第三十三章 化け物と化け物
ルイスは攻めあぐねていた。
本来なら、特攻を仕掛けて強力な一撃を加えて終わり、という戦い方を常としている。継戦が困難な能力であるためと、単純にそうやった方が簡単に片が付くからだ。
それに多少、無茶をしたところで能力で回復出来るため、突っ込んだ方が勝率が高い。
しかし、トラサァン相手ではそうはいかない。先ほどの広範囲に渡る攻撃――そして本人の防御力からして仕留めきれず致命的なカウンターを食らう恐れがあった。
さらに今は、何らかの強化を自身に施したのだ。恐らくは能力の強化だろうが、どんな能力が強化されているかは未知数。……心臓に何らかの負荷をかけて、血、身体能力などの強化を施しているのか。その上がり幅はどれほどか。
ルイスと言えど、それを知らねば勝てない。
短期決戦が望ましいが、安易に攻めては負ける。――ただ、トラサァンの言い草からして、あの強化は大きな負荷がかかっているはず。ならば、向こうも時間がないはずで、先行を取るのは――、
「行くぜ」
トラサァンからだ。
――グッと力を込めたのを見たと同時に、針状の血が全身に浮き上がり、弾ける。
「――っ!」
ルイスは、瞬時に遮蔽となる木の陰に飛び込み、その血の針を避けた。――貫いてくる効果は幸いにしてなかった。だが、血の針には細い糸がついている。ミシミシと周りの木々が軋む音を立てた。
木陰の外は蜘蛛の糸のような強靱な血の糸が張り巡らされている。
ルイスは剣を抜いて、動体視力と腕力を極限まで強化。刃を滑らせ――斬るのではなく、通すように切り裂き、駆け抜けていく。
血の糸は硬いが、その細さ故か、若干ながら鋼より柔らかい。そのため、『上手いこと』剣を扱えれば、斬ることが出来た。
(一応、俺ぁは剣豪だしな)
――と、高速で駆け巡りながら血の糸を切り裂いていると、トラサァンが回転を始めた。めりめりと木が張り裂ける音、根が土から引き抜かれ、大地が裏返っていく。
トラサァンを中心に、木の竜巻が吹き荒れた。
ルイスは歯を食いしばり、その暴風林の『抜け道』をしっかりと見定めて、跳ね回るようにして、トラサァンに向かって詰めていく。
十数メートルまで近づいた刹那、ルイスはトラサァンと確かに目が合った。同時に、ルイスに向かって巨大な血の銛が形成され、射出される。
明らかに勢いが先ほどよりも数倍、増している。
それでも速度に至っては、まだルイスに分があり、ギリギリで避けることが出来た。
だが、血の銛の柄とも言える部分が――ルイスの真横をまさに通っているそれが――蠢き、無数の針を生やしていたのだ。
トラサァンの攻撃で厄介なのは、トラサァン自身と繋がっている攻撃に対して直接攻撃を受ける――貫かれたりすると、能力で打開が難しいということ。仮に能力を発動しても、レジストされて体内に入り込んだ血の槍を抜くことが難しいのだ。つまり、刺されたら死ぬ。
出来うるなら、とにかく避けることが望ましい。しかし、トラサァンも自身が優位に立てる術を当たり前だが理解していて、広範囲に渡る攻撃を行い、避け続けることを難しくしてくる。
そして、現在、避ける術がなく、ほぼ詰んでいた。
無数に生える針が凄まじい速度で迫ってきて、ルイスを串刺しにする。最低限、頭と心臓を守っていたが、他は全身を貫いていた。
(強化は、使えねえが――胃は……よし、いけんな)
ルイスは吐くために胃を動かす。すると、胃に入っていて、溶けていたトラサァンの血が吸い込まれていく。
「は?」
これにはトラサァンも動きを止めてしまう。
ずごごご、と胃から血を吸い上げ、しかし口にはせり上げず、即座に『消化』して体内に取り込んでいく。
すでに発動していた『餓虎ノ狂宴』により、肉体は急速に回復していく。
そのまま血は吸い込まれて、全身を刺し貫いていた針状の血も細っていくほど、吸われていく。
「俺でもレジスト出来ないって……お前の胃、やばいな!? てか、なんで吸える!?」
「悪食なもんでね」
血の針を剣や金棒で破壊して、そのままさらに血を吸い上げようとするが、さすがにトラサァンも引いてきた。全ての血を自身に戻していく。
トラサァンが頭を振る。
「……ほんと、王種との戦いは何が起こるか分からないな。参るぜ」
「それはこっちの台詞だ。……時間ないからこっちからも行かせてもらうぜ」
ルイスが構えると同時に、肌が白くなり牙が伸び――そして、心臓の鼓動が響くほどになり始める。
「……能力のコピー。……だが、そいつをまともに扱うには大量の血が必要だぜ」
「元よりまともに扱うつもりはねえよ」
確かに全身を巡る血は、かなりの速さで消費されていく。全能感があるのに、衰えが同時にやってきて、続けていくのは不味いと分かる。だが、幸いにしていこの力は魔力を消費しないタイプのようだ。
食いだめでもある程度対応出来るほか、血を取り込んだおかげで『戦神ノ加護』を併用しても十秒は無理が出来る。
勝負は一瞬で決まる。――決めねばならない。
ルイスは金棒を構え、全力で突撃する。これしか出来ない。ただ素早く詰め寄り、力の限り殴打する、もっとも単純な最適解なのだ。
だが、ただ殴るだけでは有効打にならないのが、トラサァンだ。絶妙な防御力の高さから、『ただ殴るだけ』では時間が過ぎてしまうだろう。もしかしたら勝てるかもしれないが、かなりのギャンブルになる。
それに生きて逃げるためには、余力を残しておかないといけない。
だからそのために、無力化する方法を考えてはみた。しかし通用するかは不明。
ルイスは爆速で、消えるように動き、トラサァンの真横につく。トラサァンは気付いているが、反応は出来ていない。頭に金棒を振り下ろし、粉砕するつもりで叩きつけた。
だが、叩きつけた瞬間、血が弾けるように金棒を弾いてくる。
「――やっぱ自動防御かよ!」
想定はしていた。これでダメージを軽減していたのだろう。しかし、先ほどよりより防御力が上がっていた。恐らく、心臓の鼓動を早めた結果だろう。血を射出する速度が上がっていたから、その兼ね合いで自動防御の『威力』的なものが強化されてしまったのだ。
そして、血の射出は単純に攻撃や防御にだけ使うものではない。
トラサァンの脚や背中から血が噴き出す。――推進力として使えるのだろう。
トラサァンの鋭い血の槍が生えた腕がルイスの心臓を捉える。ルイスはなんとかそれを紙一重で避け、回転を加えながらトラサァンの胴体に金棒を叩きつける。
血の反発を受けるが――無理矢理、力を込めて振り抜いてやる。
「ぐぉ!?」
トラサァンの身体がくの字に曲がり、呻き声を上げる。無理矢理やればギリギリ攻撃は届く。ならば、さらに全力を尽くすべきだ。
ルイスは極限まで身体能力の強化を施し、さらに今トラサァンがやった血の噴射を使い、推進力を得る。その状態で金棒を槍のように構えて突撃する。
――トラサァンは血の槍であえてルイスの心臓を狙ってきた。故に心臓は――無論、今まさに稼働している以上――攻撃を受けると不味いのだ。
トラサァンは瞬時にルイスの狙いを見抜くも、回避行動を移す間もなく攻めてきたため、迎撃を取るほかなかった。
金棒がトラサァンの胸に当たるが、血の鎧とその自動防御機能により、ほんの少しの隙が出来て両腕で金棒を捕らえることが出来た。
だが、ルイスの力は強く、トラサァンでは押し返せなかった。そのまま身体は浮き、巨木にそのまま身体を叩きつけるはめになった。
「ぐ、ぅ――!」
――トラサァンは弾けない、が軌道を逸らすことは出来る。だからさらに火力を上げなければ、逃れられてしまう。
これは千載一遇のチャンス。
だからルイスは失血する覚悟で、血を噴出し――さらにダメ押しで衝撃を発生させるスキルを使って、心臓を狙い撃つ。運が良ければ、手が回らずにレジズとされないかもしれない。
血の鎧に金棒がめり込み――衝撃波がレジストされずに、トラサァンの心臓に到達した。
――と、同時に金棒を無理矢理逸らされ、ルイスは止められずに、勢いに任せて転がってしまう。
さすがに限界だったため、ルイスはあらゆる身体強化を解いて、立ち上がって振り返る。これ以上の戦闘は、全力でやったら一秒も持たないだろう。全力でやらなければそれなりに持つが、トラサァン相手では力不足だ。
だから、決まってて欲しいのだが――、
そう願いながらルイスは木の陰にいるトラサァンに注意を凝らす。
するとトラサァンが、立ち上がり、木に寄りかかりながら姿を現す。ペッと血を吐き出す。――心臓の鼓動は止まっているが、吸血鬼は心臓が止まったら動けなくなるはず。だからまだ戦えるのだろうか。
ルイスは、敗色濃厚だな、と思いつつもとりあえず形だけでも臨戦態勢を取る。
トラサァンが手の平を向け、首を振ってきた。
「いや、降参だ。これ以上は無理だ。心臓、止まって戦えん」
「……。普通、吸血鬼って心臓止められたら行動不能になるんじゃねえの?」
「普通はな。俺は一応、動けるようにスキルも手に入れてるからな。ただそう簡単に動かせるわけでもないから全力で戦えない」
「…………そうか」
だとするなら、大金星ではなかろうか。アハリートには出来れば殺さないでくれと頼まれていたし、どのくらい動けなくなるかは分からないが、追ってこさせないようにする、という条件も満たした。
まあ、本当かどうか分からないが、正直ルイスとしても無理は出来ないため、退くことにした。
「じゃあ、俺は帰らせてもらう。腹減った」
「もし次、うちの国と戦うことになったら、どうにかしてバルを当てたいな、本当に」
「それは勘弁してくれや」
それは餓死確実になる奴だ。そうでなくても、長時間拘束で無力化されての捕虜コースまっしぐらだ。
「つーか、お前とも戦いたくねえよ」
何か違えば、負けていたのはこっちだったのだ。
別にルイスは戦闘狂というわけではないため、強者とはやり合いたくない。強い相手とは一期一会で済ませたいものだ。
「俺もだよ」
トラサァンもそう言っていた。だから二度と会うことはないだろう。
ルイスはそう願いながら、ふらふらと覚束ない足で補給部隊と合流に向かうのであった。
次回更新は9月18日23時の予定です。




