第十八章 ミアエルの決意
悲鳴と化け物の奇声が聞こえてくる。
ミアエルは今まで寝ていたベッドに腰掛けながら、その音を注意深く聞いていた。
リディアから何かが起こるかもしれないと話されていた。だから、村が襲われる可能性は分かっていたのだ。でなければもう少し慌てていただろう。
リディアは出来うる限り、自分達――村の人間のみで問題は解決するとは言っていたが、不測の事態が起こって、村全体に『感染』が広がる可能性も考慮していた。
その場合、リディアはミアエルに戦うように――少なくとも自身の身は守るように言いつけていた。
戦うべきは変異した村の人、そして、自分と同時期に逃げた奴隷の仲間達だ。
不思議と落ち着いてはいた。幼子ながら、ミアエルは何度も魔物と戦っている。だから戦うこと自体はあまり恐怖していない。だから大丈夫。
けど、リディアは言った。
――理屈では分かっていても、身体が動かなくなることがある、と。
リディアにとってそれがあのアハリートであったそうだ。本来、リディアはアハリートを滅するつもりだったのだそうだ。でもゾンビではない生前の彼の思い出を持つが故に、彼を目の前にして、あの強き魔女ですら、身体が動かなくなったという。
……でも、ミアエルにはよく分からない。そんなこと、まだ体験していなかったから。
外にいるのは敵だ。憎むべき人に害をなす存在。あれらを目の前にすると光の種族として、憎しみと魂で奴らを拒絶する。何より魔物達も光の種族である自分に恐怖し、襲いかかってくる。だから殺さねばならない。
例外はあのアハリートだけだろう。彼は何故だか魔物として見ることが出来なかった。まあ、彼に関しては、殺すべき魔物として見ることはないが、人間としても見ることができないため、ペット扱いしてしまったが。それはさすがに悪いとは思っていた。
ミアエルは小さく笑うと、ベッドから降りて、家の外へと向かう。
落ち着いている。大丈夫。戦える。
彼女は外へと繋がる扉の前で、軽く息をつく。
……ミアエルはリディアの言葉を思い返す。彼女はこうも言っていた。
もし戦いの場で、身体が固まってしまえば、命を落としてしまうだろうと。
もし自信がなかったのならば、避難指示があるまで家の中に引きこもることを勧めていた。最悪村が壊滅していても隠れて時間稼ぎをしていれば、必ず私は戻ってくるから、と言っていた。だから助かる可能性があるかもしれないとのことだ。
(……けど、逃げるつもりなんてない)
ただ生きるだけが、どれだけ惨めか、分かっている。以前、ここに来るまでは、こそこそと隠れて、残飯を漁り、時には泥棒をすることすらあったのだ。
……実際のところ、奴隷に身を落としてしまったのは、細やかな悪事を繰り返した結果、周りに厄介払いされたから。
だから分かったのだ。
ただ生きるだけではダメだと。
魔族の襲撃から、自分を逃がしてくれた仲間達は生きろと言っていた。その意味は、言葉通りだったのかもしれないが、今のミアエルにとっては違う意味を秘めていた。
逃げて続けて生きる命は、あまりにも惨めで悲しい。
抗わなければ、ただ失うだけだ。
もし、あの時、奴隷商人に性的に襲われた時、諦めていたら……。
あの時、もし為すがままだったら、と思うとゾッとする。
死ぬかも知れないと分かっていても精一杯抗った結果が今だ。ただ逃げるだけではダメなのだ。奪われそうになったなら抗わなければ。何かを守らず逃げ出せば、きっと後悔する。笑うことが出来なくなる。
(……そういえばゾンビさんと一緒にいた時、久しぶりに笑ったかも)
楽しい、と思ったのは久しぶりだった。普通に優しくされただけでも、ただ何気なく遊んで貰っただけでも、ミアエルにはそれだけで嬉しかった。
生きていて良かったと思えたのだ。
だからこそ、守らなければならない。
真に生きるために、ここは戦わねばならないのだ。
ミアエルは決意を固め、扉を開け放ち、外へと出る。
彼女は、外へ出るとすぐさま人差し指を伸ばした片手を空へと掲げ、呟く。
「『光火』」
光が指先に灯り、それが高々と空に舞い上がる。一瞬にして空高くへと至り、次の瞬間には、太陽のように村一帯を照らし出した。
攻撃力は皆無だが、深夜など光の乏しい場所で役に立つ魔法だ。
相手にも姿を視認される危険はあるが、ゾンビは元々目よりも聴覚が優れており、また、魂の感知能力もある程度優れている。そのため、むしろ暗闇では一方的にやられる恐れがあるのだ。
それにこの村はそれなりに広いが家々は距離は狭く密集しているため、死角が多い。幸い、真っ直ぐな道の大通りなどいくつか作られているため、完全に視界が悪いわけではないが、ややゾンビと戦うには不向きな場所だ。
あと基本的に木の家が多く、防御面に関しては弱い。そのため時間をかければ、家に押し入られそこに隠れていた住人が襲われ、指数関数的にゾンビが増えていくだろう。
だからまず、最低限の視界を確保した。
次は索敵だ。
ミアエルはスキルとして感知能力は有していないが、リディアに魔法は教わっていた。精度は低く、動体感知のため、人間と魔物の区別はつかないが不意打ちなどは避けられる。
ミアエルは、魔法を詠唱し、感知の範囲内に入ったモノに向かっていく。
「うわああああああああああああああああ!」
扉が破られている家がある。そこから子供の悲鳴が聞こえてきた。
ミアエルは、家に飛び込むと悲鳴の方へ全力で駆け出す。
机と椅子がある簡素なリビングに辿り着くと、そこには一人の女性が、子供を背にして兵士風のゾンビと組み合っていた。噛みつかれたのか片腕から血を流している。だが、それでも歯を食いしばり、倒されまいとしていた。
「目を閉じて!」
ミアエルは女性らに向かって叫びながら、威力を抑え広く拡散するように調整したビーム――『破魔ノ散光』で女性ごとゾンビを包み込んだ。
「ぐぎゃあああああああ!」
ゾンビの悲鳴が上がり、焼け焦げるような臭いが辺りに漂う。光が消えた後、そこには背面がごっそりと欠けて事切れたゾンビとそれに寄りかかられる女性の姿があった。
「大丈夫、ですか?」
ミアエルが驚いた顔をした女性に声をかけると、彼女は「あ、ああ」とこくこくと頷く。
女性はゾンビを払いのけ、ミアエルに頭を下げる。
「……すまないね、助かったよ。……あんた、リディア様が連れてきた子だよね」
「はい。……噛まれてますね。解毒します」
ミアエルは女性の傷口に手を翳すと、淡い光が傷を包み吸い込まれていく。
解毒と呼ばれるものは、魔力によって生成された毒を消滅させる力だ。魔力があまり関係していない毒にはほとんど効果はないが、スキルや魔法によって生成された毒に関しては一瞬で消滅させることができる。
ミアエルは直接触れた部分から女性の体内から『感染』の毒が消えたことを『魔力感知』で確認し、手を離す。
「終わりです。消毒して、安静にしてください」
「助かったよ。武器もない状態でいきなり襲われたから、どうしようもなかったんだ。……本当にありがとう」
女性はミアエルにお礼を言いながら、棚の上に置いてあったナイフを手に取り、吐息をつく。
「さて、リディア様が戻ってくるまで寝室に隠れていようかね。ラルフ! 男なら、さっさと立って寝室の窓を塞ぎにいきな! その後、屋根裏に上るよ!」
「あ、あぅう…………う、うん!」
びくびくとしていた男の子――ラルフは、泣きそうであった。だが、ミアエルを見て――少なくとも自分より年下に見える彼女が平然としていたため、口をキュッと結び頷くと寝室に向かって行った。
そんな息子の背を見ながら、満足そうに女性が微笑む。
「立派立派。さて、あんたはどうする? 別に戦わなくたって、誰も責めないよ。少なくともこの村にいる大人は男でも女でも戦う術を持ってるからね、自衛は最低限出来るさ」
女性がナイフを寝室へとプラプラと振り、ミアエルを誘ってくれる。
けれどミアエルは首を横に振った。
「……戦います。……力があるし、それに、……私のせいだから」
村にゾンビが現れたのは、リディアの予想が正しければ、奴隷の子供達が変異したからだ。原因は分からないが、他に考えられない。だから、奴隷の子達に関わりがある――彼らを逃がした自分が責任を取らなければならない、そう思ったのだ。
女性は鼻息をつくと、首をくいっと横に傾げた。
「そうかい。あたしは止めはしないよ。確かにあんたには力があるってのは分かってるしね。正直、リディア様のいない現状ではその方が助かると思う。……けど、あんまり気を負うんじゃないよ。あの子らを受け入れたのは、村の総意さ。こうなることはなんとなく危惧してたしね。あんたのせいじゃないよ」
女性は、ミアエルを慮ってくれている。ミアエルもその優しさを理解できた。けれど、ミアエルはそれに甘えるつもりはない。彼女達に――この村でお世話になったからこそ、今度は自分が彼女達を助けねばならないのだ。
「……ゾンビはどこから来てますか」
「――そうだね、子供達を受け入れた場所はここから南の結界の境付近にある小屋だよ。他のゾンビが流れてくるとしたらそっちからだね」
「ありがとうごさいます」
「気をつけるんだよ」
女性はミアエルの頭をぽんと触ると、寝室に入っていった。
ミアエルは息を吐き出すと、外――それもゾンビの発生地点に向かって行くのだった。




