分からせるために必要なこと⑦
俺を討伐してもらうと言ったけれど、ただやれば言い訳じゃない。
まず、俺が俺だと周りにバレないこと。これを怠ると、リディアの立場が危うくなっちゃうからな。それは駄目だ。最悪、俺らがこの国に留まれなくなっちゃう。下手をすると、アンサムにも迷惑がかかっちゃうかもしれない。
バレないための工夫はすぐに出来るから問題ない。そこら辺に、とっても大きくて、とても俺に見えない操りやすい肉塊が転がってるからな。虫はつけないようにすべきだ。生徒達に俺は虫使いとして見られているから、バレる可能性がある(そういう意味で俺と直接繋がず、『遠隔操作』でやるべきだろう)。『侵蝕』の方は……教師のおじさんにだけ、その特性が伝わっているから普通に使って問題ないだろうけど、隠しておくに越したことはないだろう。
んで、他に必要な要素は……どんな形であれ、侯爵令嬢ちゃんによって『俺を討伐した』という認識を周りが得なくちゃいけない。
つまり、侯爵令嬢ちゃんがしっかり、主導して俺を倒すのが好ましいのだ。
だから、邪魔となるリディアと教師のおじさんには退いてもらいたい。
その話を侯爵令嬢ちゃんにしたら、かなり渋々ではあったけれど、教師のおじさんに『念話』して話をつけてくれるとのこと。距離を詰めないと駄目らしいので、入り口ギリギリで『念話』して事情を話すようだ。
たぶん、もしかしたら乗ってくれるかもだって。ノリが良いのかな?
それで、どう離脱するかはフィーリングでなんとかしてもらおう。リディアなら突風で(重力が斜め上に働いて)、雑に飛んで行ってしまうことも出来る。まあ、さすがにそんなギャグみたいなことはやらないだろうけど。
うーむ、リディアはなんか適当な感じにしてもらって……教師のおじさんは……俺の粘液攻撃を生徒にした時に教師のおじさんが庇って、武器消失――みたいなのが今の理想型かな。多少雑でも緊急時なら、誰しも正常な判断が出来ないだろうし、問題ないはず。
その後は……まあ、普通に戦う。手加減抜きで。
いや、俺、手加減出来るほど器用じゃないんよ。
ましてやベアーイーターの死体を『遠隔操作』するわけだから精密性なんて求められない。だから、まあ、運が悪かったり実力が不足してたりすると普通に死なせちゃうかも。そん時はしゃーない。そんでもってそれを防げなかった侯爵令嬢ちゃんの力不足だ。
それに手を抜いて認められるほど甘くはないからな。侯爵令嬢ちゃんほどじゃないけど、生徒の皆は優秀っぽいし。手加減して、せっかく燃やしたものを他人の水で消されて手柄を取られちゃ意味が無い。
ちなみにだが、侯爵令嬢ちゃんが俺という化け物を引き連れてくる形になるから、死傷者はゼロにしないと駄目だ。でないと、普通にバッシングされるだけになる(これを踏まえてベアーイーターのクイーンを討伐した功績は譲るから酷いことにはならんかもだけど。もちろん報酬は俺のもんだけどな!)。
ちゃんとそこんとこはしっかりと侯爵令嬢ちゃんに言っておいたよ。
「望む所よ」
そう意気込んでおられました。
じゃあ、お手並み拝見と行こうかな。
シナリオはこうだ。
『事故』で穴を転げ落ちてしまった侯爵令嬢ちゃんは、運良く大きな怪我も負わなかった。そこでベアーイーターのクイーンと出遭ってしまったが、なんとか倒すことに成功した。しかし、竜もどきと化していたため、魔力濃度が通常より高まり、そうしたことによりアンデッド化してしまった――みたいな感じ。
「……本当は、魔力濃度が高いからってそう簡単に生まれるわけではないんだけど」
(そうなん?)
「そうよ。詳しくはワタクシも説明出来ないけれど……高濃度の魔力を『長時間』浴びせ続ける必要があるみたい。……いや、なんで知らないのよ。アンデッドで『その雰囲気』ならかなりの年月生きてるでしょうに」
(いんや、実は俺、これでも生まれて数週程度の赤ちゃんなんです)
自分で言ってて思い出したんだけど、俺ってこの世界に生まれて、大して経ってないんだよね。
「そうなの? それにしては流暢に会話出来るし、生者に敵意も抱いていないし、…………ずいぶん弄くられたみたいね。……ほんと何者なの、あの魔物使い」
(さあ? 俺もよく分かんない)
まあ、最近、詳しい話を聞いたけれども、それを話すわけにもいくまい。俺の誕生秘話とは実際、あんまり関係ないし。だから、とぼけとく。
そしたら「そっ」と特に追求してくることなく、この話は終わった。
とりあえずアンデッドの本来の生まれ方とは外れてるらしいけど、緊急事態、ということでごり押して有耶無耶にする作戦だ。まさか、命の危機が迫る中で、糞真面目に検証を開始して、「あれがアンデッドとかありえないぞー」とか言う奴はいないよな。いたとしても、たぶんそいつは放っておいても問題ない。あの子らに余裕があったとは言い難ったし、そんなことをしても、たぶん錯乱してると思われるのが関の山だと思う。
そんなわけで、決めるとこはしっかり決めて程よく雑に行こう。即興でやるんだ、こうなるのは致し方なし。
「……準備よし。次の行動に移る……」
侯爵令嬢ちゃんの声が聞こえてくる。教師のおじさんと『念話』をして話をつけたみたい。帰られてたらどうしようとか思ってたけど、混乱を静めたり、帰るための手順を決めたりとかで時間を食ってたらしいな。大人数の団体行動になると、その分フットワークが遅くなるからね。
んでは、レッツショータイム、だ。俺は洞窟の出口から、こっそり覗きながら操ることにするよ。
「すーはー、よしっ」
侯爵令嬢ちゃんが息を整え、駆け出す。
「皆、戦闘態勢!」
そう叫ぶと、生徒の皆は驚いて侯爵令嬢ちゃんの方を向く。
「イリティ!?」
そう声を上げるモノが多数。――その中で「どうして――」「まさか――」みたいなことを呟いていた奴が八人ほど。やっぱり他にもいたみたい。上位のグループ以外にも何人かいたのかな?
「――討伐したベアーイーターがアンデッド化して迫ってきてる! すぐ出てくるから気をつけて!」
ざわっと生徒達がざわめく中、教師のおじさんが唸りながら「ネクロマンシーをされでもしない限り、なりたての死体がすぐさまアンデッドになる可能性は、低い……」とこぼしていた。先生的には訂正したいところだろうけど、共犯者として口に出せずやきもきしてるみたいだな。まあ、アンデッドには間違いないから許してくださいな。
そして侯爵令嬢ちゃんが生徒の皆の前に立ち、振り返ったところで、クイーンの登場だ。
……デロデロに溶けてしまった、もはやなんとも言い難い、化け物がズルリと現れた。まだ原型が残っている鱗や、輪郭からして爬虫類っぽさが分かるが、最低限、と言った程度だ。それが鈍く、ズリズリと這いずって出てきたのだ。
たぶん、臭いもきついのか、生徒の何人かは鼻を押さえていた。
よし、ここで叫び声を上げさせてみよう。
「ヴォ、ぁ、あぁぁアあぁあぁ、アアァア!」
口から、どぼどぼとどす黒い血液を溢れさせながら、クイーンの成れの果てが叫ぶ。
このあまりのおぞましさに、生徒達が小さく息を呑んで後退った。
そんな背後の気配を感じ取ってか、侯爵令嬢ちゃんが声を張り上げる。
「ビビってんじゃないわよ! もうあれは死に損ない、ワタクシが倒した――またもう一回、殺すだけ――簡単なことよ! 先生、あの化け物の討伐指揮をさせてください!」
そう侯爵令嬢ちゃんが教師のおじさんに言う。教師のおじさんは、少し考え込むようにして、口を開く。
「――あぁ……」
「ふ、ふざけるなよ! あ、あんなデカい化け物、相手に出来るわけないだろ!」
教師のおじさんが肯定を示す前に生徒の一人が声を上げて遮ってしまった。――この声は、侯爵令嬢ちゃんをはめた奴の仲間だな。他の奴――特に侯爵令嬢ちゃんを押した二人は、主張出来ないから代わり、出てきたみたいだな。
ちょっと時間稼ぎ。身体に慣れてない風を装って、ずしゃ、と転んだり、鱗で動きが制限されて上手く動けない感じを出す。たぶん、この問答は必要かもしれないしな。
侯爵令嬢ちゃんが顔をやや後に向けて、冷ややかな視線を向ける。
「あら、不満?」
「不満に決まってるだろ! あ、あんな化け物、引き連れてきて、皆殺しにでもするつもりかよ!」
「生憎と、皆殺しにさせないためにワタクシ一人で、生きている奴を殺したわけだけど? 無様にも『事故』で穴に転げ落ちた『罪滅ぼし』のつもりだったんだけど? ――それでも『不満』?」
おおっと、圧力をかけていくぅ。あんたらがやったことを知ってる感を出しつつも、見逃してやろうとしてんじゃねえか、というニュアンスを感じるぞお。
さて、この侯爵令嬢ちゃんの口撃に対して、少年はどう返す!?
「――っ。ひ、一人で倒したっていうなら、また自分でやればいいだろ!」
「あれ、竜もどきだったのよ。そんなの相手にして――しかもお供もいて……満身創痍にならないと思う? ……って言ってもワタクシ優秀だから、幸い、『穴に落ちたとき』に多少、怪我をして、苦戦したけれども、酷いダメージは負わなかったの。まっ、正直言うと体力も魔力も底を尽きかけだから、一人で戦うのは無理なんだけど」
すりむいた手をプラプラと見せつけていく。これは罪悪感を煽っているのか。実際に少年も分が悪いようで、言葉探しに時間がかかっているようだ。
……少し焦らせるか。ちょっと大げさにばったんばったんしながら近づいて行く。歩みは遅いが、巨体が近づいてくる恐怖は結構なものだろう。
「わ、わ……! だ、だったら無理せずに先生に――」
あっ、これは駄目な流れだ。
(リディア? 聞こえてる?)
(なーに?)
すぐに返事が来た。よし、相変わらずこういう空気は読める奴で助かるぜ。
(あのさあ、『とある二人』が飛ぶくらいの局地的突風って吹くことってある?)
(…………。どうだろう、天文学的確率かもしれないけど……うん、『ないことはない』かなん)
(それ、今、吹くかなあ)
(……うーん……、今日は風が唸ってる気がする)
リディアが、ふっと空を見上げた。そして叫ぶ。
「わ、わぁああ! 突然、局地的な突風がーーー!」
割と迫真の演技で言ったかと思うと、リディアと教師のおじさんがふわーっと浮かんで、びゅーんと彼方まで消えて行ってしまった。
(…………)
《……計画はしっかり練るべきかもね》
本当にね。いやあ、頼んでおいてなんだけど、実際に見るとシュールだわー。
まあ、いいや。舞台は整ったし、侯爵令嬢ちゃんも何気に逆らえないように精神マウントを取ったようだし。こんな感じで始めようか。
でも、さすがにこれには生徒の皆は唖然として――何人か逃げる素振りもみせた。
そんな彼らを制止させるために、侯爵令嬢ちゃんが口を開く。
「逃げるんじゃないわよ! あんな化け物、野放しにしたら、この近辺の集落が滅ぶわよ! ――貴族は戦う者よ。そうじゃなきゃ何者でもない雑魚よ! ――自分が貴族だと思うなら、誇りがあるなら『貴族の義務』を果たしなさい!」
その叱咤が思いの外、効いたのか足を止めさせ、剣を抜かせることが出来た。
……どうなるかなあ。騎士の卵はどこまでやれるかなあ。死なないように頑張ってくれ。俺はそう思いながら、雑に死体をけしかけるのであった。
ざっくり言うと、多少の怪我人は出たけど、なんとかクイーンの死体を倒してもらえた。脳味噌潰さない限り、――場合によっては潰されようとも、『侵蝕』でつけた『マーキング』を全部取り除かない限り動かせるけど、そこまでやる必要はない。
だからとりあえず、頭に剣をぶっ刺してもらったところで倒したことにしたよ。
――こんな感じで良いのかなあ。
侯爵令嬢ちゃんは、この戦いの間、前に出て戦うことはなく、むしろ指示出しに従事していた。でも、傍観とか何もしてない、とは周りにはそう思われていないと思う。
『頭』を狙うことを目標に、如何にしてクイーンの屍に頭を下げさせるか単純に説明して、生徒達の能力も把握していたようで、即興で編成して戦いに挑んだのだ。
ほぼ全員を的確に動かし、戦わせる姿を見たら、とても無能とは言えないだろう。
クイーンの屍を倒した後は、もう侯爵令嬢ちゃんの実力を疑問視する人間はいなかった。
と、そんな感じのことをラフレシアを通じて、お姫様に伝えたよ。
場所は、この前来た城の訓練場だ。
相変わらず豚の俺は、椅子に座るお姫様の横に並んでいた。燦々と太陽の光が照りつけているので、イユーさんが傘を差していた。
「上々、ですかね。……いや、予想以上と言ったところでしょうか。正直、コネクションが必要なことである、という認識変化までは期待していなかったんですけどね」
《やっちゃって問題なかったですか?》
「むしろ助かりましたよ。――あの子、潔癖過ぎたんですよ。何もかもを自分の力でやろうとして、他者の力を借りようとしない。軍団を率いる立ち位置につくかもしれない人間としては致命的な欠陥でした。正直、死んでも良いくらいには」
お姫様は口元を扇子で隠しながら、そんな黒いことを言う。目もいつものにっこり逆Uではなく、結構鋭い目で大人に混ざって訓練している侯爵令嬢ちゃんを見つめていた(ちなみにリディアも、スーヤやアンサム、第三王子様やバーニアス将軍とかと組み手とかして遊んでる)。
あれから一日経ったんだけど、侯爵令嬢ちゃんの行動力はすごくて次の日には、訓練場に入らせてもらえるよう掛け合ったらしい。
思い立ったら吉日というのを体現してるね。
「多少痛い目を見てくれれば、考えをほんの少しでもあらためてくれるかもしれないと思っていたので、この結果にはアハリートさんに感謝していますよ」
そう言って、お姫様はにっこりと笑いかけてくれる。俺も頑張って笑みを作って返す。
《お役に立てて嬉しいです。それにこっちとしても進化出来るまでレベルも上げられたので、良い感じです》
「そうなんですか。……もう進化は為されたので?」
《まだですよ。もしもの時に備えて、リディアに付き添ってもらって王都の外でする予定です》
「なるほど……イユー……」
お姫様が後を向いて、イユーさんに訴えかけるような視線を向けた。イユーさんは、何を言いたいか分かっているようで首を横に振る。
「駄目です。一国の王女が気軽に郊外へ出向かれるほど今の情勢は安定していません」
「でも、魔物の進化を安全に近くで見られることなんてないから、見てみたいわ」
「駄目です」
「むー」
お姫様が年相応に――いや、むしろもっと幼い感じに――頬を膨らませてしまった。可愛いな、おい。
「だったら、どこか城や町中でちょうど良い場所を見繕えない?」
「そう簡単にはいかないでしょう。最悪、アハリート様を数日待たせることにもなりますし」
「アハリートさん、私のワガママですが、進化を待って貰えません?」
お姫様が扇子をパタンと畳み、手すりに置くと――手を組んで眉を八の字にしながら頼んできた。ちょっと潤みがちな目が同情を誘うぜ。
俺は豚顔をなんとかにっこりとさせて、言う。
《嫌です》
なんで今、一番の楽しみを他人の都合で待たなきゃいかんのだ。たとえ偉い人の頼みだろうと聞く気にはならんね。
「いけずですね」
お姫様が唇を尖らせて、すねてしまった。
と、俺がお姫様とイチャイチャ(?)していると、とっとっと、とアンサムが駆け寄ってきた。容赦なく何度も転がされたのか、結構ボロボロで汚れている。でも、楽しそうだ。
……なんか手に革袋持ってて、じゃらじゃら音が鳴ってるな。もしやあれは……!
「よっ、休憩しにきた」
《サボりじゃなくて?》
「それもある。正直、この身体なまりまくってて、何度も休み入れねえときついんだわ。無駄に重いくせに、筋肉落ちてるしよ」
確かに息もひゅーひゅー、と荒い音が聞こえる。何気にクレセントの身体の時は、こんな呼吸音してなかったからな。
マジ大変だろうなあ。せっかく長年鍛えたっぽい自分の身体を5年かけて、弱体化させられるとか。まあ、運動不足で衰えた筋肉は以前の運動量に戻せば、戻りやすいとは聞いたことがあるけども。それでも以前の形に戻すのは大変だろう。
「あと、いい加減、これ重くてな」
アンサムが、にやっとしながら顔の位置に革袋を掲げ、じゃらじゃら音を鳴らす。
《ま、まさかそれは……!》
「報酬だ。本来なら正式な形で違う奴から渡されるんだけどよ、今回は色々と特殊だからな」
ちらりちらりと侯爵令嬢ちゃんとお姫様を見やる。お姫様は悪戯っぽく舌をちろりと出していた。可愛いね。
アンサムは、革袋の紐を緩め、中から金貨を――そう、金貨を! 俺の頭の上に一枚置いたのである!
「まあ、小金貨だけど、アハリートは十分にやってくれたみてえだからな」
(わあー金貨だー! 初めてみたー! みてーラフレシアー、すごーい)
「うーうー!」
《うんよかったねー。ちなみに言うとあの魔物を討伐して、その上、あの暗躍して小金貨一枚はぼったくられてると思うよ》
(もっとよこせやこらー!)
俺はアンサムの脚に頭突きをかます。俺の純情を弄ぶなんて、酷い奴だな。王子だろうと連続頭突きしてやんぞこら。
俺に脚をどつかれながら、アンサムが笑う。
「わりぃわりぃ、いや、ちゃんと渡すつもりだったから安心してくれ。金貨見慣れてないみたいだったから、ちょっと反応見たかったんだよ。いてて――あぁ、今渡すから、許してくれ――革袋一つ分な」
そう言って、どすんと俺の背中に革袋が置かれた。まさかの一袋とは。
「あと、『俺のこと』を手伝ってくれた報酬はまた別に渡すから、そっちは待っててくれ。こっちも色々と立て込んでてな。色んなこと自由にするにはもうちょい時間がかかるんだ」
《そういうことなら、『そっち』はまだいいや。あっ、明日、俺進化する予定なんだけど、見たいなら来てもいいぞ。ただし見物料取るからな! 金貨一枚!》
「悪かったって。根に持たないでくれよ。――てか、進化か。まあ、余裕があるなら行かせてもらうわ。間近で魔物の進化、見られる事なんて稀だしな」
お姫様がバッとイユーさんを振り返る。
「イユー、アンサム御兄様が――」
「アンサム王子は自衛手段を持っていますので。諦めてください」
「ううううう!」
お姫様が駄々っ子みたく身体を小さく揺する。……割と面白いな、このお姫様。
そんなこんなで、今回の件は終了かな。
ちなみにこの後、王妃様がやってきて侯爵令嬢ちゃんとなんやかんやあって模擬戦することになったよ。
結果は――――うん、割とガチに(侯爵令嬢ちゃんが)やって、ボコボコに負けたよ。侯爵令嬢ちゃんが。
でも、実力が認められたのか、王妃様が何気に気に入ったみたい。女騎士っていないわけじゃないけど珍しいからかな。
俺は特に訓練場に長居する理由がなかったから、一人で部屋に戻ろうとしていた。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
と、そんな俺のプリティなお尻に声がかけられた。
後を見ると、侯爵令嬢ちゃんが走り寄ってきた。
(どしたん?)
「うー?」
『念話』が繋がってるか分からなかったから、心の声を発しつつも、唸りながら首を傾げるボディーランゲージをする。
「――ちょっと、ね……」
俺の目の前にやってきた侯爵令嬢ちゃんは、腕組みをして脚をやや広げる尊大な感じで見下ろしてきた。いや、見てはないか。なんか顔は下向いてるけど、視線は横向いてた。
「いや、あの、あれよ」
(あれ? お、で始まって、いで終わる感じのあれ?)
「違うし! いや、それもだけど――違くて! あれ! あ、あんたの名前!」
山田吾郎っすね。――冗談だけど。こっちは使わないし、絶対に誰にも言わない。
「ワタクシが特別に聞いてあげるから教えなさいよ! 聞いてなかったし! あるんならだけど!」
名前聞きたい側がすげー尊大なんですがー。いや、でも顔を赤くして恥ずかしげに聞いてくるのは、ストレスダメージ受けるどころか、ほっこりとして精神が回復するから良しとする。
(アハリート。ミドルネームとかはない)
「……ア、アハリート。そ、そっ。良い名前じゃない!?」
(どうも。じゃあ、改めてお嬢さんは?)
「ワ、ワタクシ!? え、えっと――イリティ・オムネースよ!」
(そっか。よろしく、イリティ。もし今後、会うことがあったら良くしてくれると嬉しい)
「特別、良くしないこともないわね! か、感謝しなさいよね!」
なんかツンデレっぽい感じになったなあ。これはこれで良いかもしれんね。でも、これは慣れないことして恥ずかしがってるだけだから、いつでもは見られなさそう。
(んではね、イリティ。俺は部屋に戻るから)
俺が前を向くとイリティが「あっ」と声を漏らした。でも、俺は聞こえないふりをして歩き始める。
追いかけてくる様子はない――けど、イリティは小声で……たぶん俺が聞こえているのを分かっていて、言った。
「……ありがと」
(どーいたしまして)
そう返すと、イリティは静かに振り返り、訓練場に戻っていくのであった。
今月は忙しいため、次回更新は未定です。1月1日に活動報告にて、何かしらの報告をするようにします。




