第四十八章 演目『あの日の正しき結末をどうか私に』開幕
身に纏うぬめっちょとした音が消える。
血液が消えたと判断して、俺は目を開けるとそこには闇夜が広がっていた。でも不思議と遠くまで見通せる、不思議な闇。
小高い丘にいて、その下は荒れ地だ。遠くから無数の怒号が聞こえてくる。これに似た音は最近聞いたことがある。フーフシャーさんの妹さんと人狼及びプレイフォートの軍がぶつかった時の音だ。
いわゆる『戦争』の音だな。
ただ音だけで、声らしい声は混じっていない。魂も感じられないし、どこか作り物めいている。
実際そのとおりなんだろう。
『ぴーんぽーんぱーんぽーん。これより演劇を開始します。ごゆるりとお過ごしください。じりりりりりりり』
なんか気を抜けるような放送が、どこからともなく聞こえてきたんだけど。
女の子の平坦な声だ。感情がめっちゃ薄そう。……これがアスカの声なのかなあ。
で、その声と共に前方の遠くの方で二つの魂が生まれる。それなりに強そうで、たぶんあれが勇者と魔王なんだろう。争ってくれていたら楽なんだけど、残念ながら戦っている様子はない。こっちが近づくまでノーリアクションなんだろう。
んでもって、背後には……女の子とガイコツがいた。
赤い髪にドレスを着た少女。魂が抜けたような光のない目をしている。血色が悪い乳白色な肌となんとなくじっとりとした髪質は吸血鬼だな、とは思う。
ただ、もうちょいぼろっちいっていうか、髪とかボサボサなイメージがあったんだけどそうでもない。
たぶんこのあとに服変えない&身だしなみ整えないでボロボロな感じになっちゃうんだろうね。
隣のお供のガイコツはそういうの疎そうだし。
……………………あれ、やっぱりバックアードだったりすんのかね。
まあ、今は別にどうでも良いけど。
(これ、声かけるべきなん?)
《行ってくる、とか言えば良いんじゃない?》
ラフレシアはそう言うけど――これはパックくんに訊くべきか。……幸い、下半身の口にしっかりといる。ちゃんと連れてこれたみたいだ。
『不死ノ王』はなんて言ったの?
《……『ここで待っててくれ。必ず戻ってくる』》
「『ここで待っててくれ。必ず戻ってくる』」
《棒読み感が凄まじい》
声出しに厳しいラフレシアPに駄目だしされてしまった。
台詞って言うの難しいんだよね。自分が作ったキャラなら好きに出来るけど(豚で喋る時とか)、誰かの物真似とかするの感情の出し方が苦手だから上手く出来ん。
「行ってらっしゃい」
「お気をつけて」
アスカが手を振ってきて、ガイコツが頭を下げてきた。
とりあえず、その場から離れる。
だかだかダッシュをする。下半身を支えているのは腕だけど、割と普通に走れてる。なんか虫っぽい移動感があって、生理的に無理な人は無理かも。
(はいそれじゃあ、点呼)
「あば」「うぶ」「あぶ」
「ぷぎぃ」
《えっと、5》
《あー、6》
全員いますね。
(何気にラフレシアも乗ってくれんのね)
《点呼は大事でしょ》
真面目故だった。
あっ、ちなみに上半身は数には入ってないよ。こいつら、俺にとってほぼ敵なところがあるから。それにワームくんをぶち込んでるから、ほとんど自力で動けないし。そもそもワームくんが入ってるのに俺自身に影響がない時点でもう完全に別個体なんだよ。
んでは、どうしましょうね。
(それで、とりあえず勇者と魔王をぶっ殺しに行けば良いんだよな?)
《まずはね。それでどうなるか、だね》
アンゼルム、バルトゥラロメウス、あとリディアから聞いた感じじゃ、勇者と魔王+リディアを倒すことはそれほど難しくはないらしい。
能力はそれほど高くはないそうで、最上位スキルをつかう様子もないどころか、王種未満なレベルらしい。
……だけどバルトゥラロメウスを除いて誰一人生きて帰ってこれなかった。
『観客』が足りなくなって狂界が保てず、終わりと同時に吸収されてしまったり、時間はあったはずなのに終わったりする場合もあったらしい。後者の場合は恐らく死亡した可能性があるとのこと。
――そのことから、勇者と魔王は倒すごとに強化されるのでは、と言われている。
うん、何度も倒すことになるかも、なのだ。
勇者達を倒して、アスカのところに戻っても、その際アスカにとって望む結末(言葉?)を与えられなかった場合、また繰り返すんじゃないかって言われた。
そもそもアスカはどれが最良の結末かなんて自分自身でも分からないんだ。だからいくら真に迫った結末を演じたところで繰り返すはめになる可能性が高いみたい。
……目的はアスカに正しい結末を教えることではなく、アスカにこちらの提示した結末を納得させること。
これは間違えてはならない。
正しいか正しくないかは問題ではない。
……すっごい難しいから、クリアするのはまず無理かも。
まあ、元々クリアするのは俺の目的ではないんだよな。魔神倒すとかほぼ無理ゲーだし。
俺の目的は……アスカを倒してミチサキ・ルカを解放する、のももちろんだが一番は――アスカを『妖精化』させること。
どういうことっていうと、アスカの魂をラフレシアに解析、コピーして貰って、俺の中に核にして、ぶち込んでもらうのだ。そうすることで、回復能力を持った妖精を使役出来ると言うわけだ。
前々から他人にも使える回復能力が欲しかったからな。これを機に手に入れようとしたのだ。
せっかくだし、強い回復能力を持つ奴が良かったし。
ついでに記憶もある程度コピーしておく。こうすれば四天王を納得させられるからな。場合によっては、魔神の魂を複製して、それを殺すなんてことも考えてる。
《うん、倫理に反してるね》
パックくんにむっちゃ苦言を呈された。
(今後、回復能力は絶対に使うからな。何が何でも欲しいんだ)
またミアエルみたいに目の前で仲間が死にかけるのは嫌なんだもん。仲間を死なせないためなら、俺はどんな非人道的なことだってするよ。
《……キミみたいになれたら一番良いのかもね》
《それはない》
真似しちゃ駄目よ。
《……二人して否定しないでよ》
パックくんは少し悲しげに笑う。
無理してそういうことはしない方が良いよ。俺だって、そういうのに抵抗あるならする気はないし。目的を達成させるために心を壊しちゃ意味ないしね。
そういう意味では、今の俺はこの自分の『サイコパスな魔物精神』が大好きです。
そんなわけで、アスカの魂を間近に欲しいわけなんだけど……。
(さっきのアスカに魂なかったよな?)
《ないね。あれも登場人物の一つだと思う。見渡しても……それらしい魂はないからまず、本体を引きずり出さないと》
魂のコピーする、という点においては外からでも良かったんだけどね。でも魂に干渉すると反撃される可能性が高かったから狂界の中に入って、許しを得られたらもしかしたら大丈夫かなーと思っているのだ。
ただ、見つからないのはちょっと想定外だった。地面とか別にアスカの一部ってわけでもないようだし。
(あのアスカが設定通りの言葉しか吐かないなら、魂のコピーどころかクリアもまず無理だろうな)
《だね。本体が出てくるようにするべきだけど……》
うーん、どうしようね。こういうののテンプレって熱い言葉で感応させてーって感じだけど俺には似合わん。まあ、もし何度も繰り返して死にそうになったらブチ切れて熱くっぽい感じにはなるかもだけど。
パックくんの『不死ノ王』の本当の言葉で釣るとか?
《ただ言うだけじゃ駄目だろうね。アスカから『訊いてくる』が最低限の条件だと思う》
パックくんがそう言う。
確かにねー。感情が薄い相手が感情的に訊いてくるように仕向ける――うーん、無理ゲー!
まず、どう言葉を届けるかだよね。試行回数重ねたいけど、やり過ぎは禁物。試行錯誤ではなくしっかりと観察して論理的に効率よくやらんとね。
おらー、じゃあまず勇者と魔王をぶっ殺すぞー。
次回更新は1月15日23時の予定です。




