第二十八章 時間稼ぎも真面目さがないと仲間でもキレる
ずざざざ、と軽く数百メートルくらい引きずられて、ようやく『目的地』が見えてきた。血の鎖の先に、デカいなんかがいた。本来の俺よりさらに大きい。下手すりゃ、五メートルはあるんじゃなかろうか。
もう、家ですよ、家。
トラサァンと思われる巨体は、赤黒い肌をしている。――ていうか、あれ、血の鎧らしいね。全身を血の鎧で覆って、パワードスーツみたいなことしてるみたいだ。
聞いた話じゃ、本体は大きくても二メートルちょいだって話だ。
……その二メートル程度の人型が、とんでもなく分厚い血の鎧に覆われているという事実。話だけだといけそうな気がしてたけど、実際見たらあれどうやって剥がせば良いんだろうなってなる。
あの鎧、血、と言っても表面はつるつるしていて、ほぼ固体だ。
俺の毒を使うにしても、たぶん毒は浸透せず、仮にそう言ったものを塗りつけたところで表面をすぐさま落として防がれるだけだろう。
普通の打撃もハイマさんらと戦った時に分かったけど、ほぼと言って良いくらい効かないからなあ。ましてや分厚い血の鎧に覆われたトラサァンが効くとは思えない。
《ダラーさん、任せます》
「……ああ……! そっちもハイマを任せた。死ぬなよ、フラクシッド」
《力の限り頑張ります》
何気に俺って要っぽいからね。なんだってしますよ。
なので、トラサァンの横にいて俺らを睨んでるハイマさん、貴方の相手は俺です!
……ところでなんだけど、この鎖っていつ放されるんだろう。大分近づいたっていうか、もはやトラサァンが目前に迫り来てるんですけど。
……おや? トラサァンや、なぜそんな大ぶりをしていらっしゃるのですかな? その拳をどこに振り抜こうというのかね?
「全力で避けろ! 絶対に受けるな! 粉々になるぞ!」
ダラーさんが叫ぶ。そんな本人はというと、鎖を引き剥がすことは選択肢にないようで、トラサァンの腕の動きに注視していたよ。
さて、俺はというと――どうしよう!?
身体に絡みついてる血って結構きつめで、硬いし柔軟性あるし、意味分からないくらい引き剥がすの無理って感じ。
なのに、魔法も駄目、レジスト勝負に持っていこうとしたらもれなく負ける。……詰みでは?
どうしてこの世界の奴らは、常に全力を出して仕留めようとするのかな。ここは近づいたら、放して俺はべしゃーっと地面を転がる場面でしょう!
迫るトラサァン! ついでに迫る拳!
うおおおおおおおおおお、俺は……分離すっか。
ということで、俺は全身をバラバラにして、抜け出しました。別に脳やワームくんさえ損傷しなければ、今の俺は特定の形である必要がない。
これにはトラサァン以外のハイマさん、ダラーさんがギョッとする。突然、身体がバラバラになったらビビるよね。
んでもって地面に着地したら、即座に元に戻る。うーむ、やっぱ少し絡みついてきた血んとこに肉、少し残しちゃったなあ。もったいない。あればっかりはどうしようもなかった。
そんな俺の頭の上を、ぶぉんと重々しい風切り音が通り抜け、顔がだばだば歪む。
んで、どぱぁんとなんか隣で弾けた音が聞こえてきて――ダラーさん、砕けた!? とか焦ったけど、――無事でした。ギリギリでなんかスキルでも発動させて、トラサァンの拳が通過する場所から身体を避けることが出来たようで事無きを得ていたよ。
今の破裂音は、トラサァンの血の鎖が弾けた音だったみたい。
そんなこんな確認している間に、俺は距離を取っているよ。さすがに危険地帯でのんびりしているほど、馬鹿ではない。
と、思ったら突然、俺の胴体に衝撃が走って吹っ飛ばされてしまう。
なんぞや、と思っていたらハイマさんが俺を蹴飛ばしたようだ。
「……各個撃破だ」
らしいです。まあ、俺としては有り難いからいいけど。最悪、ダラーさんを巻き込んで毒を散布しようとしていたから、助かる。
俺は、ぼむんぼむん、と弾み転がり、止まるかと思ったらまた蹴られてダラーさんがいる地点からから遠ざけられた。
ダラーさんが不安そうに見ていたのをチラッと確認出来たけど、俺の心配をしている暇じゃないようで、すぐさまトラサァンに視線を戻したよ。うん、それが正しい。こっちの心配はいらないので、力の限り生き残ってくださいな。
んで、十分に離れたところで、ハイマさんが角度を調整するように蹴飛ばしてきて、俺は太い木にぶつかって、とまる。
けど、まあ普通にハイマさんは普通に追撃してきて、俺の頭部をまた血のハンマーで潰そうとしてくる。
ダラーさんのように目にも止まらない速度はないけど、ダラーさんより弱いってことはないだろう。すでに全身に血の鎧を纏っていて、二回りほど大きくなっている。……パワータイプかなあ。
軍はトラサァンのスタイルに習って、デイウォーカーで肉弾戦が得意なものが多いらしい。魔法だと良くも悪くも安定性がないからね。
軍人達は特殊な能力はほとんど持っていないけど、その代わり攻撃力、耐久が高いらしい。もちろん敏捷性も高いみたいだ。軍人と一般人――それどころか特殊警察とでは、戦うという分野において一つ二つ以上基礎能力が抜きん出てるらしい。
だから俺の無数の豚は壊滅させられてしまったのだ。質を高めると量を上回るみたい。
そんでハイマさんはそんな軍人の中でも王種ではないものの、それに近い位置にいる。
レベルは60以上。成長が遅いアンデッドとしては、かなり高いレベルを誇っている。レベルだけなら俺と近いけど、練度は圧倒的に負けている。これがネックなんだよね。
うーむ? 前に戦った時は、あんなに血の鎧を強固に纏っていなかった。そうするまでもないと力をセーブしていたのだろうか。だろうな。獅子は兎を狩るのも全力を出すというけれど、兎はそれなりに速くて全力で追いかけないといけない。獅子は何気に遅いしね。
だから、別に逃げ足も速くなく強くもない豚に全力なんか出す意味なんかないのだ。
それに、全力とは消耗も激しいということ。
……つまるところ、ハイマさんは今の俺を全力で殺す気なのだろう。
時間稼ぎはしたいけど、考えちゃいけない。少なくとも生き残ることだけ考えて、攻めをなくした戦いはするな。
俺は触手を使って木を突っ張り、転がる。ハイマさんの足を取れたら良かったけど、血のハンマーは振り下ろさず、最小限で転がりを避けて、通り過ぎる俺の胴体に叩き込む。
どぱん、と鈍い音がして体内がぐちゃぐちゃになる。普通の生き物なら、これで死ぬけど、俺は問題なし。
「ちっ」
ハイマさんが問題なく動く俺に、舌打ちする。痛みも感じないってのが、相手からすると本当に厄介よね。隙が出来にくいんだもの。
ちなみに、ハイマさんは俺を攻撃する際に、無意識か意識的か分からないけど正解していることがある。打撃をして、内部破壊に留めていることだ。
俺に切創を負わせちゃうと、色々と飛び出てくるからね。
んでは、こっちも攻撃だ。二本の触手を生やして、ぶんぶんと雑に振り回してハイマさんに当ててみる。
でも、当たらない。目にもとまらないわけじゃないけど、俺の反応が遅れる程度には速いんだよ、この人。
もう一本増やして、振り回すけど、やっぱり当たらない。──けど、かわす余裕がなくなったのか離れてくれる。
では、──他の手を打とうとしている間にハイマさんがハンマーを円錐状の突撃槍みたいな形にして……突撃してくるのかな――と思ったら、その血の槍を瞬時に投げ付けてきたのだ。
「!?」
さすがにこれには俺もビビる。ていうかビビってる間に口から尻を血の槍が貫通したよ。
一瞬、『死線感知』が反応したから、とっさに脳を進行上から避けていたから良かったものの、マジ危なかった。――ワームくんは頭部は無事だけど、胴体が千切れて真っ二つになっちゃった。
……死にはしないけど、なんかジリ貧だなあ。
んでもって、ハイマさんは血の槍に細く、血で繋いでいる。こっちが血の槍に干渉したらレジストするか……もしくは、このまま自分からレジストしに行くか、って感じか。
意識しないと体内のレジストって出来ない場合があるらしいね。だから俺は昔、死の森でカエルに勝てた。
つっても、さすがに寄生生物が体内に侵入されて、その手の戦いに負けたら恥さらしも良いところだ。
けど、相手はレジスト能力が強いかもしれんし、土俵に立つ気はない。なので、体内の血液を酸に変えて、どろっどろに溶かしてやんよ。
そして、成功。ハイマさんの血液は見事俺の血によって溶かされ、吸収されたのでした。
俺はガチンと口から伸びる線状のハイマさんの血を噛みちぎる。
――と、このまま追撃がくるかと思われたけど、ハイマさんは吐息をついて、血の鎧を解いてしまった。
おや、どうしたの? 話し合いする? 俺はオーケーよ。
「……レーに聞いて、にわかには信じられない話なんだけど……」
ん? なんだい。
「お前、フラクシッドなんだって?」
ちょっと、どきーん。え? ハイマさんが気付いて……いや、違うな、レーって言ってた。レーっていう人がどういう経緯かで俺がフラクシッドかもしれないと思ったようなのだ。
……見つからないように長い間眠るようにしてしっかり隠しておくか、あの人だけ殺しておくべきだった? うーむ、後悔先立たずとはこのことか。
まあ、いいや。
さて、どう反応しよう。ラフレシアに訊いてみようかな。
(俺がフラクシッドだからって打ち明けたら、これからする行動に影響ある? ハイマさんが仲間になるとか考えないで、あくまで俺らの目的遂行のために問題あるかってことで)
《ここまでくれば問題ないんじゃない? 私達の目的はあくまで『アスカの狂界内部に入る方法』、『その狂界内部の情報』だから。ほとんど条件も達成してるし、好きにすればいいと思うよ。……それとこれでバルトゥラロメウスに会う前に不殺の効果を実証できたしね。あの人も私達が大量虐殺をしてたら、今、この瞬間話しかける、なんてしなかったと思うよ。そもそも本当のことを知られたからって向こうがどうこう出来るものでもないし。豚がフラクシッドだった――って言っても、もうわざわざ皆に伝える意味もないからね。……ていうか逆効果だし。マスターの嫌なところは何でも変身出来るから、下手にこういう奴がいますよって広めちゃうと周りが疑心暗鬼になっちゃって組織が回らなくなるかもしれないんだよね》
変身、擬態、寄生系のモンスターではそれが王道なのだよ。いいよね、疑心暗鬼になってその結果悪い方向に行く流れって。殺し合うのもよし、逆に信じて、化け物になった味方に襲われるのも興奮ものである。物体Xたん、パラサイトたん、はぁはぁ。モンスターとしても可愛いからな、あいつら。
――と、この話はここまでにしてしようか。
別に本当のこと言っても良いんだよね。
じゃあ言うか。バラすデメリットの方が少なそうだし。
俺はラフレシアの声を使う。
《そうですよ》
「……!」
ハイマさんは半信半疑だったんだろう、俺の声を聞いてギョッとする。『鬼胎』効果は乗ってないのに、こっちの方が今までで一番驚いたんじゃなかろうか。
「――っ。……なんであんなことをしたの」
《うんこを漏らしたことですか? 俺の能力であれなら、あんまり人を傷つけずに済むかもしれないってことでやったんですよ》
「目的は――魔族の救出?」
《別に、あっちは俺とはほとんど関係ありません。利害関係が一致しただけで、俺は魔族側ってわけじゃないんで》
まあ、戦争を止めるためっていう理由はあったけど、それは俺の目的じゃないしなあ。
「なら、なんで……!」
《俺の計画は現在進行形なんで言うわけありません。ただ一つ言えることなんですけど、そちらにとっても悪い結果にはならないと思いますよ》
「信じられると思う? そもそもこのままあの魔族の子供を見逃せば、私達の国は窮地に追いやられるんだから」
《今のところ不殺できているので、信じて貰えたら助かります。……ただ、うん、この後、あの子達が届けられちゃうと、そうなんですよねえ。……とりあえず、俺は魔族側じゃないんで、『豚なんていなかった』で、通してもらった方が良いですかね?》
「責任逃れ?」
ハイマさんの目が細まる。……どうにもこの人、潔癖というか、不正とか汚いことを嫌うみたいだな。実はプルクラと仲悪かったりしない?
《いえ、そのつもりはありませんよ。そちらの国は閉鎖的で俺らみたいなスパイはともかく『通常の外国人』がいないので、バレる心配はないじゃないですか。だから外交上、『いなかった』とそういう主張をすればいいかと。そうした場合、俺もよっぽど俺自身に不利益がこない限りは口裏は合わせると思います。で、仮にジルドレイに『魔族の子供がいたとして』、その時、連れ出された状況は『国中に糞をされた』事実だけ残してもらえれば――》
「…………ああ」
ハイマさんが、うわあ、みたいな顔をした。
つまるところ、魔族側がジルドレイに魔族の子供がいて、連れ出したという主張をした場合、その人が(仮にフーフシャーさんが代役を立てたとしても)『ジルドレイに糞をしまくった犯人』という不名誉を受けることになる。
それでもなお認める奴はいるかもしれないけど、そんな奴は少ないはず。
そもそも俺は形式上、どこにも所属してないからね。協力、もしくは利用されている、している関係に過ぎない。
だからどこかしらの国から何か要請されたとしても、受ける必要性は全くないのだ。
「…………。でも、お前を見逃す理由にはならないと思うけど?」
《元々ただで見逃されるとは思っていませんよ。ちなみに俺、うんこの臭いを上書きする香水を造れますけど、それは今、交渉にしません。……ハイマさんにはこれ以上俺と戦うと、不利益になるから『ただで見逃して』欲しいと思ってます》
「舐めてる?」
《いいえ。……俺を見逃すことが、純粋にその方が良いから言ってるんです。これから俺は、勝つつもりはありませんが『ハイマさんの敗北条件』をとにかく満たそうと思います》
「――何を……?」
《ああ、その前にちょっと俺、やりたいことがあるので、この木、切りますね》
そう言って、俺はもぎゅっと身体を大きく変化させる。ハイマさんはとっさに血で武器を生成するが、攻撃はしてこない。どうにも躊躇いがあるね。時間稼ぎを感づかれたり、俺から攻撃しない限りは積極的に攻撃してこないかな?
そして、俺は変身を完了させる。
全身が茶色いもさあ、とした体毛で覆われている。でっぷりとした体型に短い前脚、水を泳ぐであろうと思わせる後ろ脚の水かき。
そして、特徴的な平べったい尻尾。
つぶらな瞳をしていて、ちょっと大きめな鼻が愛嬌を出してくれている。極めつけが、この動物の最大の特徴、出っ歯だ!
そう、今の俺はビーバーになっている。まさにゾンビーバー! ふふっ。
「っ? ??」
ハイマさんは可愛いと思ってしまったのか、さらに攻撃を躊躇うように、ちょっと仰け反っちゃった。
くくっ、このキュートな姿を見て、その態度は――嬉しいぞい!
さて、俺は木に近づき、鋭い歯を突き立て、ガジガジしだした。
おらーん! 俺はビーバーだー! この木を切り倒すぞー!
かりかりかりかりかり、と軽快な音が森に鳴り響く。
「…………」
ハイマさん、どうして良いか分からず困惑中。もうちょいお待ちを。
かりかりかりかりかり。
もうちっと、かりかりかりかりかり。
さらに、かりかりかりかりかり。
《マスター?》
ラフレシアが猫なで声で話しかけてくる。
(なんだいっ!?)
俺は木を囓りながら、軽快に返事をする。
《さすがに真面目にやらないと怒るよ?》
「……………………うん」
怒られちゃった。
俺はラフレシアに怒られたので仕方なく、先ほど触手ソリにして余った豚の一部を加工したものを取り出し、組み立てる。何度か工作はやっているのでお手の物だ。逃走中についでに骨の加工は体内でやってたんだよね。そんでもって、数分もしないうちにミニチュアチェーンソーのかんせー。
刃もただの骨だから、切断能力は高くないけど、頑張ればなんとかなるだろう。
ということで、俺は、血エンジンでチェーンソーを動かし、木に当てる。ずざざざざ、となんとか木を削ってくれる。
「…………」
ハイマさんが呆然とみている。
(な、何みてるんですかっ! くっ、ビーバーがっ……ビーバーがっ、チェーンソー使ってるってのがそんなに変だって言うんですか! 馬鹿にしてるんですかっ!)
《大丈夫だよー、マスターは馬鹿になんてされてないからねー》
(ほんとに?)
《ほんとほんと。ところでなんで木を切るの?》
(吸血鬼相手に、『丸太は持ったか!?』をやりたいので)
《止めないけどさっさとやれよ、キレるぞ》
(うっす)
ラフレシアが優しい声色を変えずに言ったので、俺はスロットルを上げて斬るのであった。……この後、『真経津鏡』使って《プレイフォートの魔法科学はァァァァァァァアアア世界一ィィィイイイイイ》を言いたいって言ったらブチ切れるかなあ?
次回更新予定は8月7日23時の予定です。
※ちょっとした補足。
パラサイト、の単語が出ていましたが、それは1998年公開映画『パラサイト』、原題『The Faculty』のSFホラーについての言及です。




