断章 彼女達は悠久の時を歩む決意をする
千年前。アスカが魔神化して、しばらく経った後。
そびえる巨大な鳥籠を前に、四天王は揃い踏みしていた。
その鳥籠は、あかがね色でとても生物とは思えない金属のような質感をしている。しかし、近くで見てみるとわずかに身を収縮させていることから、生物として分類出来るだろう。
感触はつるつるしていて、冷たい。――そして大人しい。恐らく、周りに一定以上の生物か敵対的な存在がいなければ休眠し続けるのだろう。
まあ、それを理解出来るのは今後は魔神に不要に近づく相当な馬鹿ぐらいなものだろう。
少なくとも周りは荒れ地となり、大地も大きく削れている。三日ほど前にやってきたティターニアがアスカと戦闘して、こうなったのだ。この荒れ地を見れば、誰であろうと近づきたいとは思えないはず。
魔神と成ったアスカの身体を光魔法で大きく削っても(それでも全体から見ればほんの一部)、再生して戻ってしまう。結果的に他のモノを取り込んで魔力として補い、肉体の一部としてしまうアスカと自らで魔力濃度を下げて攻撃出来なくなってしまうティターニアでは勝敗は見えていた。ティターニアは攻撃出来なくなったが引き際は弁えていたようで、取り込まれはしなかった。
「……何もかにも変わっちまったな」
トラサァンはため息をつく。
ほんの一夜の出来事だ。色々と覚悟はしていたつもりだった。もしかしたらアスカは負けるかもしれない。そうなったら四人で――場合によってはバラバラに生きていくことになったかもしれない。
ただ、『これ』は予想していなかった。まさかアスカが魔神になってしまうとは。
そしてティターニアは恐らく敵対し(プルクラいわく本人の意識はないかもしれないとのこと)、オーベロンやパックは姿を見せず、リディアにはこうなった以上声をかけるのが難しい(プルクラが嫌がる)。
「アスカ様を元に戻すわよ」
そう宣言したのはプルクラだった。魔神化したアスカに触れていた彼女だったが、くるりと振り返り三人に視線を巡らせる。先ほどまで泣いていたため、目元が腫れぼったい。
それでも声は凛としており、震えは一切なかった。
「死んだら、言いつけを守って諦めもついたけどこれはさすがに放っておけないわ。……バルの話だと、中じゃ酷いことが起きてたみたいだし」
「……ごめんなさい。何も出来ませんでした……」
「気にしないで。貴方じゃどうにも出来なかった。中の詳しい状況が知れただけでも御の字よ」
泣きそうなバルトゥラロメウスにプルクラがそうフォローを入れて、トラサァンもその小さな頭を軽く撫でてやった。
プルクラは、アンゼルムに目を向ける。いつも寝転がっている彼は、今ばかりはしっかりと立ちながら真剣な顔で魔神となったアスカを見上げていた。
「元に戻せる?」
「さあ? どうだろう。ようは退化させるってことでしょ? 魂の研究をしなきゃいけないし、スキルをかき集めないといけない。……個人規模の研究じゃ手が回らないと思う」
「やっぱりそうよね。……国を創るしかないわね」
「簡単に言うな、おい。国って、俺らに創れんのかよ」
プルクラの発言にトラサァンが眉を顰めた。さすがに国を創るは突飛過ぎる。最近、住んでいた村を守れず失ったというのに、国などこしらえることなど出来るのだろうか。
「やれるでしょ。前と違って私達には力があるんだし」
「国盗りはさすがに嫌だぜ」
今の自分達ならば一国を滅ぼすのは難しいにしても、どんな種族の国の上層部をも乗っ取ることは出来なくはないだろう。
プルクラがトラサァンに呆れた顔を向けた。
「やるわけないじゃない。そもそも上を乗っ取ったところで、私達が求めることをやらせるのは簡単じゃないでしょうに。それに大体、あんた達は絶対渋るでしょう? 一応言うことは聞いてくれるだろうけど……嫌よ、あんた達に反乱されるなんて」
誰かを傷つけたくないというより、三人に裏切られるのを嫌がる辺りがやはりプルクラと言えるだろう。
「国に属してない集落はいくつもあるはずよ。……それに今、重要な都市が滅んだばっかりだし」
アスカによってティターンが滅んだことにより、被害を被る村や町が出てくるはずだ。この工業都市はほぼ一国と同じような機能を有していたのだ。皮肉にもこうなったおかげで、取り入ることが出来るようになった。
「特に魔界に近い村や町が良いわね。私達の武力が必要になるでしょう」
「……人間を支配する感じか?」
トラサァンの言葉にプルクラが首を横に振る。
「共存。たぶん私達が吸血鬼だって知られたら、『食料にされる』と思うだろうけど、私達の食料に関しては家畜やらで済むことを知ってもらいましょう。それに吸血鬼のままだと増えにくいだろうし」
プルクラは自身の身体について考察し、そう口にする。人間と同様の増え方も出来なくはないが、長寿故なのか半死半生のせいなのか不明だが通常起こりうる『生物的特徴』が乏しいのだ。実際試してはいないが、普通の人間が増えるのと同じ行為を行っても無駄とは言えないまでも効率的ではないはず。
そのため増えるには人間を噛むしかないが――、それを積極的にやってしまうと最終的に種族としてジリ貧となってしまうだろう。
だからこそ『共存』という言葉を使った。
どちらにしても吸血鬼になったら昼間に活動出来なくなるのだ。デイウォーカーになるには少なくともレベルは50以上は必要になってくる。
もうティターニアのレベル上げという裏技を使えない以上、日に弱いという特性を受け入れて考えていくしかない。
「上手い具合に持ちつ持たれつでやっていけるようにしましょう。無駄に支配なんてするより、そうやった方がきっと良いわ。……まあ、そう上手くいかないと思うけど。信用されないだろうし、裏切られることもあると思うわ。そんな前途多難になるから覚悟はしておいて」
プルクラがそう言うと、三人は力強く頷く。
誰一人としてアスカを見捨てる選択を取るモノはいなかった。
彼らは短いながらも楽しかったあの日々を取り戻すために悠久の時を進む決意するのであった。
日常一コマ劇場 『結構気にしてたみたい』
《マスターさあ》
俺が豚に変わり、隠していた豚達に集合をかけていると出し抜けにラフレシアが口を開く。
(なぬ?)
《さっきの声の出し方はどうかと思う》
(さっき?)
要領を得ない。なんかよそよそしい感じもなくはないかな。
《さっきの。……なんかお姉さんっぽい口調にしてんのに、声色全然変えてなかったじゃん》
(あー)
そういえばそういうことあったね。
確かに俺はそこら辺、考えずに声を出してた。というか普段のラフレシアの声を扱う時も別にトーンとか意識しないこと多くて、棒読みっぽい起伏がない声になること多いんだよね。
基本的に俺が借りて使ってる時って気にして扱わないとちょっと変な感じになっちゃうんだ。ラフレシアに代わりに喋ってもらう時は当たり前だけど、そういうことにはならないんだけど。
だからこそ、さっきドクターに指摘されちゃったんだろう。元の声のまま、お姉さんっぽい口調にしたからな。俺はあんまやったことないけど、聞いてる感じじゃラフレシアの声って、かなり変化させられるから普通にお姉さんボイスも出せたんだと思う。……つまりラフレシアは……、
(……気にしてたの?)
《別に? 気にしてないけど?》
気にしてない(気にしてる)ですね、分かります。
《気にしてないけど、私の声を使うなら、もうちょっと丁寧に扱って欲しいっていうかなんていうか。普段も含めて》
(あー、ごめん)
なんか琴線に触れちゃったみたいだな。これはちゃんと謝っておかないと。
……過去話から聞くに、ラフレシアって歌とか好んで歌ってたっぽいし、そういう『声』に関することにプライドを持ってるのかも。結構、フラストレーション溜め込ませてたのかな。
うーむ、もうちょい気にかけるべきなのかもね。俺ってそういうラインたまに無意識に踏み越えちゃうことあるからさ。さっきもパックくんにネタ振りしたけど、パックくんに『死』に関すること言わせようとしちゃいかんよなあ、って今改めて思ってる。
《他意はなかったの分かってたんで、大丈夫ですよ》
パックくんが不意に頭の上に現れて、そう言って、すぐ消えた。
あら、そうだったら良かったんだけど。でも、ごめんと心の中で謝っておく。
もうちょっと気にしてあげないとなーと思いながらラフレシアに意識を向けると…………なんか、ずもももん、と変な感情が渦巻いているような気がしないでもない。どうした。
…………いや、ちょっと待て。今のパックくんの言葉ってラフレシアのこと言ってるようにも聞こえなくはない? 俺がラフレシアが気にしてる的なこと考えてて、パックくんがそれを答えた、みたいな。気にしてるけど、(俺に)他意はないから(ラフレシアは)そんな悪い気してない、みたいな。さらに裏を読んじゃうと悪い気はしてはいないけど、気にしてはいるけどね、みたいな。
気にしてない(気にしてる)ラフレシアからすれば、俺に内心を見透かされたようなものだから――、
《気にしてないし!》
顔を真っ赤にしてそう叫んじゃう。
(いや、うん、分かってるよ? 今のは――)
《気にしてねーし!》
話聞いてくれなーい。
あれ? 俺パックくんに謀られた? パックくんがこういうことになるの、想定していなかったとは思えないし……。
……うーむ、たぶんさっきのことを気にしてるんじゃなくて、何度か俺がからかったりしたことに対する仕返しみたいな感じなのかなあ。もしくはオーベロンさんの差し金か。
まあ、なんであれ、これは全面的に俺のせいであるので、甘んじて受け入れることにしよう。
《気にしてねーーし!》
俺はラフレシアに背中をペチペチ叩かれながら、そう思うのであった。
あと、今度ラフレシア指導の下、ボイストレーニングに精をだしましょうか。




