第四十五章 自己の薄い自己中心的な化け物
びゅんびゅーんと俺は空を飛んでおります。正確には、横に落ちてるっていうのが正しいんだろうけど、どっちでも良いかな。
リディアにかかれば、俺の巨体でもらっくらくー……とまでは言わない。運ぶ(重量)だけなら問題なかったんだけどさ、饅頭下半身の胴体共が絶妙に反抗しやがるから、レジストして落ちる可能性が出てきたんだよ。
なので一応液体燃料を生成して、飛べるようにはしてる。
あと、小うるさい饅頭下半身の胴体共にはしっかり言いつける。暴れると落ちるからね! そうなったら切り離すからね! 知らないからね! ってね。とりあえずそう言ったら、あばばばとしながら抵抗は弱くなったよ。ちゃんと言えば聞いてくれるみたいね。
――もしや上半身の胴体共も対話すれば、意思疎通が出来る? もし出来たら――俺はすでに全ての胴体と対話を終えている、って別個体のレギオンに出会ったら言えるかも。
え? そもそも別個体のレギオンは狂って会話出来ないだろうって? うるせーばーか!
っていうか、そうとも限らないんだよな。『不死ノ王』ももしかしたら、レギオンの過程を辿ったかもしれないらしい。死ににくさが、まさに今の俺に近かったようだ。
まともな意識があるレギオンがいる可能性は十分にあるのだ。
ちなみに俺が他の胴体の狂気に飲まれなかったのは、感情スキル『人心』があったからだ。別に本体だからだとか、元の精神が激強だったとかではない。そんな曖昧な勝算とも言えないもので賭けなんてせんよ。
そんなこんなで、俺は常にうるさい精神負荷を受けながらもまともっぽい精神を保っていられているのだ。
(考えてみれば豚とも意思疎通出来てるっぽいし、なんやかんや対応は出来るんだよな)
《豚っぽい見た目をした、謎の精神を宿した生物って言えば良いかもね。豚だけど豚じゃないのは確か》
俺とラフレシアは豚を見下ろしながらそんなことを言う。
ああ、一応だけど胴体共は意思疎通は辛うじて出来るけど、意味ある言語は口にすることはない。普通にあびゃびゃあばーふんぎゃーと密林から聞こえてきそうな声で喚いているだけだ。思考も良く分からんし、こっちの意思を伝えるとわずかに望み通りに反応してくれる感じ。
根気強く、なんか話すように命じても駄目っぽい。どうにも言葉が扱えないらしい。昔の俺みたいだな。
《そうそう、ちょっと確かめて欲しいって言ったことあったじゃん? それ、大体調べ終わったよ》
(マジで? どうだった?)
《結論から言うと、今のままだと豚は死んだら別の個体になるかも》
(あちゃー)
「ぷぎぃ!?」
予想通りだったけど、豚はというと驚いたように鳴き、口を開いてわなわな震えていた。
《豚の核らしきものがないから、記憶の保存はどうやっても出来ないと思う》
(そっかぁ。まあ、それは良いとして……)
「ぷぎ!? ぷぎぃいいいいいいいいい!」
豚がぞんざいな扱いにブチ切れて暴れるけど無視だ。
(となると、やっぱり……ワームくんには――核がある?)
《うん。ただ、私のように本体としてじゃなくて、単なる記憶の抽出先かなんなのか……そこまで詳しく判別出来てないけど》
(どういうこと?)
《あくまで復活する度にそこから記憶を読み出してるだけで、本体ってわけじゃないかもってこと。ある種別個体で文字通り、『とある魂』に寄生してるだけかもね》
ちょっと俺にはむじゅかしいかも。でもある程度は理解出来たかな?
……ずっと気になってたんだよね。ワームくんは明らかに別個体になっているはずなのに、全てが同じ意思に統一されていたのだ。今までは気にならなかったんだけど、豚に魂がないのを見て、ラフレシアに確認したんだ。
もし豚が死んだらどうなるって。ワームくんみたいになるのかな、そうじゃなかったら……ワームくんとの違いは何かって。
俺の魂を調べて貰った結果、豚には核がないから、死んだら別個体になっちゃうかもという結論になった。――けど、そうなるとワームくんは一体なんなんだ、ってなる。
ワームくんの記憶の保存先である核があるはずだけど、ざっくり見た感じではそういうのはなかったらしい。
……あくまでワームくんっぽい核は、な。
ちょっと話は変わるけど、『魂支配』って本来一体にしか、かけられないスキルなんだって。
でも俺はこのスキルを取得当時から三体もかけることが出来た。その理由は分からなかった……っていうかそもそもそれが普通だと思ってたから気にならなかったんだ。
でもラフレシアが俺の眷属となった時、さらに一体分増えたことで理由が明確となった。
混ざり合わない別個体の魂の核が俺の内部にあることで、『魂支配』の使用回数を増やすことが出来るのだ。ちなみに俺の魂に混ざり合わずにあることが条件なので、胴体共がいくら増えようとも回数が増えることはない。
で、その四回分だけど、まず本体である俺、それとミチサキ・ルカなのは間違いない。で、ラフレシアに……後一つは……たぶん……、
(魔物の魂?)
《だと思う》
(ほぼほぼ、魔物の魂=ワームくん?)
《かもね》
(そっかぁ……)
俺は天を仰ぐとラフレシアが不思議そうにする。
《なんで残念そうなの?》
(……なんかさ、精神世界で魔物が俺を浸食していきそうになって、打ち勝ってパワーアップしてさ――それでもなお、魔物の魂は残っててさ、俺の本当の力を使いたきゃ、死ぬんじゃねえぞ――的ななんかを妄想してた)
《漫画の読み過ぎ》
良いじゃーん! 俺だって月○天衝みたいなのぶっぱしたい気持ちがあるの! 前半力強く叫んでいたけど、後半静かに言って高威力を出したいの!
でもこのままだと、仮に精神世界入ったところで、めっちゃ懐いてくるワームくんがいるだけじゃん! それでも良いけどさ!
(まあ、良いけど。それで、豚の人格を保存するにはどうしたら良い?)
《適当に魂ぶっ込んで、なんとなくマスターの魂と接続しとけば……なんとかなるんじゃない?》
(んな雑な……)
豚、泣いちゃうよ?
「ぷぎぃ!!」
豚はリディアのフードの方にいるラフレシアに向かって、いーっと歯を剥き出しにして怒っていた。
《怒んなし。……一番確実なのは正式に眷属として迎えてあげることだけど……そこまでしたい?》
(いや別に)
「ぷぎ!?」
さすがに豚は眷属にいらないかなあ。役に立ちそうにないし。眷属を維持するにもコストがかかるからな。
あっ、そういえばラフレシアの総数、増やせるかも。魂ありの胴体共に憑かせれば一体につき、1~2人程度維持出来るかもだってさ。これで一気に数十人のラフレシアを運用することが出来るかもしれない。
ただ、不安要素としてラフレシアが他者に憑く場合は契約しなきゃいけなくて、その場合、契約者より下位に位置することなるんだってさ。その結果、俺自身に干渉される恐れがあるかもしれないのを注意した方が良いらしい。
色々とそこら辺、余裕がある時、実験した方が良いかもね。
「ぷぎ、ぷぎ、ぷご、ぷぎぃい!」
豚が何やら抗議するように鳴く。けど意味が分からない。なので、饅頭下半身に蓄えられている魂を手に取り、豚にぶち込んでおく。
(これで我慢してくれ。なっ?)
「ぷぎ!? ぷーぎー……」
豚が驚き、俺に潤んだ瞳を向けてきた。おっと? 感謝されるかなー、とか思っていると……豚のケツからブバッと例のあれが大量に噴出した(うんこするのをやめてくれたので、開通させていた)。
《うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!》
ラフレシア、絶叫。
あっ、うんちはマルチタスクが出来る女ことリディアがしっかりと降り注がないように止めて、焼却してくれました。
しかし、豚の例のアレは止まらない。
《や゛め゛る゛ぅ゛ぉ゛お゛》
絶対濁点なんかつかないであろう声にめっちゃ濁点つけつつ、叫びながらラフレシアは豚の脳天に肘鉄を入れた(豚の頭部から現れてからのノータイム肘鉄だ)。
でも、豚は例のアレを止めない。なので、ケツを塞いどきました。
うーむ、どうやら魂を得たことで『同期』の力が増して『脱糞』の効果も増しちゃったようだな。
《てめ、このっ――また、漏らしやがったら魂引っこ抜くぞ、こらぁ!》
ラフレシアが今までにないくらい荒れている。そんなに例のアレが嫌だったらしい。まあ、さすがの俺も空中で糞を撒き散らすのはどうかと思う。しかも、液体だぜ、液体。地上にいて浴びたら地獄以外の何者でもないだろう。
「ぷきー」
さすがに豚も反省したらしい。しおらしくなってしまった。……ラフレシアの怒り具合、怖かったしな。
まあ、糞を撒き散らされる以外には酷いことなってないし、これで様子見るか。
この話はここで手打ちーと思ってたら、ぺしぺしと饅頭下半身の胴体共が俺を見上げながら、叩いてきた。
(どうしたよ)
「あばー!」「うぶぶぶ!」「ばぁあ!」
めっちゃ不満そう。ちなみに饅頭下半身の胴体共は上半身組と違って、頭だけであったり、脚だけが生えてたり、顔が半分埋まった形になってたり二つの顔が融合していたりとちゃんとした形を保っているのが少ない。
その中でもまともな形をしているのが三体いて、それが抗議してきていた。
饅頭下半身をぺちぺちと叩きながら、豚に指をさしていた。
(なーに不満なのー? 俺らにも魂入れろって?)
「ばあ!」「うぶー!」「ばぅ!」
三体は頷く。
(やだよ。お前ら個性ないし)
「!!?」「!?」「!??」
《意外に無慈悲なマスター》
個性って大事よ。まあ、この三体は比較的個性はある感じだけど、比較的ってだけだもん。そんなんじゃ、特別扱いなんか出来ねえよなあ!?
「ぷぎぃ!」
豚が黒目を上に向けて、顎肉を蓄える笑みを浮かべていた。
当たり前だが、全員にぺちぺち叩かれてしまう。
「ぷぎぃ!?」
豚が驚き、バッとこっちに助けるような顔を向けてくる。
(自業自得)
《今のは私ですら叩きたかった》
「ぷぎゃ!?」
そういう誰が悪いか明確な場合は庇護的な優遇はしませんよ。
(まー、お前ら胴体共に魂入れない理由としては他にもあるからな。狂うリスクがあるんだよ。今は上半身組はワームくんで抑え込んでるけど、肉体を再生させる時とか絶対、やべえ感じになるからさ。そういうの踏まえて、豚は頑張れって思う)
「ぷ、ぷぎー……」
ビビりな豚は、ビクビクと震えており、胴体共も、うーんと悩ましげな雰囲気を醸し出す。まあ、魂ありにしろなしにしろ頑張って生き残れってこった。
まあ、俺はこいつらを使い潰すつもりで行くけどな。下手に情を持って判断が鈍ったら不味いし。出来る限り生き残れるようにはするけども。
……ふーむ、安易に別個体として切り離して放置するわけにもいかないしなあ。
どうやらレギオンって、本体以外の胴体共も『素質』があるらしいんだよな。分離した胴体を逃した結果、レギオンがあちこちで発生した、なんて事例もあるらしい。
今後は寄生虫以外にも胴体共の管理をしっかりしていかないといけない。
そんな俺にリディアが苦笑していた。
「アハリちゃんはすごいね。……普通、自分の身体に違う意思がたくさん生えてきたら、そんなまともでいられないと思うけど」
(そう? ラフレシアと似たようなものじゃない?)
《一緒にしないでよ。私はあくまで私一個体だけど、マスターは完全に別物が身体にくっついてるんだよ? 普通でいられるの、正直頭おかしいと思う》
ひどい。
――まあ、確かにおかしいとは思うけど……。気にならないんだよなあ。俺は自分自身の『個』に対する執着が薄いのかなんなのか。
別になんでも良いけども。今、まともでいられるのならそれで十分だ。それにそんな無駄なことを考えて『楽しみ』を減らすのは勿体ない。
そういうことを踏まえて、俺のためにアスカを救うのだ。この世を安全に楽しむために。
次回更新は12月25日23時の予定です。




