断章 私は私を想わず前をみる
「……なんかもう色々と潮時って感じがするわね」
そうため息と諦観の言葉を吐いたのは、プルクラだった。
とある村を救って、人間達の守護をする名目でプルクラ達は彼らの上に立った。そうして数百年が経過し、一つの国として成長することが出来た。大国と言っても差し支えないほどの国力を有しており、北の魔界、南の乱世を寄せ付けぬほどだ。
何よりプルクラを筆頭とした四天王は、全員が王種で、しかも最上位スキル持ちだ。彼女ら四人いれば、小さな国なら一夜で落とせると言われるほど。
しかし、大きくなり、力が持ったが故に、それ相応の問題を抱えることになる。
「……ですね。貴族達の戦争気運が高まりつつあります。――南の乱世を静める、という大義名分で土地を奪うつもりでしょうね」
そう答えたのは、厳格そうな年上の女性――レーだった。
プルクラは執務室で、分厚い机を前に椅子に座り、積み重なった紙束にうんざりとしていた。そんな彼女のお目付役、兼秘書としてレーがいる。
プルクラは紙をひとつまみして、特に読む様子はなく、プラプラと振る。
「……確かに国として大きくなって、人も多くなって――今のままじゃカツカツなのよね。だからただでさえ進められないアスカ様の研究も、もっと思うように進まなくって――それどころか単なる戦略兵器みたいな扱いになっているし」
魔神アスカを起動させるために、南の戦地に落とすことが常となっている。――狂界へと入るためだったが、今ではアスカを大量破壊兵器であると認識している者が国内外どちらでもほとんどだ。
無理もないことだが、なんともやるせない気持ちになる。
「大体、最近、貴族共の人間達への扱いが悪いって報告も聞くし。……どこかの領地では月単位で文字通りの血税を吸い取ってるところもあるんだったかしら?」
「『食料』として見てますね。吸血鬼という固定観念、そして強者に――長寿になり得たという驕りがあるのでしょう」
「馬鹿ね。デイウォーカーでさえ日の光は死なないだけで苦手なのに、何が強者かしら。人間を食料にするのもそう。無駄よ、無駄。牛とかの血の方がよっぽど美味しいじゃない」
人間なんて育ち方が丸っきり違う上に、油っぽかったり薄味だったりするものだ。
ちなみに何故詳しいかと言うと、戦地に赴いた際に相手に恐怖心を植え込むために『固定観念の吸血鬼』を演じることがあったからだ。
結論から言うと、人間は不味い。人間は普通に領民として扱った方が生産性が良いはずなのだ。……何故、知的生物というものは時を経ると無駄に非効率な方向に進みたがるのか。理解に苦しむ。
「……どこかの令嬢なんか、罪人の血を溜めたお風呂に入ったとかなんとか」
「そう言ったゴシップも事欠きませんね。……ある意味、人間達からの不満も徐々に高まりつつあるということなのでしょう」
「それで東では、反魔物を謳う宗教国家も力をつけつつあるしね。……今のままじゃ不味そうね」
「確実に、この国はどこかのタイミングで潰れるか潰されるでしょう。それが内外かどちらかは分かりませんが」
着々と破滅が近づいているのが分かる。
「――技術もそれなりに出来上がってきたし、そろそろ吸血鬼だけの『小国』を創るべきかしらね。……『シェルター』として進めてる、あの鉱山の方はどう?」
「魔物の討伐は大体は終わりました。あとは魔力濃度の調整をしつつ、坑道の補強を行い、区画を決めて行けば、近いうちに完成するでしょう」
「近いうち(数十年以内)なら、まあ大丈夫でしょう。――ちなみに貴族共は、あの『シェルター』については?」
「馬鹿げた弱虫のための代物、だと」
「オーケー。予想通り。時が来たら、ケツを蹴飛ばして入れてやんないわ」
「それがよろしいかと」
もっとも、力に溺れた貴族達はプルクラが構想している新たな国家には初めから入れないつもりだった。
それに目指すは完璧に等しい社会主義国家。そうでなければアスカの研究を進めることは出来ない。
「――政治についてはそれなりに分かったわ。だからあいつらはもういらない」
この国を創るにあたって、頭を悩ませたのは統治の方法だ。残念ながら、レーも大まかな知識はあれどその細部を動かす、ノウハウを再現することは難しかった。
だからこそ、プルクラは各所を周り、生き残った貴族達をかき集めて政治をさせようとしたのだ。
そして貴族達はほぼ全員が『吸血鬼になること』を望んだ。
吸血鬼化に伴うリスクはあれど、長寿になることはかなり魅力的だったのだろう。
――世代交代が行われないことによる政治の腐敗が蔓延るのは目に見えて分かっていた。だが、政治を動かす知識を得るためには仕方がなかった。
そうして国は栄えたが、やはりというかプルクラが望んだ方向へは行かなかった。アスカの研究は無駄と断じられ、思うように進められず、武力だけがどんどんと強まっていってしまった。
今ではアスカは国の『戦略兵器』として扱われる始末。
とりあえず『それ』だけでも貴族共を八つ裂きにしてやりたい気分だった。
「さて、安全に移住を進めることを含めてどう、この国を終わらせようかしら。……人間に勝たせてそのまま明け渡すのも怖いのよね」
「人は数が多く、欲深いものですからね。それに下手な力では、混乱に乗じて南に飲み込まれるのがオチかと」
「かと言って、魔界の奴らに差し出すのもねえ」
正直、魔界はどんな統治をするか分からないため、任せるのは恐ろしすぎる。何よりも勢力図が、とにかく頻繁に変わるため、想定通りには絶対に行かないという駄目な確信が持ててしまう。
プルクラが頭を悩ませていると――レーが少し躊躇いがちに口を開いた。
「――可能性として、一つあります。……どうやらブルートが主導しているアンゼルム様の、『あの技術』が貴族達の耳に入ったようです」
「……『あの技術』って最上位スキルの遺伝及び世代を経るごとに内在魔力を強化するための実験?」
「貴族達が興味を持ったのは、その副産物である『獣化』ですね。遺伝コードを弄れば、動物と交わっても子を宿せることが大層お気に召したようで」
「……悪趣味」
その技術で生まれるであろう獣人――その遺伝特性はかなり特殊だ。ブルートが提唱し主導、アンゼルムが責任を持って進めているプロジェクトで、とある領民を巻き込んだものだ。領民というよりは、村――魔界に近い集落だ。……実際のところはギリギリこの国には属していなかった暗殺者集団の隠れ里だそうだ(正確には隠されていた、というべきか)。
――別に捕虜とかそういうくくりで行われるものではなく、かなり慎重に進めたもので、説明をして人間達の同意をしっかりと取った上で行われる予定である。現在では一応『領民』であるのも間違いではないのだ。
ちなみに世代を超えることを想定した実験であるが、数が少ないことについては特に問題ないらしい。近縁者同士でも条件を満たせば、遺伝的なトラブルを起こさず、問題なく子孫を増やしていけるそうだ。――そうでなければ、数世代も待たずに種族としては消えてしまうらしい。
だからこそ、表立って子孫を残せないその集落には渡りに船であったそうだ。
「……それにしてもアンゼルムもアンゼルムよね。自分を殺しにきた奴と仲良くなるってどういうことよ」
アンゼルムは殺さずに返り討ちにしたアルテミスという暗殺者と仲良くなったのだ。……詳しい経緯は分からない。だが、なんやかんやとしている内に仲良くなり、ある意味、恋仲と至ったそうだ。
「それなのに、吸血鬼にならないんだから不思議」
そう、アルテミスは吸血鬼になることを拒んだ。
そこも詳しい理由は知らない。だが、獣人になることは集落単位で望み、彼女達は人狼になるのだ。
ふむ、とレーは少し考え込んでから、口を開く。
「人の機微とは難しいものですからね。ただ推測するとしたら、記憶関連のものでしょうかね。もしくは人格の変化――それらが少しでも起こることが互いの関係に何らかの変化を及ぼすのであれば、永遠に近い若さや命は魅力的ではなくなるかもしれません」
「そうだったら随分、綺麗な思想ね」
プルクラは思わず肩をすくめてしまう。
「まあ、なんであれ、もしあの馬鹿貴族達がその技術を使って馬鹿なことをやり始めたら、利用するに越したことはないわね。……もちろん、流出させないようにはするけど……難しいわよね」
「口八丁が向こうの十八番ですからね。すでに嗅ぎつけてしまったのなら、分捕られるのは時間の問題でしょう」
「はぁ。一応、アンゼルムに話しとくわ」
「ちなみに責任者はアンゼルム様ですので、もしこちらの計画に巻き込むのなら、新しい国での隔離、監禁をしなければならず、――さらに主導したブルートもスケープゴートとしなければなりませんよ。『人狼』が勝つのであれば、責任の所在を明らかにしなければなりません。――それをこちらで先に追求することが、二人を守ることにも繋がりますから」
「気が重いわ、まったく」
プルクラは深い深いため息をついてしまう。
出来ることなら、アンゼルム達にはなんの邪魔も入れたくはない。
けれど、大義名分がなければ動けないのが、組織というものなのだ。それを無視すれば、信頼を失い、離反を招く。
如何に相手が悪く、如何にこちらに正義あるかということを公に示さないといけないのだ。
――まあ、今回はかなり特殊で、最終的に負けることが前提なのだが。身中の虫や膿を搾り出すには荒療治が必要でもある。
そして被害をとにかく抑えるために、上手く負ける方法を模索していかないといけないのだ。
想像するだけでも面倒臭い、プルクラはそう思わずにはいられなかった。
でも、そうしなければアスカを元に戻すことなんて出来ないし、他の三人も不幸になってしまう。――あの三人はアスカに優しさやまともさがあると認定されて、眷属にされた。――自分とは違う。だから、自分が泥を被らなければならない――そうプルクラは思っていた。
「……頑張らないと」
プルクラは自らの両頬を押さえて、そう呟く。
「…………」
それを見ていたレーは、小さなため息をついた。
プルクラはちょっとムッとした顔でレーを見上げる。
「なによ」
「別に。…………ただ、そうですね。……強いて言うならば、……プルクラ様は色恋沙汰などなさらないのかと思いまして」
「……あんたって物事を色々と深く判断出来るのに、人間関係に関することはド下手くそよね。説得とかそういうの向いてない」
「存じております」
レーは自身でも理解しているようで、目をつむって軽く天井を見上げる。
プルクラはそんなレーを見て、軽く笑いながら首を横に振った。
「まあ、特別乗っかってあげる。ないわよ。そんな時間もないし。ていうかそっちはどうなのよ」
「私も特には。ただ、人間時代にすでに行っていた、と言えば良いでしょうか」
「……でも相方は吸血鬼には…………いや、訊かない方が良かったかしらね」
「いえ。夫は南での戦乱の影響で討ち死にいたしまして」
レーは夫の死に関して特に感傷的な様子は見せなかったが――どことなく雰囲気が柔らかかった。悪い相手ではなかったのだろう、そう思えた。
「良い人だったの?」
「そうですね。特殊な私にも理解を示してくれて、……貴族故見合いですが、……私には出来た夫でした」
「羨ましいわね」
プルクラは本心でそう言った。――実際に『理解を示してくれる』、そのことは自己評価が無意識の内に限りなく低くくなっているプルクラにとっては望ましい存在ではあった。
アスカに四天王のうち、三人とは違う理由で選ばれた――善良ではないという事が、わざわざ泥を被る道へと歩ませることとなった。
――そしてレーはそんなプルクラの深層心理を見抜いており、このままでは不味いのではないかと危惧していたのだ。
人間の短い生ですら、人生観は幾度も大きく変化する。きつい事柄に長く身を置けば、どうしたってその『器』は大きく歪んでしまうだろう。
プルクラは、ただでさえ強い劣等感を持っている。それが悪い方向に歪めば、いとも容易く『暴君』へと至ってしまうだろう。
残念ながら、その器の矯正にレーは適任ではなかった。
いるとすれば、きっと劣等感の原因でもある、あの三人と関わることだ(無論、誰かに心を委ねるのはそれはそれで危険だが。特に依存に近い形になっている時に死別などすれば壊れてしまう可能性は十分にある)。
「なのでプルクラ様も伴侶を持たれるのがよろしいかと」
「直球で来たわね。いつもなら熟考した後、しっかりとした結論を口にしてくれるのはありがたいけど、対人関係でそれは悪手よ」
プルクラは思わず乾いた笑いをして、呆れてしまう。
「それで? 三人――いや、アンゼルムは駄目ね。他二人とそういう関係になれって?」
「権力などの関係的には最適なのは、そうですね」
「あの二人かあ」
とりあえず考えて見る。
――だが、どうにもそういう相手としてはあの二人を見られる気がしなかった。
トラサァンは見た目の割に優しい気質をしている。軍隊の総隊長を任されているが、その気質のためにあまり適任ではないかと思っていた。ただ武力という一点は抜きん出ているため、士気の観点で見れば十分、役割を担っている。
やるときにはやる男ではあるし、魅力的ではある。
「でもトラサァンって最近、ハイマと良い感じじゃなかったかしら?」
ハイマはダラーやサンと時期が近い吸血鬼となった者で、トラサァンの直系だ。ダラー以上にトラサァンに懐いており、恐らくは異性的な感情も抱いていると思われる。
「……。恋は略奪、だったと思いますが」
「やめてよ。あの子、真面目だし、トラサァンとはなんだかんだ合ってると思うから」
プルクラは本気でそう思う。少なくとも、やや情けないところもあるトラサァンを尻に敷いて、心をキュッとしめさせる役割をこなせそうだ。
ゆくゆくはハイマを現場指揮官において、実質のトップにするのも良いだろうとそんなことも考えていた(ダラーは戦闘能力はあるが、上に立たせるには向いていない)。
そんな相手と仲が悪くなるのは正直避けたい気持ちがあった。
「……で、バルだけど……ないわねえ」
バルトゥラロメウスは優しく、真面目で一番の働き者だ。特殊なスキルを持っていることもあって、はまればかなりの成果や戦果を為せる逸材だ。この国が戦争で快勝出来るのは、彼のおかげでもある。
だが、責任感が強すぎるあまりか、基本的に色々と負いすぎる性格でもある。未だ直系の吸血鬼を持っていない唯一の存在であり、ある意味、プルクラ以上に不安定な精神かもしれない。
あと、普通に見た目が幼い。プルクラに少年趣味は生憎となかった。
レーは少し考え込み、――軽く吐息をつく。
「さすがに無理強いはしません。ただ、誰かしらと心から許し合って付き合える仲になっていただきたいのです。……貴女は優秀にも関わらず、それを自認出来ていない」
「そう? ありがと」
そう口にするプルクラは苦笑い気味で、やはり納得が出来ていなかった。
さすがに己の心の歪さは理解出来たけれど、理解出来たところで納得出来るかと言われれば、無理だった。
「……分かってるわよ、あんたの危惧も。自分の危険性も。――良い方向に変わらないといけないってのも。……でも……」
プルクラは目隠しのされた目をさらに隠すように手で押さえる。
「今はまだ、歪なままでいさせて。――少なくともまだ、私は幸せにはなっちゃいけない。これからアスカ様の狂界に『私になった誰か』を送り続けないといけないから」
だからまともになったら、耐えられないかもしれない。
けれど『終わりまで』では遅いかもしれない。その前に壊れてしまうかもしれない。
プルクラは笑う。
「大丈夫。もし私が狂っても、私を殺せるのが三人もいるんだから。私はまだ、このままでも大丈夫」
「――そうですか」
「それに好きと思っていない相手と無理をして付き合うなんて相手にも、その相手を思う相手がいたら、かなり失礼じゃない」
「かもしれませんね。ですが、一つの考えとして――私がそうでしたが、必ずしも愛は熱くある必要はありません。それどころか、熱いものは冷えやすいですからね。好きという感情の下、相手を盲目的に見てしまうかもしれませんから。それは熱が少しでも冷めれば――一気に冷え込むかもしれません」
「ちょっとした皮肉ね」
プルクラは自らの革のアイマスクになでる。――もっとも盲目とは程遠いのだが。
「長くじっくりと燃え続けることが出来るなら、その方が良いと思います。――何より、それは向き合わないと見られないことでもありますから」
だからある意味では、政略的に結ばれることも間違いではないと言いたいのだろう。むしろ誰にもそういう感情を抱いていないプルクラであるからこそ、合っていると言える。
「一理あるわね」
でもやっぱり、すぐは無理だろう。
――けれど、長い時をかければ、自分も――当たり前だが周りも大きく変化する。
そうすると取り返しの付かないことになっているかもしれない。
アンゼルムはともかくとして、トラサァンやバルトゥラロメウスが誰かと結ばれているかもしれない。――――さすがにそれはちょっと寂しい。
(でも、ちょっとちょっかいをかけると……私の立場もあるし、相手は……ハイマは身を引くかもしれないのよね)
自身の権威を甘く見てはいけない。そもそも相手と同じ土俵にはならないのだ。しかも、自分が有利になってしまうという罠。有利なのに困るとはなんとも不思議だった。
ちなみに対象としてはトラサァンを見ていた。バルトゥラロメウスは、やっぱりそう見られなかった。
「難しいけど、そっち方面も考えてみるわ。……気楽にね」
最悪、独身でも大丈夫ならそうする。――残念ながら、立場上難しいかもしれないが。……そう考えると、婚約するならば――やっぱり近しい者が良いのでは、と考えてしまう。
けれど考え過ぎも良くはない。でも、人間関係が変化することも念頭に置くべきだ。何もしないまま及んでしまった結果に病んでしまうくらいなら、いっそ――ということもすべきなのだ。
まあ、今はそれらを気楽に考え――それを気楽に考えられ続けられる環境を最低限、創らなければならない。それが自分の使命だ、――プルクラは改めてそう決意した。
次回更新は7月3日23時の予定です。




