第五十六章 私は豚です。
私は豚です。名前はまだありません。
どうして生まれたのかは頓と見当がつきません。気がついたら、宿主の真横に生えていました。いきなり巨大な獣が目の前にいて、驚いたのを覚えています。
そんな私は今、魔神の狂界なる場所にて、勇猛果敢に四肢をその大地につけています。
《へっぴり腰だよ》
うるさいですよ。
宿主の正式な眷属こと、ラフレシアさんにそう言われてしまいました。
彼女は今、私の中に宿主の魔道具『隠形児戯』を入れて、その魂を私に紐付けている最中です。そうすることで仮に私がこの肉体を失ってしまっても本質的に死ぬことがなくなるようです。
そんな私は今、重要な任務を授けられています。
勇者の監視と――場合によっては、『罠』を張って倒すこと。他の上半身二人と協力する形です。
魔王は宿主が倒す模様。そもそも攻撃が通らないので、そちらの相手は無駄になるかもしれないらしいので勇者を担当することになりました。
勇者は人間なので、耐久力が低いようですね。その代わり、攻撃力があるので一撃でも食らえば木っ端微塵になるかもですが。
宿主のように核の移動が出来ないと危ないです。
あと驚異的な回復能力ですね。視線の先で魔神の分身ことアスカさんが首一つになりながらも、即座に全身を生やしています。すごいですね。宿主があの能力を欲しがるのも分かります。
とにかく、攻撃対象とされないように立ち回らないと危ないです。
そんなわけで私は、おならをしています。
馬鹿にしてはいけません。これも立派な戦略です。
あと仕方がない、という面もあるんです。実は効率よくおならが出来るように宿主によって、常にガスが生成されるように体内を改造されてしまいました。
ちなみにですが、ラフレシアさんいわく――、
《……これ、おなら止めたらお腹、張り裂けない?》
(えー? いやーまあ、大丈夫だろうー)
宿主はそう言っていますが、何が大丈夫なのでしょうか。核にうんこでも詰まっているんでしょうか。
なので私は自分を守るためにもおならをし続けないといけないのです。
それと、他のことは……そうですね、『同期』を使って宿主の『薬毒』を上手く扱えるように頑張っています。
でもこれが中々難しいです。そもそもスキルを使うという感覚がよく分からず、四苦八苦しております。
上半身三人組は必死に『異空ノ猟犬』の潜伏能力を使えるようになったため、得意としていますが、それでも宿主のようなスムーズな使い方は出来ないでしょう。
というのも、私達は魂を元々持っておらず、スキルを使うという感覚が分からないのです。それと適性というものもあるようなので、頑張っても宿主のスキルを使えない場合もあるようです。
まあ、何故か私は『薬毒』に適性があると思われているようですが。
――実際、あったようですけど。若干ですがおならガスを違う性質に変えることが出来ました。
そして、このガスを『硫化水素』になるものに変えて勇者の周りに散布させるのが私の目的です。
どうやら重い毒らしくて、地表に溜まるらしいです。吸えばコロッと死ぬらしいですね。なので、溜めた後は勇者を転ばせるのが目的らしいですよ。
……他に良い毒はなかったんでしょうか、そう思っていると、宿主とラフレシアさんが話していました。
《わざわざ転ばせる手間を取らせるなら、他の毒にした方が良くない?》
(体内でちゃんと生成出来るのがそれっていうのもあるけど……そもそも俺が使う毒物劇物って酸類だからなあ。ほぼ、びらん剤みたいな痛みを伴うのはなあ、ちょっと。悪い奴らならあえて選ぶけど、あの人らそういうわけじゃないっぽいし。……硫化水素も多少なりと不調が表れるらしいけど……酸よりマシだから)
と、言っていました。
宿主って変なところで甘いみたいですね。まあ、だから私達のこともどうにかして生かそうとしてくれたのでしょうけど。
なので宿主の意図を汲んで、そういう手間を取ることになりました。
頑張りましょう。
とにかくここで頑張って功績を挙げれば、いつかは宿主の眷属になり得るかもしれませんしね。
宿主の寵愛……とか別にどうでもいいですけど、強くなれるのなら越したことはないですからね。
……しかし、うーむ、眷属になるには、媚び売れば良いんでしょうか。ラフレシアさんみたいに全裸で誘惑すれば――、
《ちなみにだけど》
ラフレシアさんが話しかけてきました。なんでしょう。
《魂がついたからかわからないけど、思考読めるようになったからね?》
…………。
「ぷぎぃぷぎぷぎぷぎぃ」
ぷぎっ、ぷごぷぎいい。
《今更豚の振る舞いしても遅えよ。あと私はマスターを誘惑なんて一度だってしてないからな。それと全裸のことには触れるな、くそが。変なこと言うと魂引き千切るぞ》
ぶるぶる、恐ろしいです。
たぶん私はラフレシアさんにこれからも勝つことは出来ないでしょう。
でも、一応一つクレームを上げます。出来うる限りのプライバシーは尊重してほしいものです。
《まあ、そこはおいおい。今は私がスキルの補助とかしないといけないし、このままでやらせてもらうよ》
なら仕方ないですね。
私は余裕のある大人な対応をして、毅然とした足取りで勇者へと向かって行きます。
《脚、震えてるよ》
うるさいですよ。
とにかく、私は勇者の方へおならをしながら行くのでした。
次回更新は3月26日23時の予定です。




