第五十八章 誰が為に人を想う
ラフレシアは勇者が倒されたことを確認する。――ちょっと面倒なことがあったが……問題は幸いにして発生しなかったため良しとした。
あとはリディアだけだ。
でも、戦う必要はないかもしれない。
本物の性格上、こうなった場合、さすがに退くだろう。
アスカも勇者と魔王の意味を知っているため、もしこの状況になったら弔い合戦をする必要性は薄い。むしろ勇者と魔王を倒した者が魔物であるならば、偽神化会得の可能性があるため、倒すことは絶対にやってはいけない。
だから少なくとも本物は仇討ちは絶対にしない。
ただ、アスカがリディアをどう見ていたかによる。『優しさ』の方向性が履き違って、義理人情を重んじるタイプだと誤認してしまえば……ここで戦わざるを得ない。
まあ、とりあえずとして軽く問いかけて、戦意がないことを確認してから……絶賛攻撃中の『不死ノ王』を止めよう。
《リディア!》
「なに!? フラワー!」
リディアに懐かしい名で呼ばれて、ちょっとだけ心がざわめく。
《退く!?》
「……出来れば」
《攻撃中止ー!》
ラフレシアは『不死ノ王』にそう怒鳴るが――止まらない。本当に中身が空っぽの攻撃botと化しているようだ。アスカに呼びかけて貰うべきか。
《アスカー! そいつ止めてー!》
「止まれー」
アスカが気の抜けたような声で言うと、『不死ノ王』が戸惑いながら手を止めて振り返って見据える。見られたアスカがサムズアップをして頷くと、頷きを返して攻撃を止めた。
――あとはリディアがこのまま素直に退いてくれれば良いが……。変な老獪さを出されて、いきなり攻撃される、なんてことあってほしくはない。
エキストラ、と呼ばれている以上、倒すことに意味はないはずだ。
リディアが吐息をつき、ラフレシアを見つめる。
「……ありがとう。……どう? 終わらせられそう?」
《たぶんね。……こう言ったら酷いかもしれないけど、どこまで本物に近い?》
「黒球貰ったより前の記憶はある、かな」
リディアのその言葉に、思わずラフレシアが眉をひそめてしまった。
《なんで?》
さすがにそのラフレシアの返しにリディアは悲しそうに苦笑する。
「なんでは酷いなあ。ていうか、かなり性格変わってるね。――ああ、なんで記憶があるかについては……たぶんだけどイェネオちゃんの復活のために、記憶を保存してて、実験として私も協力したじゃん。たぶんその時、保存された魂が取り込まれた際に反映か、そのまま流用されたかして私が造られたんだと思う。コピーされた瞬間の記憶から始まってるから、たぶん合ってると思う。……なんでこうなったかは未だに分からないけど……魔神と化してるアスカちゃんから色々と推測して、一応、そこまで辿り着けたかな」
――つまり必要な魂はエネルギーとして使用されず、役割にそのまま転用されたということだろうか。しかも、完璧な肉体を得て。――現在でさえフラワー達が成し遂げていないことをこの魔神アスカは成し遂げたことになる。
なら――とラフレシアが思っていると、ふとリディアの身体が砂のように溶け始めた。
「おお、これは初めてだ。役目が終わると、こうなっちゃうんだ。死ぬと肉体は残るはずだけど……これ、肉体を回収されてる?」
《え、ちょ、なんで――冷静過ぎない!?》
「痛くないし……まあ、諦めてるしね。――ねえ、外でちゃんと私は生きてる?」
リディアの質問に多少、詰まりはしたもののラフレシアは頷く。
《……うん》
「元気?」
《……どうだろう。あんまり。マゾになってたし》
「なぜだ」
リディアが可笑しそうに笑う。そして小首を傾げながら、さらに問う。
「今も、私達は仲良し?」
《…………》
その問いに、ラフレシアは答えられなかった。思わず顔を伏せてしまう。
それを見て、察しの良いリディアは「そっか」と悲しそうな顔をする。
「……仲直り、出来そうかな? 私が悪いならきっと――」
《違うよ》
ラフレシアは首を横に振る。
リディアの身体は半分以上、消えかけている。
《悪いのは、私達。目的のために、堪えることも出来なくて――勝手に皆を遠ざけて、独りになったと思い込んで――それで『縋った相手』すら失って――私達はおかしくなった。目的のために、っていう大義名分で勝手にリディアを傷つけて――……あぁ、なんで忘れてたんだろう》
ラフレシアは泣きそうな顔でリディアを見つめる。
《私が人を助けたいと思ったのは、貴女が好きだったからなのに》
いつ、根底がすり替わってしまったのだろう。リディアを助けたいと思って、リディアの気持ちを少しでも軽くしたいと思って、始めたことなのに、いつかその根っこが変わってしまっていた。
何故――自分はリディアを殺そうとしていたのだろう。
人類のため? 世界のため? 馬鹿げている。
自分の願いは、大それたものではなく、もっとちっぽけで……でも、だからこそ手に収まるものだったはずだ。
いつから抱えきれずに、狂ってしまうほどのものを背負ってしまったのだろう。
この間違いは、正さないといけない。
ラフレシアが決意を抱いた顔をしたからだろう、リディアが微笑む。
「ありがとう。……でも、思い詰めないでね。私は弱いけど、そんなに脆くはないから。……それと手は余ってるだろうけど、もっと誰かを頼っても良いと思うよ。私が言うのもなんだけどね。…………あの子、友達、だよね?」
リディアは地上で上半身がたくさん生えてうねうねしている化け物ことアハリートを見やる。
《訳あって、眷属やってる。……意味分かんなくてほんと困ってる》
「……詳しく聞きたいけど、時間がないかな。…………お話は外の私と。……もし仲が悪かったら、仲良く出来るように頑張って。私からのお願い」
《……それはちょっとずるくない?》
そんなの嫌だと言えない。
リディアが悪戯っぽく笑う。
「かもね。――それじゃ。皆のために、この狂界を終わらせて」
そう言って、リディアは完全に塵と化して消えてしまった。
寂寞とした空気が流れ、ラフレシアは胸に風穴が開いてしまったような気分になった。――ある意味で初めてリディアを殺したわけだ。
『私達』が願っていたことであるが、いざ目の前にすると言い知れない思いが沸いてきていた。
少なくとも、喜びではない。
ただ、少しだけ、その思いを抱けて良かったと思った。
きっとあちらの『私達』は喜ぶだろうから。
そんな残酷な思いを感じずにいれて、――少し、アハリートに感謝した。
(……大丈夫?)
アハリートが言葉をかけてくれる。
ラフレシアは肩に力が入ってるのを自覚し、息を吐き出して、肩を落とした。
《うん、まあ。……準備も出来たし、最後の仕上げ、やろっか》
(俺らは見てるだけだけどねー)
あとはパック次第だ。……ただどんな結末だろうと、たぶん終わらせることが出来るはずだ。
――でももうちょっと時間を稼がないとアスカの魂の解析が終わらない。どうしたものか、とラフレシアはそのことについて悩むのであった。
次回更新は4月2日23時の予定です。




