第十七章 仲間になってもらいましょう
アンゼルムから色々と話を聞き、ついでにいくつか『許可』を貰っておいた。
さて、戻るわけだが、フラクシッドの姿に戻っておこう。もしダラーさんが戻った先にいたら、混乱させちゃうからね。たぶん『魂鑑定』っぽいこと出来るんだろうけど、やっぱり見た目も大事だから。
《では、また》
「またねー」
アンゼルムは立ち上がって、手の拘束を解いてブンブンと大ぶりに手を振ってくれた。
目の前にぶおんと大きな楕円が描かれ、先ほどいたドクターの診療所が見えた。
そこにドクターと……おお、ダラーさんがいた。
「フラクシッド!」
《いえあ》
とりあえず何でもない風を装って、すぐさま診療所側に飛び込む。背後ではすぐさま転移門が閉じたよ。アンゼルムもダラーさんに飛び込まれるのを危惧してたようだね。
どちらが強い弱い以前に色々と面倒臭いんだろう。
んで、そんな面倒臭そうなダラーさんはというと、すぐさま俺に駆け寄り、肩を押さえて顔を近づけてきた。危ないざますよ。
「大丈夫か!? 怪我とか――なんか変な実験されなかったか?」
「所長はそんなことしねえって」
ドクターがため息をつく。……アンゼルムってマッドで通ってるのかな。ものぐさだけど、良心的だよね。
ていうか、それよりもダラーさん、なんでこんなに俺のこと心配してるの? 今来たばっか? ドクター何も俺のこと話してない?
そんな訴えかける視線をドクターに向けると、口を、んがーと開けて天井を見上げた。
「そんな目で見るな。言ったって。俺が分かる範囲でちゃんと説明したんだっての」
《じゃあ、ダラーさんは馬鹿なんです……?》
「馬鹿なんだよ」
「酷いな」
ダラーさんはさすがに心外そうな顔をする。
《俺、スパイで、性別すら偽ってたんですがー》
「マジかよ……」
これにはドクターもショック。言ってなかったっけ。
《正確には無性。精神は男ですが、肉体的にはどっちでもないです。そんな変身能力を持ったゾンビなんですよ》
「そうなのか。でも、わざわざそれを言う必要はないし、俺はドクに俺がやらかしたことを少しでも軽くなるように掛け合ったとも聞いているけどな」
ダラーさんは人の良いところばっかりみてー。だから騙されるんですよー、もー。
「こいつ、ほんと馬鹿だろ」
ドクターが呆れたように言う。これには俺も頷くしかない。
《馬鹿ですね》
「ほんと酷いな」
ダラーさんもこれにはちょっと傷ついた顔をしていた。でも、やっぱり貴方は馬鹿ですよ。
まあ、とりあえず二人から敵意を向けられなかったので良しとする。
転移門がまた開いたせいでまだしつこく張ってた特殊警察が扉をドンドンされたけど、俺の肉体の一部(腕を一本)をダラーさんに持たせてお通夜顔させて対面させてやりましたよ。
ダラーさんは意外と演技が上手くて「遺体の一部を返して貰っただけだ……! これで……満足かっ――!」と絞り出すような声は中々に真に迫っていたね。相手していた特殊警察の面々はめっちゃ気まずそうにしながら帰っていった。
こんな感じで俺が死んだことが確定してくれたら嬉しいね。意味はほとんどないけど。これから暴れさせる豚との関連性を紐付けされないぐらいしか効果がない。
もーちょっと早い段階でこれ出来てたら、広く探索出来たんだけどなあ。
まあ出来なかったことをうじうじ言っても仕方ない。切り替えよう。
さて、俺が今からやるべきことは、ダラーさんと……ついでにドクターを味方につけて外についてきてもらうことだ。連れて行く意味はほとんどないけど、強い人を近くに置いているだけでも安心感は違う。それに二人ともこの国の事情について詳しいから、絶対役には立つだろう。
――場合によってはフーフシャーさんの味方をして貰うのもありなんだよな。
戦争を止められるなら止めたいからな。ただ俺らに協力してるのがバレたら確実にこの国にはいられなくなっちゃうから、手伝って貰うのはあんまりよろしくはないんだけど。
とまあ、取らぬ狸の皮算用なんてする前にしっかりと仲間になってもらうか。
《ダラーさん、ダラーさん、俺の味方になってくれます?》
「……別に構わないが……俺に何か出来るか? 確か、始祖の狂界内に入れるのは――『主役』になれるのは一人だけだぞ」
そうらしいね。アスカの狂界へは『アンデッド』で『特定の一人』だけが『主役』となれるらしい。それ以外は全て『観客』として狂界を存続させるためのエネルギーとして消費され続けてしまうようだ。
《そこは俺が一人で入る予定なので大丈夫です。ただ近くまでついてきてもらって、護衛してもらうだけでもかなり違うんですよ。俺、戦闘力って高くないもんで》
「特殊性に振り切った力してそうではあるよな」
ドクターが俺の造った片腕を、事細やかに観察しながらそう言う。
「そういうことなら、ついて行かせてもらうか」
割とすんなり仲間になってくれました。んで、次はドクターだけど――、
《ドクター》
「やだよ」
《んねぇん、話だけでもきいてよーん》
「なんだこの、無駄に可愛い声で出した色っぽい声は――なんか……ムカつく……!」
《なんでだよ》
ラフレシアの意識が前面に出てきちゃった。
顔もにょっきりと出てきそうだったから、そこはなんとか阻止しつつ俺は首を傾げる。
《アンゼルムさんから許可は貰いましたよ?》
「…………所長?」
ドクターが転移門を開くと、床に寝転んだアンゼルムが目の前に現れた。
「どうしたの、ブルート」
「何勝手なこと言っちゃってんすか」
アンゼルムがゴロンと仰向けになってドクターに逆さになった顔を向ける。
「いやいやちゃんと話は聞いた? 結構、良い条件出されたよ? まあ、最悪この国に戻ってこれなくなるけど、些細な問題でしょ」
「頭沸いてんすか?」
かなりあけすけに物言うね、ドクターって。もうちょっと恭しい感じになるかと思えばすごい慇懃無礼だわ。
ぶっすりとしたドクターにアンゼルムは面白そうに笑う。
「もし彼女……彼(?)が望み通りの結果を伴ってくれるのなら、良い投資になると思うんだ。ブルート、君は様々な因子をスキルによって遺伝させる研究をしていたから――人狼の件の後、僕の研究所から遠ざけられていたね」
「……」
「元々精力的な吸血鬼だよ、君は。だからそんなところにいるべきじゃないと思うんだ。その子の話を聞いてみて。それで嫌なら断れば良いし」
「…………。……はあ。分かりましたよ。それでは」
「がんばれー」
アンゼルムが身体を振って応援してくれていた。あの人、ちゃんと働いてんのかね。
転移門を閉じると、ドクターは改めて俺に向かい合った。
「それで話ってなんだ?」
《俺の護衛……もしくは戦闘を止めるために動いてるなんか味方みたいな人に協力してもらうおうかと。あー……その人、農場にいたんですけど……》
俺はチラッとダラーさんを見ると、……なんかめっちゃ渋い顔をしたよ。
「あれか……あれかぁ……」
なんかやらかしたっぽいな。……もしかして、ダラーさん、フーフシャーさんと……!
《襲われませんでしたか?》
「いや、襲われたのはレーだけだった。……なんというか昔馴染みが……あんなことになってるの見て……正直、ちょっとトラウマになってる」
そりゃそうだわな。状況によってはエロとはグロにもなり得るのだ。
「ただ、向こうもフラクシッドと俺の関係は知ってて、意を汲んでくれたみたいでな。見逃してくれたら、あっちからは何もしないみたいなこと言われて……とりあえずあれがいたからすぐにこっちに来られたんだ」
「……なんだそいつ」
《両性具有の淫魔です》
ドクターがいぶかしげに尋ねてきたので、そう答えた。
《一応、協力関係になってます。これから俺がこの国で暴れるので、そのどさくさに紛れて『魔族の子供』を救出する予定です》
「なるほど、魔族側の奴か。にしても魔族の子供か。いるとしたら六階層か。……ダラーなんか知ってるか?」
「分かるわけないだろ」
「だよな。そこら辺は俺らに聞いても無駄だぜ」
そっかあ。まあ、妹さんの子供の件については結構酷いことしてたみたいだし、知らなくて逆に安心したけど。皆が知ってて黙認してたら、俺、ドン引きしてましたわよ。
「で、話ってなんだ? 俺に味方になってほしいそうだが、俺はダラーほど安くねえぞ」
《大丈夫です》
「…………」
皆に安く見られていることを察知してしまったダラーさんはしょんぼりしていた。
申し訳ないけど今は気にしない。
《駆け引きとかナシに言うと、プレイフォートの魔道具を研究している場所に斡旋出来るかもです》
「……研究してるって言っても、どこでも良い訳じゃねえぞ。ちゃんと技術力があるかどうかが重要だ。何を研究してるかについては……生物関連が良いが魔道具製作にも関わってたことがあるから問題ないが」
《どこが高度な技術を持ってるとか分からないですけど、王都の城で研究してる人と知り合いです。俺の魔道具もその人に造って貰いました》
俺は体内から魔道具を取り出す。
俺の手に持つのは、拳大の肉の塊だ。
ドクターはそれをマジマジと観察する。
「珍しいな。生体部品を魔道具にしたのか」
魔道具で基本的に何かしらの無機物に魂とスキルをぶち込んで造るらしい。別に俺が持ってるものみたいに肉の塊でも良いらしいけど、そっから乾いたり腐ったりすると魔道具として壊れてしまうみたいだ。
それに造ってる間にやっぱりナマモノだと変質しやすいから普通はやらない。けど、俺の場合だと体内に入れておけば再生も可能だから都合が良いのだ。
《オーダーメイドで造ってくれました。俺のスキルを元にしたものですけど、かなり強いですよ》
「透明になってたよな。それにあの時、扉の向こうでいきなり気配も現れたし、たぶん完全な気配遮断みたいな効果もあるんだろうな」
ダラーさんがそう言うと、ドクターは「ふむ」と考え込む。
「……魔道具に入れるスキルが仮にたくさんあったところで、それを組み合わせて有用な効果にするには技術が必要だ。……それを造った奴は知識も技術も十分あるようだな」
そうなのね。てっきり普通にスキルをぶち込めば造れるものかと。
「なるほど。……人間の研究所、か。人間は『属性』を変化させて、様々なスキルを得ることが出来るらしいな。スキル収集っていう点じゃ、魔物を創って育てるより危険も少ないし、多種多様さはうちより遙かに優れてるな。……『投資』、か。……この機会を逃せば、俺は……たぶんずっとこのままなら――」
そうドクターが呟き、深くため息をついて項垂れた。そしてしばし俯いていた後、顔を上げて俺を見つめてくる。
「いいぜ。協力する。けど、お前が始祖の狂界に入る前に、話通しといてくれよ。さすがに絶対に戻ってこれるなんて思えねえからよ。地上で路頭に迷いたかねえ」
《了解っす》
一旦、人狼陣営に行かんとね。そこにアンサムやら将軍やら駐在しているはずだし、話通さないとドクターに消し炭にされちゃう。
《んじゃこれからのことについて話した後、――俺は暴れに行きますか》
「そういや暴れるっつっても何すんだ? ……あの寄生虫ばらまくのか?」
「さすがに殺しは止めてくれると助かる……」
出て行くとは言え、故郷であるからか俺がテロ行為することに二人はとても、もにゃもにゃした感情してそう。
だが安心して欲しい。俺は誰も傷つけるつもりはない。追っかけてきて対峙した相手と戦うことはあっても軽傷で済ませるつもりだ。
それをどうやるかって言うと――、
《俺、国中にうんこします!》
「は?」
二人が意味分かんないって顔しちゃった。
そりゃそんな反応しますわよね。
次回更新は5月29日23時の予定です。




