分からせるために必要なこと⑥
(んでもって、戻ったらどうするんだっけ?)
俺は泣き止んだ侯爵令嬢ちゃんにそう問いかける。気まずい空気だけど気にしない。
こういう気まずい状況になった時って、事務的な――話し合うべき話を振ると会話しやすいよね。まあ、100%自分が悪いわけじゃない時なら、こういう風に声をかけて接しておかないと疎遠になっちゃうから積極的になるべきだ。
「…………。……なんでそんな普通なのよ」
(もっと厳かに話しかけて欲しいの? ――汝、地上に戻りし時、如何なることを為す?)
「違うっての! ――――もう!」
憤慨した様子だったけど、一旦息を吐いて、続けて喋ってくれた。
「――ここに落ちてきた時に言ったと思うけど、あの二人は厳正な処分を受けてもらうから。……まさか止めるつもりじゃないわよね?」
(別に。興味ないし。ただ、一つ言っておくけど、実行犯は二人で間違いないけど、加担してるの合わせると全部で三人だぞ)
実際に見たわけじゃないけど、声的に三人くらいいた気がするんだよな。集団に留まってた奴の中に、皆の視線を誘導するようにしてた奴が、確かいたはず。
「はあ!? 誰よ、それ!」
(さあ? まあ、分かっても教えんけども)
「なんで!」
侯爵令嬢ちゃんがしゃがんで俺のほっぺたをむぎゅりと摘まんで引っ張る。
(ちゃんと水でしっかり手を洗って、それまで顔とか触るなよ。……なんでって、その義理ないし? あと、俺は弱い奴の味方なので)
「ワタクシ、殺されかけたんだけど」
(それはある意味向こうも一緒だろ。タチの悪さで言えば、そっちが上だし)
「うぐぐ……!」
認めちゃってるのか、ぐうの音しか出ないようだ。
「……犯人、探しは……全員からヘイトもらいやすくなって、リスクが高い……かと言って、放置は危険……」
(だろうな。そいつは仲間が口割ったらと思ったら毎日、気が気じゃなくなるだろうし。最悪、改めて口封じにくるかも)
「それを分かってるなら、誰か教えなさいよ!」
(まず名前分からんし。分かったとしても、黙っときます。弱い者の味方なので)
「んぎぃいい……!」
侯爵令嬢ちゃんが俺の顔をもちゃもちゃする。相当苛立ってますね。かと言って、それを静める気は俺にはないけど。
確かに親密度的には侯爵令嬢ちゃんの方が高いけど、これに関してはあまり口を出したくない。別に死人に口なし、とか冗談のつもりは一切ないよ?
(まあそれ以外の理由としては……、あくまで俺が分かってる範囲で三人いるってだけだし。もしかしたら、もっといるかもしれんし。そいつらを取り逃したら、結局同じだろ? だから自信たっぷりに教えて、後々、そっちが死体で発見されても後味悪いからさ)
「それは分かってるけども! 単純に処断するのが正解じゃないのは分かってるわ。ただ、他の抑止力がないのよ」
(権力的なものも弱まってるしね)
「誰のせいよ」
侯爵令嬢ちゃんが、ギロッと睨んでくる。
(俺らのせいでした、てへっ)
ぺろんちょっ、と舌を出して、片目をつむったら引っぱたかれた。
――正直言ってあまり心配はしてないんだけどね。たぶんだけど、この件ってがっつりお姫様が関わってるから、その後処理もしっかりやってくれると思うんだよ。……というか、侯爵令嬢ちゃんを落とした穴の情報を流したり、仲間を焚きつけたりしたのってお姫様の策謀だろうし。
つっても、あの子、割と厳しいから何も考えずに何もしなかったら、死体になるまで放っておかれる可能性もなくはない。
ということで、そうならないためのお手伝いを俺はしようと思います。
(んで、弱まった権力をどうにかこうにか強める方向で行くべきかと俺は存じます)
「……たとえば?」
興味がわいたのか、俺の顔のもちゃり具合が少し弱まる。
(強い後ろ盾を得るべきかと。コネ作って、もし『不慮の事故』が起こったら、お前ら人生終わりだよって圧かけられる相手を見つけようぜ)
「コネ……まあ、貴族なら作っておくべきなんでしょうけど」
なんか渋い顔してる。
(なんだい? 乗り気じゃない?)
「こう、なんていうか……それはずるい気がするし。出来るだけ自分の力でなんとかしたいってのもあるんだけど……」
(ぱかやろう!)
「!?」
俺の突然の大きな思念に、侯爵令嬢ちゃんがビクッとする。
「な、なによ」
(コネが自分の力じゃない? 自分で全部やり遂げたい……? お前、そういうとこだぞ! 上に立つ人間なら、そういうのは誰かに頼るべきなんだよ!)
一人で色々やりたいって気持ちは分かるが、それには色々と限界があるんだ。だから頼れるなら他人に頼るべきなんだよ。あと上がいっぱいいっぱいで頼れないと下がマジで困る。あっちこっち動き回らず、ちゃんと一つ所にいて、こっちが相談しやすいようにしてくれマジ頼むから。
(あとなんかコネなんていつでも作れますー的な感じだしてるけど、すごい圧かけられる相手知ってんの?)
「いや、それは……」
(いないんじゃん。やーいやーい)
引っぱたかれた。
「腹立つ。じゃあ、あんたはどうなのよ」
(俺……てか、俺のご主人が誰の依頼で来たか知ってる?)
「…………。あ、……アンサム王子の依頼だったわね。…………けど、正直、『あれ』は嫌。お姉ちゃんが北の戦場に変な編成で行く原因にもなったし。最近、真面目に戻ったって聞いたけど、信用出来ない。女癖も悪いみたいだし、後ろ盾になってもらう代わりに手を出されるのは嫌」
アンサム、お前、いらんところで嫌われちゃってるぞ。いや、悪いのはクレセントだけどさあ。かと言って気軽に言って良いことじゃないから、どうしようもないけど。……なんかこういうクレセントが残した『くすぶり』って結構あるのかもしれんね。
(まあ、それは仕方ない。んじゃあ……)
誰にしようかなー。お姫様、とも考えたけど、お姫様自身の権力ってあまり強そうじゃなさそうなんだよな。カマル様……第三王子様は、何気に権力はありそうだけど…………。うーむ…………いや、待てよ、そんな仲良くないけど、確実に強そうな権力持ってそうな人いたわ。
(王妃様とかは?)
「ルナ王妃? 知り合いなの?」
(うん、知り合い。でも別に、そんな仲良くはない)
「駄目じゃない」
(けど、知り合えそうではある。城の訓練場で訓練してたのを見たんだよ)
「ルナ王妃が?」
侯爵令嬢ちゃんがすっごい意外そうな顔をした。無理もないのかな? 王妃様って評判が結構悪かったみたいだし、そんなスタイリッシュなことしそうにもなさそうだからな。
(戦うとこ、間近で見たことあったけど何気に強かったよ。訓練場にいたときも、なんか楽しそうだったし。手合わせすれば、仲良くなれるんじゃない?)
「……ルナ王妃もあまり良い噂はきかないけども……それにアンサム王子となんか変な噂もあるし」
(それ大体全部ガセだよ)
「そうなの? ……まあ、お父様辺りに頼めば訓練場に入れると思うし、……ちょっと興味があるから接触してみようかな……。ワタクシの強さを皆に見て貰うのにちょうど良いし。ちょっと剣術かじった程度で遊びに来てる王妃様と接待戦するのも悪くないかも」
ふふーん、と得意げなクソガキフェイスをする侯爵令嬢ちゃんだ。
気をつけろよ、あの王妃様、ガチで強いから。素人目でも、結構な手練れだってのは分かるほどなんだよ。つっても、それを言ったところで侯爵令嬢ちゃんは信じてくれなさそうだけど。
ガチバトルして半泣きになって分からせられてる侯爵令嬢ちゃんを見るのも楽しそうだし、黙っとこー。
(じゃあ、コネ作りは王妃様を狙う感じで…………んで、次は今のそっちの権力を強めようか)
「……どうやってよ。ていうか、信頼を落とす原因にもなった相手にそれ言われるの、なんか微妙な気分になるんだけど」
それは分かるー。
(そこは気にすんな。これはとてつもなく簡単だ)
「なにするの?」
(お嬢さんには、…………『俺』を討伐してもらいます!)
「は?」
ふふっ、この侯爵令嬢ちゃんの呆けた顔がたまらんね。
さて、俺討伐に向けて、色々と準備しますかね。また最高のマッチポンプをしようぜ。
ということで、俺は侯爵令嬢ちゃんに俺の『計画』を話すのであった。
次回更新は12月5日19時の予定になります。早く更新する場合もあります。




