第三十章 正々堂々の搦め手!
ハイマさんから殺意を感じる。でも、俺のフレンドリーな性格を見たからか、憎悪や敵意はそれほど感じない。
あくまで公務上、取り除かなければならないから、というだけなのかもしれない。うーん、真面目。
ここは、先手を常に取っておこうかな。
俺はハイマさんの死角に触手と『触手爆弾』を生成し、超低空で背後に向かって思い切り投げる。
そして、ぼぉんと数十メートル後方で広がる酸霧とそれに伴い草木が枯れ腐っていく。
「――! っ」
もうハイマさんは俺に言葉をかけようとせず、全身鎧を纏って突っ込んできた。
短期決戦のつもりなのか、先ほどより圧倒的に速度が上がっている。文字通りの目にも止まらぬ速さで――けど、死線が見える。頭部と胸に風穴が開く予定だ。避けられないから、即死しないように核だけ移動して――はい、頭が吹っ飛んで、胸に穴が空いた。酸にした血液がびちゃびちゃ、と背後に散り草地を腐らせ、その中に寄生虫がぴちぴち跳ねている。
《俺に穴とかは――》
「ここ一帯を焼く! 負けを認めるのも、傍観も――逃がすのもなしだ!」
ハイマさんは怒鳴り、地のハンマーを振り上げてきた。このまま潰されたら不味いから、俺は必死に避けて、腕を一本ゾリッと持って行かれるだけで済ます。あと落ちた肉もしっかり回収して再生しておく。
俺はその最中にハイマさんに触手を巻き付けて――最大出力で放電する。
「ぐぅう!?」
幸い、電気が本体まで流れてくれた。このまま気絶してくれたら良かったけど、筋肉は動かずとも血は動かせたようで、刃状になった血で端子付き触手を斬られてしまった。
普通ならこのまま打撃とか食らわせたいけど、普通に殴っても効かないのは分かりきってるからな。……本当にこの血の鎧は厄介だな。直接酸を当てたところで、ほんのちょっと耐えられることは分かっているから臆せず反撃してくるだろう。
《どうする、マスター? 『あれ』やる?》
ラフレシアに問われ、俺は内心で首を振る。
(やめとく。下手に技を晒すと情報が伝わって対策されるかもしれないし、何よりどっちにしろ血の鎧は魂と繋がってないから剥がさなきゃならないし)
俺の『とっておき』は強いけど、対策を取りやすいし取られたら逆にピンチになりかねないのだ。だからやらない。
今、他にハイマさんに直接効くのは『発電器官』による放電と『孤苦零丁』くらいか。
あれ……有効打、そんなにないな!?しかも有効打になるのもダメージを与えられるかって言われるとそうでもないしな。俺の火力の低さエグすぎ……。チェーンソーも削れるけど、時間がかかるし。
とりあえず、環境破壊すっか。
俺は『触手爆弾』を生産して、ぽいぽいする。
「くっ――!」
ハイマさん、かなり焦ってる。
もうとにかく汚染物質を不法投棄する俺に突っ込んで止めようとしてくる。なので、俺は地面に潜った。やっぱりすぐに対応するように、足を地面に叩きつけてくると、ボコボコとして俺を無理矢理浮上させようとしてくる。――……聖人が使ってきた衝撃波みたいなのは持ってないみたいだな。
『潜伏』中は相手に位置を察知されなくなるけど、出た瞬間にバレる。反応速度が異常なほど高い相手だと狩られちゃうから、『隠形児戯』を併用しておく。
無論、相手も俺からの奇襲がくることは承知の上だから――こっからどうにか読み合いを勝ち続けなきゃならない。
『触手爆弾』を複数生成し、二つほど手に持って、二つほどハイマさんの近くや中間地点で地上に打ち上げられるようにしておく。
そして地上に打ち上げられると――十数メートル離れたところに現れた俺に、ハイマさんはすぐに照準を合わせてくる。透明なはずだけど、少しの揺らぎを見つけられたか。
ハイマさんの足元と俺との対角線上――中間辺りに、『触手爆弾』が現れる。うん、狙い通り。
俺が背後に下がり、手に持つ『触手爆弾』を後ろに投げようとする仕草を見せると、ハイマさんはジグザグに俺に向かってきた。
速いし、すぐに俺に追いつく。『隠形児戯』が発動しているから、『触手爆弾』が破裂して煙幕として隠れられるのを嫌ったのだろう。
何より俺に離れられて、地面に潜られることを懸念してとにかく近づいて仕留めようとしているっぽいな。
全ての『触手爆弾』が破裂して、辺りが白煙に包まれる。俺とハイマさんの姿は完全に見えなくなる。
俺はあえて前に踏み出す。骨を突撃槍のように形にして、片手の先端につける。んでもってその槍の後方に、ケツジェットで使った液体を生成して詰めこんでおく。
今の俺のアドバンテージはハイマさんの位置が分かること。音、魂で高解像度で把握出来る。
――ただ、気付かれないと思ってはいけない。相手だってこっちが出してしまった、わずかな音も感知出来るはずだから。
それは当たっていたようで、ハイマさんが迷いなく俺に向かって――たぶん攻撃もしかけようとしてる。実際に死線が俺の首らへんに走っていた。
このまま突撃だ。
俺はハイマさんとかち合うことになる。俺の槍がハイマさんの腹にぶち当たり――やっぱり血の鎧に止められてしまう。
んでもって、ハイマさんの拳が俺の首元にデカい風穴を開けてくる。このまま体内で針とか出されたら困るから全力で溶かしておく。
で、俺の槍だが、ケツジェット燃料に点火して、無理矢理推進力を得る。貫きはしない。でもギリギリ、先端が刺さってくれた。
ちょっとだけだ。でも、これで良い。
――仕込んでいた刺胞触手と他の毒を注入する。
「ぐぅう!?」
どぉん、と地面が弾け飛ぶレベルでハイマさんが退いた。おお、はやっ。
うずくまりそうになっていたが、なんとか耐えて――腹から自ら噴出させ、刺胞触手を排出していた。けどもう毒は内臓に入っちゃったから痛みは治まらないんだよな。
内臓の痛みってかなり辛いんだよね。内臓だから患部を押さえ付けても意味ないし、吐き気するしで、もう最悪なんだ。
俺の刺胞触手の痛みを与える毒は、かなり強力なものだから下手したら気絶するほどだ。
でもハイマさんは耐えて……息も整った。我慢し続けられるものじゃないから、回復系のスキルがあったか、痛覚を遮断したかだな。
まあ、どっちでもいいや。刺胞触手の方はカモフラージュだからね。もう一つの毒、効くといいなあ。そっちは時間がかかる。消されてないといいけど。
それに発動を早めるためには、とにかくハイマさんに攻撃を当てるか、逆に攻撃をしてもらう必要がある。
俺は『触手爆弾』を生成して、ハイマさんに投げ付けた。打ち落とされて、逃げられるけども酸霧の範囲は広いから多少ダメージは稼げる。
とにかく近づいてきたら、なんでもいいから殴って殴られてを繰り返すのだ。
俺が近づきながら触手ぶんぶんオラオラを繰り出していると、攻撃圏内に入ったハイマさんは見て躱して避けつつ、俺の身体に拳で穴を空けまくってくる。
うん、これ、駄目だ。普通に押し負ける。完全に見切られてる。
「そこ!?」
あと、核の脳がバレちゃったかも。体内を逃げ回る中、近くで穴を空けられちゃって逃げる脳を見られちゃったっぽいな。
逃げる方に的確に拳を打ってこようとしたから、ワームくんを体外に出して腕に食いつかせて、ギリギリ逸らさせる。
とりあえず触手を思い切り、ハイマさんの身体に叩きつけた。
ばご、と鈍い音が鳴る。
「んぐ!?」
ハイマさんがちょっとビックリしたような声を漏らした。なんか違和感あったらしいね。……毒が効いてくれてるみたい。
「血――操作が――くっ」
血の操作が上手く出来ないことに懸念を抱いたようだ。だが、それ以上に俺を捕らえて攻撃を至近距離で当てられる、かつ俺を殺せるかもしれない核を発見してチャンスだと思ったのだろう。実際、その通りではあるし。
俺も逃げる気は無い。ちょっとビビってるけど、ここで逃げて毒に気付かれても困るのだ。
勝つためには死中に活を見出さないといけないのかもしれない。
少しでも動きを制限するためにハイマさんに触手を巻き付け、何度も触手を叩きつける。
「ぐっ――うっ――!」
四方から触手でタコ殴りにされて、ハイマさんはたまらず呻き声を上げていた。やっぱり血の硬化が上手く出来なくなって、ダメージの軽減が難しくなっているようだ。
なんとかこの状況を打破しようとして、血の槍や針、剣で攻撃してきたけどそっちの攻撃力は何気に低いから頑張って外骨格で防ぐ。注意すべきは打撃なんだ。そっちも一応、片腕をワームくんに噛みつかせ、もう一方も触手に纏わり付かせて思うように動かせなくしていた。
手数と平均的な打撃の威力は何気に勝ってるみたいだ。
「くそ――!」
ハイマさんはたまらず、血を移動させての俺の拘束から逃げ出してきた。ハイマさんの素早さも相まって、これを防ぐのは難しそうだ。
するりと一旦、抜けだし、薄い液体状の血を纏っただけのハイマさんは、即座に腕にハンマーを造りだす。
身体能力の底上げをしているのか、かなり速い。
これで仕留める気だ。
俺の核へと照準を合わされている。
けど、死線は走らない。
ハンマーが振り抜かれ、どぱぁん、と鈍い音が鳴る。
弾け飛んだのだ。
――ハイマさんのハンマーが。
「なっ――」
ハイマさんが呆然とした声を上げる。
俺はすかさず触手を真横から振り抜く。
液体を打つ鋭い音と肉を打つ鈍い音が鳴る。――血の鎧は硬化をしていない。
「なん、で……」
連続で触手の打撃を食らわせる。血の硬化は出来ないようで、さらに今し方使ったであろう身体強化スキルを高出力で使ったせいか、恐らく内在魔力も尽きかけている。動きが鈍く、力が弱いのだ。
そして、滅多打ちしたことでようやくハイマさんが膝をついてくれた。
「ぐ……!」
……ああ、ギリ勝った。……マジ死ぬかと思ったよ。少なくとも最後のハンマーの一撃は、分かっていても避けきれなかったし。
俺は、針と袋とその中に『麻酔』を生成し、しっかりと寄生虫が入らないように対策しておく。麻酔は噴霧させて吸引させたいけど、まだハイマさんは全身に血を纏ってるから効果がないんよね。
まだ、諦めてないんだろう。ただ動けないだけで。
針を手足にぶっさす時も、普通に抵抗してきたし。触手で四肢を押さえてなかったら、色々と危ない。
「……何を、した、の?」
地に伏したハイマさんが俺を見上げながらそう訊いてきた。もう『麻酔』のせいで動けないらしい。
《毒です。さっき痛い奴のと一緒に紛れ込ませました》
「……血を固められなくする、わけじゃないわよね」
《そうですね》
詳細はさすがに語らん。たぶんハイマさんの状況もオペレーターみたいなのに観察されてるだろうから、ここで言ったら対策されちゃう。まあ、バレてるかもしれんけど言わないに越したことはない。
ちなみに俺が打ち込んだ毒は『血を凝固させる』ものだ。
何故、と思うだろう。ここに来る前に、ちらっとリディアとかに聞いたんだけど血には凝固因子なるものがあって、それを使って血を固めるらしいのだ。
んで、凝固因子にも限界というか、数に限りがあるらしいのかな?だから短いスパンで連続的にその因子を使ってしまうと血が固まらなくなるらしいんだ。
不思議だよね、血を固める毒なのに結果的に血を固められなくなるなんて。
普通に血の凝固を阻害する毒を打ったとしても、たぶんすぐにバレて距離を置かれるかしたけど、逆に凝固する毒だったからバレずに済んだのだ。
まあ、さすがに血の硬さをコントロール出来なくなったから違和感はもたれてたんだけどね。これ以降は対策されるかも。
《気絶させますね》
「……殺さないのね。こっちはそのつもりだったのに」
《ギリなんとかなったので良かったです。まあ、元々俺の能力は性質上、殺傷能力が低いので。殺さない攻撃の方が多いんですよね。だから手加減とかしたわけじゃないです。結構全力でした》
「フォローありがと」
相手を操ることに特化しているのに、殺傷能力が高い攻撃ばかりだったら色々と噛み合ってないよな。だから攻撃力が低いのは仕方ないことなんだけど……ちょっと男の子としては悲しさもある。
《一応、ジルドレイが滅ばないように最善は尽くします。信用出来ないかもですけど》
「それはそうでしょう。……ただ、まあお前の言ったことは覚えておく」
《『豚なんていなかった』、仮にジルドレイに魔族がいたというのなら、その人がうんこを撒き散らした犯人です》
「そんな醜聞、個人でも嫌なのに認める国なんていないでしょうね」
ハイマさんは苦笑していた。
……確かに。俺は個人のことばかり考えていたけど、認めたら他国に糞を撒き散らす国家だと思われるんだよな。実は俺が認めないスタンスを取るだけで、争いがなくなったりする?うんこすげーぜ。
とりあえず、ハイマさんの顔を覆っていた血の膜も取れたので、麻酔を吸引させて気絶させる。
俺は拳を高々と掲げる。
うぉおお、勝ったどー!
同レベルの技術が上の相手に、勝ったんだー!
この成功体験で自分の強さに自信が持てれば良いんだけど。まあ、それはともかくとして、良かったところとか改善点は見えたのは収穫ではある。
んでは、バルトゥラロメウスが来ないうちに、ちゃっちゃと準備を済ませてルイス将軍と合流しようかね。
次回更新は8月21日23時の予定です。早くなるかもしれません。




