第十五章 攻撃方法の模索
ちょっと実験として、『粘液』を手の平から、たらーっと垂らしてみる。なるべく粘度を高めて、千切れないように注意だ。一メートル程度、伸ばしたら、それをしならせて思い切り地面にびたーんと叩きつける。
べとーん、という音と共に少しだけ地面の草地が抉れる。そして手から剥がれて吹っ飛ぶ『粘液』だ。
うーむ、もうちょっと調整しないとなあ。
「何やってんの?」
俺が実験をしていると、ふとフェリスの声がする。彼女はイノシシを担いでやってきた。……おお、色々とポンコツかと思ったら、普通に狩りはできんのね。安心した。
「……なんか失礼なこと考えてない?」
意外に野生の勘も鋭いな。
「うー」
「…………」
ジッと見られたから、俺は、まったくもってそんなことないよ? ちゃんと褒めてたよ? と、それをしっかり示すために首を横に振った。
なんかジト目で見られてるけど気にしない。
――フェリスは俺と行動を共にすることにした。俺と違って、それほど村に入るための制約はきつくはないだろうけど、ミアエルのことを考えると村には行かないほうがいいということになったのだ。あとフェリスには、奴隷商人のアンサムが王都のアンサムと中身が同一人物か確かめる必要もあるし。
フェリスがイノシシを置いている姿を眺めながら、俺はもう一度『粘液』を垂らして、びたーんと地面に叩きつける。今度は手から剥がれない――と思ったが、残念、持ち上げようとしたら、ぶっちり千切れて上に飛んでいった。
「結局それ、何やってんの?」
これ? これねえ、『粘液』を鞭として扱おうと思ってんの。
俺は手頃な棒を持って、鞭を振るう真似をする。ちょっと伝わりきらなかったようで、何度か首を傾げられたが、最終的にフェリスは「ああ」と理解してくれる。
「でも、『粘液』の鞭ってそれほどでもなくない?」
まあ、普通の鞭として考えたらそうかもしれないけど、ちょっと工夫すれば、使い物になるんだよ。たとえば、『粘液』に『溶解液』を混ぜ込みながら分泌して、近くの木に投げ付ければ――。
じゅううう、と木が煙を上げながら勢いよく溶けて、ものの数秒でずだーんと倒れてしまった。お、おお、すごい……。
……予想より高威力で俺がビビる。そして煙が出すぎてもっとビビる。『毒性強化』で酸性度マックスでやったら、マジでゼノモーフの血液くらいすごいことなったし。粘性もあるから剥がすのも難しいし、思ったより凶悪だな、これ。
「うわ、こええ。……あっ、目と喉、痛い……やばい、離れよう」
漂う煙を少し浴びたフェリスは、ちょっと咳き込むと、慌てて離れる。
俺はフェリスと離れながら、思った。あれ、完全に化学兵器だわ、と。
あれを使うのはなるべく控えよう。少なくとも使う場合は酸性度は下げた方がいいかも。
俺とフェリスは先ほどの場所から、少し離れた位置にて、酸性の霧に包まれる森を眺める。……あの白い霧に触れた草木が枯れ木色に変色している。どうしよう、怖くなってきた。
…………。……うん、見ないふりしよう。
俺は惨劇から目を逸らすと、フェリスが目をぐしぐしと擦っている姿が目に入る。
「……うー、ちくちくする……。……あのさ、これ、普通に投げ付けた方が強くない? 相手近くの地面にぶつけるだけでダメージ食らうじゃん」
「うー」
それもいいけど、あれだ。……えーっと、格好良いから? ……というのは半分冗談として本当の理由は、普通に鞭の方が連続使用しやすいって点もある。俺も多少、動きやすい身体になったから、連続攻撃とか出来るようになれば戦略の幅が広がると思うんだよね。あと『粘液』って適量分泌するまで結構時間かかるし、連続で分泌すると身体の水分抜けてカピカピになるっぽいし。ゾンビじゃなくてミイラになるから気をつけてね、とリディアに言われたのだ。だから使い続けられるなら、その方が良いんだ。
って、言ってもさすがに伝えられないので格好良いじゃん的なのだけ伝える。
「確かにそれは重要だな」
「うー」
テキトーな解答だったけど、分かってくれるか。格好良いを分かるとは、フェリスとは話が合いそうだな。キミの腰に二刀のごついダガーも良い感じだ。……お前がもう少し大人だったら一緒に酒でも飲んで語らいたいくらいだよ。つっても今の俺、酒飲んでも味覚ないから味も分からんし酔えなさそうだけど。あー、そう思うと悲しいなあ。日本酒の清らかな甘みー、山廃の酸味があるけどそれ故に飽きない飲み口ー。ウィスキーのどぎついが豊かな風味ー、程よい炭酸が分泌された喉越しが良い生ワインも良きかなー、あーまた楽しみたいなあ。
ちょっと内心ガックリしていると、フェリスがイノシシを解体用のナイフで解体し始めた。手慣れているようで、さくさく解体を済ませる。バラしたイノシシの生肉を俺にいくらか差し出し、フェリスは生のまま貪る。
すっごいワイルド。
「……肉、焼きたいけど、下手に火つけて匂い垂れ流すと魔物が寄ってくるからなあ。ただでさえ、ここらへん魔物多いし」
「うー」
そうなの? それより焼肉いいよね。けど、これまた俺には味覚もないので、楽しめないだろうけど。今の俺にとって食事って栄養補給以外何者でもないんだよね。ぐぅ……早くヴァンパイアになりたいなあ。
俺はそんなことを思いながら、片手で肉を食って、もう一方の手で粘液鞭の訓練を重ねる。
そうそう、リッチ討伐&アンサム救出の大体の作戦は決まった。ざっくり言うと、俺がリッチを相手して、フェリスはアンサムを助けつつ、屋敷の周りに潜んで居るであろうアンデッドの相手をする感じだ。
戦闘能力では俺より圧倒的にフェリスの方が上らしいけど、言葉を喋れないとアンサムとの対話が難しいからな。一応、フェリスも落ち着いたら加勢してくれるらしいけど、期待し過ぎるのは良くないだろう。
俺も俺なりに一人でリッチを倒すための算段はつけているから問題ないとは思う。
倒せるはずだ。リディアが言うにはリッチはあのデカ蛙よりはかなりマシな部類らしいし。でも、油断はしない。全力を持って慈悲もなく倒すことを誓おう。……デカ蛙の時みたく、また、危なくなって『誰か』に助けられるのも癪だからな。
それに遠慮も必要ないっぽい。リッチ――バックアードって結構、外道らしいしね。なんかリディアが友好的な関係を築こうとしていたらしいけど、バックアードはアンデッドを村人にけしかけていたらしいし。
さらにこの森ってアンデッドが自然発生することが多いらしいんだけど、それとは別にバックアードは死体をアンデッドにしているっぽい。わざわざ村の墓地とか使ってね。
結構、ワルな骸骨よね。
けど、リディアはなるべく殺さないようにして、とは言っていた。もし改心したら、許してやって欲しいとは言っていたのだ。
うん、甘い。でも俺はある意味その甘さに救われたのかもな。じゃなきゃ、出会ったあの当初に殺されていたかもしれないし。あの時、リディアがあの墓にやってきたのは、蘇ったアンデッドらをまた眠りにつかせるためだったらしいし。
……そんなバックアードと村との関係を聞いて、そりゃあ、村人がアンデッドの俺の受け入れ渋るのも当然だわな、と納得した。そう考えるとリディア、ふざけた感じに村に入るための条件を俺に提示してきたけど実際は村人と交渉するのに、かなり無茶したんじゃなかろうか。だとすると勢いで殴ったことにちょっと罪悪感がある。
うん、その罪滅ぼしのためにも、バックアードはしっかり倒さないとな。
さて、今日はこのくらいで休むか。この身体でも休眠っぽい行動は取れるみたいだし。肉を食べ終わったフェリスも木の上に登って、良さげな枝と幹に背を預けて目をつむっている。
そして俺は土の中に潜って、眠ろうとした――その時だった。
……何か音が聞こえる。遠くから、たくさんの足音が。
その足音は、たぶんゾンビ。それも十体、二十体程度ではない、遙かに多い数。――百、それ以上はくだらない。それらが一定の方向――俺らが辿ってきた道――恐らくリディア達がいる村の方へと向かっていたのだ。
……これは、不味くないか? あんな大移動、本来あるものなのか?
「うー!」
俺はフェリスに呼びかける。
木の上のフェリスが薄目を開けながら、俺を見下ろす。
「……どしたの?」
俺は頑張ってジェスチャーでゾンビの群れのことを伝える。明らかに異常な数が村に向かっていると。
……行かなければならない。そんな気持ちになってしまう。
俺が行っても、村に入ることは出来ない。何も出来ないだろう。でも、このままでは不味い気がする。どうしてゾンビの大群が村に向かっているかは分からない以上、ほっとくわけにはいかない。
どんな理由であれ、生者が襲われるであろうことは確実なのだから。
俺の意図が伝わったフェリスは、相変わらず薄目で見ながら口を開く。
「……確かに大勢移動してる。百や二百なんてもんじゃないな……。……ゾンビって確か、一定の場所から大して移動しないはずなんだけどな」
やっぱり異常なのか。なら……。
フェリスは首を小さく横に振る。
「心配だろうけど、もう引き返せないよ。今、戻ったらアンサムを助けられなくなる」
分かっている、分かっているんだ、それくらい。もしかしたらゾンビは村に向かっていないかもしれない。リディアやミアエル、村の住人だけで解決出来るかもしれない。いくら数が多かろうが、結界は超えられないだろうから。結界は強力なものだってリディアから聞いている。
でも、どうにも胸騒ぎがするのだ。デカ蛙の衝撃波を食らう直前やミアエルに光魔法で殺されそうになった時と似ている。このままでは不味い、と。
うぅぅ、と俺が唸りながらフェリスを見上げていると、彼女はため息をつく。
「……ボクは引き返せない。けど、そっちのことはボクが決めることじゃない。……好きにすればいいよ」
「うー」
ごめん。本当に。
「ただボク一人じゃ厳しいかもしれないから、用事が片付いたらすぐに来て欲しい。できるだけ、アンサムが屋敷に遅れるよう妨害するからさ」
「うっ」
俺はフェリスに向かって頷き、すぐさま地面へと潜った。そのまま障害物を気にせず、村に向かって全速力で進んでいくのであった。
何事もなければそれでいい。
けど、何かあるというのなら、俺は全力で事に当たらないといけない。
何故、こんなに必死になっているのか俺自身のことなのに俺にも分からない。
ただ、俺はこの気持ちに素直に従い、突き進んでいくのだった。




