淫魔が語る『お兄ちゃん』の行方
フーフシャーさんとフェリスが仲良くなって良かったね(小学生並の感想)、となって、さあフェリスの大胸筋をちらっとラフレシアに調べてもらって本命の吸血鬼の話でもするか、と思ったら――……フーフシャーさんに呼び出しをくらった。
なんか一対一(通訳役のラフレシア込み)で話したいんだってよ。
……なんだろう。真剣そうな顔だったけど、淫魔的ななんかあれじゃなかろうか、と不安になってる。
フェリスとミアエルから離れた位置で、俺はフーフシャーさんと対面していた。
「アハリートくんがちょうど現れてくれて助かったわ」
ふー、とため息をつくフーフシャーさんだ。
《どうしたんです?》
想像以上に深刻そうだ。こっから冗談みたいなことだったら、逆に嬉しくある。
「単刀直入に言うけれど……ミアエルちゃんのお兄ちゃんの居場所を知っているの」
《え!?》
(うぇ!?)
これには俺とラフレシアは驚いてしまう。
予想外も予想外だ。まさかのミアエルのお兄ちゃんの話とは。
《どういうこと!? なんで知って――いや、だったらミアエルに……》
「色々と問題があるのよ。――ミアエルちゃん絡みは結構複雑なのよ。お兄ちゃんの話一つとってもそうだし――えっとまず、……アハリートくんはミアエルちゃんのご両親についてどこまで話を知ってる?」
《ご両親? えっと確か亡くなってるんですよね。えー……魔物に村を襲われた時に?》
「それ、そこが違うのよ」
《あー、なんか襲ったのはそっちの息がかかってるわけじゃない魔物で――?》
「違う違う、そうじゃないの」
フーフシャーさんが手をフリフリする。……どういうこっちゃ?
《違う?》
「そっ。前提が間違ってるの。ミアエルちゃんのご両親は魔物が村を襲う前に亡くなったのよ。それも……殺されたの。同族に」
《…………》
マジかよ。――驚きすぎて、ちょっと他に言葉が出てこない。殺された? しかも同族に? どうして?
「……本当に複雑なのよ。ミアエルちゃんの夢から記憶を読み取って、分かったんだけどお兄ちゃんは濡れ衣を着せられて、村を追放されたようね」
……確か、以前にミアエルがお兄ちゃんの話をした時、魔物が村を襲う前にいなくなったと言っていたような? ……だとするとフーフシャーさんの話にも多少整合性が見られるのか?
いや、記憶を見られるなら俺にそう言った記憶も分かるわけで辻褄を合わせることも出来るはず。…………フーフシャーさんは悪い人ではないと思いたいけど、まだ必ずしも信じて良い相手ではない。自分――いや、大切な人達のために、俺を利用しないとも限らない。だから与えられる情報には注意を払っておかなければ。本当のことであれ、嘘であれ、そうした場合のフーフシャーさんのメリットも考慮しつつ、でももしかしたら単なる善意である可能性も考えていきたい。
「ミアエルちゃんの家庭やお兄ちゃんの関係性は、私が事細かに話すことじゃないから、省くわね。それで次にお兄ちゃんなんだけど、……私の姉が率いる軍団にいたのよ」
《……なんでそれを今、分かったんですか?》
「ミアエルちゃんの記憶を見て、そこにいたお兄ちゃんと姉の軍団にいた子供がうり二つだったの。プレイフォートに来る前に一度寄った時にいたのよ、その子が」
……むう。筋は通っているけど……なんかなあ。ミアエルのお兄ちゃんは忌み子で、本来の光の種族とは違う外見らしいけど、お兄ちゃん本人からフーフシャーさんのお姉ちゃんにそれが伝わることってなかったんだろうか。それならミアエルを見た時、何かしら思っても良さそうなのに。そもそもなんでフーフシャーのお姉ちゃんはミアエルのお兄ちゃんを保護したのだ。
《――でも完全に知らなかったって言うのは――》
「……ごめんなさい、疑うのは分かるわ。本当にあの男の子が光の種族だってことを知らなかったの……。分かってる、分かってるの……! かなり重要なことよね。忌み子と言えど、光の種族の子がいたら、情報の共有はすべきよね? 当然よね――当然なのよ……! その当然をあの馬鹿姉――『なんか保護した』で済ませたのよ……! たぶん一年以上前に拾って事情も色々と知っていながら……!」
フーフシャーさんが自らの顔を手で抑えて、微かな唸り声を漏らしながらそう言った。今にも爆発しそうな感情を必死で抑えているようだ。
「ほんと――本当に、姉も妹も……もう、雑で、私が、色々と苦慮して……なのに……!」
もう絞り出すように言うフーフシャーさんだ。
……苦労してんすね。……そういえば、淫魔になったのは脳筋な姉と妹をサポートするためだとか言っていたな。奔放に見えてかなり苦労しているのだろう。これには俺も……たぶんラフレシアも同情を禁じ得ないレベルだった。
……たぶん、フーフシャーさんに悪意はないかもしれない。ただ、やべえ姉妹に頭を悩ませつつ身を粉にしてここまで奔走する以上、自分達のために俺を利用する可能性は消えずにむしろ強まった。……けど……酷いことにはならないかなあ。
もしかしたら、この話をしてくれたのはミアエルに同情してくれたからなのかもね。
……で、直接伝えることに色々と問題があったから、俺を経由したって感じか。実際、俺がこなかったら話す様子だったし。
警戒し過ぎて何度も話を遮るのも悪いから、とりあえず話を一通り聞いてみよう。
《えーっと、それで、『お兄ちゃん』がいるのは分かったんですけど、どうして俺に……? ミアエルに直接言えば良かったのでは?》
俺にそう問われて、フーフシャーさんはハッと顔を上げる。
「ああ、ごめんなさい。――貴方に話す理由は、ミアエルちゃんに話すか否か、決めてもらいたかったのよ」
俺が微かに首を傾げたのを見て、フーフシャーさんが肩をすくめる。
「単純に信頼度の問題よ。私が持ってきた情報だとしても、私の口からと貴方の口からとじゃ、信じてもらえるかどうかも変わってくるし」
……そりゃそうか。
「それと貴方がもし北に行くなら、このことを伝えるかそうでないかで、行動が全く変わってくるでしょう?」
……確かにそうだ。もし、ミアエルにお兄ちゃんが生きていて、その居場所が分かると言ったら、何を置いてもそちらに行くかもしれない。
ついてきて欲しいと願われるかもしれないが、俺は、北に行くつもりだ。だから別れる可能性が高くなる。
そうしてしまうと、ミアエルが戦争に身を投じるかもしれなくて、知らず知らずのうちに命を落とすことになるかも。かと言って、俺と一緒に北にこさせたところで……あの子は俺の役に立とうとして、戦いの場に出てくるだろう。相手は魔物である以上、ミアエルの力が有効に『なってしまう』。
そうなれば狙われて、命を落とすかもしれない。
どちらが最悪か最善か、どちらが死ぬか生き残れるか、それを考えなければならない。
……保護者の責任って重いなあ。とても大変だ。……無論、一度背負って『こうなると分かった』以上、放棄するつもりはさらさらないが。そこまであの子の命は軽くない。
「それともう一つ、ミアエルちゃんと共和国に行くにしても、行かせるだけにしても、――『あの子が行く』なら注意点があるわ。確証はないから、確実にそうだ、とは言えないけれどもしかしたら、獣人達を煽動している光の種族は、ミアエルちゃんのご両親を殺した奴かもしれないの」
《……。そうなると……もしかしたら、お兄ちゃんと復讐に走るかもしれない》
「そう。戦いの最前線に立つかもしれないわ。そうなることを踏まえておいて」
《……何か他にありますか?》
「特にないわね。それだけ。……あっ、そうそう一つだけ」
ちょっと身構える。淫魔ジョークが飛んできそうな予感だ。
けれど、違った。
「ミアエルちゃんはアハリートくんのことをヒーローだと思っているわ。一度ならず二度、助けて欲しいときに助けてくれたからね。だからこそ貴方を守りたいと思っているし……心のどこかで『助けて』って言える相手なんだと思うわ。……それを覚えておいて。貴方はあの子の希望だって」
《…………分かりました》
俺はそう頷く。
フーフシャーさんは、言い切ったのか「じゃあね」と行って、訓練場から立ち去ってしまった。どうやら本当にそれだけを伝えに来たらしい。
……特に交渉とかしてこなかったな。本当に同情して世話を焼きにきただけか。
……しかし、結構目立ってたけど大丈夫かな、あの人。今いる一角は、早朝っていう時間も相まって俺ら以外ほとんど人がいないからっていうのもあるけど(だからミアエルも気軽に遊びに来られてるんだろうけど)。
まあいいや。
ともかくとしてフーフシャーさんが言っていたことを改めて反芻しながら、ミアエルにお兄ちゃんのことを明かすかどうか考えるか。
色々情報が溜まってきたけど、溜まってきただけで全部扱いきれるか分からんね。
それにこれからの道を決めるために重要な、ミチサキ・ルカのループによる未来予知もある。これこそよく考えて有効活用しなければ。
そもそもミチサキ・ルカがループしている以上、……それは失敗していることに他ならない。その失敗の理由とか……それと俺にとって起こって欲しくない未来――ミアエルの死についても考えていかなければ。
まー、とりあえず一つずつ片付けていこう。
まずはフェリスにアンゼルムのことを訊いてみようかなー。
俺はテクテクとフェリスの元へ歩いて行くのであった。
次回更新は23日23時の予定です。




