第二十四章 最善手が時に最悪な選択になることがある
特殊警察本部。
副隊長は、ハイマから豚を制圧したとの報告を受けて一息ついていた。
見逃しはなく、リーダー格と思しき髭の生えた豚も確保出来たとのこと。乱戦時に殺せなかったのかと思ったが、ハイマが一対一で相手にしながら、それでもなお生き残ったという。
確かに内臓も潰れていたし、頭部も最初の一撃で陥没させたはずなのだという。
……そんな馬鹿なと言うことは簡単だ。だがやはり豚の特異性を認めた方がいいだろう。下手をするとスケルトンのように核を移動させられるのかもしれない。
それに軍と抗戦する前に戦っていた派閥のオペレーター(魂の繋がりによる何かしらの五感共有をする者)が言うには尻から火を噴いて飛んだという。
……もはや常識と照らし合わせて考えるのはやめた方が良い相手なのかもしれない。
だが、四階層や他階層の豚の制圧は完了したとの報告を受けたので、この件は終息するだろう。なんとか対応が間に合ったから、レーをわざわざ気付け薬で叩き起こす必要はなかったかもしれない。
――そう思っていた。
「大変です!」
各派閥と繋がっているオペレーターが声を上げた。
副隊長は、一体何だと目を瞑って天を見上げそうになる。というか、報告を訊く前なのに貧血でくらっときてしまった。少なくとも声色からして、良い報告ではない。
「なんだ!」
「髭の豚が逃げ出しました――それに、これは――もう一つも、――」
「順を追って説明しろ! ハイマが逃がしたのか!?」
「はい、でも、これは――あの、死んだ豚から謎の生物が生えて、一斉に――ほぼ全ての豚から生えて襲いかかってきたんです! 全ての階層で、です! 派遣されていた部隊は事後処理に当たっていたこともあって、この奇襲に対応出来ず――ハイマ様は髭の豚を取り逃がしてしまいました!」
「――!」
血管が弾けそうになった。
ハイマ達に対する怒りからではない。意味が分からないことをする、豚に対してだ。
「それともう一つ別件が……」
「なんだ!!」
「隠し部屋の『子供』が連れ去られたようです」
これには本部にいる全員がざわめく。――さすがに副隊長も血の気が引いて倒れそうになってしまった。
それでも椅子に寄りかかって、なんとか息を整えて耐える。
「なにが、誰に、どうして――」
「おかしな生物が見知らぬ種族の子供を連れて運んでいるとの連絡があり、事情を知っているこちらの派閥の者が部屋を見に行ったらもぬけの殻になっていまして。管理していた者も気を失わせられていたらしいです。レー様が気を失っていたこともあって、すぐに異変に気付けなかったようです」
派閥システムは情報共有が容易に行えることがメリットであるが、上が機能を停止してしまえば、このように穴が発生してしまう。
「それに、おかしな生物と一緒に、ブルートが共にいたこともあって、疑う者も少なかったようです」
「ブルートが?」
何がどうなっている。何故、あのぐうたらな男が謎の生物と共謀して魔族の子供を攫うのだ。メリットはどこにある。一応、アンゼルム直系で千年を生きた吸血鬼であるが、そもそもアンゼルムが裏切り者というのは、あくまで形だけだ。
実際に行動に起こすことは……ないとは言い切れないが、少なくとも部下がするとは思えない。
――ただ、ブルートが味方しているというのなら、生半可な戦力では太刀打ち出来ない。しかし、今は豚が起こした問題で手が一杯で、対応出来る人員がいない。
どうすれば――。
副隊長はあまりにも脳に負荷がかかったせいか、耳鳴りがして、意識が遠のいていく感覚がした。
このまま倒れそうになるかと思われたが……、
「遅れた」
そう彼は肩を掴まれ、膝から崩れ落ちる寸前で止められた。
彼の横にいたのは、年配の吸血鬼、レーだった。
「引き継ぎをする。これから私がこの件を指揮しよう。お前は私のサポートにつけ」
「は、はい――!」
副隊長が安堵の表情を浮かべ、頷く。一気に肩の荷が下りて、違う意味で気を失いそうになってしまった。だが、まだその時ではないため堪えてレーに引き継ぎの報告をする。
一通り、現状について知ったレーは考え込む。
「『子供』についてだが、ブルートがいるなら奪還は難しい。――それと『子供』を連れた不思議な生物は恐らく淫魔の王種――魔王の姉――フーフシャーだろう」
「魔族側の勢力――?」
「私も襲われたが――支配能力が強くない? 淫魔ならその手の力を持っているはず――だが、私の肉体や魂は縛られていない。ブルートがもし操られているなら、強力なもの……『魂支配』だろう。あれは一人にしかかけることを出来ないのを考えると、その可能性が高い。――私とブルートの優先度は……仮に私を支配したところで、すぐに異変に気付かれ対応されるなら確かに戦力としてのブルートを取るべきだろう」
レーはしっかりと検査を受けて、何かしらのスキルによる支配、及び操作はされていないことは証明されている。
フーフシャーは農場で動物になって紛れ込んでいたことから、淫魔としての方向性は生物としての多様性を求める進化をしたのだろう。
そのため、支配能力は他の淫魔の上位種に比べて劣っていると予想出来る。
――そういえばダラーはどうなったのだろう。フーフシャーに襲われてからまともに思考することすら出来なくなり、周りの情報を上手く取り入れるのが困難だったため、よく分かっていない。
「ダラーは?」
「ダラーですか? 奴はこの件が起こる前に――えー……アンゼルム様の研究所でプルクラ様に殺されたフラクシッドの埋葬のため、出国しました。――恐らくまだ戻ってきていないはずです」
「……フラクシッドを殺したというのは、オリジナルが?」
「そうです」
ならば間違いはないだろう。オリジナルのプルクラに限って殺したと見間違えることはないはず。
――というか、つまりダラーはフーフシャーに見逃されたということになる。
その情報から察するにフラクシッドは魔族側である可能性が極めて高い。
だが、もう死んだという。
レーは微かに首を傾げる。何か違和感がある。
「一階層も汚染されているな? 外に逃げた国民はいるか?」
「えー……」
副隊長がちらりと部下に視線を送ると、一人がこくりと頷く。
「国外に出たモノは複数います。ただ、現在昼間ということもあり、太陽の対処が出来る者やデイウォーカーの者達だけらしいですが」
副隊長が思わず眉をひそめる。
「……デイウォーカーで一階層にいる奴がいるのか?」
「割といますよ」
部下はそう返す。
そんなやり取りの中、レーは考え込む。
――外に出た者がいるなら、ダラーは国内の状況について耳にしたはずだ。少なくとも混乱が起きている中で、何も訊かず行動を起こさないような奴ではない。
…………ダラーはフーフシャーに協力している? だが何故。馬鹿ではあり、愛国心は特にないが、それでも裏切るほど愚かではない。
戦争を止める? 確かにそれならば魔族側に加担する理由になるが――今更? 動機が弱い。
「ダラーを見張っている者はいるか?」
「あー、はい。――埋葬後、動きはないそうです」
待機しているようにも見える。
フーフシャーと共謀しているなら、ブルートを支配する足がかりも出来なくはない(だがやはりダラーがブルートを支配する手伝いをするとは思えない)。……だが、そもそもダラーは外で待つより、中で協力した方が『魔族の子供』の救出率が上がるのではないだろうか。
奴ならそうするだろうし、戦力としてそれなりに期待出来るならフーフシャーは頼るはず。
レーはこめかみを指で叩く。
何かがおかしい。何かがズレている。はめ込むピースが足りず、間違い、歪な絵を描いている。
……仮に、この絵を修正するならどんなピースがいる?
――――――フラクシッドが生きているなら? 騙す能力に長けているなら、殺されたと偽装出来るなら? ……単純にダラーをフーフシャーに協力させると、こちらが違和感を抱くことに危惧し、フラクシッドが生きていると思われることを避けるためだったとしたら?
それと研究所での死を偽装したとして、共犯者がいる? だが、誰だ? プルクラは絶対にフラクシッドを逃さないが、理由があるならアンゼルムは逃がす可能性はある。
……というかまず、フラクシッドはどうやってアンゼルムのところに行ったというのだ。
ブルート以外のアンゼルムの研究所へ行けるルートはかなり難しい。彼の研究所へのルートを繋げる者はそれなりに大きな派閥に所属していることがほとんどで接触するのは――少なくともフラクシッドでは無理だ。変身能力を駆使して、魂の情報を偽っても高位の、それも研究職についている者は違和感に気付くだろう。もし彼らのテリトリーでバレたら捕らえられて終わりだ。
それに追われている盤面で協力してくれる相手はそうそういないはず。
ダラーもそこら辺のコネはなく、ブルートに頼むなら……そもそも奴に頼めば良いだけの話だ。
だからブルート経由であるはず。……それと仮に先に操ったブルートを使ったとしても、アンゼルムがそれを許すはずもなく、殺されてしまうだろう。だから……ブルートは操られている可能性が低く、フラクシッドは許可されて行ったかもしれない。アンゼルムなら特殊なフラクシッドに興味を持つのは必然と言える。
――もしブルートが魂や肉体を支配されているとしたら――そもそもナイトウォーカーが操られる可能性がまず低い――今の考えが破綻するが……。……その時は普通に救出して不問にするしかないだろう。どのみち証拠、証言がなければ『狂言』を受け入れるしかない。
「――話は変わるが、フラクシッドがアンゼルム様の研究所に侵入したのはどこからか分かるか?」
「……えー……あー……報告が上がっていないな。研究所で死に、ブルートの元に死体が届けられ、ダラーが受け取った、だったか?」
副隊長が首を捻りながら、部下に尋ねると部下達も首を捻る。
「そう、ですね。ブルートの診療所を張っていましたが、フラクシッドは通りませんでした。完全な透明になれる能力を有していたと思っているのですが」
その可能性はなくはない。だが、そうであるならばこちらから逃げる時もその力を使うはずではないだろうか。でも農場の出入り口付近で攻撃を受けて転んでしまったらしい。
ダラーに味方してもらうためにわざと攻撃を受けたとするにしても、かなり勝率が低い賭けだ。まあ、奴の人柄を短い間で理解して同情させるようにしたというのなら、あり得ない話ではないが……他の可能性はないだろうか。
レーはその部下に目を向ける。
「ブルートの診療所に入っていた者は誰かいるか? そして出てきた者は?」
「一階層の住人らしき女性が入っていきましたが……出てきはしません、でしたかね?」
部下はそう曖昧に答える。周りに目配せをするが、他の同僚も首を傾げていた。
副隊長がおずおずとレーを見やる。
「あの、隊長? 指示は――」
「少し待て」
フラクシッドに変身能力がある? 腕を触手に変えていたということも耳にしている。あり得る。なら、ダラーは『生きているフラクシッドに協力』しているかもしれない。
だからなんだという話であるが――変身出来るのであるならば――今回の豚の騒動もまるで、フーフシャーやフラクシッド本人の死から目を逸らすことを目的としているかもしれない。
あの豚がフラクシッドが変身した姿である、もしくは本当の姿であるとしたら?
……この方がしっくりくる気がする。
髭の豚はこのまま死ぬだろうか? その方が逃げやすくはあるだろう。……いや、そうであるなら、わざわざ謎の寄生虫による奇襲を仕掛けるか? 以前の豚の解剖結果から入っていなかったことから奇襲目的で入れたのは理解出来る。
しかしそれをやってしまうと死体を徹底的に破壊されてしまうはず。それをやられてもなお、生き残れる自信があるというのならやるだろう。
……生きたまま国外に逃げるメリットは、自分はこの国にもういないというアピールか、『生きて逃げる』ということに何かしらの理由があるのか。後者は目的が分からない以上、どうしようもない。そこはフラクシッドと実際に会話したプルクラに尋ねてみるべきだろう。何かしら情報が得られるはず。
そもそも寄生系なら、身体を乗っ取られる危険もあるし、このまま潜伏されるかもしれない。
じわじわと嬲られることを考えるなら、こちらからも強攻策をしなければジリ貧だ。
……フラクシッドの対処は難しい。故に倒すメリットが低い。むしろ逆に倒さない方が良いまである。無理に髭の豚を追わせるべきではない。
だから今、すべきは『魔族の子供』の奪還を優先すべきだろう。そのためには――、
「……あえて逃がすか」
「え?」
「今、暴れている寄生虫の対処は現存する戦力で行ってもらう。その上でハイマを呼び寄せ、トラサァン様、出撃の準備を。国内でブルートとやり合うのは得策ではない。昼間なら、国外に出た奴の戦闘力は低下する。そこをハイマとトラサァン様で追い討ちさせる」
「ブルートの処遇は?」
「魂の情報を見られる者で確認し、支配されていると判断出来れば、可能な限り生かすようにしてもらう。もし単なる裏切りであるなら、殺すこともいとわない」
「了解、です」
「それと北で待機中のバルトゥラロメウス様をこちらに寄越し、確実に捕らえられるようにする。――あと万が一に備えて、素早い者に保存してある『子供の遺体の一部』を持たせ、『魔王の妹』を誘導――場合によっては人狼の国にぶつけて、『演劇』を始める。そのためのアスカ様、転移の準備を進めろ」
レーの指示に副隊長が目を見開く。
「――国に? ですが、そんなことをすれば人狼達は最悪全滅――次回の『演劇』を行えない可能性があります! だからプレイフォートの人間や魔族を巻き込む予定だったのに……。それにアンゼルム様がなんと言うか――」
「その件は私が責任を持つし、逆に今回のことでの問題を追求する。……プルクラ様に許可を貰い、承諾を貰ったら作戦開始だ。どのみちプレイフォートでの計画は失敗している上に『子供』の奪還までされかけている。このまま行けば周りが敵だらけになって、私達が滅ぶ」
「……。……了解です」
副隊長は不安そうな顔をするが、頷き、行動を開始するのであった。
次回更新は7月17日23時の予定です。




