第七章 平穏な生活を望むのならまず常識を知れ
(ブゥウウルウウウ! 君がッ、泣くまで、殴るのをやめないッ!)
「モォオオオオオオオオオオオオオ!」
俺に顔面を滅多打ちにされていた牛型の魔物が涙を流しながら、悲痛な叫び声を上げた。
《泣いちゃったよ?》
(やめないッ!!)
《ひどい……》
ここで止めたら、泣きながら角で刺されるかもしれないし、急がないとダラーさんが錯乱して、「吸血鬼たる者、レベル上げはするだろう。しかしフラクシッド。今のは抵抗出来なくなった相手を一方的に殴っていたように見えた! 淑女のすべきことではないッ!」とか言って、謹慎を言い渡すかもしれないし。
「ン、モォウ……」
くたぁ、と牛型の魔物が膝から崩れ落ちてしまった。んで、しゅーと骨だけ残して消えた。骨格だけ魔力じゃなくなる程度には生きてたみたいだな。
それで俺は、Cランクの魔物を倒すことが出来たのであった。
『レベル54に上がりました。レベルアップによりスキルの熟練度にボーナスが入ります。またレベルアップにより魔力の最大値が上昇しました』
慣れ親しんだ機械音声も聞こえてくる。ここの施設、俺にとって割が良いかもしれないね。
数日通って、ついにCまで上げました。実を言うと、頑張れば一日でここまで来ることは出来たんだけど、さすがに目立ちすぎるからね。それでなくても俺の殴殺ショーに戦々恐々している吸血鬼の方達がいるから。
まー、ビビってくれていれば、声をかけられる心配もないけど。それに一応、ダラーさんと一緒にくるようにしてるから、悪い人には絡まれないはず。
やっぱり強いからかダラーさんって一目置かれてるみたい。俺が戦ってる間にも、ちょくちょく好意的な声をかけられていたし。
さて、Cランクまでいくと図体がデカい魔物が増えてくる。残念なことに肉体の構成が魔力で造られているため、俺の血肉とは出来ないんだけど。だからここは『補給所』としては使えない。幸い、もう食料の保管庫は見つけたから問題ないけど。あっ、あと家畜の飼料の置き場もあるね。むしろこっちの方が量的にいいかも。
次、戦う魔物は、なーににしようかなー。オークさんもいるなあ。ちなみに豚顔ではなく、ハ○クみたいに全身緑色で、顔は角張って下顎側の口から牙がにょきっと生えてるタイプだ。全体的に筋肉がもりもりで逞しいぜ。ステゴロするのも楽しそうだなあ。血湧き肉躍る! ちなみにだけど、オークは種族としては知能は高いみたい。ここにいるのは造り立てで教育も何もされてないから獣同然だけど。あとゴブリンみたいな代胎? っての? そういうのはしないみたい。こっちはエロ方面にはスキル振ってないみたいだな。
じゃあ、そんなオークくん、君にきめ――、
「おいテメー」
――ようとしたら、後から不穏な声をかけられた。
これにはビビる。俺は小心者だからね。いくら強くなろうと、こういうのは苦手だ。
受付でうっきうきでオークくんを指名しようとした心は凍りつき、心の中にある心臓がばっくばっくいう。
ゆっくりと後を向くと、二人組の男の人がいたよ。若い……けど、吸血鬼ほど見た目はあてにならないからなあ。
俺に声をかけたであろう人は、うーむ、リーゼントっぽい髪型をしていた。湿度が高い髪質だろうに、もうなんか頑張ったんだろう、がっちがちに固めてる。
ツッパリだ、ツッパリがいるぞ! こわいよー。
俺があわわ&ガクブルしてツッパリくんを見上げてると、隣にいた――こっちは普通の吸血鬼くんが困り顔でツッパリくんの肩に手を乗せる。
「なあ、やっぱやめといた方いいって」
「いーや、とめんじゃねえよ。おめーだって嫌だろう? 新参者がいきなりハイマ様んとこに所属になるかもなんてよ。こちとらそれなりに鍛錬して、色々な派閥経由して、それでもまだなんだからよ。あと、魔物だって生成に時間かかるんだからよ、一人にばかすか倒されると迷惑なんだっての。こういうのは一言言っとかねえと駄目なんだよ!」
嫉妬! 嫉妬の目を向けられている! あと最後の方、マジごめんなさい! マナーわるぅ、ござんした!
いや、まあいつかはこうなるとは思っていたけども。いざ実際にそういう相手と対峙すると、いやー怖い。
俺はガクブルしながら声をひねりだす。
《な、にか……?》
「!? お、女……?」
ツッパリくんが驚いた顔をした。んで、ちょっとたじろぐ。
あっ、男だと思われてた感じか。まー遠目から見たら、性別は分からんよね。服装も別にスカートとか分かりやすいのはいてるわけでもないし。
(ワンチャン、ラブロマンス始まる?)
《ないんじゃないかなあ》
(ないかあ)
始まられても困るけども。
「ん、ぐぐ……!」
《…………》
でー、膠着状態に陥っています。
ツッパリくんは意外にも初心だったのか、それとも仮にも女の子に威圧的に絡んでしまったことでどうすれば良いのか分からなくなったのか。まあ、にっちもさっちもいかなくなったよね。
俺もどうしていいかわからんし。
隣の友人くんが苦笑しながら、ツッパリくんの肩をパンパンと叩く。
「ほら、行こうって。これ、格好悪いって」
「いや、いや……!」
友人くんは助け船を出したけど、ツッパリくんは出した刃を収めるのを渋ってる様子。
もー、男子ーグダグダだから帰りなよー。フラクシッドちゃん、怖がってるしさー。っていう野次でも誰かとばしてくれたら嬉しかったけど、周りも周りで遠目で固唾を呑んで見守ってるだけだ。
誰か助けてって思ってると……ダラーさんが小走りでやってきた。
「おい、どうした?」
ツッパリくんの後からそう声をかけてくる。
「ダ、ダラーさんっ……」
「こうなるよなあ」
ツッパリくんは慌てて振り向き、友人くんは天を仰ぎながら諦めたように振り返る。
んで、俺はダラーさんにバッと駆け寄り、サッと背中に隠れる。
(くくくっ、子供っぽい姿だから許される背後隠れの術だ! どうだっ、庇護欲とか罪悪感的ななんかをくすぐられるだろう!)
《振る舞いに反して思考が卑劣。まあ、内心ビビってるから許されるかなあ》
(び、びびびびびびびびってねっしー!)
《呂律回ってないけど。あと言葉にUMA現れてるよ》
(ビビってねーし!)
ほんとビビってねーし!
ダラーさんが背後に隠れた俺とツッパリくんを見比べる。そして小首を傾げ、困ったような顔をツッパリくんに向けた。
「なんかしちゃったのか?」
「いや、なんというか……一人でたくさんの魔物を次々に倒してるんで……その、マナーとか……」
「あー……。悪い、言ってなかったな、そういえば。フラクシッドが楽しそうに次々やるから、言い出せなくって……」
ダラーさんってそういうとこあるみたい。しなきゃいけない報告はするのに、甘いせいでマナーとかの説明し忘れるのとか。この人、子供とか出来たら絶対無意識に甘やかしちゃうタイプだわ。
「そこはちゃんと言っておく……ていうか、分かったよな?」
ダラーさんが訊いてきたので、俺は頷いておく。
「よし。こういうことにならないように、ちゃんと色々説明しなきゃだな。あとお前達――えーっと」
「オミクレーっす!」
ツッパリくんもといオミクレーくんが元気よく言う。んで、低血圧っぽい友人くんも軽く手を挙げた。
「ウーって言います」
「オミクレーにウー、迷惑かけたな」
ダラーさんが軽く頭を下げると、二人が少々あわあわする。
「いや、そんなダラーさんが頭下げるとか」
「そうそうオミクレーが先走っただけなんで。ぶっちゃけその子に嫉妬しただけなんですけどね」
ウーくんがケラケラ笑いながら言う。この子、良い性格してるわね。
「ウー、てめっ――」
「あー、なるほどな。……考えが足んなかったか。実力があっても、周りから見たらそういう対象になりうる可能性があるんだよな」
ダラーさんは糞真面目にそんなことを呟く。まあ、目立った新人の定め的なところはありますよね。でも家に落書きされたり生卵ぶつけられないだけマシなところはある。ガチでそういうことありうるから怖いのだ。
「だったら、その相手に実力を分からせたら?」
と、ここでハイマさんの登場です。背筋を伸ばして、綺麗な姿勢をしつつ歩いてきて背に手を回して、きちぃとした体勢で立ち止まる。
「!?」
「やっば」
強いっつっても庶民的なダラーさんには多少気が緩んでいた二人だったけれど、ハイマさんにはさすがに一気に空気が張り詰める。
俺もちょっと緊張してしまう。
同期のダラーさんは当たり前だが、いつも通りだけど。むしろなんかどことなく力を緩めて、ジト目をしちゃったよ。
「実力を分からせるって……戦わせるってことか? いや、危ないだろ」
「相変わらず甘いわね。戦力はいくらでも欲しいくらいだし、色々とみておきたいのよ、私は。あの『化け物』が現れたら、毎度トラサァン様を出すわけにもいかないでしょう。仮にも一応、共同戦線としている人狼達のためとはいえ、トラサァン様を酷使はしたくないの。私を含めた他者との連携でどうにかなるなら、そうするべきなのよ。………………はぁ。まったく、私達はいつまでこんな馬鹿馬鹿しい茶番を続けないといけないのかしら。こっちだって少なからず被害が出てるっていうのに」
ハイマさんが最後にすっげえ不服そうに、ぼそっとなんか呟いた。
……一般的には魔族との戦いは魔族側からって話で通ってるけど、上にいる人間なら、まあ、真相は一応知ってるんだろうね。
『化け物』っていうとフーフシャーさんの妹さんかな? 強いらしいから、プレイフォートの主力兵を引き上げさせた後、どう対処してたか疑問だったけど、トラサァンをぶつけてたのか。
思えば吸血鬼は数が少ないらしいけど、少なくとも王種が四人はいるんだよね。それに鉱石を栽培していたり魔道具を造っていたりと国としては小さいけど国力は侮れんね。
なんであれ、良い流れかもね。吸血鬼と一度で良いから、俺一人で戦って見たかったんだよ。チェスター使って、攻撃当てられるか試したけど、あれほぼただのサンドバックだったからなあ。戦いみたいなことをしてみたけど、魔法とかまともに使えなくなってたし。
俺はスッとダラーさんの背後から出て、拳を握って構える。
《やらせて、もらい、ます》
「へえ」
ハイマさんが少々意外そうな顔になり、そして初めて口元を緩めた。
そんで男衆はというと、顔を引きつらせたり引いたりしていたよ。ちょっと男子ー男の子なんだから戦いなよー。
そんなわけでオミクレーくんと戦います。
次回更新は3月20日23時の予定です。




