第十二章 貴方の名前
『『ランナー』への進化が完了しました。進化により『走行』『大声』のスキルを取得しました』
身体が重く意識が遠のいたようになってからしばらくして、そんな声が頭に響く。
……どうやら進化中は少し、動けなくなるようだな。幸い完全に意識がなくなりはしなかったけど。でも、微かに辺りの気配が感じる程度だった。戦いの途中に進化とかして圧倒はちょっと出来ないかな、これは。
……さて、無事進化出来たわけだが……俺は未だ首だけだ。身体は元に戻らないのな。てっきり進化すれば首から下が戻るかもとか期待してたんだけど、再生の兆しがまったくない。
進化後に全回復する系じゃないのか。
もしかしたら進化で身体の構造が大幅に変更とかされれば再生するかもな。今の俺、ただ単に走れるようになっただけだし。
……ふう。さて、未だムカついているが、進化中の動けないクールタイムがあって少し落ち着いた。今はあのことについては考えないようにする。
これからどうすっかなあ。リディア達、見つけてくれるかな。でも下手すると焦ったミアエルにこのデカ蛙の身体ごと消滅させられたりとかしないかな。なんかありそうで怖い。
……下手にデカ蛙を操ったら攻撃される危険もあるな。あと、それとは別に、こいつの身体を弄くり回したくないし。出来るなら、こいつはしっかり一欠片も残さず食ってやりたい。それが俺が唯一出来る弔いだからな。
今、出来ることは……頭だけだと泳ぐことも出来ない。ほとんど何もできないな。
んー、なら『侵蝕』でこいつの肉体を取り込んでみようか?
……『融合』とか『吸収』も取り込んで、色々と融通が利く能力になったはず。でなきゃ意味が無い。……上手く行けば身体作れるかもな。
よし、まずは『侵蝕』で血管っぽいもの(そんなイメージ)をデカ蛙の全身に伸ばす。さっきより抵抗ないから、これは結構速く出来た。たぶん、『寄生者』の効果も関係あるのかもな。
……そういえば『寄生者』のデメリットってなんだろうな。有用な効果は、なんとなく分かる。たぶん『侵蝕』や『寄生』みたいな他者を侵す能力の向上、的なものなんだろう。……デメリットは……うーん、寄生の名がつくくらいだから、自分で動く行為――自身の身体能力低下とかありえるな。……下手すると『ランナー』になった意味がなくなる可能性すらあるかも……。
……これも今は考えないようにしておこう。気が滅入る。 作業を続けるか。
デカ蛙の肉体を『吸収』をして、首から下の身体を補填するイメージを作る。すると、デカ蛙の肉体が俺にどんどん吸い込まれていき、首から下がもこもこと生えてきた。
おー、やれば出来るもんだな。ちゃんと人間の身体に変換出来てるっぽいし。
統合した能力は向上したって考えればいいのかな?
デカ蛙の肉体をいただいて、数十秒ほどかけようやく俺の身体が完全復活する。蛙の部品を使ったと言ってもしっかりと人間の形になっている。肌もたぶん人間の……はず。暗くて見えないんだ。音で形は拾えるが、さすがに実物の容姿は完全に把握出来ない。でもたぶん大丈夫だろう。いや、たとえ蛙皮でも気にしないけどね。
いやあでもこれ、欠損した肉体を元に戻せると言えるなら上手くすれば『自己再生』とか取得出来るかもな。自己再生するゾンビとか、やばいな。某生物災害ゲームに出てくる生物兵器さん並だな。自己再生、自己進化とか憧れる。
そういえば、『感染』がカンストしてなんか危ない感じのスキルが増えてたし、本当に俺、生物兵器まっしぐらだな。
『条件を満たしました。『粘液』を取得しました』
なんか手に入れちゃったんだけどー。何故よ。今回は別に熟練度渡されたわけではないらしいけど。デカ蛙のスキルか? でも死んだらスキルも消滅するらしいから、デカ蛙の持ちスキルを奪ったわけでもないだろうし。
……だとすると、もしかしてこれって『侵蝕』使って他生物の肉体で身体を補填したからか? 上手くすれば、身体的特徴を奪えるってことか? 興味深いな。
さて、身体も戻ったことだし、抜け出すか。
俺は『潜伏』を使い、デカ蛙の体内から脱出する。
ずぶん、ぼとんと脇腹から這い出た俺は、生まれたばかりの赤ん坊のように体液塗れで地面に落ちる。……やっと出られたよ。助かった。ちなみに蛙肌にはなっていなかったよ。
「おー、びっくりしたあ。ゾンビちゃん、無事だったんだねえ。今、どうやって掘り出そうか考えてたんだよ」
と、いつの間にかリディア、ミアエルとあの獣耳少女がデカ蛙の近くに立っていた。ああ、もう来てたのね。てことは、遠目からでもデカ蛙が死んでることに気付いてたのか。じゃあ急がなくても良かったのか?
ぶひゅう、と意味はないけど疲れた風の感じを出すために息を吐いてみる。
(結構危なかったけどな。丸呑みされた時はどうなるかと思ったぞ)
「えっ、なにそれ羨ましい」
(…………)
やっぱりリディアはド変態だった。
もう慣れてたから良いけどさ。
そういえば、獣耳少女もいるな。良かった良かった、ちゃんと合流できたっぽいな。行き先の指示は出したけど、リディア達とすれ違うかもしれない可能性もあったからな。
しかも一緒についてきてくれるとか、かなり優しいっぽいな。改めてお礼しないと。
で、俺は立ち上がって獣耳少女に頭を下げようとしたんだが……。
なんか顔を真っ赤にして、背を向けられてしまった。シャイなのかな?
「服着ろ馬鹿ぁ!」
違った。俺が全裸だから恥ずかしがっただけだったようだ。
あーそりゃそうか。首だけになって、そのまま肉体だけ戻したら裸になるよな。さすがに服まで生えてきたら、逆に怖いわ。
にしても皮膚感覚未だにないから、裸なの気にならなかったよ。身体を動かす際に若干の感覚のようなものはあるけれど、皮膚感覚はもちろん暑くも寒くも感じないからな、この身体って。
彼女にはお見苦しい姿を見せ……たわけではないかな? この元勇者の身体って、かなり魅力的だしな。それにあれだ。息子さんも元の俺とは比べものにならないくらいの美しさがある。使い物にならないのが悲しいな。
あっ、ちなみにだけどリディアとミアエルの反応は……、
「あー服着ないとねえ」
「…………」
リディアは余裕の貫禄を見せて、ミアエルは俺の身体をガン見している。いや、ミアエル、いくら俺でもそこまで食い入るように見られると恥ずかしいから。
俺はそそくさとデカ蛙の中から服を取り出したが……こりゃダメだな。胃がひっくり返された時、胃液を全身に被ったせいか、ほとんど溶けてボロボロの布きれになっている。でも頑張れば、腰布くらいにはなりそうだ。
俺は四苦八苦しつつも、なんとか腰に布を巻いて最低限の体裁は整える。
「……ちょ、ほとんど裸じゃん」
俺を見た獣耳少女がそんなことを困惑したようにぼそりと言った。けど、俺から見たらキミと大差ないからね?
獣耳少女は恥ずかしがりながらも一応、俺に向き合えた。
俺は唸り声を上げながら頭を下げる。
「うー」
「こっちこそ助けてくれて、本当にありがとう。……にしてもすごいな。キングフロッグ倒すなんて。あんな要塞倒すなんてさ」
やっぱり雑魚敵じゃなかったのか、このデカ蛙。しかもキングだったのか。王様なら強いわけだよ。
獣耳少女が俺に歩み寄り手を差し出して来た。
「ボクの名前はフェリス。種族はワーウルフだよ、よろしく」
「うー……」
うーん、手を出されてしまった。どうしよっかなあ。俺、『感染』と『溶解液』あるし、今さっき手に入れた『粘液』で若干、肌ヌルヌルして危ないんだよな。これも体液のくくりだろうし、『感染』と『溶解液』の力が乗ってしまうかもしれない。
(リディア、そういう訳で――かくかくしかじかぬるぬると――いうこと伝えて欲しいんだけど)
「……意味分からなかったからスキル見たけど……またそんなスキル手に入れて、ゾンビちゃんは……」
リディアにまた呆れられてしまった。こればっかりは本当に面目ない。
リディアがフェリスに通訳してくれたおかげで、彼女は大して恐がらず「そっか」と笑いながら手を引っ込めた。
「でも、そんなに心配はしなくてもいいかもよ。『溶解液』は確かに怖いけど、『感染』に関してはボクも『限定感染』の『獣化』を持ってるから効果はないと思うし」
『限定感染』? 何それ、とリディアを見やると簡潔に説明してくれた。どうやらワーウルフやヴァンパイアが持つ固有スキルらしい。何らかの特定の行為、ワーウルフやヴァンパイアの場合は噛むという行為をしなければ相手に効果を与えないんだとか。
なにそれすっごい羨ましい。俺もヴァンパイアになれば、『感染』も変化すんのかな、とリディアに問いかけたところ、困ったように眉をひそめて彼女は言う。
「うーんどうだろう。スキルは効力が弱まるようなことがないからねえ。ヴァンパイアになったとしても、なんとも言えないかなあ。私もなれるのは知っているだけで、実際に見たことはないんだよね」
……そっかー。分からないかあ、残念。ていうか最悪、俺は触れただけで相手をヴァンパイアにしてしまう恐ろしい存在になりかねないということか。こわっ。
フェリスが首を傾げた。ぴこぴこと動く犬耳が可愛らしい。
「なにゾンビってヴァンパイアになりたいの?」
出来ればね、とリディア経由で伝えたら、フェリスは微笑みかけてくる。
「もしヴァンパイアになれたら、ボクらの領土で暮らすのもいいんじゃない? たとえ『感染』が弱まらなくても、全員が『限定感染』持ちだから、移す心配もないし。そういう意味ではゾンビのままでも問題ないだろうし」
えっ、その申し出すごい嬉しい。おぉー、まさかの孤独回避がやってきたよ。果報は寝て待てとか言うけど、本当に良い案がやってくるとは。
俺がこくこくと頷くと、フェリスも真似して頷き返してくれる。
いやー嬉しい、嬉しいなあ。
俺はご満悦だったが、ふと足元から視線を感じた。見やると、そこには唇をとがらせるミアエルがいた。
「ゾンビさん、ここから出て行っちゃうの?」
おおー……そんな目で見ないでくれよ。困ってしまう。けど、俺はミアエル達のような普通の人間と暮らすことは出来ないんだ。分かって欲しい。
「……ついていっちゃダメ?」
その問いの答えを言うのは苦しい。フェリスが住む国はたぶんいわゆる魔物の楽園だ。そんなところに魔物の天敵であるミアエルを連れていくわけにはいかない。どっちもきっと辛いことになるだろうから。
俺が「うー……」と申し訳なさそうに唸ると、ミアエルはしゅんと気を落としてしまった。
すっごい罪悪感があるわあ。でも、だけど、しかしねえ。こればっかりはどうしようもないのだ。
で、フォローをちゃんと出来なかったせいだろう、この後、困ったことになる。
「……お前が来たせいで……」
ミアエルはフェリスを、きつく睨み付けたのだ。
「――!」
フェリスはというと、本能的にミアエルの危険を察知しているのだろう、びくんと身を大きく震わせた。
それでも人が良いのかフェリスはミアエルに視線を合わせて、頑張って笑みを浮かべて敵意を緩和しようとする。でもやっぱり怖いのかフェリスの顔、すごい強張ってる。尻尾もくるんと股の間で丸まってしまっているし。
あちゃー、こうなっちゃうかあ。さすがにミアエルがフェリスを殺しはしないだろうけど、フェリスには悪いことしちゃったなあ。
フェリスはミアエルに対抗するわけにもいかず、かと言ってこの空気で俺やミアエルに話しかける勇気もなかったためだろう。冷や汗を流しながら、リディアに顔を向け、話題を変えようと話しかける。
「と、ところで、ゾンビって名前とかないの? 呼び方がゾンビのままだと、ここってゾンビ多いし、呼び分け大変じゃない?」
「……ん? 名前、名前ねえ……」
「…………チッ」
「うー……」
「え? なに? なに? え、あの、ごめんなさい……」
……なんでこの子は触れてはいけない地雷に自ら突っ込んで行ってしまうんだろう。
いや、別に地雷ってわけでもないんだけどね。
ただ、名前かあ。ああ、一応、俺は前世の名前は覚えてるよ? けど、こっちではあんまり使いたくないんだよなあ。
隠す気はないけど、俺の名前って山田吾郎っていう平凡を絵に描いたような名前だからなあ。
このいかにも西洋イケメン勇者の身体には合わないって言うかなんていうか。
なんかリディアとミアエルは、俺が名前を言いたくないってのをくみ取ったわけ――ではないだろうけど、俺の名前を聞こうとはしなかったしな。なんか遠慮してたんかね。そもそも俺が名乗らなかったから、名前を記憶喪失してたと思われたのかな?
リディアはおどおどするフェリスに苦笑しながら、首を横に振る。
「ああ、別に悪いことじゃないから、謝らなくていいよ。……うーんでも、名前ねえ。その身体の持ち主の名前は分かるけど、ゾンビちゃんに使うわけにはいかないしなあ」
「……えっと、ゾンビの生前の名前をなんでゾンビが使っちゃいけないの?」
不思議そうな顔をするフェリスだ。
俺も思わず不思議に思ってしまう。でもフェリスとは少し意味合いが違う。この勇者の身体には俺という本来とは違う魂が入っている。故に俺は勇者本人ではない。
けど、なんで名前を使っちゃダメなんだろう。使った方が楽じゃない?
リディアは言う。
「ゾンビちゃんの魂はその身体の本来の魂とは違うんだよね。……まあ、だからその身体の持ち主の名前で呼ぶと混乱を招きかねないし。うちの村、その勇者様がかなり有名だから」
なるほど……と思う反面、まだリディアは何か隠している気がしてならない。って、言っても訊いたところではぐらかされるのがオチだろうけどな。
……隠しているのが悪いことではないと信じたい。可能性として未だこの身体に勇者の魂宿ってるとかあるかもな。……将来的に俺の人格が生前の勇者のものに置き換わるとか嫌よ? けど、気になるとしてもそこは確かめない。だってリディアの反応が怖いもん。
アンサムに向けたような殺気出しながら、黒い笑み浮かべて「それを訊いちゃうかあ」とか言われたら、色々下半身から漏らす自信ある。だから確かめない。
はっ、チキンでもなんでも好きに呼ぶが良い。でも俺は地雷には突っ込まないからな。
「だからゾンビちゃんの本来の名前を使うべきなんだけど――どう? 元の名前教えてもらえると助けるけどん」
(黙秘権を行使する)
俺がぶんぶんと首を横に振ると、リディアはまた苦笑する。
「ゾンビちゃんは本来の名前を使いたくないっぽい。ゾンビちゃんが呼んで欲しい名前があれば、それにするけど」
(特にないな。ていうか、自分で自分に名前をつけるのなんか恥ずかしい。だったらつけて欲しい感じだな)
自身を名付けるって、たぶん黒歴史を作るのと同義だぞ。格好いい名前をつけようものなら、後々恥ずかしさに苛まれ、地味な名前をつけようものなら、不満になる。ちょうど良いさじ加減が俺には分からん。
「ゾンビちゃんは名前をつけて欲しいそうだけど、どうするん?」
その言葉に反応したのは、ミアエルだ。バッと手を挙げると、俺を熱心な目で見つめてくる。お、おお、なんか謎の執念を感じるぞ。良い感じの名前があるのかな?
「ポチ」
俺はペットじゃねえぞ、馬鹿野郎。うん、なんかミアエルが俺のこと、どう見てるのか少し分かった気がする。いや、それとも繋ぎ止めたいという心の表れか? いやいや、そもそもポチがペットにつける名前かどうか分からないし……でもごめんこうむる。
俺がぶんぶんと首を振ると、ミアエルがしょぼくれる。いや、その顔されてもさすがに心が痛まないぞ。
そんな俺らを見て、リディアがクスクスと笑いながら、フェリスを見やる。
「フェリスちゃんは?」
「え? ボク? えっと……」
「……ぐるるるるるる」
「あっ、うん、ボクはいいや。あれだよ、そう、ボク、その、新参者だし……」
フェリスはミアエルに威嚇されて萎縮してしまい、名付けを辞退しようとする。いいのか人狼。仮にも狼がワンコに威嚇されて、怯えるとか。まあそのワンコは、かなり危険なんだけどね。
けど、そんなフェリスに対してリディアは退かず笑顔で再度言う。
「そう言わずに。もしゾンビちゃんがヴァンパイアになれたら、そっちの集落に行くことになると思うんだよねえ。その際、フェリスちゃんがゾンビちゃんの言い添え人になると思うし、責任を取るつもりで、ね」
「う……」
フェリスはちょっとたじろぎ、どうするべきかと考え込む。……うむ、ミアエルに対する負い目とか、他に俺の世話うんぬんとか考えてそうなところを見るに中々に優しく、かつ責任感が強いみたいだ。
この子、色々と損してそうだなあ、とぼんやり思う。あと将来禿げはしないだろうけど、白髪の割合増えそう。
……それ以外にリディアの微笑み顔が何気に怖いってのもあったかな。無駄に威圧感があるっていうかさ。今みたいに皮肉言う時とか特にさ。これは従わざるを得ない。このリディアの威圧感にミアエルも威嚇をやめてしまったし。
で、ミアエルが大人しくなったのを見たフェリスは瞬時に、ミアエルよりもリディアが危険だと判断したようだ。この魔女に逆らったら不味い、と。
「わ、分かったよ! じゃあ、格好良い名前――ギガンテス!」
却下だ馬鹿野郎! 俺は全力で首を横に振る。
この子、想像以上に壊滅的なネーミングセンスじゃねえか。
「な、なんでだよ! 格好いいじゃん!」
強そうだけどね、嫌だよ。変に凝らずに良いんだよ。たとえば……えっと、シンプルかつ良さげな名前は……んと、えっとアンデッドなら、えーレヴァナントとかでも十分だから。もし、何もなかったら、レヴァナントにするぞ。なんかちょっとはずいけど。……いや、うん、やっぱりダメだ。ちょっとじゃない、自分で自分に洋風な名前つけるのってかなり恥ずい。恥ずかしいから、ちゃんとした名前言ってください、お願いします……。
で、この後、名前をミアエルとフェリスが交互に言うことにしたが、本当ダメだった。
ミアエルはタマやらミケやら、ゴンみたいななんかペットに名付ける感じになっている。てか、その和風な感じはなんなんだ? 実はミアエルの中身って俺と同じ異界の転生者とかじゃないよな? ……うん、まあ、その確認は後として、ゴローの名を言われた時はさすがにビビったぞ。もちろん却下したが。で、フェリスもプルスウルトラとかサウザンドマックスとかなんか強そうな名前にしてくれてるけど、もっと普通の名前でも良いのよ?
……いや、本当に、俺自分で名付けようかな。その方が良さそうな気がしてきた。
一向に決まらず、二人は恨めしげな目で俺を見る始末だ。いや、そんな目で見られても、その壊滅的なネーミングじゃ誰だって嫌だと思う。あと、ミアエルは俺をペット扱いするのはやめなさいよ。少なくともそういう意味の名じゃなかったとしても、もっとキミら人間に近い名前が欲しいです、マジで。
……うーん、じゃあ、もう俺の名前はレヴァナントで良いかなあ。これじゃあ、たぶん良い案が出ることはないだろうし。そうリディアに意思を伝えようとしたところ、――ふと何気なしに思う。
(リディアもなんか名前あったら言ってくれてもいいけど)
「私?」
(別に適当でいいけど。気に入らなかったその時は、……まあ、偉そうだけど却下するし)
「い、一刀両断してくれる……! それは興奮するねえ」
あっ、なんかダメな感じがする、これ。
リディアは人差し指を顎に当てて、考え込む。可愛らしい姿だけど、不安しかないなあ。でも、この子、空気も読めるし頼りになることがかなりあるから、実はちょっと期待してもいる。
リディアは考えついたのだろう、俺へと視線を向けてきた。
「アハリート、はどうかなん?」
あら、意外にまとも。なんかちょっと格好いいかも。イフリートっぽい感じで。語感的にアラビア系っぽいな。
(意味とかあるのか?)
「古代語で未来そして、――終わりを意味する言葉。ちょっと不吉かなん?」
(いや、良いと思うよ。むしろ名前負けな感じがするくらいだけど)
格好良すぎると、逆に定着しない恐れがあるんだよな。まあ、普段はゾンビ呼びになる感じだろうな。
俺が頷くと、ミアエルとフェリスからブーイングが上がる。はいはい、一発で気に入ったのが気に入らないんだろうけど、まずキミらのセンスがすごくおかしいんだよ。
俺が二人に呆れた視線を送っていると、ふと頭の中にリディアの声が微かに聞こえた。
(……私の願いを叶えてね、アハリート)
俺はリディアに振り返ったが、彼女は不思議そうに首を傾げるだけだった。誤魔化してる?誘ってる? それとも無意識か? まあ、意味深過ぎて怖いから確かめないけど。
……ふと俺はぼんやりと考える。
未来と終わりを意味するこの名は祝福なのか、それとも――――。
――その答えが分かるのはもっと先のことになる。