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転生したら、アンデッド!  作者: 三ノ神龍司
第一幕 死の森に生まれたゾンビと古の魔女
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第十六章 バックアードの企み

 これはアハリートとフェリスがバックアードの元へ向かう一日前のことだった。

 

 森の一番奥深く、過去に栄華を誇った文明の成れの果てがある。

 

 そこは住宅街だったのだろう、アハリートが元住んでいた世界の建物に似た建造物が点在している。どれもかろうじて形を保っていると言ったところだ。ほとんどが草木に侵食されて、あと少しで完全に飲み込まれてしまうだろう。

 

 その遺跡の一つ――奥深くにある大きな屋敷にバックアードが住み着いていた。

 

 屋敷の外観は、周りの朽ち果てた建物に比べると整っていた。恐らくいくらか補修したのだろう、おどろおどろしい雰囲気はあるものの、広い庭は背の低い雑草が伸び放題だが、木々が切り倒され見通しの良い広い空間が取られている。

 

 家屋そのものは、窓は割れておらず、塗装は剥げているものの屋敷の形は綺麗だった。クラシックな西洋風の建物であるため、厳かな雰囲気がある。

 

 内装は床には穴は空いておらず、掃除も行き届いている。ただ、絵画や壺などの芸術品の類いは補修が難しいためか、手つかずとなっており、気味の悪ささも漂わせていた。それと明かりには蝋燭ではなく、人魂のような青白い光源が壁の近くを漂い、気味の悪さに拍車をかける。

 さらに警備を担当しているのか、スケルトンなどのアンデッドが徘徊しているため、完全なる化け物屋敷と化していた。

 

 そんな屋敷の地下にて、バックアードがいた。

 

 石造りの地下は、光源が少なく薄暗い。全体をはっきりと視認するのは難しいが、それでもこの血生臭さによってこの場がどれほど凄惨なところかが容易に想像できる。

 

 そこに骸骨――バックアードが佇んでいる。骸骨の身体の表面に薄らと魔力の膜がかかっているのを見るに、高位の魔物であるのがうかがえる。法衣をまとっているが、その神聖な衣服にはふさわしくない赤黒い血が染みついていた。

 

 バックアードが見下ろす先――薄暗闇の中にぼんやりと浮かび上がる車輪付きの台座。過去の遺物なのか、今のこの世界では使われていない金属製のモノだ。錆びてはいないが、もれなくこれも塗装が剥げかかっている。

 

 そんな台座の上に、手足を拘束された少女が横たわっていた。目を大きく見開き、瞳孔が開いていた。さらに口から血を垂れ流している。顔は青白いがまだ肌に柔らかさが見受けられる。先ほどまで生きていたのだろう。今はもう、生命の活動は感じ取れない。

 

 ――だが――。

 

 「う――がぁ、ぁああ……!」

 

 少女は動き出す。獣のような唸り声を上げて、身体をばたつかせる。まるで知能が感じられない。それはまさしく――ゾンビであった。

 

 「静まれ」

 

 バックアードがそう厳かに言うと、ゾンビ少女は、動きを止める。そんな少女をジッと窪んだ眼窩で見下ろし――ため息をつく。

 

 「失敗か。……何度やっても生前のスキルは消えてしまう。魂の崩壊をどうにかせねばならないが、術を施しても死亡と同時にこの者の魂は崩れ始めた。完全なるゾンビになれば、魂の崩壊は止まるが、その頃には魂は欠片に等しい。故に生前のスキルは一つも残っておらん。……いや実際は魂の崩壊を利用してゾンビとなるため、スキルや熟練度に還元されているのやも知れんな。『あの寄生虫』の実験成果からそう推察出来るが……。……魂の崩壊は止められずとも、目当てのスキルだけを残す方法を見つけられればいいのだが。……それもまだ時間がかかりそうだ。我が『蘇生術』はまだ完成には遠いか」

 

 人を部分的にでも生き返らすことは容易ではない。何故なら、いくら肉体を復元させても魂が死と同時に崩壊してしまうから。魂とは精神。すなわちその生物の自我を形作るもの。それがなければ、生き物は抜け殻のような存在となる。

 

 そしてスキルとはその魂に深く関わっているとされている。故に死亡すると魂が壊れてスキルが消えるとされているのだ。

 

 ……本来、死は覆せぬものだがゾンビやスケルトンなどのアンデッドは魂の完全崩壊一歩手前で踏みとどまった希有な存在だ。

 

 そして『感染』はその状態を無理矢理引き起こすスキルでもあり、ある意味、新たな魂を形成する力でもあるのだ。この力を使えば、『蘇生』も上手くいくはずなのだが。

 

 今の実験も生きた人間を『感染』させ、ゾンビに転化させつつ魂を保護するために編み出した魔法――蘇生術を用いて、殺したのだ。

 

 ……だが結果は見ての通り。魂の崩壊を食い止めることが出来なかった。まだ蘇生術が完璧ではないのだろう。

 

 だが、この『感染』や魂崩壊の法則を解明し、利用することが出来たのなら、生前のスキルを保ったまま、復活させ使役することが出来るだろう。

 

 その生前のスキルを持ったアンデッドにとり憑き、魂の一部を奪い取れば簡単にスキルを我が物にできるはず。たとえそれが光の種族の力であったとしても、だ。

 

 「……なんとしても、この秘術を完成させねばならん。さすれば我が魔王へといたることが出来るはずなのだ」

 

 あの光の種族の力を奪って……。

 

 潰えていたと思われた希望が目の前までやってきたのだ。生前のスキルを持った完全なるアンデッドを造りだし、それにとり憑くことによって力を徐々に増していこうと思っていたら、まさかの絶滅させられた光の種族の生き残りがいるという情報が降って湧いて出てきたのだ。

 

 そしてついに光の種族を手に入れるところまでこぎ着けたのだ。雌であるらしいから、増やすのは簡単だ。適当に餌でもやって飼育すれば、実験用の光の種族を一定数確保出来るはず。同じ種族の雄がいないため、血は薄くなりそうだが、ある程度のスキルを保持していればそれでいい。

 

 ……だがしかしこのままでは邪魔が入るのは間違いない。だから一番の邪魔者を排除してしまいたい。さすがに唯一の生き残りである光の種族を手元に置いていては、あの魔女も直接的な行動に出るはずだ。あの忌まわしき古の魔女――リディアが。

 

 「……あの魔女に引導を渡すか。何千年生きたかは知らんが、高々長生きしただけの人間が我と対等な存在となろうとは不愉快だ。……あれがいなければ、すぐにでもあの村を滅ぼすことが出来るというのに」

 

 バックアードがスケルトンとして生まれて、約百年ほどの時間が経つ。スケルトンから幾ばくかの進化を経てリッチとなり、強い自我を持つに至ったバックアードは探究心と己が力によって徐々に勢力を増していく。

 

 しかし、そんな中で障害が出てくる。

 

 それは忌々しいアンデッド食らいの蛙共や――あの魔女、リディアだ。

 

 あの魔女の正体は未だ不明だ。だが調査して得た情報は少なからずある。

 

 それは原初より生きる者、邪神の使徒、人間でありながら『王種』に至り人類最強の力を手に入れた者、などと呼ばれているのが分かった。果ては歴代の魔王と勝てぬまでも対等の戦いすることができたなどという眉唾ものの話もある。……あのアンデッド食らいの蛙共を造りだしたとも。

 

 その話が本当かどうかは知らないが、バックアードはリディアに少なくとも相当な実力があると予想していた。だから下手に正面切っての敵対を避けていたのだ。

 

 だからこそ、この十年、アンデッドを増やそうと試みて、そのことごとくを邪魔されても、大っぴらに村を襲いはしなかったのだ。

 

 さらには侮辱に等しい行い――友好的な関係を築こうとしてきた時でさえ、我慢したのだ。

 

 「……だが、それも今日までよ。我が魔王と至る道を見いだせたのだ。……それに今の状態でも我は魔王には劣るが、強大な力をつけておる。しょせん人間の雌などに後れは取らぬわ」

 

 それに、村を滅ぼす算段は整っている。あの村は魔物を塵に変える忌まわしい結界に守られているが、突破する方法はある。その作戦を行うには、それなりの数の人間が必要になるが、幸い、森を彷徨っている人間共を最近捕らえたのだ。

 

 「ウィリアム」

 

 「御用でございますか?」

 

 バックアードが名を呼ぶと、どこからともなく一人の青年が現れた。革の鎧を纏った腰に細身の剣を差した金髪に金色の瞳をした――元光の種族の青年。今はバックアードが特殊な施術を行い知性を得たゾンビナイトとして活動している。

 

 むろん、魂の崩壊のせいで光魔法は覚えてはいない。生前のスキルは全滅していたと言って良いだろう。 

 

 ……そもそもウィリアムを手に入れた時には、すでに死体だったのだ。その死体をゾンビとして復活させて、使っているのだ。どうしようもなかったとも言える。

 

 だが、バックアードにとってウィリアムはお気に入りの『作品』だった。ゾンビながらしっかりとした自我を持ち、従順で強い。そのため護衛や秘書として常に近くにつくように言い含めているのだ。

 

 「捕らえた人間共に例の『虫』を休眠状態で寄生させるのだ。そして村の近くで放つが良い。あの村人共は魔物には強い警戒を示すが、同族は歓迎するはずだ。……『虫』が起きる頃合いは、真夜中が良いだろう。その時間にでも、他のゾンビ共を使って騒ぎを起こして、あの魔女を村から引き離せ。千体ほど引き連れていけば、あの魔女が出るはずだ」

 

 「御意に」

 

 ゾンビに追われて、偶然村に辿り着いた、という筋書きであの人間共を放てば、簡単に潜り込ませることが可能だろう。

 あの魔女は疑うかもしれないが、今回の仕掛けはスキル鑑定や状態鑑定では調べようがない。怪しくとも無害な人間を放っておくことは出来ないはず。

 

 あの『虫』の効果が発動してしまえば、村は阿鼻叫喚の渦に飲み込まれるだろう。いとも容易く滅ぼし、あの魔女の居場所を消すことができるはず。

 

 そして、よほどの馬鹿でない限り、犯人がこちらであることを理解するだろう。

 

 絶望のあまり村でそのまま死ぬのも良し、怒りに任せてこの屋敷に来たのならば、罠を張って待ち伏せてやろう。どれほど強かろうと、力を十全に発揮できなくさせてしまえば良いのだ。

 

 ……純粋な力の差を分からせるのもいいが、今はあの魔女に構っている暇などないのだ。しょせん、通過点に過ぎない。

 

 (……もう少しだ。もう少しで我は魔王へと至り、この世界を支配出来る……!)

 

 バックアードは未来を思い、カタカタと歯を鳴らし、愉快に嗤うのだった。

※無駄な補足

 バックアードの『憑依』によるスキル強奪について。相手の魂と同化し、吸収することで任意のスキルを強奪することが出来る。ただし、相手に自我がある場合は抵抗され逆に吸収される危険あり。そのためバックアードは初期のアンデッドにのみ憑依することにしている。その関係上、死後、スキルが残る方法を研究している。

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