第六十章 あの日の正しき結末をどうか、アナタに
どーゆーことですかー!
《どーゆーことですかー!》
俺はパックくんとアスカに駆け寄り、そう問いかける。
その間にも世界が変わっていく。夜空は相変わらずだけど風景が、塵になって再構築されていく。
《始まっちゃったね。ラフレシア、エネルギーは?》
《再構築のせいで、半日分のエネルギーがほとんど消失して――一人分は……ちょっと待って、ここって……》
外に出ていたラフレシアが辺りを見回す。
再構築された景色は、ゴツゴツした岩場が多く立ち並ぶ山岳地帯っぽい場所だ。灰色比率が高いな。岩が砕けて、それが積もったような感じだ。やや動き辛い。
んでもって、相変わらずの遠くを見通せる不思議な闇夜だ。
そんな闇夜の奥――やや傾斜があって、下り坂になっている方――遠くに森がある。その森を背にするように、一人の少女が立っていた。
片手にほどほどの長さの剣――その少女にあつらえたかのようだ――。革の胸当てという軽めの防具もつけている。そんな武装をしているから偶然ここに迷い込んだ、というわけではなさそうなのは分かる。
何よりも、立ち姿が堂に入っていた。リディアやフェリスとかそんなレベルの使い手の雰囲気を感じる。
そんな金髪を短くした、下手をすると男の子と間違えてしまいそうだが――そんな少女はジッとこっちを見据えてきていた。視線は寝起きのようなぼんやりとして焦点が合ってない。
……あの子のこと、俺は見たことないけど、特徴は聞いたことがあって、フッと名前が頭に浮かんだ。
《イェネオ――》
その名前をラフレシアが代わりに口にしてくれた。
「フラワー……? はれ? ここって――」
《アハリート!! 来るよ!!》
パックくんが俺の名前を呼んでくれたー感激ーと思う間もなく、状況を即座に理解出来た。この一幕がイェネオさんとアスカの戦いの再現で、――その結末……アスカが望む結末は――と思い至った瞬間に、俺は跪くアスカに触手を伸ばして、巻き付け、思い切り宙に振り上げる。
同時に一陣の風が吹く。かなり離れていたはずのイェネオさんが、アスカが今し方いた空間の前までいて、剣を振り抜いていた。
その位置は首を正確に刈り取るもの。
はええよ。想像よりずっとはええよ。何よりも、『次に強風が吹き荒れる』みたいなのがない。風の合間を縫ってきたように、『一陣の風』もそよ風程度だ。
それほどまでに無駄がない動きだった。
ヤバいな、この人、リディア、フェリスタイプだ。技術をとにかく鍛え上げてスキルで底上げしまくったやつ。一番、面倒なやつ。
「おぉ……? なんか身体が勝手に動くんだが……? どういうこっちゃ」
イェネオさんが寝ぼけたような声色でそう呟く。
《イェネオ! イェネオなの!? 記憶は――記憶はどこから始まってる!?》
ラフレシアがそう叫ぶように問いかける。
イェネオさんはアスカに視線を向けながら口を開いた。
「えー……普通に魂の記憶を取って貰った場面で……あー、私、死んだの? で、生き返らせる方法が確立出来た……訳じゃない? いや、もしかして私、悪い奴に魂の情報盗られて兵器化されたとか……」
イェネオさんがアスカに向かって、軽く斬撃を飛ばしてくる。とっさに触手を振って逃れるが、その瞬間に触手をぶった切られてしまった。
慣性によって、アスカが吹っ飛ぶ。
ヤバい。速い。対応出来ん。
すでにイェネオさんは動き始めていた。俺は走って追いつくのは無理だと判断して、触手を振り回したり上半身共を使ったりして、イェネオさんを止めようとしたけど――出来ない。躱され、切り裂かれてしまう。全方位から攻撃仕掛けてるのに、全てに冷静に対処して、掠りすらしないのだ。
対応と回避が想像以上に糞上手い。
毒を――魔力が含まれない酸液を吹きつければ、もしかしたら――。
俺はそう思って下半身の口から、霧状にした酸液を大量に吐き出す。
「《風よ》」
イェネオさんがそう呟き、剣を振るうと強めの風が吹いて、酸霧を押し返してきた。
そして同時に、一気に速度を上げて、アスカへと向かう。
ああ、駄目だ。あの人、オールラウンダーだ。能力面では尖ってはいないし、撃滅の勇者と対戦したら純粋な力勝負では押し負けるだろうけど、防守の魔王みたいな後の先特化や俺みたいな手札がたくさんあるタイプには、対応出来てしまう。
ギミック系の相手に絶対に詰まないだろう。
いわゆる俺にとっての天敵だ。
駄目だわ、これ、追いつけんし、追いつけたところで止められん。
あぁ、アスカ殺されちゃう――と思いながらも諦めずに頑張って走る。諦めないでいると、運が良いと追いつけることがあるからね。諦めないでいると国家資格取れたり、どっかのゲームで光るイクラノルマがギリギリ一個達成出来る場合もある。
まあ、ここでアスカが殺されても俺の不利益は回復能力を手に入れられないことぐらいなんだけどね。ミチサキ・ルカに関しては『誰かが魔神を倒してくれた』ら封印が解かれるらしいし。自然消滅は駄目らしいけど……自害に近いこの形はどうなんじゃろ。
だからもしもを考えて一応、全力を出す。あとそうだな、吸血鬼四天王達と友好的な関係を築けなくなるのがちょい辛いかも。
なので間に合わないと思っていても全力で突っ走るのだ。液体燃料も使って――ああ、でも間に合わん。
イェネオさんの剣が振り上げられ、アスカの脳天に向かってまさに振り下ろされようした時……、
《待って!》
アスカの中に入っていたラフレシアが飛び出してきて、刃が寸前で止まる。
おお、止まった。……なるほど、イェネオさんは完全にイェネオさんってことか。本人の意思で動いていないけど、本人の本質的な動きをちゃんとしてくれるのだろう。
だから絶対に『フラワー』は傷つけないし、その言葉に耳を傾ける。
そしてイェネオさんは素早く剣を下ろし、前屈みになると膝に手をついてため息をついた。
「はーっ、良かった、身体動く……。まさかアスカちゃんをガチで殺しかけるとは。まあ、確かにこのあと戦うから、流れとしては合ってるんだろうけど、これは違うじゃんって。……で、どういうことなの?」
《色々と混み合った事情があって……。手短に話すと――》
と、言うわけで、かくかくしかじかとラフレシアが話す。
ざっくりと説明を受けたイェネオさんは、えー、みたいなちょっと困った顔をする。
「どうすれば良いの?」
《最終的にアスカを殺して貰わないと駄目だと思う。そういう役割だから。だからマスターはアスカを殺しちゃ駄目だよ》
あー、そっか。今回の物語は『イェネオさんがアスカを倒す』という趣旨なのか。だからそれ以外がアスカに手を出して殺そうとすると『繰り返される』可能性があるわけだな。つまりもうエネルギーがないっぽいし、それをやったら俺らは吸収されて死亡確定になっちゃうわけだ。
……魔神を倒してのレベルアップの夢は潰える。一気に進化して、場合によっては偽神化とか手に入れられるんじゃないかと思ってたけど……そう上手くはいかないみたい。
俺はアスカに近寄る、とりあえず持ち上げてイェネオさんから離れる。んでもって、ラフレシアの声を使って話しかけてみた。
《動ける?》
「無理」
《そっかあ》
つまり無抵抗に殺されるつもりなのだろう。たぶん自己再生もしないだろうな、この様子だと。
「……あの日、パックが私に言うつもりだったことも分かったから。……これが正しいと思ってしまった」
《性急過ぎんよ。俺のために、もうちっと生かすぞ》
「了解」
アスカを倒す、ということ自体は楽になった。けど、もしイェネオさんからの攻撃が再開してしまったら、時間まで生かすのが難しくなってしまった。魂のコピーが出来ないと全てが水の泡になるのになあ。
……ラフレシアにアスカの魂の中に戻って貰わないといけないな。
てか、上手くいけばイェネオさんの魂も取れてハッピーハッピーになれるのでは? だとするとイェネオさんを倒して――いや、そうするとアスカを倒すという条件が満たせなくなるから……うん? あれ? イェネオさんを助けるの無理? そっち、詰んでる? 魂のコピーは……今から出来るかあ?
《……だからラフレシアは悩んでる》
俺の真横について小さな手を当ててきたパックくんは、俺にだけ聞こえるようにそう伝えてきた。
《出来ないことに気付いてしまったから、諦めようとしてるけど、……そう簡単に割り切れないみたい》
そりゃそうよね。
やっぱり場合によっては外に出ることにするべき――とも思ったが、この物語って内部で完結しちゃうんだよな。今までは『不死ノ王』として入ることを許されていたけど、たぶんもう第一幕は開始されないだろう。わざわざやる必要もない。
つまりは、一度でも出たら、もう二度とここには戻ってこられない。
そんでもって、この物語の結果はすぐに現れることになる。
――言ってしまえば、アスカはすぐに死んで、魔神アスカは消滅することになる。
二度目は絶対に訪れない。入るための方法を探す時間すらもないのだ。
俺、こういう希望見せて、詰みな状況大嫌い。一番、性格悪いやつだ。
「あー、とりあえずアスカちゃんの魂のコピーは間に合いそうなんだ」
《う、うん》
イェネオさんにそう問われたラフレシアは、俺の中からスッと出てきて、何事もなかったようにアスカの魂内部に戻って行く。
良かった良かった、気付いてくれた。これでどっちも駄目ってなったら目も当てられない。
イェネオさんがチラッとこっちに視線を一瞬寄越してきたけど、特に指摘することなく話し続ける。
「そっかあ。なら、待つだけね。無抵抗なアスカちゃんを殺すのには抵抗があるけど、そうしないといけないなら仕方ないかな。……どっちも不自然な命だし、消えるのが摂理かもね」
《…………》
ラフレシアからは言葉が出ない。イェネオさんはそんなラフレシアに笑いかける。
「だからさ時間まで色々とお話して? 私がいなくて寂しかったでしょ? ――あのいかにもヤバそうだけど、普通に理性ある今のフラワーのマスターとか。……いや、マジで何がどうなってあれがマスターに?」
《まあ、うん、そこは気になるよね。…………それに、うん、寂しかった》
「……! おぉ、率直に言ってくれるとは。――――キスしていい?」
《駄目》
んー、と唇を寄せてくるイェネオさんにラフレシアが両手を前に突きだして、止める。
そんな風に和気藹々とした世間話をしている。……イェネオさん、良い人だな。少しでもラフレシアの心を軽くしようとしてくれているのか。
…………さて、さてさて……このまま終わらせるのは気に食わない。
ラフレシアにとって『イェネオさんが生きる』というのはもっとも叶えたかった望みだろう。少なくともイェネオさんの死がなかったら、ティターニアさんに反旗を翻すこともなかったはずだ。
あの人の死が、ラフレシアにとってのターニングポイントで、……つまりはイェネオさんが生きていたらタイタンの妖精達にもそれなりに精神ダメージを与えられるかもしれない。
もっとも、『俺がイェネオさんを連れていた場合』、本物だとは絶対に思われないだろうけど。
悪質な変装だと思われて信じないよね。
まあ、それで何かしらイェネオさんを傷つけてもらって、後に本物だと知ってもらったら胸が張り裂けそうになるかもねえ。精神ダメージを与えるための道具として活用しようそうしよう。
よし、俺にとっての理由付けはこんな感じで良いか。
《……本気でやるの?》
パックくんがちょっと引き気味にそう伝えてくる。
やりますよ。目の前に可能性があるのに、なんでこのまま終わらせなきゃならないんだ。もし倫理に反するというのなら、そんな倫理、糞食らえだ。
そもそも今更、倫理など気にするものか。
俺は大切な一人を救うためなら、十人でも百人でも赤の他人を犠牲にする。
世界なんてデカいものを救う気はないけど、手を伸ばして掴める程度のちっぽけなものなら、どんな手段を使ってでも全力で逃すつもりはない。
《……そういう割り切りは羨ましいね。……可能性はあるしね。ギリギリになるかもしれないし、だから間に合わないかもしれないけど、アスカを妖精化出来ればなんとかなるかも》
どうやって?
《詳しい方法はラフレシアと話し合ってみて。まずそっちの協力を得ないと始まらないから。それと注意点。こっそり進めてても、たぶんイェネオはいつか必ず気付く。少なくともアスカと直結してるようなものだから、魂のコピーが終わったら、戦闘は避けられないよ。……イェネオは君らを死なせないために、アスカを殺そうとするはずだ。全力でね。……もしイェネオの最上位スキルによる『行動を制限される呪い』を受けたら、外に出た後苦労することになると思う。その辺のリスク管理もしっかりしてね》
うーん、まさしく行動が勇者!
それと殺されないだろうけど、今後に響く感じか。やるなら相当な覚悟を持たないと、『三兎目』を追えないかもしれないのか。……ダラーさんには恩義があるから、サンは救いたいなあ。だから不用意に呪いを受けるのはNGだろう。
(はい、ラフレシア)
《なに? 忙しいんだけど》
ラフレシアはちょっとつっけどんな感じにそう返してきた。何か察したっぽいな。つーか、この場面で俺が問いかけてくる理由なんて分かりきってるか。……うーむ、率直に言っちゃうと、ブチ切れさせることになるかもね。
少なくともこの話題はかなりセンシティブなものだ。
ラフレシアにとって、イェネオさんの命は大事なものだから、雑に扱うのは許せないはず。
なので、違う話題にする。
(コピーするの、どのくらいまでかかりそう?)
《あと十分もかからないと思う》
(狂界の持続時間は?)
《四十分とちょっとが限界だと思う》
割とギリギリね。……で、三十分……いや、色々と加味すると二十分以内にアスカの妖精化かあ。無理っぽそうではある。
(あのさ、仮に妖精化するとしたら……)
《マスター》
ラフレシアが遮ってきた。割と冷たい感じに。怒ってるんだろうなあ。
(なーに?)
《……。……今までマスターの非倫理的な行為を目の当たりにしても、許せてたのはあくまでその対象と無関係だったって今、分かった。それと過ごした期間は長くはないけど、マスターと一緒にいたおかげで大体は察せられるようになった。……だから言う。それ以上、言わないで。怒るよ》
ラフレシアは静かな口調でそう言った。キレるではなく、怒るって言ってるのが本気度具合がわかる。これはガチだ。
どーしよ。どーしよ。このまま話題に入っても、普通にキレ散らかされて終わりそうなんだよ。……ラフレシアには『そうしたい』っていう感情はきっとあるだろうけど、無理かも俺らを巻き込むかも、あと普通にイェネオさんと戦うことになるかもっていうのがあるから諦めてるんだろうな。あと普通に倫理的にアウトだから認められねえっていうのもあるんだろうね。
それか過去は過去として決別したいんだろうか。そういう気持ちの方が大きいんだろうか。
……本当に諦められるんだったら、良いんだけど。
(ラフレシアが大丈夫っていうなら、俺は良いよ、別に)
《だったらこの話はこれで終わり》
(……後悔はしない?)
そう問うと、ラフレシアは乾いたような笑いを上げた。
《しないと思う?》
だよね。うん、それが聞ければ満足だ。無理してるっていうなら、仕方がない。
でも、これ以上はどう問いかけても駄目だろう。
なのでラフレシアの説得は諦めよう。なので――、
《ちょっ――》
パックくんは慌てるが、俺は上半身一つに大きく息を吸い込ませた。
「イェネオさぁああん!! 俺ら、あんたも救いたいでぇえええす!!」
「はっほぅ!?」
《なっ!?》
俺の声にビビるイェネオさんに、発言に驚くラフレシアだ。
「なんか時間ギリギリになっちゃうけど、アスカの妖精化が出来ればなんとか出来そうでーーす!! なのでやりたいでーーす!!」
《やる気はない、やる気はない!! 何言ってんのマスター! 口を閉じろ、馬鹿野郎!》
イェネオさんのところにいたラフレシアが飛んできて、俺の口を塞ぐが、まあ、意味ないよね。口は無数にあるのだ。
「えー?」
イェネオさんは困惑したように声を漏らし、頭を掻く。
「……それは……えっと……私とフラワーの最期の会話を邪魔する理由になる? それとそれ以上、言ったらたぶん私はキミのことを攻撃すると思うよ。てかアスカちゃんを今すぐにでも殺すかもよ?」
ちょっと怒りを感じられる。部外者は黙ってろ、をかなり柔らかくした感じだ。
うへへ、配慮が感じられますねえ、けどある意味舐めてますねえ。実際に俺はあんたより弱いからな。それをさっきので把握してしまったのだろう。
「マジすか」
俺は顎を引いて、顎肉を蓄えて――続ける。ついでに親指を立てて、親しみ込めた笑顔を浮かべて、その指を下に向けた。
「お綺麗なバッドエンドなんて誰が欲しいかよ、クソガキが。ラフレシアは無理してんだよ、お前の綺麗事に巻き込むな。絶対に救うから、覚悟しろよ、年増が」
そう俺が言うと、イェネオは一瞬、ぽかんとした顔をして――笑い出した。けれど笑い終わった後に向けてきた顔は……幼い顔に反して、身震いするほどに獰猛な表情を浮かべていた。
「どっちが綺麗事掲げてんだ。――そっちがその気なら覚悟しろ。死にに行く奴を止めるのが私の義務だ、馬鹿野郎。絶対に救うから、覚悟しろよ、変死体野郎が」
イェネオは収めていた剣を引き抜く。
よーし、バトルが始まりまーす。もう退けませーん。
俺はそんなことを思いながら、臨戦態勢を整える。
俺の頭部を男女の妖精がパカスカ叩いて喚いているけど、気にしませーん。
――よっしゃあ、全力でやるぞ。この物語の結末、ハッピーエンド以外あり得ない。それが正しい結末だ。
次回更新は4月16日23時の予定です。




