第三十八章 走れ豚
はい、頑張って走ってる豚さんことアハリートです。
凶悪な妹さんによりリディアが怪我をするのを防ぐのだ。……これは、あれだな。タイトルをつけるならば――走れ豚。
……メロスっぽい感じになるかと思ったら、ただの罵倒みたいだな、これ。
ただ、俺って基本的に足が遅いから、あんま進んでないんだけどね。これ、どうしようね。いや、まあ、対策は考えてるよ。だけどそれには大量の血肉が必要になる。
なので、最低限戦場に辿り着かないといけないのだ。
俺は、数時間ぶっ通しで走り続けて、なんとか血生臭そうなところに辿り着いたよ。
ここら辺は木々が少なく、凹凸が多い平原だ。背の低い草と地肌が見える大地が続いている。
そんな所に、死体がぽつぽつ転がっていた。人狼、の人はいないかなあ。すごい獣っぽい魔物さん方の死体が多い。魔界から来たっていうけど、死体は結構残ってるなあ。
まあ、魔界の外に出て安定な生命を享受するためには、魔力に依らない肉体は必須らしいからね。
そんな死体の近くに、怪我をしたと思しき人狼さん達が治療をしていました。
俺はその一団に近づいて行く。
「ん? なんだ――? 豚……なんで虹色……?」
人狼さん達が俺に気付く。すごい警戒された。
挨拶は大事、ということで俺は前足をクロスさせ、頭をやや上に向ける。
《どうもですっ!》
「喋った!? 魔物か――魔物だよな!?」
「まあ、うん、だろうけど……」
人狼さんらは困惑している。たぶん、魔物だとしてもフレンドリーだから対応に困ってるんだろう。ここを通過していったであろう魔物の群れは、バーサーカーもかくやというほどだったろうから。
《味方ですっ。フェリスっていう子と仲良くしています》
「あ……? 獣神の……? えーっと……」
人狼の兵士さんの一人が振り返り、恐らく隊長であろうちょっと威厳がある人を見やる。その人もちょっと眉をひそめて半信半疑な感じだったけど、頷く。
「一応、連絡は回ってる。……名は?」
《アハリートです》
「……そうか。我らの国に向かうのか?」
《そうです。そのためにちょっとこの辺にある死体を使うので、気にしないでもらえると助かります》
「死体を……? 何をするんだ?」
《工作です!》
俺は元気よく応え、心の中でにやりとする。
(そう――――私に良い考えがある!)
《失敗しそう》
まあ、成功率は低いかもしれないかもね。……しかし、ラフレシアって今の分かってて返答したんかね。何気に有名なスラングとか知ってるっぽいんだよな。
いいや。さて、さっさと作って、リディアを助けに行くぞい。
地響きが聞こえてくる。土埃が舞い上がる中、無数の影が向かってくるのが見える。遠くからでも、その影達の異常な大きさが分かる。特に先頭をひた走る影はとてつもなく大きかった。
あれは魔族の部隊で今まさに人狼の国、ラピュセルに攻め入ろうとしているのだ。
戦線を張っていた人狼達の部隊は、突破されてしまったのだろう。
人狼達は一人一人が強く、国家と平均値が高い軍隊を有する。しかし、魔物としては狼形態以外の大きな変化が起こらないため、突出して強い存在が生まれない。
獣神と呼ばれるフェリスも特殊なスキルに特化した形態を持つものの、力は弱い。
そのため、単純な突破力がある敵には滅法弱い。
だから、プレイフォートとの連携は必須なのだ。だが、現在、援軍を出せるようになったものの、魔神を落とされる可能性が出てきたため、ルイスなどを前線に出すことが出来なくなった。
一応、援軍は出せているが……主力ではないため、止められるかどうかは分からない。
リディアはそんな部隊の先頭に立ちながら、どうするべきか思案していた。
(私があの子――ブラーカーを止めなきゃならないんだよねえ)
ブラーカー……三姉妹の末女にして、種族はデーモン――肉体強化に進化、スキルを割いており、恐らく近接戦では最強格に位置する。
彼女についてはそれなりに知ってはいる。というか、前魔王とは知り合いであり、現魔王とその三姉妹とは顔見知りだ(ちなみに魔王含め三姉妹の名付けも行っている。ブラーカーには『祝福』の意味がある)。
だが、顔見知りだからとそれで話し合いで止められるかと言われれば、否、だ。
ブラーカーは深く物事を考えない主義で、特に頭に血が上ると周りが見えなくなってしまう。……ただ、本来は大らかで優しい気質であるのだ。見た目は恐ろしい巨大な獣の姿をしているが、滅多なことでは怒らない。
しかし、一度怒ると手がつけられない。今まさにそんな状況に陥っているのだ。フーフシャーが説得しようとして、何度かは成功して話し合いの席にはついたが、子供の亡骸を使ったスープを出されて治まらない怒りに飲まれてしまったようなのだ。
だから、止めるためには子供達を救い出して彼女の前に持ってこないといけない。でも、その前に一度止めなければ、『最悪な事故』が起こってしまう可能性がある。
(……吸血鬼側がこんな無理矢理なことをしたってことは、アハリちゃんらが何かしらしたんだろうね)
考えられるのは子供の奪還だろう。
(必要なのは時間稼ぎかなん。――でも私には一番難しいかも)
リディアの能力は黒球以外ではスキルを応用して、現実の強力な現象を引き起こし、攻撃に転用している。
そのためレジストが不可能であるので、殺傷能力はかなり高い。
だが、調節が難しく、手加減というものが出来ないため、『止める』という戦い方は向かない。相手の力量が自分より低いならば、可能だがブラーカーは暴走時の技量はかなり低いが、本体スペックが異常に高いため、どちらにしても手加減は出来ないのだ。
とりあえず黒球は、『混代』一つに『重架』四つにしている。
(……まず、近寄らせないようにするべきかなあ)
リディアはかねてより、重力操作や転移によって『重架』の一つを加速させており、かなりの速度が『溜まって』いた。
(まあ、この速度でこの距離なら……死なないよね?)
でも、一応後ろに控えている仲間には伝えておく。
「皆さん、すごい衝撃がくるかもしれないので、構えていてくださーい」
そう言って、リディアはやや遠くを見つめる。
その瞬間、空間に裂け目が現れて黒球の姿が一瞬視認出来るか否かで地面に激突し――大地が大きく抉れ、爆音が轟く。
(うーん、いいね、『神の杖』は)
転移ゲートを二枚合わせにして、重力を操作し、延々と落とし続けることで加速させる。そして十分な加速をさせたら任意の場所に落とすだけ。そうすれば、あらゆるものを消滅させることが出来る。
本来の『神の杖』は宇宙空間から物体を叩き落とすものだが……まあ、似たようなものだろう。
土煙が襲い来て、爆風で髪がたなびく。
そのまま受けてもリディアは問題ないが、後ろの味方部隊が混乱してしまうため、適当に魔法で風を作って全体を晴らしておく。
リディアの数百メートル先には巨大なクレーターが出来ており、そのさらに先にブラーカーの一団がいた。
幸い直撃はしなかったものの……止まらない。相変わらず吶喊して突撃してくる。その雄叫びは肌を震わすほどで、構えていなければ気圧されてしまうだろう。
だが後ろの味方は震えることはあっても、戦意を保って立ち続けていた。
――とりあえずブラーカーの雑兵は彼らに任せても良さそうだ。
「真っ直ぐ来てるので、ここで迎え撃ちましょう」
リディアはそう言って、クレーターの中を愚直に突進してくるブラーカー達を見下ろしながら、杖を強く握るのだった。
次回更新は10月23日23時の予定です。




