第十九章 史上最低の糞ったれ野郎
準備は済ませた。ラフレシアもそれなりに豚達を操れるようになったし、ドクターも無事にフーフシャーさんと合流出来たみたいだ。あとダラーさんも外に出られたようで、ラフレシア入り生物をしっかり放してもらえたよ。
こっから俺が暴れて、良い感じに陽動&憎まれるようにすれば完璧だ。
あっ、そうそう。さっき手に入れた『言霊』スキルだけどね、ちょっと色々と試して見たんだ。
んで分かったことは、多少滑舌が良くなった。それと声がすごく大きくなった。まあ、基本性能が上がったことと――特殊な力が一つあった。
それは魂がない命なきモノに対する『強制命令』だ。
たとえば石ころに「右に行け」と言ったら、右に転がって行ってくれる感じ。こちらが口にした命令に対して、言うことを聞いてくれるみたいだな。
でも、その物体が行うには無理過ぎる命令だと動かないことがある。
石に「空を飛べ」とか、基本的に聞いてくれるのは行動だけだから「柔らかくなれ」とは無理みたいだな。ただ、「跳ねろ」とかはギリいけるみたいだ。
つっても、数センチだけだったけど。その物体が自然現象で起こりうる確率が高いこと以外は出来ないみたいだ。だから「数メートル跳べ」とかは無理だったし。
あと普通に大きすぎるモノも言うことを聞いてくれない。まあ、坑道とか味方につけられたら最強だけど、事故って大惨事になりかねないし、良いんだけどね。
これの使いどころは、ギリ言うことを聞いてくれる大岩とかどかす時に役に立ちそう。あと、扉に「開くな」とか言えば時間稼ぎにも使えそうだよね。
つっても、効果時間は数秒程度だから万能ではないんだけど。ただ、一瞬の命運を分ける時に使えそうではある。石ころで相手躓かせたりとか。まあ、そういうトリッキーなことって練習しないと無理だから今はただ使うだけに留まりそうではある。もしそういうことやりたいなら、仕込みのためになんか持ち歩かないとね。
…………魂引っこ抜いたモノに命令与えられるのかなあ。手元に気軽に引っこ抜ける魂なかったから出来なかったけど。もし出来るなら、道中の魂あるモノの魂引っこ抜いて使ってやれるんだけど。
ちなみにだけど、魂引っこ抜くと、壊れた魂の器が残っちゃうから魂がないモノとは言えないんだ。だからどうなるか分からないんだ。
まあ、今は出来ないと仮定しておこう。出来ると思って絶体絶命の時にいざやって出来なかったら目も当てられない。
さっ、準備は済ませたし……うんこ、しに行きますか。
――その日、ジルドレイでは――否、『吸血鬼という種族の間』で『豚』という存在が忌み嫌われる切っ掛けとなる出来事が起こる。
「はあ、今日も仕事だあ」
一階層に職場がある、とある吸血鬼は一日の始まりに憂鬱になっていた。自分とは違い恵まれた派閥で下の階層に行く面々を横目に悲しみと嫉妬を胸に上に向かう。
とりあえず三階層に家を持てるのは、まだマシでもっと下の奴らは一階層の迷宮近くに家を持たざるを得ないことを考えると、ちょっとは気持ちが落ち着く。でも、そんなことを考えるのは惨めだ、と思うと――やっぱり悲しい気持ちになって、今日の仕事を始めるのだった。
自分の派閥が大きくなることを夢見つつ、仕事をしていた彼だったが、ふと一匹の見慣れない生き物が近づいてくるのを確認した。
「……なんだ?」
それは豚であったが、彼はこの国で生まれ育ったため、話には聞いたことはあっても実物は見たことがなかった。
だから何なのか分からず、魔物だと思って警戒する。
「ありゃあ豚だな」
彼の派閥リーダーで長年生きている吸血鬼がそう口にする。
「……豚ってあの、俺らが食えない家畜の?」
「そうそう。肉食えりゃあ美味いんだけどな。この身体じゃ、固形物は無理だからなあ。少量の嗜好品はあるけど高くて買えねえし」
リーダー吸血鬼――店長は懐かしむようにそう口にする。
人間だった頃を思い出しているのだろう。元から吸血鬼だった彼からすれば、よく分からない感情であったが――とりあえずそれは置いておくことにする。
「で、その豚がどうしてこんなところに?」
「シャンソンの奴が書いてる新聞に、迷宮にいる変な生き物が豚だって話は聞いたけどな。それが出てきちまったんじゃねえか?」
「どうすれば良いんでしょう、こういう時って」
「豚に似ただけの魔物っつー話だから、普通に狩って良いんじゃねえか?」
二人は比較的慎重に対応しようとしていた。魔物も立派に資源になりうる。場合によって討伐してしまうと罪になる可能性もなくはないのだ。
幸い、豚は興奮した様子もなく敵意らしい敵意を見せていないため、二人も冷静でいられた。
――ある時までは。
ぶるる、と豚が震える。そして――こともあろうにいきなり糞をしたのだ。
「――ちょ、ここ俺の店の前――」
店長はたじろぎ――、
「くっさぁ!?」
突然襲いかかってきた激臭に仰け反りながら叫んだ。
その臭いは、もはや文字通りの激臭だった。鼻の奥に突き刺さるような痛みを伴うレベルで、しかも不快感を最大限催させるなんとも言えない汚臭を放っていたのだ。
思わず嘔吐いてしまうほどだ。
しかも、豚はこちらを見上げながら糞をするのをやめない。
「こ、このばひゃ野郎――! 今ふぐ――!」
店長は鼻を押さえながらも勇敢にその豚を追い払おうと向かって行く。
と、豚は糞を突如やめ、背を向けた。逃げだそうとしているのだろうか。店長や彼――それと偶然通りかかって悪臭の被害を受けた通行人達が見守る中、豚は最低なことをした。
液状化した糞を向かってきた店長に吹きかけたのだ。
「ぶぎゅむぐううぅぬううう!?」
店長はその予想だにしなかった一撃をかわすことが出来ず、全身に浴びてしまう。
「ひぃ!」
これには彼も後退ってしまった。
鼻を押さえていても香ってくる激臭を全身に浴びた店長は、ぶるぶると大きく震えた末に――四つん這いになって吐いてしまう。その突発的な激臭と精神的苦痛により、ばったりと気絶してしまった。
彼を含めて誰もが固まる中、豚だけが動いていた。わずかな動きだが、尻の穴をくいっと彼に向けたのだ。それはさながらドラゴンが口を大きく開けているのと同じように錯覚させる。
さすがにドラゴンほどではなく、危険度は限りなく低いが……、
「う、うわぁああああああああああああああああ!」
彼を退かせるくらいの脅威を感じさせることは出来た。
豚は、そんな退いた彼がいた空間に勢い良く液状化した糞を発射する。
それを皮切りに、通行人達も悲鳴を上げて一気にパニックとなった。
そしてそれは、その場だけではなく同時多発的にこの一階層の様々な地点で始まったのだった。
(ああ、心地良い悲鳴が辺りに上がっている。さながらモンスターパニックもののように――その中心に俺がいるなんて、なんて幸せなんだ……!)
モンスターになって、民衆を恐怖に陥れることが出来るなんて、そういう映画が好き、かつモンスターに憧れる人間としては感無量と言えるだろう。
俺って普段はあんまり感情が大きく揺れることってないんだけど、この時には文字通り震えてしまって感動してしまった。
《私にはそのモンスター云々は理解出来ないことだし、やってるのうんこ撒き散らしてるだけだからね》
ラフレシアが呆れた様子で言っているけど、俺は相手を傷つけずにこういう経験が出来ているから手段はどうとか特に気にならなかった。
さて、始まりの掴みはオーケーだ。色んなところで一度にパニックを起こすことに成功した。今は一匹ずつでやらせていたが、今から群体で一気にパニックを増長させる。
(さあ、行くぞ。最悪のパーティーの始まりだっ)
《もはやそのまんまの意味で、最悪》
ラフレシアはすんごい乗り気じゃないけど、俺はもうテンションマックスだ。誰も殺さないし、最高のテンションでやっちゃうぜ!
六階層特殊警察本部にて。
「ふ、副隊長! 一階層で――その、豚が――例の豚が強襲? を仕掛けてきました!」
特殊警察の一人が慌てて本部にやってきて、そう報告する。
「……なんですこし疑問形なんだ」
レーが行方不明のため、代わりに指揮を担当してた副隊長はおかしな報告&部下の様子に訝しげにそう返す。
「い、いえその、なんというかその豚なんですが……集団でこちらの領域に入ってきたのですが……被害が、なんというか……えー、糞を撒き散らしているだけなんですよね……」
「……他に被害は?」
「糞害だけです。噛みついたりなど怪我をさせたりはしない様子で……」
「それはこちらの管轄外だろう。害獣駆除や魔物駆除でちょうど良い派閥に頼んでおけ」
副隊長はため息をついて、そう指示を出す。
ただ糞を撒き散らすだけならば、出張る必要はない。基本的に特殊警察は『政治犯』となり得る存在の取り締まりをする派閥だ。
糞をする豚を駆除する役目はない。確かに喋る豚ということで、危惧することはもちろんあるが……仮にその豚が知的生物であったとして、いきなり強襲して糞を撒き散らしてくることなどあり得るだろうか。
ないだろう。全くもって馬鹿げている。どこに糞を撒き散らす知性ある存在がいるというのだ。知性があるなら最低限、恥を知っているはずだろう。
「それよりもレー様の行方は分かったか?」
「恐らく農場付近にいるとのことですが――、プルクラ様に、ダラーさんと共に閉じ込められたらしいとの目撃情報がありまして」
「……ダラーと。農場には行ったのか?」
「はい、行きました。ですが扉は開いていて、ダラーさんはおらず、レー様も同様に姿をくらましていて――」
「ダラーさんなら、少し前に出国したって連絡来ましたけど」
情報処理を担当している吸血鬼がそう報告してきた。
「通したのか!?」
副隊長は声を荒げ、憤慨する。
「仮にも公務執行妨害をした犯罪者だぞ!? 何故通したんだ!」
「いや、まあ、たぶん門番は知らなかったのと――ダラーさんはもはや他の門番と顔馴染みですし、力もありますし、止められなかったんじゃないかと。一応一人だけだったらしいんで、レー様を連れていかれた、なんてことはないそうですよ」
副隊長は舌打ちをする。
「――全く。……しかし、あいつが逃げるとはな。罪から逃げるような奴じゃなかったあずだが。まあ良い、引き続きレー様の捜索を続けろ。それと一応、ダラーの追跡をしておけ。捕まえなくても良い、捕捉し続ける最低限の部隊を編成して、追いかけさせろ」
「あ、はい。――えっと豚は……」
「そちらは管轄外だと言っているだろう!」
「す、すみません! それでは!」
部下の吸血鬼は慌てて走り去る。
副隊長は頭を抱えてしまう。この忙しい時に次々に問題が起こる。しかもそれを対応するトップが欠けた状態で。
副隊長は無能ではないが、それでもレーと比べれば対応能力に劣っていた。
仕方ないとはいえ、彼は『豚』を甘く見過ぎていた。馬鹿げた行為をしていたとしても、それは十分脅威になることを彼はまだ知らない。
俺はとにかく暴れれば良いんだけど、注意するのは、魔族の子供達がいるであろう六階層では暴れないようにすること。
とにかく色んな奴らを俺に釘付けにして、フーフシャーさんらを動きやすくするのが狙いだ。
フーフシャーさんらの向かう場所は決まったらしい。レーっていう人は気力がすんごい高くて口を割らなかったらしいから、眠らせて記憶を盗み見たらしい。んでもってやっぱりこの国内にいるらしくってその場所も把握したようだ。
んで、レーは生かしたまま農場に隠したみたい。フーフシャーさんは口封じに殺そうとしたみたいだけど、間一髪昔馴染みらしいダラーさんとドクターに止められたみたいだ。
リスクは高くなるけど、まあその方がいいかもね。少なくとも殺したらダラーさんとドクターは協力してくれなくなるだろうし。国を裏切るっつっても、別に国を憎んでるわけじゃないから穏便に済ませられるならそうしたいようだ。
フーフシャーさんからしたら、妹の子供を殺してさらに酷いことした相手だから許せないだろうけど。まあ、そこの確執は俺は知らん。俺は誰も殺さないようにするけど、他人にそれを強要するつもりはない。
それぞれに事情ってものがあるからね。
さーてさて、暴れるっつっても無闇矢鱈にしてはいけない。俺は単なる討伐される対象としてだけ見られるわけにはいかず、良い感じに『国』に恨まれないといけないのだ。
ということで、俺は豚の先頭に立ち、駆除派閥らしい相手を前に高らかに言う。
「わたーすぃ達は、宣言しまーす! こーきゅ的な平和と、われーらの権利を! よーきゅーしまーす! われーらの領土を!」
「われーらの領土を!」
俺の後に控える豚達が一斉にそう声を上げる。
「――!」
俺の『鬼胎』効果により、恐怖を感じてしまう面々だ。俺本体の『鬼胎』で感じる恐怖って割ときついらしいよ。少なくともルイス将軍が思わず臨戦態勢に入る程度には、怖いらしい。
「あなーた達は、わたーし達を無意味おそーれ、不当なあつかーいをし、われーらのなかーまを、さつーがいしましたっ! よってわれわーれは革命を起こしまーす! よーきゅーしまーす! われーらのへいーわを! 我が同胞のいたーいを!」
「いたーいを!」
前の亡くなった豚さんは仲間がいないと言ってたって? 細かいことは気にするな! そもそもあそこで仲間いますよーとか言うわけないだろ! って、考えてくれると思うんだよね、ここの人達は。
俺達が悲痛なスローガンを掲げながら、うんこをしていると、駆除派閥の面々はジリジリと近づいてきた。
なんてことだ! 俺らの言葉は聞かず、封殺しようというのか! こちらは言葉を発しているというのに、まるでただの動物かのように虐殺するというのか!
「まず糞をするのをやめろ! あと他のところで糞をしている奴らにもやめさせろ! 話はそれからだ!」
先頭に立つ駆除の人が、鼻を押さえながらそんなことを言う。
話はそれからだぁ?
「あなーた達にその権限があるーというのですかっ! わたーし達の話をとおーす権利が!」
「っ!? あ、あるぞー」
あっ、嘘ついたー。俺達を舐めてますねー。馬鹿だと思ってるのが見え見えなんですよねー。
「わーたし達をなめーてますねー……! わたーし達は馬鹿ではありませーん! あなーた達の『派閥』はせいーじ的権利はないはずでーす! 話をするための人をつれーてくるまーで、わたーし達はうんこをすることをやめませーん!」
「くそっ、行動が馬鹿げてるのに、無駄に頭が良いぞ、こいつ!?」
「みなーさん、散りなさーい! われーらのことーば届くまーで、うんこをし続けるのでぃす!」
「あーい!」
豚達は一斉に散り、辺りにうんこをぶちまけ出す。
これは討伐派閥の面々は慌て出す。
「くっ、捕まえろ! 特にあのヒゲ生えて帽子被ってる奴を狙え! リーダー格だ!」
「捕まーるとお思いで!?」
俺狙いで来るが、そんなものはお見通しだ。俺は即座に振り返り、駆け出す。そんな俺を追ってくる討伐派閥の面々であるが――本当に舐めすぎだ。周りを警戒していない。俺を捕らえることだけに集中し過ぎている。
左右の小陰に豚達が隠れているとも知らずに全員で突っ込んできて、十字砲火ラインに足を踏み入れてしまった。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!」
そこで俺は叫び声を上げる。『鬼胎』の効果により、強制的な恐怖を発せられたせいで奴らの身体が強張ってしまう。
さらにちょうど俺が歩速を緩めたため、無意識に速度を落としていた。恐怖もあり、『ちょうど良い位置』で足を止めてしまう。
目線を低い位置に置いていたからか、何人か左右の豚に気付く。だが、もう遅い。
「あっ――」
豚達の尻が奴らに向いている。『霧化』をする奴はいない。当たり前だ。奴らにかけられるのは固形物ではなく、液体なのだから。
彼らは賢く、まともであるためそれを理解し、愚行は犯さない。
だから、液状化した糞を浴びるはめになるのだ。
「うわあああああああああああああああああ!」
糞を全身にぶちまけられ、大の大人達は悲鳴を上げ――そして吐いて、気絶する者も現れる。
うーむ、予想以上に大ダメージを与えられているな。上々上々。
《むごい……》
背後で起こる惨劇を目撃し、ラフレシアは震える声で呟く。
呻き声、泣き声、嗚咽、様々な声が聞こえてくる。だが、まだこのモンスターパニックは始まったばかりだ。
次回更新は6月12日23時の予定です。




