、飛行精度は低いため、簡易的に造った強い風で軌道を大幅にずらしてやる。そしてその間に、周囲を確認し――かなり近くに人型の歪みを発見する。
威力があり、弾速がある火の玉を構えて、撃ち放つ。向かってくる透明な人型は――恐らくダラーは――直線的な軌道を描いており、ただ跳んできているだけのはず。素直に向かってくる通りに撃てば当たるはず。
サンのその考えは当たっており、ダラーはラキューを背負って『隠形児戯』の恩恵を受けていた。だからダラーには跳びかかった軌道を変える手段はなかったが――、
「ぷぎゃ!」
ラキューがとっさに機転を利かせ、ジェット噴射をして垂直に飛び上がったのだ。その急上昇のおかげで、火の玉が通り抜けてしまう。そして弾速が速いということが災いし、爆風の威力が落ちるほどの距離が出来てしまったのだ。
「ぷぎぃ!」
「助かる!」
ラキューはダラーと分離する。ダラーはラキューを起点に跳び、サンに向かって血の鎧を纏っていない拳を振りかぶる。
しかし、サンにはまだ火球が残っており、それを撃とうとする――だが、――火球が消え失せた。その上、宙に浮かぶ力すらなくなり、落ちかける。
「!? な、にが――」
何かがスキルを――『魔術』を阻害している。あくまで『魔術』のスキルだけだ。魔力そのものや他のスキルが使えなくなっているわけではない。――魂に何かがいるのを感じる。恐らく――いや、確実に入れられた何か――妖精に違いない。
追い出さなければならない。
だが、その前にダラーの一撃を受けなければならない。
『血器錬成』を腕や顔に纏い、防御姿勢を取る。だが、サンの『血器錬成』の硬度は火力がある相手においては紙に等しい。
ダメージは覚悟して受け止め、同時に魂の中に確認した『寄生虫』に圧力をかける。
《わっ、駄目だ》
だが、『寄生虫』に攻撃する寸前で肩の辺りから、――フラワーが現れて逃げ出してきた。
ダラーの攻撃がぶち当たる寸前で、ほぼ直感でフラワーを引っ掴む。
《うっ》
同時にダラーの攻撃を受けて、強い衝撃がサンに襲いかかる。
でも、もう『魔術』を使える。それにフラワーも捕まえた。
確か自害能力を持っていたから、すぐに何かしなければならない。間に合えば、たぶん本体であるレギオンにも何かしらのダメージを与えられるはず(この間に簡易的に造った火の玉をダラーに直撃させて吹っ飛ばす)。
《サンは救えるよ》
「っ」
思わず固まるが――惑わすためだと割り切って攻撃をしようとする。
《それともう一つ。私を掴むべきじゃなかった》
そのフラワーの言葉と同時だった。
手がフラワーごと、肘関節辺りまで消し飛んだ。
「あぁあ!?」
アドレナリンが出ていたためか、痛みはなかったが、腕が消し飛ぶというのは、さすがに精神的にきた。
片手で肘をギュッと掴み、腕が消し飛ぶと同時に閃光が迸った方を見やる。そこにはアルスが銃身の溶けた『雷霆万鈞』を手にしていた。
(フラワーごと消し飛ばした――違う――『意味が違う』。あいつ、こいつら――さっきの脚の時のように精度が無駄に高い――フラワーを照準合わせにしてた――? さっきも、もしかして――)
イカレている。仲間を躊躇なく消し飛ばすとは、それも照準合わせの道具にするとか、どんな倫理観をしているのだ。さすがのサンであっても――いや、むしろ、サン・プルクラだからこそ敵対していない味方に本気の攻撃を向けることは絶対にない。
「ぷぎ!」
「!?」
無駄な考えを巡らせているヒマはなかった。
馬鹿げたことにダラーが豚の背に乗って飛んできている。ふざけているが、最大級に厄介極まりなかった。
サンは即座に状況把握をする。――下からの援護はもう、こない。後はダラーに任せるつもりなのだろう。
そしてそのダラーは……傷が全快していた。何故かは分からない。とにかく、一撃で殺さないと死なないかもしれない。――偽物の可能性は……考えない。いたとしても、ダラーは飛べずに跳んでくるしかないため、迎撃は比較的容易なのだ。
偽物であっても、馬鹿げていても、豚に乗って飛んでくる方が厄介なのだ。
――将を射んと欲すればまず馬を射よ。まさにそれは的を射た言葉で、豚を撃てば、当たる当たらないにしてもダラーは飛ばざるを得ない。無防備になった、そこを狙う。
ダラー自身カウンター狙いなのは……確実な、はず。
サンはわずかな疑念を抱きながらも豚に向かって、火の玉を撃つ。
「ぷぎゃぅ!? ぶぎぃい!!」
ラキューが尻を上げて、一気に高度を下げてきた。その上、身を捻って身体を半回転させる。――ダラーは跳ばずに、ラキューの背に足を張り付けたままだ。
「なっ!?」
血の鎧を操って、ラキューの身体にくくりつけていたのだ。
さすがにこれは予想外で、サンは一瞬、呆然としてしまう。そしてその一瞬の隙を突くかのように、ラキューがまた身体を半回転させて、ついでに首を振る勢いを合わせてサメの頭を飛ばしてきたのだ。
遠隔操作でも出来るのか、離れたサメ頭がグアッと開き、サンの片脚に当たると同時に口を閉じて、噛みついてきた。
「いぃっ!?」
思いの外、強い力で肉を裂いて牙を食い込ませてくる。――しかも、その痛みは尋常ではなかった。何かしらの毒が歯に付与されていたのだろう。
サンは血を噴き出させるようにして、サメ頭を引き剥がす。
サメ頭は取れたが――そこに構い過ぎた。
ダラーの拳がついにサンの頬を捉えて、打ち抜く。
「ぐっ」
血の鎧はやはりついてなかったが、クリーンヒットした拳は意識を朦朧とさせるのには十分だった。――意識がなくなっていないなら、即座に回復させる方法ある。それをもちろん試すが、その間に身体は地面に向かって墜ちていく。
ダラーは心配そうにしつつも、復帰することを分かっているのか安易に近づいてこない。――カウンターも無意味。空中戦では完璧に分が悪かった。
あとは……勝ち筋としては、レギオン本体を叩くことだろう。
痛みで『魔術』を使っても、先ほどのような精度や手数は再現出来ない。少なくとも仕切り直すには、相手の被害も甚大にして時間を稼ぐしかなかった。
サンは片手で、火の玉を『溜めて』――レギオンに向かって行く。出来る限り力を溜めて、かわせないギリギリで叩きつける。倒せないにしても、大きく削ってやれば戦況をわずかに変えられるかも知れない。
そうでなくても、勝ち寸前の相手の何もかもをぶち壊したい気持ちもあった。
攻撃を受けないギリギリを見極める必要がある。毒は最悪受ける。物理的なダメージは駄目で、触手は特に警戒しなければならない。捕らえられたら逃げる術はほぼナシだ。
現にレギオンは触手の準備をしている。その長さを目測し、ギリギリまで墜落するふりをして近づこうとする(手に溜めている火の玉を隠す気はないため、攻撃するつもりなのはバレている)。
そして――レギオンが触手を振るったタイミングで身体を宙に浮かせて――紙一重で回避出来た。そのまま火の玉をレギオンの身体の中心部に向けて――、
「……うん、『死神ノ権能』の射程範囲内だ」
レギオンがそう呟いたと同時だった。
ぶつっ、とサンの意識が唐突に落ちた。
「――……?」
そうしてサン・プルクラは自分が負けたと気付くこともなく、呆気なく終わりを迎えるのであった。
次回更新は8月20日23時の予定です。




