貴方に向ける願い事
フェリスがあてがわれた部屋にて、ラフレシアが大胸筋やらクーパー靱帯やらを調べたよ。
どうだったかって? 俺は見てないから知らん。それに報告は胸を作りながらやるから、これまた詳しいことも今は知らん。
いや、さすがに調べてる最中に同室はできんでしょ。俺、無性だけど仮にも精神は男の子なんですよ? そういうマナーとかエチケットとかは大事。
興味がないわけではないけど。バックアードの屋敷でフェリスが乳を丸出しにしてたときはガン見してたし。男の子の精神ですものー。
んで、終わったらしいので中に入るー。
ウェイトさんが住んでるのと同じくらいの広さがある部屋にフェリスとラフレシアとミアエルがいた。デカい狸では少々窮屈かも。失敗した。
…………。むむっ、なんともすごい光景が……! ……ラフレシアが、ラフレシアが……フェリスの胸の谷間に胸から下の身体を挟められている……!
(気分はどう?)
《意外に圧迫感がある。上着とか下着の締め付けが、割ときつめだからなのかも》
あら、そうなの。かと言って、全部脱いだ状態で挟んでも、すっぽ抜けそうではあるけど。そこら辺はフェリスが手伝わないと駄目だろうね。
ラフレシアがよじよじと胸から這いだして、フェリスの肩にとまる。フェリスもちらりとラフレシアを見て、軽く頬に指を当てていた。
うむ、仲良くなっているな。まあ、ラフレシアは見た目可愛い妖精さんだから、敵意がないなら誰だってお近づきになりたいだろう。
ふと、ミアエルが、フェリスの胸の下に潜り込み、頭で大きな胸をぐぐっと持ち上げた。そして、バッと両腕をクロスさせ、バッとすぐさま腕を真横に広げ、手の平をピーンと垂直にする。
「究極形態『チチササエル』!」
……うーむ、なんだろう、乳という性のファクターを用いているのに、いやらしさは全くなく微笑ましさがある。さすがである。
《マスターから。――一体何者なんだ……?》
ミアエルはポーズを保ったまま、視線を斜め上に向ける。
「えっとねー、伝説の超戦士! すごい強くなって、すごい力が宿るの!」
《どんな力?》
「うーんと、攻撃を受けても、乳を犠牲に萎ませてダメージを完全カットする!」
「それは素晴らしい」
フェリスが食いついた。
「でも垂れる」
「くっ――力の代償はやはり大きいのかっ……!」
ガチで悔しがってんですが、この狼娘。
とまあ、軽めのスキンシップをしつつ、話を進めていこうか。俺は部屋の容積をしっかりと使うため、隅っこに寄っておく。
フェリスは椅子に座り、ミアエルをその上に座らせ、ミアエルはラフレシアを太股に乗せている。
この段々はなんと言い表せばいいか……。安易に女の子マトリョーシカとでも呼ぼうか。……一歩間違えるとグロい表現として捉えられそうだが。
フェリスが俺を見つめながら、微かに首を傾げる。
「それで次なにすんの? ここで胸でも作ってみる?」
《それは後でやろうか。遊びがてら何個か作ってつけてみるか》
「あっ、良ければ一つちょうだい。アンサムに『おら、乳だぞ喜べよ!』って投げ付けたい」
なにそれおもしろそう。あとでやろうぜー。
《それも予定に加えとこう。今はとりあえず話し合い。フーフシャーさんから色々と興味深い話も聞いたからね》
「魔族について?」
《それとはまた違う話。さっきミアエルに話しかけてたじゃん? それ関係の話》
「ふーん。……まあ、フーフシャーって悪い奴じゃないっぽいけど、気をつけた方が良いと思うよ。もしそれが『どっかに向かわせる話』だったら、そう誘導したいためかもしれないし」
……その可能性もあるよなあ。……ところで、フェリスってさっきの話聞こえてたのかな? 人狼の耳の良さってどんなもんなんだろ。人間よりかは良いらしいけども。
《その話の前に、ちょっとフェリスに訊きにくいことを尋ねたいんだけど……》
フェリスの眉間にややシワが寄る。
「……。胸の大きさ?」
《一旦胸のことから離れて貰ってもよろしいか。……えっと、吸血鬼……それもアンゼルムについて》
「…………」
フェリスの眉間のシワが強くなって、微かに唸り声を上げた。けれども怒っている様子はなく、なんか渋そうな、そんな感じだ。
《やっぱり訊くの駄目な感じ?》
ミアエルとラフレシアが、そんなフェリスを見上げて不安そうにする。――フェリスはそんな二人を撫でながら、吐息をつく。
「いや、そんなことはないかな。吸血鬼とボクらは仲こそ悪いけど、向こうはともかく僕ら人狼は『勝った側』だし、それほどタブーとはしてないよ。ただ、アンゼルムは……なんというか……ボクが子供の頃から今に至るまで呼び出して来てるんだよね」
あらま、もしかして『偽神化』についての考察が当たった感じか?
《フェリスに対してだけ?》
「まあね」
だとするとやっぱり、『偽神化』を調べたいのかなあ。
《まだ会ったことはない感じ?》
「そりゃ向こうは幽閉されてるし、気軽に会えないって。罠かもしれないし、仮にも敵地に向かう事になるから、リスクしかなくて会ってない。……それが十年以上続いてるから、ほんと困ってるっていうかなんというか……」
アンゼルム、意外に粘着質というかストーカー気質ありか……? いや、単純に幽閉&寿命が長い吸血鬼だから、時間感覚狂ってるだけかもな。
《会う予定はないんだ》
「ないかなあ。魔族と戦う前なら、ギリまあまあ行けないこともなかったけど、今は吸血鬼の領土に入ることすら難しいから。フーフシャーが探してる『魔族の子供』がいる可能性もあるし、絶対に立ち入れさせないと思う」
フーフシャーさんの妹の子供か。……そうなるよなあ。
「で、アハリートはなんでアンゼルムに会いたいわけ?」
《色々と訊きたいことがあって》
魔神討伐の話はしない方が良いよな。下手にミアエルを不安にさせかねない。というか、一度入ったら出られないらしいし、突入に失敗するとその時点でアウトだから死ぬ可能性が高すぎる。……今考えると、俺、かなり危険なことしようとしてんすね。……これはマジで『主役』になる方法を調べないと不味いぞ。
《あと、もしかしたら味方になってくれそうじゃん?》
「それはー……なくはないんだよなあ」
フェリスが肩を落とす。どうした。
「実は意見として出てるんだよね。――たぶん知ってると思うけど、アンゼルムって昔、人狼に協力してくれたことがあってさ。それで幽閉されてるんだけど……連れ出せれば共闘してくれなくもないんじゃないかって。……ナイトウォーカーらしいし、もし吸血鬼と戦うとなったら、夜――ナイトウォーカー共をどうにかして凌ぐ必要があるからさ。……しかも、唯一の王種のナイトウォーカーらしいから、戦力としてはかなり欲しいんだよね」
アンデッドで王種ってかなり貴重だし、それも吸血鬼最強らしいナイトウォーカーなら、なおさらだろうな。
「もしアハリートが、ボク以外の交渉材料を持ってたら、行けなくはない。さすがにボク一人だけじゃ、材料としては心許ないから。ボクだけで行ったら何されるか分からないし」
解剖されるかもな。俺だったら問題ないけど、フェリスはさすがに切り刻まれるのは無理だよね。
《うーん、なくはないけど、まだ確実じゃないんだよなー》
色々と考えてるものはあるんだ。けどそれはプルクラ対策というかなんというか……。アスカ大好きプルクラに対して有効だから、アンゼルムに使えるかどうか……。
そもそもそれ、出来るか分からんし。そのための準備もラフレシアの協力が必須だけど、嫌がりそうなんだよね。
《ちょっと色々と試して、出来るようになったらまた来るわ》
「その時は『詳しい話を色々』と頼むから。アハリートのこと信頼してないわけじゃないけど、こっちもこっちで情報を吟味したいからさ。何も知らないままはさすがに怖い」
《おっけい。――あっ、そうだ、最後に一つお願いがあるんだ。なんか人狼には聞こえて人間には聞こえない笛とか持ってない? あったらその音色を聞きたい》
「……話の毛色がいきなり変わりすぎてない? あるけど」
フェリスはポケットから小さな笛を取り出してくれた。銀色の金属製のものだ。ポケットに入れておけるぐらい小さなもので、形も穴が一つだけとシンプルだ。楽器としてではなく、あくまで音を出すことを求められたような笛だな。
たぶん前世で言う犬笛で合ってるはず。でもどういう名称か分からなかったし、下手に犬笛って言うと人権問題的ななんかあれに抵触しそうだったのだ。だからアバウトに言ったけど、伝わって良かった。
《ふいてふいてー》
「いいけど」
フェリスは訝しげに思いながらも、素直に吹いてくれた。
空気が抜けるピョーッという音と共に高く、なんかそれに混じって薄く鋭いピーって言う音が聞こえてきたよ。うむうむ、やっぱり俺にも聞こえるな。
《ラフレシアとミアエル、今の音聞こえた? 空気が抜ける音じゃなくて。――私は聞こえなかったかな》
「私も」
よし、良い感じだ。この音を耳コピしておこう。――この高周波を上手いこと使えれば面白いことが出来るかもしれない。
よーし、フェリスから必要なことは聞けたぜ。
あとは……ミアエルの話かあ。どうしよう。話そうかな、どうしようかな。――一応、話す以上は、俺はお兄ちゃんはいるものとして話を進めるべきだろうな。その上で、ミアエルが向こうに行くとしたら、どういう振る舞いをしてもらうかを頼み込むべきなんだろう。
たぶん何もするな、とか身を危険に晒してまで人を救うなって言ったところでやらなくなるわけがない。ミアエルは様々なものを失い続けているから、それを守るために文字通り必死になってしまうのだろう。ちなみに何も言わずに行くことは論外だ。ミアエルは絶対についてくる。んで、そういう時って絶対最悪な時に最悪な行為に移るもんだ。俺が死にかけてる時に庇って死ぬ、とか。
彼女の感じた『痛み』がそうさせてしまうなら、俺が言うだけでは絶対に止まらない。……変えるための事柄も今すぐは用意出来ない。だから、俺が出来ることは条件をつけてやることだろう。それが今の俺に出来る最大限のミアエルの命を守る方法だ。
……ミチサキ・ルカに訊いてみようかな。
……ミアエルは北に行くと死ぬ可能性があるなら、ビッとして、そうじゃないならビビッとして。分からないならビビビッとしてくれい。んで、西に行くと死ぬ可能性があるなら同じ感じで。
――すると、ビッ。ビビビッと反応が返ってきた。つまり北に行くと死ぬ可能性があって、西は分からない……まだ、やったことがないのか。
やっぱり魔物との戦いは狙われるかもしれないから、危ないのかな。
……他には確かめることが一つあるな。ラフレシアに確認だ。心の中だけで会話する。
(ラフレシア。もし仮に誰か死んで、そいつをアンデッドとして蘇らせようとした時、記憶ってやっぱり残らないのか?)
《残らないよ。死ぬ直前に魂をどうにか回収して、保護しないと記憶は消える。……魂を持つ生き物は基本的に魂に記憶情報が宿ってるから。……リディアみたいに魂を後から得て、とかだったらもしかしたら肉体に記憶が残ってる可能性はあるけど。それでも、死んだら記憶はほぼ確実に消えると思う》
やっぱりか。……死んでも生き返らせる方法があるなんて考えない方がいいのだろう。……でも、もしかしたら俺はミアエルが死んでしまったら、どうにかしようと思ってしまうかもしれない。
……『不死ノ王』がアスカにしてしまったことを俺もするかもしれないのだ。……もしかしたら、『してしまった』かもしれない。ミチサキ・ルカは見ちゃったのかもね。
だから危ない北より、西に行かせた方がマシか。場合によってはミアエルの重要性から手厚く保護されるだろう。というかアンサムに無理にでもさせる。
……さて、じゃあ話すか……。けど話すとなると……やべえ、精神的に怖くてゲロ吐きそう。
ラフレシアもちょい緊張気味だ。
《さっきフーフシャーさんに言われたことを話す。……これはミアエルに関わってくることだ》
「……なに?」
俺らの雰囲気から、ジョークとかを言うつもりじゃないのは分かったようだ。
ラフレシアが小さく、ふひーと息を吐き出す。
《『お兄ちゃん』がどこにいるか知ってて、それを教えてもらった》
「――!」
ミアエルが目を見開き、身体が強張って膨らむ。今すぐ俺に詰め寄りそうに前屈みになるが……、すぐに息を吐き出して思いとどまった。……本当に幼女とは思えない精神をしているな。
「どこに、いるの」
《フーフシャーさんの姉が率いる軍団に保護されたらしい。ただ、フーフシャーさんはミアエルの記憶を見るまでその子が光の種族だって分からなかったらしい》
「…………お兄ちゃんの姿は…………その確認をしても意味ない」
ミアエルは何かを言いかけて、途中で首を横に振った。
「だろうね。記憶を見てるなら、問うこと自体意味がない」
フェリスが頷く。
あーそうなるか。だから、フーフシャーさんは詳しい話をしなかったっていうのもあるのかな。
「ただ」、とフェリスが続ける。
「ミアエルを誘い出して、操るっていう目的があったら悪手としか言えないけどね。今のミアエルは西の共和国での重要な一手でそれはプレイフォートでも同じだから、絶対に守り手は入るし……そんな相手に無理矢理なんかしたら、確実にこっちと、さらにこじれることになる」
戦争を止めたいと思ってるのに、それは確かに馬鹿な行為と言わざるを得ない。もっと戦争をしたいと思ってるなら、有効な手だろうけど、今すべきことではない。だってそうすると北の帝国と東のタイタン、南のプレイフォート、場合によっては西の共和国と戦うという文字通りの四面楚歌になるからな。
だからフーフシャーさんは、騙そうとはしていないんじゃないかってことになるんだよな。
「……あの淫魔は嘘をついてない?」
ミアエルはフェリスに振り返って見上げる。
「他の目的があれば別だけど。それを探るには、西の情勢ともっとフーフシャーと話してみるべきなんだろうな。……ただ、淫魔の王種と対話して情報を引き出すっていうのはなあ」
こっちの目論見を知られたら、逆に情報を引き抜かれかねないよね。そういう意味ではフーフシャーさんを疑ってかかるのは危険なんだ。かと言って無闇に信じて良い相手ではない。
そこら辺は俺がなんとかすべきか。
「だから、今するのはフーフシャーの言葉の真偽を議論するんじゃなくて、いるかいないか。いないとしたら話はそこで終わり。いるとしたら、騙されても良いように対策を練って行くべきなんじゃない?」
「うーん」
ミアエルが頭を悩ませる。――こればっかりは俺らは決められないからな。幼女にさせる決断ではないのだが。
……ミアエルが俺をジッと見つめてくる。
「他に何か言ってなかった?」
《…………。言いたくないけど、なんか…………お兄ちゃんが追い出された原因となった相手が、獣人達を煽動しているかもだって。だからお兄ちゃんはもしかしたら、西の戦いに身を投じる可能性はなくはない、らしい》
――ここら辺は曖昧であることを、ちゃんと付け足しておいた。
ミアエルが口をキュッと結んだ。
「……そっか……」
頭を下げて、しばらくした後、俺をまた見つめてくる。
「ゾンビさんは、これからどうするの?」
《北に行く。そうしないといけない理由が出来た。でも、西にも行く予定もあるんだ。北の後に、だけど》
「それは変えられないの?」
《難しい。今んとこ、一番北が逼迫してるしな。……フェリス、『鳥籠の魔神』が使われるかもしれないんだよな?》
「……なくはない」
《それを阻止するために、俺は吸血鬼の国に潜入する予定なんだ》
「なんでゾンビさんがやるの?」
《俺の目的のためでもある。それを最大限利用出来るのが今なんだよな》
他人にも思惑があるから、力を借りられるのだ。いわゆる利害関係の一致ってやつだな。
「……私は、役に立たない?」
ミアエルがすがるように見つめてくる。……これにはちょっと心が痛む。だけれども、ミチサキ・ルカによって示されたミアエルの死がある以上、安易な言葉はかけてはならない。
《ミアエルの力だと俺についてくるのは、きつい。……北に行くなら魔族とも戦うかもしれないから光魔法は有効かもしれない……けど、そうすると狙われる……》
魔物になっているから分かるんだけど、光魔法って魔物からすれば、すごい怖いものなんだ。だからその力を使っている奴がいたら、何が何でも倒そうとするだろう。俺だったら絶対に一番に狙う。
《……ミアエル、もし俺がピンチになったら、お前は俺を何が何でも助けようとするだろう?》
俺は真正面からミアエルの目を見つめる。その眼差しに、ミアエルは目線を逸らしそうになるが、真っ直ぐ見返してくる。
「……うん」
《……俺はそれが怖い。俺は自分が死ぬのも怖いけど、他人の死を背負うのも同じくらい怖い。……ミアエルが死んだら、俺はアンデッドとして蘇らせようとして……もっと後悔することになると思うんだ》
「…………」
《俺はミアエルに死んで欲しくないんだ。……役に立たなくたっていいから、死なないで欲しい。それだけなんだ》
「私は……」
ミアエルがフェリスの上から降りて、俺に駆け寄ってきた。そして、ふわふわの体毛をした俺の胸に腕を広げて抱きつく。
「私も……ゾンビさんには死んで欲しくないの。……お母さんもお父さんも死んで、お兄ちゃんもいなくなっちゃって……ずっと独りでいて……誰も助けてくれなくて……そう言えなくて……でも、ゾンビさんが私を助けてくれたんだ……独りだった私と一緒にいてくれてるの」
――だから、とミアエルは呟く。
「――私が死んでも死んで欲しくない。そのためだったら、死ぬのは怖くないから。……ゾンビさんが私に死んで欲しくないって思ってる以上に、私もゾンビさんに死んで欲しくないだもん」
ミアエルが俺を見上げてくる。瞳が潤み、今にも泣き出しそうだった。
「もう大切な人にいなくなって欲しくない。……だから、一緒に行きたい。……駄目?」
揺らぎそうになる。けど俺は首を横に振った。
《駄目。死なせたくない。……西ならその可能性が低い。お兄ちゃんにも会える。……けど、もしかしたら戦いに身を投じる可能性があるから……そうならないように全力でお兄ちゃんを止めてくれないか?》
「……お兄ちゃんを?」
《北での問題をすぐに終わらせて、出来るだけ早くそっちに行く。んで、もし西で悪さしてる奴がミアエルの仇だって言うなら俺が暗殺する》
俺はフェリスに顔を向ける。
《フェリス、北と西で大規模な……『節目』ってどれくらいで起きそうか分かるか? それが過ぎたら、どうしようもなくなる、みたいな感じの》
「……うーん、北は半年か……もうちょっと早いかな。『鳥籠の魔神』が動いたら、たぶん吸血鬼は一気に攻勢をかけると思う。西は……ボクには分からないかな。そこら辺はアンサムか、ナランに訊いてみなくちゃ。ただ、獣人達が共和国を落としでもしたら、色々と面倒になるってのは分かる。勢いに任せてこっちにくることがあるかもしれないから」
ナランさんにか……あんまり話したことなかったけど訊いてみるか。いや、アンサムにまた問いかけてればいいか。きっとナランさんの情報がアンサムに流れてるんだろうし。
俺はミアエルをまた、見下ろす。
《ミアエル、お兄ちゃんを絶対に死なせるな。お前がすべきことはそれだ。……お前以外に出来ないことだ》
「……お兄ちゃんを……。…………生きてるのかな……」
《いなかったらそっちに留まって情報収集とかしててくれ。……誰彼かまずこきつかって、お兄ちゃんがどこにいるか探せばいい。今ならそれが許される。そんでもって、お兄ちゃんを見つけたら保護して、仇がいたら――》
「ゾンビさんがやるの?」
《俺は隠れるのは得意だもんよ。……どんなに遅れても絶対に駆けつける。死にはしないし、死なせない。……これは俺の頼みだ》
「……だったら私も……」
ミアエルが俺の顔に手を伸ばしてくる。顔を近づけると、ミアエルは俺の頬に手を当てて、自らの額を俺の額にくっつけて囁いてきた。
「死んじゃ嫌だよ。絶対に助けにきて。……それまで大人しくする。でも私もお兄ちゃんも、そんなに『良い子』じゃないよ?」
ああ、分かってる。ミアエルが大人しくしているはずがない。ましてやミアエルのお兄ちゃんが復讐鬼にでもなっていたら、止め続けるなんて無理だ。
《……なら、気張らないとな》
「……お兄ちゃん、いるといいな」
《そうだな。いたら皆で遊ぶんだ。――絶対に死なないで》
「……そうだね。……その方が、ずっと良いよね。……お兄ちゃんとゾンビさんと一緒にいたいよ」
ミアエルが微かに啜り泣きながら、俺にぎゅうと抱きついてきた。
――ミアエルは道理も分かって聞き分けの良い子だ。だから言うことは聞いてくれるだろう。でも差し迫った現実に見て見ぬ振りを出来ない子だ。
もし俺が死にかけたら、この子は何度だって身を挺して庇ってくるだろう。俺だけじゃない、守りたい相手がいたなら、この子は自分を犠牲にしてしまう。
……だから、そうならないようにしなければならない。ミアエルがそんな行動をしないために――もししたとしても、それをカバー出来る優秀な人間をつけてやるのだ。
そのための苦労は惜しまない。
……さて、やるぞ。ミアエルに伝えてしまった以上、ここからがミスの許されない『本番』だ。
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