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転生したら、アンデッド!  作者: 三ノ神龍司
第三幕 終わらぬ物語の行方
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第四十七章 いつか願った理想のために

 たくさんの豚が現れて、色んな方向へと散っていく。だが、三匹程度がアスカの方へ――明らかに転移魔道具へと向かっていた。


 プルクラは舌打ちし、魔道具に向かう三匹の豚達の進行方向にある地面を挟み込むように隆起させ、潰そうとする。


「きゃー」


 しかし意外に豚は俊敏で三匹中二匹が素早く逃げ出す。横一列に併走していたため、真ん中の豚が逃げ切れず、ぷちりと潰されてしまう。


「のぶながー」


 謎の断末魔を上げて、豚が絶命した。


「われ、わら!」


「うち、き!」


 避けた豚が顔をつきあわせて、何かを言っている。「やっぱれんがはだめね」「あいつえらそーだもん」などと(ささや)き合っていた。


 他の豚はあてもなく走り回っている。今し方魔道具に向かっていた二匹も、そのあてもなく走る一団に加わる。


「――」


 最終的に何をするつもりなのか分かるが、その間に何をしようとしているのかが分からない。


「さまーそると!」


「!?」


 不意に真下から声が聞こえてきて、恐怖心も相まってとっさにプルクラは大きく下がった。


 彼女の足元には尻尾が長い豚がおり、ちょうど尻をこちら向けて横振りしているところだった。――その尻尾から謎の白い砂が()き散らされる。だが、こちらに届くことはなく、ただ地面にまかれただけだった。


 豚が白い砂――恐らく塩を一度見てから、プルクラを見上げる。


「なっつっのっ! しお!!!」


「死ね」


 プルクラは衝撃波で潰そうとする。だが、やはり豚は俊敏(しゅんびん)に避けてくる。――恐怖心が段々と怒りと狂気に染まってくる。


 ――が、意識が豚に向きすぎていた。


 ダラーの接近を許してしまい、蹴り飛ばされてしまう。


「うぐっ!」


 地面に叩きつけられそうになるが、なんとか耐える。しかし、そんなプルクラに「わー」と声を上げながら群がってきたのだ。


 無数の豚が八方から迫ってくるのは、それだけでも中々の恐怖を抱いてしまう。


 そのうち一番近い豚が、突如溶け出し、プルクラに覆い被さろうとしてきた。


「っ!」


 衝撃波を放ち、吹き飛ばし、同時に空に飛び上がった。


 そして足元に集まってきた豚達に衝撃波を放って潰す――。その瞬間だった。豚の一匹が、「あっ」と呟き、大爆発を起こしたのだ。


「!?」


 ジェット噴射のために体内に蓄えていた液体燃料に発火してしまったのだろう。だが、プルクラにそんなことが分かるわけもなく、ただ混乱して吹き飛ばされてしまった。


 突然の爆風にもんどり打って、天地が分からなくなってしまう。そのため、上手く止まることが出来ずに、今度こそ地面に叩きつけられた。


「く、そ……!」


 豚は馬鹿げたことばかりしているのに、それに翻弄(ほんろう)されてしまっている。


(援護は!?)


 プルクラは唯一繋がっている味方――オリジナルに怒鳴りかける。さすがに相手の手数が上回っている。範囲攻撃を出せない今、対処しようがない。だから仲間の援護を――最低でも四天王の一人でも来てくれれば、戦況は変えられるだろう。


(出来そうにないわ。国内は荒らされて――ワームや豚の増殖を懸念して、人員を割くことが出来ないの。それどころか浄化作業も並行して行わなきゃ国民からの反感も高まるし……。出来そうだったトラサァンは戦闘不能。バルも足止めを今解除しても、邪魔されることを含めると時間がかかるし……アンゼルムは、まあ論外ね)


(貴女はどうなのよ、『私』は)


(行けるならそうしているわ。座標が分かっているし、飛べるから。……ただ、そうなると恐らくリディアが飛んできて、殺し合いになるかもしれないわよ。それにその豚の本気――猛毒や精神操作を扱える可能性もあるから、逆に不利になりかねないわ)


(…………)


 ――今はまだ豚共はふざけているが、こちらが本気を出したらどうなるか分からないのが厄介だった。それにリディアの件もそうだ。リディアでなくても、魔王との関係や魔道具を持ち出されたことによって、少なくともかなりの強者が、豚がやってきた向こう側にいるということ。


(負ける可能性が高いなら、それを利用する気でいて。アスカ様を飛ばされるのが分かっているならその座標を特定すること優先するのよ)


 ――確かにその通りであるが、難しい。少なくとも今のプルクラにはオリジナルには、理解出来ない問題が数多くあるのだ。


 それは謎のフラッシュバックによって定期的に狂気に陥ること。魂を多く取り込んだせいで発生した不具合だ。自分のではない、数多くの他者の記憶の断片が一瞬にして多量に再生――どころか追体験に近い形に感じてしまい、混乱してしまうのだ。


 それにそのせいで、魔力の感知がやや精細を欠いてしまうことがある。


 でも、通常戦闘程度なら問題ないレベルだ。――だが、転移した向こうの空間の座標を調べる、というのは中々に難しい。


 オリジナルのプルクラも精細を欠くのは問題点は分かっている。しかし、実際になったことがないから理解は出来ない。


(無理よ! 勝手なこと言って! 殺し合いでも良い! さっさと来て!)


 そして最悪なタイミングで癇癪(かんしゃく)が起きてしまう。


(……無茶言わないで。出来る限り早く、援護を送るから)


 そう言ってオリジナルは連絡を断ってしまった。


「なんでよなんでよなんでよなんでよなんでよ」


 プルクラが空中でかがみ込むようにして頭を押さえる。


 分かっている。自分が悪いのだと。分かっている。無理なことも。それでもなお、どうにかしてほしい。


 これは盛大な自殺だ。だからオリジナルはいつも躊躇(ちゅうちょ)する。塗り潰した相手が助かることを願っている。


 でも今のプルクラは、元の人格から成り代わってしまった以上、進むことしか出来ない。もう後戻りは出来ない。


 やらねばならない。自分がやらねば、サンの犠牲が無駄になる。


 あらゆるものが死ぬ覚悟で、やるのだ。


「あぁ、そっかぁ」


 反射結界を全身に(まと)っていたプルクラは、にんまりと笑い、結界を取り払う。


 直後にダラーが襲いかかってくるが――、結界を解く前に準備していた数本の血の槍を巨大な鳥籠――アスカに向かって投げ付ける。


「なっ!?」


 ダラーがギョッとする。――いや、この場にいる全員が、だろう。


 アスカへの下手な攻撃は、反撃を受けてしまうのだ。『主役』になるか以前に、エネルギーとして吸収されるかもしれない。


 それもこの場にいる全員が、その対象になり得る。


 だから、ダラーとブルートは慌てて、その槍を止めにかかった。ダラーに至っては身体能力が向上し、なんとか弾き飛ばしていた。


 その間にプルクラは豚共に向かって、火炎弾を撃ち放つ。


「きゃー」


 豚が慌てて逃げ出す。特に他の個体から距離を取ったのを狙う。そのほとんどが火炎弾にぶつかると爆発したことから、燃料が詰まっている――もしくは何か重要な役割があると判断。


 だが、豚のほとんどが魔道具に向かって行き始めたことから、爆発するかもしれない豚は放置して、優先順位をあちらに変更。


「逃がさない逃がさない――お前らも」


 プルクラは魔道具に向かう豚と――そしてオミクレーとウーを視界に捉える。戦闘には心許なく加わっていないが、魔道具を起動させるほどの力はあるだろう。


 だから殺す。


 豚を確認。アスカの四隅にある魔道具に向かっているが――どうにも積極性が薄い。そもそも現れてから、すぐに向かえば良いのに、それをしていないのは……全てを起動出来ない可能性が高い。


 豚は妖精種のような同一体であるかもしれないと言われていた。だから、魔力は数ほど多くはないかもしれない。二つの魔道具を起動させるのがやっとかもしれない。


 現に四つの魔道具に向かっているものの、それぞれに向かう数の多さが違うのだ。


 全部を起動出来るというブラフか、それとも本当なのか――妖精種と仮定するならブラフだろう。


 かもしれないばかりだが、手数の多さに惑わされて何も出来ない方が問題なのだ。


 ――このプルクラの考えは遠からず当たっていた。


 アハリートはどれほど数を増やそうと、それは見せかけで本体の魔力的に(狂界内部に入ることを考えると)二つの起動が限度だったのだ。


 だからこそプルクラを攪乱(かくらん)し、場合によっては無力化して起動する時間を稼ぐつもりであった。


 それは途中まで上手くいっていた。


 しかし、図らずも追いつめすぎてしまったのだ。このプルクラの精神は誰もが思っている以上に不安定過ぎた。


 プルクラは豚をほぼ無視し、オミクレーとウーに狙いを定める。


 とりあえずこの二人が死ねば、起動要員はダラーとブルートの二人になり、ほぼ詰みとなる。ただ豚が三つ以上起動させられることも念頭に入れて行動するべきだろう。


 そんなことをぐちゃぐちゃな精神の合間に入れて、血の槍をオミクレーとウーに向かって投げ付ける。


「くっ――ダラー! 作戦変更だそうだ! このまま起動させんぞ!」


 ブルートがそう叫ぶと、近くにいたオミクレーに魔道具の方へと首を振る。ついでに自ら近づいて行って血の槍から防いでいた。


「行け、お前らが発動させんだ! 最低限、自分の身は自分で守れよ! あいつ、お前らを殺しにかかってるからな!」


「っ! は、はい!」


「ひーん」


 オミクレーが緊張したように頷き、ウーがベソをかく。


 なんでもいいから、殺そう。出来なければ全員道連れだ。役割をこなせなければ、生きている意味はない。正しくないなら、地獄に堕ちる。


 証明しなければならない、生かされた意味を。生きていく意味を。


「ぶひーん!」


 プルクラの足元で鳴き声がする。恐怖心は狂気に飲まれ、ほとんど感じない。無視だ。


「さまーそると!!」


 また豚が叫んでいる。さすがに鬱陶(うっとう)しいから、そちらを見ずに片手を振るって魔法を放とうとしたところ、ちょうど何かが、ぴしゃりと手に当たる。


 ザリザリとしたものが混ざった液体の感触。


 豚に目を向けると、尻尾をぶるんぶるんと振って、今度は液体を飛ばしてきていた。ぴしゃりぴしゃりと当たり、切り傷につくと痛みが強まる。


 ――塩水だ。


 豚は何度も何度もぶつけてくる。目潰しのため顔を狙っているのだろう。最初の一撃はピンポイントで目に向かっていたため、偶然防いでいなければ目を使えなくさせられていたかもしれない。


「――ほんとうに……」


 苛々する。殺意がなく嫌がらせ程度で留まっているのが、逆に堪忍袋の緒に触れてくる。


 血の槍を投げ付けるが――(かわ)される。さらに火炎弾連射してぶつけようとするが、豚は自らの尻から火を噴射して一気に距離を取ってくる。


 火炎弾を当てれば一撃で殺せるかもしれない。だが、あのくらい離れれば塩水以外の攻撃(?)がないのであれば放置で良い。むしろ構い過ぎていては魔道具を起動させられるかもしれない。


 もっとも遠い転移魔道具二つには、すでに豚が到着して触れている。あそこはもはや捨てて良い。


 あとは近い左右の二つだが――。


 プルクラは血の槍を両方に投げ付ける。オミクレーはブルートの援護もありつつ(一応プルクラは絶え間なく攻撃は続けていた)、自力で槍を避けていた。身体能力に特化させようとしているタイプなのだろう。


 対してウーは、戦闘に慣れていないのか慌てており、魔法を発動させようとするが、それも遅く、ダラーに守って貰っていた。進行方向に何かしら予め炎やら置いておけば遅らせることも容易だろう。


 二兎追う者は一兎も得ず。さらに狭く選択をしていくべきだ。


 先にやるのはウーだ。猛攻を仕掛ければ、ダラーも(さば)ききれなくなるだろう。


 プルクラはそう考え、実行に移そうとした――その時だった。


「来たわ!」


 ――オリジナルの声が背後からしたのだ。


 これには思わず、プルクラは振り返ってしまった。


 ……そこにいたのは、豚だった。


 豚は口を開く。そこから出てくるのは、オリジナルの声だ。


「おーにさんこっちらーぶっひっひー」


 さすがにブチリと緒が切れた。


「うがぁあああああああああああああああああああああ!!」


 プルクラは怒声を上げて火の海で豚を飲み込まんとする。声真似をする豚はオリジナルの声で笑いながら尻から火炎を噴射して、空を飛ぶ。


 なにもかも馬鹿にしすぎて腹が立つ。豚が自分の声を出しているのが気に障る。美しさは自分が唯一()めて貰えることなのに、それを穢されたようで許せなかった。


 空中なら――少なくともあの移動方法は一直線だ。狙いやすい。もう一度猛火の海をやれば爆発四散するはず――。


 そんなプルクラの横っ腹に衝撃が走る。


「うぐぅ!?」


 ダラーか、と思ったが――塩水を吹きかけてきた豚だった。その豚が空を飛んできて突撃してきたのだ。


 意識が吹っ飛びそうになるほど、怒りが高まる。


 しかし、安易に火は出せなくなった。近距離では自分も巻き込まれてしまう。


「さまー、そると!」


 塩水の豚は器用に縦一回転――宙返りをする。同時に塩水を吹き付けてくる。

 プルクラはギリギリで目を守りつつ、強風で豚を吹き飛ばし――同時に姿勢制御が出来なくなった塩水の豚に火炎弾をぶつけて爆発させる。


 ついでに声真似をする豚を狙うが――あれは雑に地面に降りたって、そこからジェット噴射して逃げてしまった。


「ぐぅうう――!」


 あの豚をぶち殺したい思いに駆られるが、それよりもウーを止める方が先決だ。


 プルクラは、あと少しで転移魔道具に辿り着きそうになっているウーの足元に血の槍を飛ばし、巨大な火炎弾を直撃させようと撃ち放つ。


「う!?」


 ウーは血の槍が足元に刺さったことで足を止め、火炎弾が向かってくることで身を(すく)ませる。


「くそっ……!」


 火炎弾の方はダラーがその身で受けて、なんとかウーに直撃はしなかった。だがダメージは大きい。


 ――ダラーは基本的に避けることが得意で受けることが苦手だ。血の鎧も強度はそれほどではない。現に血の鎧はほとんど蒸発して、本体も苦悶の表情を浮かべている。


 血の槍が蛇となり、ウーを威嚇している最中、さらにプルクラは火炎弾を連射する。


「ドク! 一旦離れる!」


 ダラーはそう言いながら、ウーを抱えて一度転移魔道具から離れる選択をする。――このままではダメージが蓄積して、倒れるのが確定するからだろう。


 血の鎧の腕部分を盾に変えて、受けながら退くが――一撃ごとに蒸発してしまう。


「これでいいこれで――」


 プルクラはうわごとのように呟く。


 時間を稼げばその分、援軍が来てくれるはず。ここから一番近いバルトゥラロメウスが来てくれれば、敵を魔道具から一度遠ざけさせれば、二度と近づけさせることはない。一気に戦況は有利になるはず。


 とにかく今はダラーとウーに猛攻を仕掛けるのだ。ブルートとオミクレーは――転移魔道具に着いて完全に守りに入っている。……完全な守りに入ったブルートを崩すのは至難の業だろう。


 ――時間を稼ぐ、ダラーとウー、倒すどちらでも良いから、出来れば――。


 そう思っていたのに。


 ――何故か、大きな空間の乱れを観測した。


 それは何度も見たことがある、転移魔道具が発動する際に起こるもの。


「なんっ――!?」


 やはり豚が発動させた――と思ったがウーが本来起動させるはずだった間道具には豚がうろついているものの、触れてはいない。というか誰もいない。


 ……違う。


 プルクラは指を向け、威力は弱いが、高速で飛ぶ水の玉を飛ばす。


 すると何もない空間に、ぱあんと鋭い音が鳴り、――何も見えないがようやく感知出来た。そこには何かがいた。透明になっている何かが。


 もはや転移魔道具を壊すつもりで、巨大な火炎弾を生成し、撃ち放つ。


 ――その瞬間、その透明な何かが慌てて逃げるように剥がれる。そう剥がれた。剥がれたところにいたのは……ウーだった。


「なんっ……え?」


 これにはプルクラも困惑を隠せない。


 ダラーに攻撃を仕掛けつつ、そちらを向くとやはりウーを抱えて――と思ったら、そのウーの顔が豚に変わってにやにや笑っていた。


 入れ替わられた? ……いつ? ――声真似をして後ろを振り向いている間に、か?


「ぴゃああああああ!!」


 ウーが迫ってくる火炎弾に泣きながら悲鳴を上げる。しかし逃げるつもりはないようだった。


 そんな彼を守るように豚達が盾になるように文字通り溶け合い、肉の壁へと変わり受け止めた。しかも一撃では壊れず、表面がやや(えぐ)れて焦げただけだ。


 一番近い魔道具はブルートに守られ、ウーが起動させている魔道具も――あの肉壁はそう簡単には壊せないだろう。それにダラーもすぐに邪魔をしにくるはず。遠くの豚が守る魔道具も、肉壁になって守られるなら突破出来ない。少なくとも転移魔道具が起動を終えるまでの間、守りは突破出来ない。


 詰みだった。


「あああああああああああああああああ!!」


 だからプルクラはアスカに向かって、攻撃を開始する。アスカが反撃してくれれば、全てを台無しに出来る。


 しかし、プルクラが飛ばした無数の火炎弾は――複数の謎の黒い球によって、全て吸収されてしまった。


 小さな転移の反応があった。


 そこから黒いローブを纏った魔女が――リディアが現れる。黒い杖を持ち、どこか悲しげな顔をしながらプルクラを見上げていた。


 それにすれ違うように透明な何かと声真似をしたであろう豚がリディアが転移してきた側に消えて行ったが気にする暇はなかった。


 ……とにかく全てにおいて、何もかもが終わったことを悟る。


 そして、それは巨大な鳥籠が消え去ったことで、現実へと至る。


 とりあえず、プルクラにあるのは一つの感情だけだった。


 皆殺しにしてやる、という殺意のみ。


 ある意味でもっとも辛い戦いが、開幕するのであった。










 俺の口からため息が漏れる。


 うーむ、緊張する。


 準備は済ませたけど、実際どんなことが起こるか分からないからもうドッキドキだよ。最悪死ぬかもしれないしね。


 一応、待ち時間の間に過去の魔王と勇者については聞いてみてた。バルトゥラロメウスの話と違って、たぶん弱体化しているらしい。もしそいつらと戦うことになっても、俺でも倒せるかもしれないってさ。


 ただ、色々と不穏な情報をアンゼルムから聞いてるんだよなあ。生きて帰れた奴はバルトゥラロメウス以外にいないけど、ちょっと特殊な方法でほんのちょっとの情報は持ち帰れてはいたみたい。まあ本当に断片だから役には立たない、考察する程度のものらしいんだけどね。


 目の前の空間が大きく歪んでいる。


 しばらくしたら、ここに大きな鳥籠がやってくる。んでもって間髪置かずに吸収してくることだろう。


「準備は良いっすか、ラフレシア」


《今更逃げ出したいとか言っても仕方ないし》


「パックくんはいらっしゃる?」


 そう問うと、ポンッと目の前にパックくんが現れてくれた。


《いるよ》


「俺にくっついてくる感じで入れるかな?」


《……出来れば体内に入っていた方が良いかなあ。完全に透明だと狂界に入れないし、少しでもバレてるとエネルギーにされるから》


 体内に入るのがたぶんすっげえ嫌なことは伝わってくる。出来るだけ快適になるように下半身の口の中を改造しておこう。最低限フローラルな香りがするようにしておきましょうかね。


 時間がないので、パックくんはさっさと俺の下半身の大口の中に入っていくのであった。


 一応の準備は整ったかな? しっかりと『隠形児戯』と『孤苦零丁』は回収出来た。『孤苦零丁』は壊れるかもしれないと思ってたから上々である。


 体内に吸収したし……他は大丈夫だと思うけど……。


 と、身体を見回していると一つ気になることが出来た。


「『主役』になれない奴がエネルギーになるってことだけど……上半身共と豚、大丈夫かな?」


《……吸収されるんじゃない?》


「ぷぎ!?」


「そっか残念だな」


「ぷぎぃいい!?」


 俺が優しく豚を撫でると、すごい慌てる。――つい、意地悪をしてしまった。


「うそうそ、魂抜いとくからな。……別に問題ないよな?」


《うん、入れたばっかりだし引っこ抜いても問題ないよ》


 ということなので、一旦豚の魂を抜いておく。あとで暇があったら適当な魂をぶち込み直そう。


 そうこうしている間に、ずどぉん、と巨大な鳥籠が降ってきた。うーむ、圧巻だ。実はジルドレイに侵入する前に一度見てたけど、遠目だったからなあ。


 こんなに近くで見るのは初めてだ。


 んで、逆さづりされた血の鳥が左右の蛇に翼を噛みつかれる。そこから血が溢れ出し、大量の血が籠の外に流れ出てくる。


 赤黒い血が洪水のように流れてくるのはマジで怖い。


 でも、俺はそれから逃げ出さず、ただ身を任せるように血の洪水に飲まれるのであった。

次回更新は1月8日23時の予定です。

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