第十五章 合わないときはとことん合わないこともある
トンネルのむこうは至って普通な研究室でした。
別になんか人間が入ったホルマリン漬けだとか、血だらけになってるとかそういうのは一切ない。むしろ整理整頓清掃されて、綺麗に実験道具とかが机の上に整然と並べられていた。
ただ、やっぱり魔法とかを取り扱っている関係か、魔力が濃いし、普通の目には見えないけど法則系の魔法がふんだんに使われているのが見えた。
きっとここがアンゼルムの研究室なんだろう。
そして、何より俺はここに入って、すぐにその強大な魂に気付いた。
理科室の実験台みたいないくつも置かれた机と机の間に、その人はいた。
……。首から下を、なんだろう……、ツナギみたいな上下一体型のかなりだぼついた服を着ている。その全身にプルクラがつけてたみたいな革バンドの拘束具が巻き付けてあった。両手足は合わせて一纏めにされてるよ。……あっ、よく見ると手足の袖が塞がってるや。
理知的なキリッとした顔立ちだけど、すごく眠そうな顔した青年が床に横になりながら俺をジッと見つめてきていた。
そんな簀巻きにされた青年――アンゼルムは俺を見て、寝転がりながら首を傾げた。
「………………。君がフラクシッド? 聞いてた顔と違うけど」
「変身出来るそうですよ。本人で間違いないです。じゃあ俺、帰りますから。外に色々いるんすよ。そのフラクシッドがなんか問題起こしたらしくって。他の奴らはこの中に入れない方が良いですよね」
俺の後でドクターが転移門の向こうからそんなことを言う。アンゼルムは頷いた。
「うん、面倒だから。あっちのプルクラが来ても入れなくていいよ。僕が嫌だって言ってたって言えば退くでしょ」
「了解しましたー」
そう言って、ドクターが退いて――転移門も閉じてしまった。
これで俺とアンゼルムの一対一……いや、違うな。そう思いたいけど、実際は普通に他の研究員っぽいのがいるし、たぶん世話係っぽい険しい顔した少年風の吸血鬼が俺のことみてきている。
んで、その少年風の吸血鬼くんが口を開いた。
「拘束しますか? 外の状況は分かりませんが、面倒事起こしてるみたいですし。あの寄生虫の鑑識結果からして放っておいたら碌なことならないの分かってますから」
あの寄生虫、結構増やしてくれたみたいだね。なんか違う部屋でまとめられてるみたいだ。
俺がそっちの方に目を向けたら「やっぱり把握出来るの……?」ってバレちった。
アンゼルムは、身体を揺らす。
「しなくていいよ。暴れられたらここが汚染されるし。ブルートが通したってことは、問題ないってことになるんじゃない?」
「ブルートがあの寄生虫に操られてる――はい、はい、分かってます。あの寄生虫は脳に寄生すると宿主の知能が極端に下がるから…ブルートが植え付けられてることはないし、ナイトウォーカーで感知、識別能力が殊更高いから感染しても気付かないなんてことは、あり得ませんよね」
「そうそう」
アンゼルムが微笑んで首を縦に振っていた。そんなアンゼルムが俺の方を向く。
「で、次に君だけど寄生虫を出して見せて」
そう言われたから、俺は手の平を上に向けてそこから、寄生虫を沸き立たせてみせた。うじゅるうじゅると白い糸状の寄生虫がたくさん現れるのは精神衛生にとっても悪そう。
ラフレシアも《ぐろー》って呟くくらいだし。でも、この子、たまに触手と一緒に食ってた時あったけどね。この妖精、割と悪食よ。
少年風吸血鬼くんが気持ち悪そうにしつつも、興味深げにしてアンゼルムも首を伸ばしていた。
「好きなところから出せるんだ。……脳を解剖したいけど、やっぱり不味い?」
《死にます》
ワームくんがいれば問題ないけど、あんまり体内を調べられるのは嫌だなあ。今回の問題が解決出来て、それでもアンゼルムとの関係が悪化してなければ解剖させてもいいけど。
「じゃあ、もうちょっとここにいてよ。寄生虫の培養が難しくってさ。あれ、生き物の中に入ってないと死んじゃうでしょ? 液体の中とか卵とかなら、もっと長い間生存出来るけど、数減っていっちゃうし。生き物の中に宿らせるにしても生物災害の可能性がグッと高まるしね」
4が始まっちゃうかな? イケメンに倒されちゃう!
《……その生き物の手足を傷つけずに削ぐこと出来ますけど》
「そうなの? じゃあやってくれると助かるかな。でも、脳に宿って増え始まると大体一、二週間くらいで死んじゃうからなあ。それはどうにか出来る?」
《あんまりそこら辺は実験してなくて……。危ないので》
「……あんな危険なモノ宿しておいて、理性的なのが……なんか変」
少年風吸血鬼くんが、ボソッと呟き、アンゼルムが彼を見上げる。
「それは良しと喜ぶべきかもね。アンデッド系――それもゾンビ系統は進化するとその性質が厄介過ぎて手に負えないから」
皆そういうよね。ゾンビが危険なのは共通認識なんだ。
確かにゾンビの『感染』って一度広まったら手に負えないからね。この世界がまだ大丈夫なのは、ゾンビが魔力が多い土地でしか動けなくなるのと(俺が死の森から抜けた後は、リディアに魔力をかき集めて貰ったりしていた)、成長がとんでもなく遅いから進化することが稀なのだ。
……そういう意味ではゾンビを何体も進化させて配下にしていたバックアードってかなりやべえ奴だったんだよな。
「何か問題を起こして追われてるっていうなら、しばらく匿うけど。ただ、ある程度僕の要望に応えて貰うよ」
「……所長、それするとまたこの研究所の立場が悪くなるんですが」
じとーっとした目をする少年風吸血鬼くんだが、アンゼルムはどこ吹く風だ。
「今更だし、そういうスタンスなの変わらないでしょ」
「プルクラ様が乗り込んできて、小言言われますよ」
「それも今更でしょ」
そもそも小言で済むの? 大丈夫? 大怪獣決戦がここで始まったりしない? 俺、爆心地で生き残れる気がしないんだけど。
……そっか、プルクラ来ちゃうかもかあ。あれには会いたくないなあ。だから、さっさとここから抜け出すか。
そのために、俺の持ってるカードでアンゼルムを懐柔するぜっ。
俺は片手を高々と挙げる。
《はいっ! 色々となんかよろしいですか!》
「……? いいけど」
アンゼルムが不思議そうな顔をして、見つめてきていた。少年風吸血鬼くんは俺のことをめっちゃ警戒している。周りの他の研究員も立ち止まって、ジッと見つめてきていた。
うう、アウェー感がすごいぜ。
それにさ、アンゼルムって敵意ないけど、一番怖いのはこの人だ。……別に強い力を感じるとかないんだよ。……そう、ないんだ。本来、強い力を持つ奴って魔力が見えるとすごい大きさとか力の強弱っていうのが分かったりするんだけど……アンゼルムの魔力は凪いでいる。魂は明らかに大きいのに、全然魔力に強さを感じない。
……これってアンゼルムが弱いって訳じゃなくて、完全に内在魔力と周りの魔力を支配下に置いてるってことなんだ。……リディアも似たようなことしてた。周りを怯えさせたり、自分の強さを隠したりするためなんだってさ。
それを知ってるから俺は今、めっちゃ心をドキドキさせている。
《まず始めに、俺は外からやってきたゾンビです! ある意味スパイです!》
「すごい元気にスパイ宣言された……」
これには少年風吸血鬼くんも困惑してしまった。
《つってもどこかの国に属してるって訳じゃなくて、ある目的のために行動して色々な人の手を借りて行動してるんですけど》
「目的?」
相変わらず落ち着いているアンゼルムに内心ビクビクしつつ、俺は頷く。
《……結論言うと怒られそうだけど、とりあえず言うと『アスカを倒すこと』です!》
ざわっ、と周りが動揺する。アンゼルムも若干ながら予想していなかったようで、表情を一瞬だけ陰らせた。
「…………。……。『鳥籠の魔神』じゃなく?」
《アスカを。……俺は、オーベロンさん、そしてパックに会って色々聞きました。あの大昔の出来事について。その本当の話を》
「どうして?」
アンゼルムの魔力が揺らぐ。ちょっとマジ怖い。選択間違えたら死ぬ。
――この、どうして? には色んな意味が詰まっているだろう。
どうしてアスカを倒す、とか何故お前がオーベロンやパックと話したか――一体、何を目的にしているのか、とか。
《まず、俺の生い立ちですけど死の森に生まれたゾンビ――それもちょっと特殊で普通の人間の魂が入ってます。そこで古の魔女リディアと出会って、……なんというか色々ありまして……》
「リディアかあ。懐かしい名前だ。……うん、それでなんとなく繋がりは見えてきたけど。ああ、一応言っておくけど、プルクラの前でその名前は出さない方が良いよ。プルクラはあの人のこと、嫌ってるから」
うん、昔話を聞いてた限りじゃなんかソリが合わなそうな(プルクラ側が)感じがひしひしと伝わってきたからな。
「つまり『あの後』もオーベロンとパックはリディアとちょくちょく接触してたってこと?」
《いえ、あれ以降は昔馴染みとは誰とも接触してなかったみたいです。突然現れた時、驚いてましたから》
「ふーん。じゃあ、なんで現れたの?」
《……ちょっとそこは複雑で、俺の色んなギミックに関することなんで詳しくは言えないです》
「…………。……。…………。そのフラワーの声みたいなのが理由?」
やらかしたぁああああああああ! そうだよ! 忘れてた! アンゼルムはフラワーに会ったことあるんだよ! たぶん半信半疑か、気付いてなかったけどわずかな要素で察せられてしまった。
糞が。つっても、他の声で喋るのは難しいからどうしようもなかったけど。
《……なんのことでしょうか》
「別に良いけども。それで?」
アンゼルムは特に興味はないようで、話を促してきた。助かったぜ?
《まあ、そこにリディアとフラワーがいたのが理由です、はい。昔話をしていてアスカの話に入ろうとしてた時にやってきました》
「その二人でそのまま話を続けてたら、リーダーは極悪非道な存在に語られてたろうからね。なんでその二人が昔話に花を咲かせていたのか疑問だけども。まあ、そこはいいや」
アンゼルムはどことなく楽しそうに、けれど哀愁を感じさせるように微笑む。
「ああ、そっか君はリーダーがどんな存在か、知ってるんだ」
《はい。人の感情は分からないけど、優しい人なんですよね。あと色々と愉快な感じに聞こえました》
「愉快、うん、そうだね、愉快な人だった。本人は至って真面目だったんだろうけど。そして僕の命の恩人で――だからこそ、救わなきゃって思ってるんだ」
――俺に対する敵意はない。アスカと倒すと明言した俺に、アンゼルムは一切そういう感情を向けてこなかった。
ただただ懐かしさを滲ませた表情を浮かべつつ俺を見つめてきていた。
「オーベロンとパックはどこまで君に話したの? 僕らの目的も?」
《アスカを助けることについて、ですか?》
そう言ったら、何故かアンゼルムは鼻で笑った。
「――聞いてないんだ。……そっか、二人には僕に会えと?」
《アスカの入り方については四天王の誰か――でも一番良いのは、狂界に入ったことのあるバルトゥラロメウスに、とだけ》
「まあ、ここまで来るのは大変だからね。でもバルに訊いただけじゃ入れないのは分かっていたはずだろうに。……そのまま『あの手段』を使わせようとしてた? まあ、時期的に考えれば妥当だし、止められないなら利用するのも手だろうね。バルに協力して貰ったら横取りは出来るだろうし」
《?》
むっ、何の話だ? けど、問いただす勇気は俺にはありませーん。なじるがいい。でもさ、しょうがないじゃん。めっちゃ怖いんだよ!
「君に可能性を感じたんだろうね。そんな君に、あれをあげようかな。リディアと知り合いなら、――むしろ知り合いだからこそ使うことが出来る」
アンゼルムは「サン、アレ持ってきてー」と少年風吸血鬼くん――もといサンくんに言うとため息をつきながらどこかに行ってしまった。
《なんです?》
「魔力を溜める魔道具。実はね、リーダーの狂界を起動させるためには大量の魔力が必要になるんだ。で、その魔道具を使えば狂界を起動することが出来るってわけ。ただ、大量の内在魔力が必要になるし、維持が難しくて溜めたら3分以内にリーダーの前に持っていかなきゃいけないよ」
《難易度たっか。いつもこれやってるんですか?》
「ううん、いつもは戦争起こして人狼達を揃えて生け贄にしてる」
とんでもなくえげつないことをサラッと言ったよ、この人。
「僕はナイトウォーカーで王種だけど、その魔道具を使うには内在魔力がそもそも足りない。ただ、将来のために研究してたんだけどね。ある程度の容量は溜めることには成功したけど、大容量になるとそれを蓄えるための機構にエネルギーを無駄に消費するっていう矛盾が発生してどうにもならなくなってさ。造ってはみたものの到底実用性はないものなんだ」
アンゼルムはため息をついた。
「プルクラに言われたから仕方なくやってるけど、僕はあまり人狼達には酷いことしたくないんだけどね」
なのに生け贄にしてるの? これはちょいと気になるな。人狼生け贄とかなんか結局自分からサラッと言ったし、いけるかもー?
《そういえば――訊いて良いのか……人狼達についたって言われてますけど――》
周りがすごい反応して睨んできたけど、アンゼルムは特に気にした様子はない。
「そういう指示だったからね」
《え? それって――》
「アンゼルムゥウウウウウウウウウウウウウウウ!」
いきなり怒声がして、何かがこの研究室に飛び込んできた。
びっくりした。
見ると、――なんか革ベルトで目隠した美人さんがいた。綺麗な金色の長髪をたなびかせ、この世界ではたぶん珍しいフォーマルなスーツっぽい服を着ていた。所々に巻かれた革のベルトがなんかオシャレだ。
《……プルクラ?》
ラフレシアがなんか呟いた。え? あれが? さっきと明らかに容姿が違うんですけど。なんかすごいまとも。ていうか魂の感じも、なんか全く違う。強いけど、パンパンになっていないっていうかなんていうか。
そのプルクラらしい人は、ツカツカと革靴を鳴らしながら歩いて行き、寝転がるアンゼルムの胸倉を掴んで持ち上げた。
「あんた何やってんのよ! なんかテロリストがあんたんとこに来たって、『あの子』がやってきたんだけど! 今のあんたの立場――私のせいとは言え、色々と不味いんだから自分から悪くしないようになんとかしなさいよ!」
「えー」
「えーじゃないわよ! つか、どこにいるのよ、そのテロリスト!」
「そこにいるけど」
『隠形児戯』発動!
バッとプルクラがこっちを見てくる。けど、そこに俺はいませんよ。ついでにちょっと移動しておく。攻撃されるかもしれないからね。
アンゼルムが俺が完全に消えたことに「おー」と感心するように驚いている。キョロキョロしているから、たぶん見失ってくれたようだ。……よし、『隠形児戯』はまともな強者にも通用するな。
「いないんだけど!?」
「プルクラが怖いから隠れちゃったんじゃない? あーあ」
あーあ。だって怖いんだもん。
「張り倒したい……!」
プルクラが、んぎぎと歯ぎしりしている。…………なんか、あれ? 想像以上に愉快っていうか、普通なんだけど。さっき会ったあのプルクラは置いといて、こっちの本物っぽいのもなんか闇が感じるんじゃないかと思ってたけど。
プルクラが片手で顔を押さえる。
「……ったく、なんでテロリストなんか……。今、重要な時期だって分かってるでしょうが」
「色々と興味深かったからね。君が言うテロリストがね、オーベロンとパックに会ったって言うんだ」
「はぁ!?」
これにはプルクラが狐につままれたみたいな顔をしていた。
有り難いことにアンゼルムがかくかくしかじかと説明してくれたよ。
で、その話を聞いていくうちに落ち着きを取り戻してくれた。ただ、眉間のシワは消えなかったし、むしろ深まっちゃったけど。
「今のところ死者が誰一人出てない時点で、まあ、納得出来るわね。レーとは連絡が取れなくなったから、そこは心配だけど――で、さっさと現れてそっちの口から説明してくれない? 私はそんなに気が長くないわよ」
プルクラが物騒な雰囲気を醸し出しながら、辺りに目を走らせる。これは姿を現した方がいいかも。っていうか、逃げてるとは思わないんだな。……いや、そもそも逃げられるのか? ここって普通に出入り口ないんだよな。袋のネズミじゃん。神経逆撫でするような下手な真似はやめよう。人質取っても何も変わらなそう。部下も色々と知ってる上でやってるっぽいから、覚悟ガンギマって道連れにされそう。
俺は素直に姿を現す。
アンゼルムが眠そうな目をわずかに開く。
「今のは君のスキル――ではないよね。スキルの反応が魂からじゃなくて体内から発せられてた。魔道具を持ってるのかな? でも、性質が合ってる魔道具だとしても強力なものは消費が大きすぎるからね。だとするなら君のその感知を完全に欺く力は君自身のスキルであるのかな。魔道具はあくまで補助――うん、実に理に適った使い方だ」
「魔道具を持ってるなんてどっかの国が関係してるのが明白じゃない。たとえ本人のスキルを使ってたとしても作成にはそれなりの設備が必要になるもの」
ほんのちょっと何か見せるとすぐ色々と分かっちゃうのね。困ったもんだよ。
《そこら辺はノーコメントで》
「嫌な声してるわね」
プルクラが警戒心と嫌悪感マシマシにそんなこと言う。
《レーっていう人については何も知りませんけども》
レーってあの年配の吸血鬼の人のことでしょ? ダラーさんとこにいたし、戦って負けて気絶でもしたんじゃないのかな。あの農場付近で……農場で……。
俺はふと、どっかの痴女の顔が思い浮かんだ。
俺は何も知らない。何の関与もしていない――そう全く関係ない。そもそも思い違いかもしれない。
…………まあ、何かあったとしてたら、どっかの痴女さんは目的に向けて、ばく進するかもね。サポートに回る意味合いで、出来る限り早い段階で豚を解放しないと。
「あんたを信用出来ると思う?」
《される自信もないので無理かと。それよりも別の方面で俺が最低限信用出来るのを見せられたらな、と思ってる次第です》
「どうやって?」
《それは……》
――実はこの対面で俺には秘策は一切無い。この瞬間、完全に他力本願をする。
いでよ、パックくん!
俺は場合によっては手を組んで跪く思いで必死に祈る。
助けて、ここで君が来てくれないと俺はプルクラに焼き払われちゃう! お願い殺さないでパックくん。俺が今ここで倒れたら、君やオーベロンさんとした約束はどうなっちゃうの? 命はまだ残ってる、ここで来てくれたらたぶんもしかしたらプルクラは生かして返してくれるかも!
《…………うん、分かったって》
ぽんっと俺の頭の上に小さな少年が姿を現す。
おおーやってきてくれた。正確には『現れた』なんだろうけど。
はい、パックくーん? 続きはぁ? 次回ぃー? アハリートォ?
俺は頭上のパックくんに期待の眼差しを向けていると――ペちんと額を叩かれてしまった。ありがとうございます!
期待した言葉は何もなかったけど、俺は心がホクホク満足致しました。
《ほんとなんだかなあ》
パックくん、心底呆れたように呟いていた。
なんであれ助かりました。どうもです。
《別に良いけども。出来れば僕は出てくるべきじゃなかったかもですけど……貴方だけに任せるわけにもいきませんし》
「他力本願が殊勝な言葉を吐くものね」
そんな毒を吐くのはもちろんプルクラだ。明らかな敵意をパックくんに向けているよ。
「どの面下げてどのタイミングで、誰に協力して私の前に現れてんだよ、お前は」
《それについては僕が弁解する言葉はないよ。もっともなことではあるし》
そうパックくんが申し訳なさそうに言うけど、プルクラは強く歯を噛みしめ、ギリギリと音を立てる。
「あぁ、腹が立つ。お前のその態度も、――全部分かっていて、結局何もしないところも。お前が私達の前に現れるべきなのは、もっと昔だろうが」
《……それは、その通りだけども――》
「そいつの方が都合が良かったのか? 形振り構わないのが分かってる私を見限って、ずっとただ見続けてちょうど良いのが目の前に現れて、手伝って貰おうとしたのか?」
《それは違う! そんなつもりはない……!》
パックくんはプルクラにだけではなく、たぶん俺にも向けて叫ぶように言う。
俺は利用する目的でも、善意でも、どっちでも良いけど。っていうか、パックくんがプルクラ達に当時声をかけられなかった理由ってさ……。
プルクラは鼻で嘲笑う。
「だろうな。何一つ選択出来なかった奴が罪悪感に飲まれて、これなかっただけだろう。何一つ選択出来ない奴が、今更のこのこ何しに来た……! お前は、あの時、間に合っていたんだろう! 何をすれば良いか分かっていたんだろう! それなのに、お前は何もしなかった――――そんな奴が今更、なんで関わろうとする」
《……確かに僕達は無能だよ。なんでも知ってるのに、選択してこなかった。昔から……今に至るまで。理想だけ持って、取るべきだった選択を一切してこなかった。……今も、出来れば誰も死んで欲しくはない……そんなことを思ってるんだ。でもそう思っても、誰の邪魔も出来なくて僕は未だに何一つ選べていない》
「だったら一生誰にも関わるな! 優しさを履き違えたお前らのせいでアスカ様はああなったんだろが!」
プルクラが手から血が滲むほど拳を握って、怒鳴る。
パックくんは悲しそうに笑う。
《でも、やっぱり僕は誰にも傷ついて欲しくないよ。そんな選択をしたいんだ》
「――お前は……!」
プルクラの堪忍袋の緒が引き千切れたのか、一歩踏み出してくる。魔力の流れも荒々しくなって、俺が慌てて臨戦態勢を整えようとしたところ――アンゼルムがプルクラの肩に手を当てる。
いつの間にかアンゼルムの手の拘束は外れていた。
「プルクラ、落ち着きな。理性的に成るべきだと僕は思うけど。あのパックが肩入れする理由が彼女にあるんじゃないの?」
あっ、俺、男ですーとかこの雰囲気の中、言えないな。
プルクラの頂点に達していたかもしれない怒気が薄まった。ふー、と吐息をついてくれた。
「……だとしたらかなり腹立たしいんだけど? あいつらの『目』があれば、色々出来ることも増えたってのに」
「それは今更言っても仕方ないんじゃない? パックはあの子に何かして貰うつもりだろうけど、パックの性格上、僕らの邪魔になるような――少なくとも計画を頓挫させるような相手じゃない、かもしれないし。そこら辺、プルクラの方が分かってるでしょ」
「……………………。まあ、そうね。今に至る言葉で全く変わってないのは分かったし――最悪な方でだけど」
そんな毒を吐くぅ。パックくんも言い返す言葉はないようで黙ったままだ。
プルクラがパックくんから目を離し、ようやく俺を真っ直ぐ見た。
「で、あんたは何をすんのよ。一応、その無能の実績があるから、ある程度無害だって信用してあげるわ」
す、素直に喜べない評価を貰ったんですがー。言葉を変えると、パックくんの優しさが今に至るまで続いてるから、信用されたってことで良いっすかね?
《ははっ……》
パックくんがすっげえ乾いた笑い声を上げた。ごめんて。まさかあんな激昂するなんて思わなかったんだってばー。
次回更新は5月15日23時を予定しています。




