第四十六章 膠着と打破する者
目標地点に辿り着きました、どうもアハリートです。周りには集落は特になく、激強なアンデッドとかいなさそうです。仮にいたとしたら、俺が『観客』になって大惨事だ。まあ、サンがこない限り大丈夫だとは思うけど。
ここは岩場の多い荒れ地だ。
視界も広いし、音も魂も感じた限りじゃ生き物はほとんどいない。
ここにアスカを転移させる。ただ、タイミングはかなりシビアになるらしい。
というのも、アスカを転移させる魔道具は、あくまで『転移の補助』に過ぎないらしい。転移するかどうかはアスカが判断するようで……たとえば何もない場所はもちろん、アスカにとって危険である魔力が全くない場所に移動させようとしても、移動してくれないようなのだ。
最悪、それを攻撃と見なして反撃してくることもあるそうだ。
なので、移動する前に、こちらの『魔力を蓄えた魔道具』を解放して誘い出すのだ。
ただ、解放すると魔力の消費が激しくなる上に、消費中に回復させることが出来ない。回復させるには一度、空にならないと出来ないようなので失敗は許されない。失敗したとしても、また回復させれば良いけど……確実に面倒な邪魔が入ることだろう。場合によっては四天王が出張ってくることもあり得る。
だから、成功のために出来うる限りのことをしなければならない。
現在アスカがいる場所には、ドクターやラフレシアがいるから座標は分かっている。リディアに頼って、何かを送り込んで戦いの支援をしよう。
もしくはこっちが転移させる魔道具を起動させるか。
転移させる魔道具は四つあり、それを全部起動させなきゃならない。
さすがにドクター、ダラーさんにその役を任すわけにはいかない。……ドクターやダラーさんに任せてしまったら、サンを止められる手段が存在しなくなる。
戦いに関してはリディアが適任だけど……リディアを向かわせるのは悪手だ。魔力を蓄える魔道具をギリギリまで維持しないといけないから、あっちには送れないのだ。
アスカをこっちに送って貰った後すぐに、入れ替わるようにリディアにはサン側に行って戦ってもらうのがベストだろう。
なので代わりに俺の『分裂体』を送り込んで、とにかく時間を稼がないといけない。
――でも『分裂体』は弱いから、よく考えないと。出来ることはなんでもしないとな。
(ラフレシアー、俺の体内の魔道具って良い感じに融合してるんだよね?)
進化したら魔道具を取り込めるかも、という期待を持って臓器風魔道具にしてもらったまである。アスカが魔晶石を取り込んだように、魔道具も取り込めるんじゃないかって思ってたんだよね。
《そこも調べて見たけど……進化して身体の一部になってるよ。ただ、ちょっと特殊かも》
(特殊?)
《スキルにはなってないんだよね。魂の融合はしてなくて、魔道具にマスターの魂がただ繋がってる感じ。でも身体の一部になってるから再生は出来る。けど普通の部位と違って再生速度はかなり遅いかも。魂とかスキルを造る過程があるから》
ふーむ、つまりぶっ壊れても造り直すことが出来るようになったわけだ。それに好きなだけ造れるようになったということか。ただ、ぱぱっと造れるわけじゃないから注意が必要だろう。
……なんかラスボスかギミックボスっぽい要素だな。弱点ではないけど、壊さないと戦いが辛くなるみたいな。壊したとしても時間は空くけど、また使えるようになる……やっぱりラスボスかギミックボスだわ、これ。
まあ、なんであれ、多少雑に使えるようになったのはありがたい。
けど、雑に使い過ぎて狂界内で使えない、みたいな状況は避けるべきだろう。考えて使うべきだ。場合によっては、今回使った魔道具は使えないと仮定した方が良いかもな。
んでは、どうしましょうかね。
サンは怒りが最高潮に達しようとしていた。
とにかくダラーとブルートが鬱陶しい。ブルートには火力で押し負けて、悉く手を潰されて、日光を造り出す搦め手を使おうとすればダラーがカバーに入ったり、隙が出来れば即座に攻撃してくる。
そしてそのどの攻撃にも殺意がなかった。
理解している。ダラーにとって『サン』は大切な相手であり、殺すことが出来ない。だが、殺せないからと消極的な雰囲気は一切無く、躊躇いはないようなのだ。
まるで可能性があるからと殺すという手段を取らない『だけ』のようで、腹立たしくある。
何を期待しているというのか。サンの記憶は塗り潰してしまったというのに。
ときおり現れる残滓に身を委ねて『貸す』ことはあれどその程度のはずなのだ。
そして何より、アスカを人狼の国に飛ばすのを防いでいる、さらに魔道具の破壊を優先して行わないということは別の『アンデッド』に狂界内に入らせるのを任せるつもりなのだろう。
まさかダラーかブルートのどちらか、ということはないだろう。さすがにそこまで自惚れていないはずだ。
なら、ブルートが飛んできた先か――また別のどこかに待っている可能性がある。場合によっては支援しにやってくるかもしれない。
そうなると国内に侵入したとされる魔族のテロリストが怪しい。うち一体がアンゼルムと接触して(それはオリジナルに殺されたが)、どうにかして魔力を溜める魔道具を持ち出したのかもしれない。まあ、ブルートが味方している時点でそれは簡単なことであろうが。
だから人狼の国に落とさずにいけるのだろうが――――ただ、色々と不可解な点がある。あの魔道具は欠陥があるため、簡単には使えない。そもそも高レベル、高出力のアンゼルや最高レベルに達したサンの魂でさえ、あれを十分に満たすことが叶わないのだ。
……仮に魔界からやってきたとしても『アンデッド』という一点ですでに現実的ではない(基本的に全生命体に敵対的なため)。
あれに蓄えられるとしたら現魔王だろうが、あれが魔界――どころか自身の城から出てくることはないだろう。魔王と認定された瞬間から、レベルの増強が始まり、それを防ぐ手段――結界内に留まるなど――をしないと滅んでしまうためだ。
……可能性としてはリディアだろうか。魔界側と多少なりとも親交を持っていたはず。供給面をリディアが担当し、攻略を物珍しい友好的なアンデッドに頼む、というのが正解に近いだろうか。…………前者より後者の可能性が一番怪しい。
……仮定するなら、魔界側に高レベルの吸血鬼がおり、それが協力している、と言ったところだろうか。それなら納得が行くが……。
ダラーやブルートが納得するような強者であり、魂を操る能力に秀でた者……。……そもそも魂関連の力は搦め手に近い。そちらを伸ばした場合は、直接的な戦闘能力は乏しいはず。少なくとも狂界内では、生き残り続けるのですら怪しい。
「私の何が駄目だって言うのよ」
魂を無理矢理入れ、狂い行くサンの精神をプルクラという精神で上書きして、無理矢理レベルを上げ続けた。
また、アスカの狂界攻略はアスカへの理解度も必要なための上書き措置でもある。
そのために自身に懐いてくれていた者の精神を塗り潰して乗っ取った。
無理強いはしていない。誰もがプルクラの目的を理解して、プルクラになることを選んでくれた者達だった。
それらを踏み台にし続け、そして最後とも言える最高傑作であるサンの魂より優れた者がいる?
――そんなの許せるわけがない。認めたくない。だったら今までの犠牲はなんだったのかと問いたい。
狂いそうになる。でも、サンのためにも完全に狂うことは許されない。ごちゃまぜになる記憶と知識の中、必死にプルクラという存在をたぐり寄せて、ギリギリの正気を保つ。
それに怒りに任せて戦い、誤ってアスカに攻撃を当ててしまったら目も当てられないのだ。
だが、その『手加減』のせいで苛々は加速する。
今のプルクラのメインウェポンは吸血鬼の基本スキル『血器錬成』と『魔術』という統合スキルだ。
『魔術』は魔力の操作が素早く精密になり、最大出力が上がり、一度使った魔法を瞬時に再現することが出来るようになるのだ。
特殊な効果はないが、その代わり基本性能が大幅に上昇している。
生半可なナイトウォーカーよりも出力という面では勝っている。――だが、ブルートはサンと同様に千年近く生きた吸血鬼であり、戦いこそ得意ではないものの実験で自らに魂を入れてレベルを上げた過去がある。そのためナイトウォーカーの中では、アンゼルムに次いでレベルが高い。
王種にもなり得るレベルであったが、高レベル帯での王種を目指していたようで未だ成っていないようだ。サンより劣るものの、吸血鬼としては魂の強度がそれなりにあったため四天王を越えた可能性すらある。
ただ残念ながら、『獣人の件』に関わったということで、とばっちりを受けて、研究施設から遠ざかる羽目になり、それ以降は落ちぶれて堕落しきってしまったようだが。
巨大な鳥籠を背に(その後ろにオミクレーとウーがいる)、白衣のポケットに無造作に手を突っ込んだまま、サンの攻撃を受け切りつつ、雑な衝撃波を飛ばしてきている。
守りは鉄壁だが、攻撃は大雑把で直線的だ。
攻撃範囲は広いため油断は出来ないが、意識し過ぎるほどでもない。
たぶん他の攻撃はないだろう。直線的な高火力以外はないはずだ。
手数を増やして、火力を落とすことでレジストからの反撃を恐れているのが分かる。やはり戦いに関してはずぶの素人のようだ。
「ちょ、ブルートさん、もうちょっとこうなんか出来ないんすか? プルクラ様の脅威になってないっすよ、たぶん。こっから離れてあの人の周り飛び回るだけでも、なんかちがくなると思うんすけど」
オミクレーがおずおずと言うが、ブルートは首を振るう(全身真っ白になっているため表情は分からない)。
「イヤダ、オレ、ハナレナイ、ココカラ」
「駄々こねないでくださいよ、ガキじゃないんすから……」
オミクレーが思わず項垂れてしまう。
――ウーは転移させる魔導具に興味を示している。プルクラはダラーの攻撃を警戒しつつ、『血器錬成』によって造った小さな血の棘を近くに放つ。
「ひっ」
それだけで動きが鈍くなる。目を離したら不味いが、対処は容易。殺すことを厭わなければ止めることが出来るはずだ。
――その一瞬の隙にダラーが宙に浮いているプルクラに跳びかかってくる。
プルクラはとっさに物理障壁を張って血の鎧を纏った拳を受けた。反射効果を付与していたため、ダラーから二撃目が繰り出されることなく吹き飛ばす。
プルクラは地面を二つの巨大な板に隆起させ、押し潰さんとする。だが、ダラーはもっとも近い接地面を見極め、血の鎧の一部を伸ばす。そして接地した瞬間に本来ならわずかな反動を血の鎧の補助を含めた筋肉の伸縮、関節の屈伸を最大限に使い、勢い良く跳ね飛んで逃れる。
地面に降り立つが……すぐに体勢を立て直されて、追撃する隙がない。
ダラーは近接戦闘において、素早さも脅威であるが何よりもセンスがずば抜けている。針の先で小さな穴の中を素早く連続でつつけるような精密性があるのだ。
だからこそ、範囲攻撃で一掃するのがベストであるが……、それを本人も理解しているため、常に鳥籠に攻撃が入るかもしれない位置取りをしてくるのだ。
とりあえずダラーさえ落とせば、後の対処は容易なはず。
ダラーは無力化が望ましい。殺してしまった場合は恐らく、『サン』を殺さないように頼まれていたであろうブルートが切り替えて殺しにかかってくるかもしれない。
相手は高レベルのナイトウォーカーだ。最悪相打ちもあり得る。本来なら一目散で逃げるが、魂を見る限りでは支配されているから、そうなる可能性が高い。もしくは魔道具を破壊されての逃走だろうか。
ベストは、ダラーを早めに消耗させての無力化だろう。
ただ、継戦を目的としているのか――――やはり援軍が来るのだろうか。だったら早めに――とプルクラが考えているとブルートの近くで魔力の乱れを観測した。
それは転移魔法の魔力濃度。つまり誰かがやってくる。
転移そのものの邪魔は難しい。けれど、転移してくるであろう場所に何かを撃てば……それなりにダメージを与えられるはず。
プルクラは地面を掘り起こし、雑に固めた礫をその転移門に向けて放った。
いくつかはブルートに止められることを想定する。――畳みかければもしかしたら、攻撃が通ることも考えて、猛攻をブルートに仕掛けた。
「!」
だが、ブルートはわずかに戸惑いつつも……転移門に手出しはしなかった。
ブルートが四苦八苦しながら防ぐ横で、転移門に無数の礫がぶつかり――砕けた。
そして、その砕けた礫から何かが――火炎を後部から噴射する何かが――現れ転がり込んでくる。
寸胴な胴体。短い手足。つぶらな瞳にハートを逆にしたような鼻。
豚だった。
「俺、参上!」
豚がそう言った瞬間、その豚からまるで重なっていたかのように、たくさんの豚が無数に現れて散って行くのである。
「!?」
プルクラは謎の恐怖心を抱きつつ、その光景を見下ろして思うのであった。
意味が分からない、と。
次回更新は1月1日23時の予定です。




