イキリ子豚は内弁慶
妹さんを止めることが出来たので、次は本命のアスカの狂界内部に侵入する目的に移る。
ラフレシアとかと話し合って、どうするかの方向性は決めた。プルクラ、もといサンっていう子をどうにかする方法も、一応考えた。
サンは、レベルだけで言えば吸血鬼の中じゃ最強らしいからね。デイウォーカーだから火力は低いけど、弱点がないとも言えるから、まず倒すのは無理だ。そもそも過度なダメージはダラーさんが許さないだろうしね。
だから基本的に出し抜いて、俺が狂界に入れるようにする方向性でいく。騙すのは得意だし!
その一環で俺はリディアと共に誰もいない適当な場所まで浮かんでいくつもりだ。アスカが動き出した際、どのくらいの範囲を『飲み込むか』はドクターに訊いてる。
今はまだ特に移動はしてないんだけどね。プレイフォートの兵隊や人狼達は退いていてこの場には俺とリディア、ドクターにフーフシャーさん、妹さんを含めた魔族の部隊(俺を警戒して離れている)、ドクターにオミクレーくん、ウーくんだ。
俺はリディアに顔の一つを向ける。
(リディア、適当な場所に連れてって。その後、逃げて欲しいかも)
「うん。下手に取り込まれたら不味いもんね。なんかアスカちゃんの中では私とも戦うらしいから、場合によっては私がその役をやらされるかもしれないし」
本物とガチバトルとか命がいくつあっても足りないんですが。なのでリディアには全力で離れてもらう。
(あっ、そうだ。さっき別の最上位スキル手に入れてさ、もしかしたら特殊効果も使えるようになったかもだから効果見て貰って良い?)
「良いけど……。アハリちゃん、魂系のスキルを取得しやすいのに、まだ『スキル鑑定』得られてないんだねえ」
(特に必要ないし)
リディアがいれば、問題ないしな。それに『スキル鑑定』って無防備な相手にしか使えないから、あんま有用性ないっぽいんだよな。
自分に使うにしても、一度っきりだろうし。まあ、暇があれば手に入れるつもりではあるけども。
リディアにスキルを見て貰う――と「おぉ」と感嘆の声を漏らす。
「中々強い効果だよ」
(どんなん?)
「『死神ノ権能』の特殊効果は自分を中心として発動する範囲技で、発動中は対象のあらゆる魂の接続を切るみたい」
《エグっ》
そう言ったのはラフレシアだ。
ふーむ? 俺はイマイチ、パッとしなかったんだけど。強い効果かなあ。
《……それって肉体からも一時的に接続を切れるんでしょ? 強制的に》
「うん、そうだね」
(殺しちゃうん?)
俺が首を傾げると、リディアが首を振る。
「殺すわけではないみたい。ただ、魂の接続を切られると……現代の人間は基本的に魂を普通に持ってて、かつ記憶とかを脳じゃなくて魂に入れてるから……一時的に廃人になる感じ」
それは確かにエグい。
《それに呪い系とかマスターが使ってる『魂支配』なんかもかけた側の接続を強制的に切れるからかなり強いよ》
支配系にかなり有効なのか。ただ、一時的っぽいからその間に何かする――場合によっては、逆に支配を奪い取るべきか。出来るかどうかは分からんが。
即死系より使い勝手良くて助かる。
(次は『異空ノ猟犬』で。基本的な効果もお願い)
「そっちはー…………基本的な効果は使用した場所から昇降20メートル……かなり伸びてるね。隠密の効果も上がって…………あっ、多少なりの速度上昇もあるかな」
基本性能の純粋な強化は嬉しいね。それに『寄生者』のデバフもなくなったから、地上でも速く動けるようになったし。身体が軽い――死ににくくなったし――もう、何も怖くないっ!
……あとで、ワームくんに頭ぱっくんちょしてもーらお。
「特殊効果は…………これは……あっ、ずるいなあ」
リディアがちょっと苦笑。
(どんなの?)
「都合の良い透過能力。自分にとって都合の悪いものを全て透過して、自分が触りたいものは触れるようになるみたい。私の『理ノ調律』みたいなものだね」
触りたいものを触る……人体透過とかやって、モツ抜きとか出来るんかな。
(ふーむ、確かに強い。……ところでその『都合の良い悪い』ってどう判断されるの?)
「発動者の知識や大気魔力に蓄えられた情報によるかな。もし未知の攻撃だったら、一回は当てられると思う。ただその後、免疫が出来て無効化出来るはず」
どこぞのラスボスだ、それは。……確かにずるい能力だな。
(無敵感すごいけど……お高いんでしょう?)
「――ところが……って言いたいけど、そうだね。発動時間は2,3秒が限度かも。……魔力の回復速度とかが上がってるから、短いスパンで使えるかもだけど無闇矢鱈に使うものではないね」
必殺技って感じか。必殺する力はないけど、上手く使えば不利状況を一変させることも出来るかもしれない。ただ、内在魔力の消費が激しい関係上、本当に下手に使うと逆にヤバいことになりかねない。
使いどころは今んとこ、ないかもね。
んでもって、『言霊』も知っとくか。なので訊いてみたー。
『言霊』は滑舌が良くなる! 声の通りが凄く良くなる! あと、地味に声を聞く能力も上がっているから聖徳太子みたいなことが出来ちゃう! あと、物体に対して実際に起こりうる可能性が高いものや、実行出来る行為の命令を与えて動かせる事が出来る。
攻撃力はほぼ皆無な便利な統合スキルだな、これは。……最上位スキルにするためには、どんな『属性』を持てば良いんだろう。
そもそも『属性』って会得条件不明なんだよな。前はスキルを二個手に入れたりしたらなったよな。一番最初のは『合成獣』だったっけ?
機会があれば、スキルを二個手に入れて見るか。
まあ、『属性』にはスキルの効果を大幅に上げられる反面、デメリットも大きく出来ちゃうから、考えものなんだけどね。『合成獣』なんて異常なほど身体が脆くなったし。
スキルについて気になるのはこのくらいか。……他にもあるけど、別に良いかなあ。『脱糞』とか深く知っても仕方ないし。隠れぶっ壊れスキルでしたーとかさすがにないだろ。
あとはー……何しようかなあ。もう行くか? それとも……そろそろ解決しとかないといけない問題の一つを解決するか?
俺はフーフシャーさんに顔の一つを向ける。
《フーフシャーさん。肉体を大きく変化させてますけど、肉体を変化させるためのストックってある感じっすか? 詳しくはいいんで、ざっくり空間系だとかそういうの教えてもらえません?》
今の俺って結構、身体大きくなってきたしな。本体の俺(核は前回と同じ小さい脳味噌のまま)さえ死ななきゃ問題ないから、千切って小さくなれるけど……今の俺は再生すると厄介な上半身が制御不能で現れてしまうのだ。
だからなるべくストックを取っておけるようになりたい。
フーフシャーさんは首を傾げる。
「感覚的には、そうね、別の場所から取り出したり入れたりするイメージかしら。何かしらのスキルでそうなってるかもだけど……あんまり調べたりはしていないわね。見せるにしてもリスクがあるから」
俺みたいに気軽に能力晒すのが逆におかしいんだよな。リディアは信頼してるし、そもそも知られてようと知られてまいと戦ったら勝てないからな。なら、寝転がって腹見せておいた方がいいんだよ。
(ラフレシアー、俺にも手に入れられるかな)
《進化していけば、手に入れられるんじゃない? 変身が得意なタイプとかだと手に入れられるかもね》
進化待ちかー。……うーん、今すぐ手に入れたいけど、どうにかならんもんか。
体を圧縮して、収めてみたらスキル手に入るかな? 『自己破壊』とか手に入れそうなのがネックだけど……うーん。
(なんか良い案ない? ラフレシア、ワームくん、豚)
「ぎぃ?」
「ぷぎ!?」
《豚は関係ないでしょ》
そんなこと言うなよー。
ワームくんが上半身の一つから、ニョッキリと生えて見返してくる。豚はなんか驚いて、わなわなしていた。……豚はどんな性格していて、どんな風に接すれば良いんだろう。
(とりあえずうんこやめようか)
肛門を塞ぐ。
「ぷぎいいい!?」
豚、想像以上にビビってケツをフリフリする。穴を完全に塞いだので、もううんこは出来ない。
……うん、お腹が爆発することもないな。そもそもあのうんこ、ほとんどが魔力の塊っぽくて、大半が蒸発して消えちゃうんだよ(吸収し過ぎて多い魔力を糞として排出している可能性があるっぽい)。んで、残るのが寄生虫っていう。……そうそう寄生虫も『保湿』と『乾眠』とか手に入れたせいで死ににくくなっちゃったんだよな。
前までは放置してたら割とすぐ死んでたのに、今はずっと生きてるし。気になって片手間に乾かしてみて、乾燥した後、水やったら生き返ったし。……しかも厄介なのは、乾眠中は死亡判定になるっぽくて俺が感知出来なくなるんだよ。
寄生虫に関しては危険度がさらに増したから、しっかり焼き払って消滅させることを意識しなければならない。
ちゃんとした現場猫にならないとこの世界が滅ぶ。
寄生虫駆除、ヨシ!
で、ちゃんと魔力を操って、多く吸い過ぎないようにする。これしないと体内に異空間が生まれるからね。
「ぶぎ、ぴぎ、ぶひぃいい!!」
仕事を取られた豚がぷんすかと怒っている。かわいー。
「ぎぃ」
ワームくんが豚の近くの胴体から分身を出して、豚に近づく。ちょっとおろおろして心配そう。ワームくんって気性穏やかで優しいのよね。
「ぶぎぃい!」
で、豚は荒々しい。ワームくんにすら噛みつく勢いだ。身体をブンブンと振って、いまにも飛びかかって喧嘩しそうだ。
これは…………ふーむ、見たことあるぞお。
俺はなんとなしに、豚を切り離して地面に置いてみる。その瞬間、豚は耳や尻尾(カバさんタイプじゃなくて、細いくるりんタイプ)を下げて、俺の身体の下に避難した。
「ぷ!? ぷ、ぷーぎー……」
身を縮こめて、めっちゃビビっておどおどしている。
(あれっすね、飼い主に抱っこされて喧嘩してる犬が降ろされたら、途端に、すんってなるあれだわ)
《見事な内弁慶……》
ラフレシアも思わず笑ってしまうほどだ。
はい、ということで可哀想なので元の位置に戻しときました。あと、分かったことが一つ。魂がない胴体共(豚には全身がある)でも切り離しても普通に動くみたい。ただ、切り離した瞬間から視界や聴覚とかの感覚が弱まるのを感じた。
魂あるやつは……ちょっと切り離してみると……ふむ、あまり感覚の減衰がない。魂ありはリンクが強いみたいだな。
ただ、やっぱりというか切り離すと俺がその個体に魂を移動させるのは出来ないみたいだ。なので、妹さんにやられたみたいな千切られたりした場合は注意しておかないといけない。
最終手段でラフレシアに魂を確保してもらって、核に入れて貰う事も出来るけど、魂の運搬は魂が傷つくリスクがあるらしくって推奨はされないらしい。
(どーしよーねー)
俺はワームくんと顔を見合わせて、そんなことを思う。
「ぎ?」
ワームくんは不思議そうに首を傾げる。
――と、ワームくんを見つめていると、……ふと気になったことが一つ。
(……俺の身体に、この胴体共を潜伏させた場合、どこまで重ねられるんだろう)
《あー……それはたぶん誰も試したことがないから分からないんじゃないかな》
潜伏系は性能がアップしてるから、色々と使いどころは増えてるはず。……まあ、自分の身体に他の身体を重ねるなんてやったことないから、以前のデータとか全くないんだけど。
それにまだそんな使い方を考えるほど、困ってなかったっていうのもある。
ということで、今から実験だい。
胴体の一つを引き寄せてみる。上手くいきそうかな? 饅頭みたいな下半身をするすると泳げているし、……沈められた。肉体的な癒着はしていないことから成功はしそう。
ただ、一つ問題がある。あくまで魂が宿っている胴体に限るっぽいな。俺自身、饅頭下半身には『異空ノ猟犬』では透過するような潜り込みは出来ない。……いや、正確には俺から独立した肉体に限定されるのかも。それが魂があるか否かで判定されてるってだけで。ワームくんは俺とはある意味別個体だから魂がなくても大丈夫、みたいな感じ?
まあ、下半身に関しては胴体共も魂がある奴よりかは、俺の身体に対しての支配力は弱いっぽいから、どうとでもなるな。
んで、重ねてみたが……うん、上手く……いったかなあ? 違和感が驚くほどない。怖いくらいに特に変な感じもないのだ。
ワームくんに腕を『ずらして』もらったら、ニュッと腕が生えた。
あっ、相手を騙すのに便利かも。
一旦全部の魂ありの胴体を収容してみるが――――うーん、なんか重いぞ。どうにも収容した分の重さが追加されてしまうみたいだな。そりゃそうか。
ちょっと人型の下半身を作って、饅頭下半身から離れてみる。
どすん、と重々しい音を立てて地面に落ちる。
『怪力』があるおかげか動けないわけじゃないけど、重くて鈍いなあ。
足音もどすどすと重々しい感じになってるし、重なってる違和感がないのが逆に違和感半端ねえことになってる。
あと、重心が異様に取りにくい。内部に収容した胴体達のわずかな身じろぎでも数が多いと響いてしまうみたいだな。
(もうちょっと重さとか体幹どうにかするスキル手に入れてからだな。人型になりたいなら饅頭下半身から離れるか。んでもって饅頭下半身は形を変えてワームくんやラフレシアに操ってもらった方がよさそう。ただ、一、二体なら……うん、まだいける)
200キロ近いけど、まだマシだ。ストックとして考えるなら十分このままでもありだな。でも、やっぱり慣れが必要だ。走ったら絶対に転ぶ自身がある。
(ちょっとこれで動く練習するか。生きて帰れたら)
《生きて帰られるといいね。失敗しても逃げられたら御の字だね》
それだけでも吸血鬼側の交渉に使えるからね。場合によっては、アスカを殺してしまうより良いかも。けど、そうするとミチサキ・ルカを解放出来なくなるから別の魔神倒すことになるんだけど。
(試しておきたいのはこれくらいかな。リディア、移動しようぜ)
「おっけー」
まだ魔道具に魔力を込めているけど、リディアはマルチタスクが出来る女性なので、普通に浮かして貰った。
《ドクターも手筈通りに》
「りょーかい」
すっげえ嫌そうだけど、覚悟は決まってるみたいだな。一応、こっちからも支援はする予定だからそんなきつくはならないと信じたい。
さて、レベル最強の吸血鬼の実力は如何なるものか。
あっ、あとオミクレーくんとウーくんは、どうするんだろう。
未だ俺の近くにいた――てか、今はオミクレーくんが棒で豚の頬をツンツンしてブチ切れさせてて、ウーくんは寄生虫に興味津々だ。
《二人はどうする?》
「……えっと、僕はドクについて行こうかなあって思う」
「はあ!? 危険だろ! プルクラ様がいるらしいじゃねえか!」
ウーくんのまさかの返答にオミクレーくんが驚いている。
ドクターは肩をすくめた。
「別についてこなくても、先にあの補給部隊んとこも戻っても構わねえから」
俺もそう思う。確かに人手は必要だけど、子供に無理はさせたくないし。まあ、無理強いも無理に止めることもしないんだけど! ミアエルほど守るつもりはないからな、さすがに。
ウーくんがもじもじとする。
「いや、まあ、役には立たないとは思うんですけど……ちょっとプルクラ様の能力とかドクのデイウォーカーの火力とか見てみたいなあって。……後学のために」
「なに言ってんだよ、マジで」
まさかの私利私欲! オミクレーくんも呆れている。うーん、嫌いじゃないわよ、そういうの。
ドクターもさすがに苦笑していたけど。
「まあ、気持ちは分からんでもない。ただ俺は全うに戦う気なんてないから、参考にはならないと思うぜ。あと場慣れしてないから、暴発もするかもだ。だから……まっ、ついたら、とにかく離れておけよ」
それはオーケーということで、ウーくんがちょっとビビりながらも目を輝かせて頷く。
「うん!」
ウーくんは決まって……じゃあ、オミクレーくんは?
《どうする?》
「友達危ないとこに行かせて、自分だけ安全なとこにいけっかよ」
まあ、見た目通りのことを言ってくれました。
ということで行動開始でーす。
次回更新は12月4日23時の予定です。




