断章 いつか貴方が誰かの救い手になる
少女は村の空気が変わったのを肌で感じていた。
「ティターンが滅んだ!? 一夜にして!? そんなことあり得るのか!?」
「だが、都市には人っ子一人いなかったんだ。それに近くに大きな鳥籠が……あれは魔物……恐らく奴に滅ぼされたんだ」
「そんな信じられない……! ここは魔界に近いんだぞ、都市の支援がなければ産業どころの話じゃない!」
村の長がティターンから派遣されていた兵士に声を荒げていた。
早口だったし、幼かったから少女は大人達が何を言っているのか分からなかった。それでも、焦燥が感じられることから、とても逼迫しているのはなんとなく理解出来た。
分からないことでも、大変なことが分かって怖くなるものだ。むしろ分からないからこそ、余計に怖く感じてしまうこともある。
偶然、大人達のそんな話を聞いてしまった少女は、おろおろとし、とりあえずその場を離れる。
どうしようもない恐怖に泣きそうになっていると少女は幼馴染みの少年に出会う。
「どうした?」
少年はそう聞いてくれるけれども、少女は自身の感情を言葉に出来ず、ただただおろおろすることしか出来なかった。
「え、あ、あのね……」
「?」
なんとも言えない少女になんとも言えない顔をしてしまう少年だ。
――と、少年は少女が来た方から大人達の怒鳴り声が微かに聞こえてきて、何かを察することが出来た。怒られたか、怖いことがあったか。分からないけれど、それを感じ取って、少年は少女の手を取る。
「あっちに行こう。あっちで一緒に遊ぼう?」
「………………うん」
少女はそんな少年の優しさに触れ、はにかみながら頷いた。
そんな時だった。
「きゃああああああああああああああああああああ!」
どこからか悲鳴が上がり、大きな爆発音が轟く。
「!?」
少年はとっさに音の方に向かって立ち、少女を背に隠す。
視線の先で大きな火柱が上がっていた。そしてその頭上には、巨大な何かが羽ばたいている。
深い赤――故に薄黒くある紅蓮の鱗が連なっている。全身を覆うその鱗は、分厚く鎧のようだ。実際に鉄の硬度はあるのかもしれない。羽ばたく度に、風切り音に混じって擦るような金属音も聞こえてくるのだ。
「飛竜?」
話には聞いたことがあるけれど、実際に見たことはない魔獣だ。
魔界に近いとは言え、あの手の魔物は村まで現れることはない。本来なら村に来る前に退治、ないし誘導などを行って近づかせることはないからだ。
しかし今はティターンが滅び、兵士達が混乱して十分な監視態勢が取れていなかったのだ。
監視網の隙間を抜け、飛竜が村までやってきてしまった。
しかも最悪なのは飛竜は基本的に退治は行わず、誘導をして遠ざけることしか出来ない。何故なら倒せないからだ。
鱗は剣や魔法を容易く弾く。仮に『斬鉄』を使えたところで飛竜は常に空を飛ぶため、刃が届くことが叶わないのだ。
そんな飛竜が火炎を纏った弾を吐きだし、それが地面にぶつかると大爆発を引き起こす。
当たれば一撃必殺。しかし飛竜にとって通常攻撃に過ぎないのか、連続で吐き、瞬く間に村を火の海に包み込む。
「――逃げなきゃ!」
呆然としている暇もない。逃げなければ火に巻かれて死に絶えてしまうかもしれない。
「先生のところ、行って、それで――」
彼らが呼ぶ先生とは都市から来た講師で彼らにとって、身近で頼れる存在だ。二人とも両親を亡くしており、村に設立されている孤児院で先生から色々なことを教えて貰っている。
時々熟考して自分の世界に入り込む変わった人だが、もしかしたらこの状況でも良い知恵を出してくれるかもしれない。
だが、家が崩落し、火の手が上がる今、思い通りに進むことは極めて難しい。
「どうしよう――どうすれば……」
孤児院まで行く道が崩れた家で塞がれているのを見て、少年がまごついてしまう。
そんな彼らの頭上が赤く、熱くなる。
見上げると、飛竜の火球が少年と少女めがけて降り注いでくる。
「あっ――」
どう逃げても、今からでは爆発に巻き込まれて死ぬ。それをまざまざと理解してしまう。
彼は少女を抱き寄せ、――ぎゅうと目を閉じる。もしかしたら自分を盾にこの子を守ることが出来ることを願って。
そして、どぉんと爆発音と熱風がわずかに感じる。
そう、『わずか』に。
「ってぇ……」
少年の前から声が聞こえてくる。
目を開けるとそこには赤黒い巨大な誰かが立っていた。
人型だが、あまりにも大きい。少年の身長の何倍もあり、横幅も同じくらいありそうだ。
文字通りの盛り上がった筋肉で全身を固められている。その手足には囚人がつけられるような赤黒い鋼鉄製のような枷がつけられていた。
「大丈夫か?」
その筋肉の塊が顔をこちらに向けてきた。
白目が赤く、黒目がより黒い怖い目をしている。牙も生えていて、とても人間とは思えない。髪がのびにのびて、人型だが野生動物と言った方がしっくりくる。
だけど、その顔は笑顔で――今まさに少年は救われたと分かったから、不思議と怖くなかった。
だからなんとか頷けた。
「だい、じょぶ、です」
「なら良かったぜ。耳塞いで、後に下がってな。今からあいつを降ろすからよ」
大男――トラサァンが何をするか分からなかったが、少年は素直に従い少女と共に耳を塞ぎながら逃げる。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
するとトラサァンが飛竜に向かって雄叫びを上げる。意識を逸らそうと思っても視線が吸い寄せられる、不思議な力を持った咆吼。
そんな声を当てられた飛竜がトラサァンを見逃すことはなく、目を向け――強敵と悟ったのか轟く咆吼を上げた。
「へっ、かかってこい」
そうトラサァンは言うが、飛竜は慎重だった。強敵だと分かってしまったため、遠くから倒そうと口を開け、最大の火球を放とうとする。
口が煌々と輝く飛竜を見上げ、トラサァンがため息をつく。
「……面倒臭えな、ほんと。……ちょっと被害が出るかもしれねえけど仕方ねえか。あんなの落とされたら、もっとひでえことになるからな」
トラサァンは片腕を大きく後に引く。その片腕に深紅の鎖が浮かび上がり、巻き付き、さらに長く地面に垂れ下がる。その鎖の先端には菱形の鋭い棘がついていた。
「『雲集錨』」
トラサァンは呟き、その片腕を思いきり振り抜く。すると、深紅の鎖が飛竜に向かって飛んで行く。
「!?」
飛竜がその深紅の鎖を見て、危険を察知したのか、溜めていた火球を一度打ち消し、大きく羽ばたき高度を上げる。
「遅え。その程度じゃ逃げ切れねえぜ」
深紅の鎖は飛竜が逃げるよりも先に胸に突き刺さる。――いや、正確には絡みついたのだ。貼り付き、切っ先が潰れ、血管のように飛竜の全身に伸びて絡め取る。そしてトラサァンが腕を引くと、ぐいっと飛竜の巨体が引き寄せられた。
飛竜は抵抗しようとするが、力負けし、そのまま地面に叩きつけられる。
鈍い轟音が響き渡るが、飛竜はすぐさま起き上がり、大口を開けてトラサァンにかぶりつこうとする。
「鬱陶しい」
静かな声を後、飛竜の首に一閃が走る。
次の瞬間には、飛竜の首が落ちてしまい、トラサァンにかぶりつくことが叶わなかった。
ふわり、とそんな飛竜の頭の前に誰かが降りてくる。
目を革の拘束具で隠した不思議な女性――プルクラだった。彼女は飛竜を背にして、村の惨状を見渡し、大きなため息をついて、項垂れた。
「――なんでこうなるわけ? よりにもよって交渉直前に襲撃なんて……」
「駄目なのか? 襲撃に間に合わなかったけど、俺らの村よりマシだろ」
「ねえ? 自分が魔物だっていう自覚ある? 共生するならゆっくり丁寧に、時間をかけて関係を作って行った方が良いのよ。それになんかタイミングが逆に良すぎるじゃない。勘の良い奴なら疑うわよ」
「でも、悪いことなんてしてねえだろ?」
「してるように見えるのよ、傍から見ると」
プルクラがこれまた深いため息をついた。
――と、飛竜の頭がピクリと動く。身体もわずかに動き、真正面にいるプルクラを最後の力で噛み殺し、死に向かう身体で滅茶苦茶に暴れようとしたが――プルクラが軽く手を振ると背後の飛竜の頭と身体が細切れになった。
「それで襲撃者の身体もほとんどなくなっちゃうってねえ! 笑っちゃう!」
「病むなよ?」
プルクラが、ぐちゃぐちゃな情緒になってテンション高めに叫ぶ。そんなプルクラの精神状態を危惧したトラサァンが苦笑いをしながら指で彼女の肩をなだめるように叩く。
「綺麗……」
少女が少年の後に隠れながら、血の雨を浴びるプルクラを見てそう呟く。
「……え?」
思わず少年は小さく声を漏らしてしまう。幸いにして周りがうるさかったため、少女の耳に届かなかった(あと熱心にプルクラを見ていたからだろう)。
少年からすれば、あの女性はちょっと怖かった。むしろ少年はあの大男の方に『格好良い』とそんな思いを抱いていたのだった。
次回更新は6月26日23時の予定です。




