分からせるために必要なこと⑤
俺のこと(レベル上げ&進化)に関してはとりあえずは一件落着の一段落だ。さすがにこの場では侯爵令嬢ちゃんがいるから進化は出来ないから、一旦締めなんだ。
今回の進化は何かしら大きな変化はあるだろう。楽しみだ。
さてとも、今から地上へと行くことになるけど……、ちょこっとだけでも侯爵令嬢ちゃんと今回の『発端』について話し合っておかないとな。
もちろん地雷だって分かってるよ。けど、先延ばしにするのもなんかあれだしさ。この瞬間に俺がやれることってあるはず、っていうか今じゃないと出来ないことがあるんだ。
俺は卵をごしゃごしゃと潰しながら(まんま蛇の白い卵だ。ただ、それなりに硬い)、そんなことを考えていた。卵についてはもったいないから、中身を啜ってみたりした。
ちなみに孵化寸前の奴はいたけれど、竜にはなってなかった。……残念だ。もし、なんか突然変異して、竜になっていたら飼ってみたかったんだが。『魂支配』のストックを一つ使っても良いくらいだ。
ちなみに卵を潰してもレベルは一つも上がらんかった。
(そういや、レベルっていうと魂引っこ抜いて直接ぶっ込むと、レベルの上昇量おかしい感じっぽいけど、なんで? 相手が10レベルだったら10レベル上がるんじゃないの?)
ラフレシアが軽く唸る。
《うーんと、それは……まず……順番に説明しようかな。基本、相手を倒した時に手に入れられる魂のエネルギー(経験値)って実はその魂全体の数%~十数%くらいなの》
(意外に少ないな)
《ほんとにね。相手のレベルによって、もちろんその『数%~十数%』の量は上がるけどやっぱり微々たるものだからさ。ちなみにさらにそこに吸収する側の個々のエネルギー吸収効率的なものも関わってくるから、結局はマイナスされていく感じ。マスターはそれが最大か……もしかしたらさらに多くのエネルギーを得ている可能性があるね。……複数の魂を経由させて記憶情報の濾過が出来ているのかもしれない……》
だから俺のレベルの上がり方が他の奴らより圧倒的に早いと。
《それで、ここから注意点なんだけど、――魂を丸々抜いて、それを吸収すると駄目って言われてるのは知ってるよね?》
(うん)
なんか狂うらしいね。
《それって言うのは、『情報』も得ちゃって記憶が『混濁』しちゃうから。生前の記憶や……スキルにも存在する記憶も大概、悪影響があるかもね》
(スキルの記憶?)
《スキルってかなり特殊なもので、魂とは……なんていうのかな……また独立した情報の性質をしてるみたい。そんな感じだから同じスキルでも長い間使ってると個々人で性能に多少の差が出てくるの。まあ、詳しい話は省くけどもスキルに詰まった情報は魂の情報とはまた違うみたい。だから魂の記憶情報よりも処理しにくくて、余計に狂う原因にもなるっぽい》
《……ただ》、とラフレシアが続ける。
《その魂の記憶とかスキルの記憶とかの情報エネルギーは、その当人が持つレベルよりも高いエネルギーを持ってるんだ。たとえレベル10の相手でも魂を丸々奪えば、100とか上がる可能性があるかもしれないって感じ。でもそこはその魂を奪われた相手の元から持つ魔力量やらなんやらで大きく差が出てくるけども。それに受け入れた側が辛くなって『抵抗』しちゃって打ち消すこともあるから、ロスを入れると、一度に上がるレベルはもっと低いかもね》
だとしてもそれはすごい。――って言っても、やっぱりリスクが高すぎるから、推奨はされないんだろうけどな。それも、エネルギーの処理能力が低いと、もしかしたらロスが大きすぎて意味がない感じになりそうだし。
《ちなみにティターニア……様の『浄化』を扱ったレベル上げはその邪魔な情報を取り除いて、効率よくエネルギーを得られるようにしてるの。『浄化』されていない魂を得るより、がくんと効率は下がるけど安全性は高まってるかな。もちろん完璧に安全ではないから、魂の強度が強い子達を厳選してやってるんだけど》
ほーん、そうなんだ。……俺って魂関係のスキルを扱えるし、その『浄化』っていうのも使えるようになれれば安全に高いレベルまで上げられるのかな。
(魂関係の進化とかないかな? 良い感じのやつ、分かる?)
《長年の経験上、完璧ではないけど雰囲気で分かるよ。ていうか、名前がそれ関連だし。――とりあえず『死神ノ権能』に影響されてるのが『グリム・リーパー』と『フォールン・エンジェル』。『グリム・リーパー』は、……まあ、死神だから魂関連の強化だろうね。『フォールン・エンジェル』がティターニア様側に寄りそうな感じ。もしかしたらこっちは魔力操作とか魔法関連が大幅に強化されるかも。場合によっては光魔法とか覚えられるかもね》
(マジで!?)
《おすすめはしないけど。元の種族が変わる雰囲気がないし、マスターの内在魔力が使えなくなると動けなくなる性質がある以上、自分で光魔法を使うのはやめといた方がいいよ》
(そっかー)
《上手い使い方があれば別だけど。光魔法云々は置いても、魔力操作が圧倒的に上手くなるのは、かなりのアドバンテージだしね。――で、『マッド・ドクター』と『バッド・ナース』は『ピュアキュア』の派生型だろうね。『マッド・ドクター』が『手術道具』の追加、強化の可能性が高そう。『バッド・ナース』が……名前の通りにデバフ関係の能力強化……になるかなあ》
(……やだ、後ろの二つ、すんごい俺好み……!)
《だろうね。どうするかはマスターに任せるけど、前者二つを私は勧めとく。それが魂に関わる強化だと思うし》
ラフレシアが苦笑しながら言う。
《――それで『ジト』は………………これ、もしかして『王種』かも》
(マジで? だとしてもずいぶん早いな)
《……うーん、そうなんだよねー。魔力量的に現段階で『王種』レベルに達しつつあるってことかなー》
(つっても『王種』って最終進化でそれ以上、レベル上げても進化出来なくなるんだろ? ハズレ?)
《マスターの今の目的からするとハズレ。でも生物的にはなんとも言えないかなあ》
どういうこっちゃ。
《魔物の進化って割と『欠陥』なんだよね。とにかく『強くなる』って方向性に固定されちゃってるの。そこは『制定者』が操作してるらしいんだけど……》
(強くなるのって駄目なの? 生物的に普通じゃない?)
《駄目ではないよ。でも生物的に『正しい』のは、強くなることじゃなくて『生き残る』こと。強くなるとどうしても大きくなったり、筋肉量が増えたり、――とにかくエネルギーを食うでしょ? それでたくさんの食料を食べて……食べて、強いから誰も止められないまま、全てを食い尽くしちゃうの》
(あー)
食物連鎖が崩れちゃうのか。そりゃそうか。仮にそいつが草食獣であったとしても、本来そいつを狩る肉食獣がそいつを止められないなら……草が全部なくなっちゃって荒野になるってことだもんな。
《だからいつかは絶対に皆滅んじゃうんだよ。強くなりすぎないってことは実は重要なの。そういう意味では『ジト』は生物的には最高の進化かもしれない》
(……このまま進化していくと、エネルギーの確保とか面倒臭そうになるな)
《そうだね。だから魔物の最高峰でもある『魔神』は全ての構成要素を魔力オンリーにして魔界に居着くことになったんだよね。――そうそう、このまま進化していくならコストパフォーマンスを下げる方法とか考えていった方がいいかもね》
(たとえば?)
《マスターが好きそうなものでいえば、第二形態を造るとか。……ああ、違う、この場合はエネルギー消費が低そうな第一形態を造るべきかも。能力の制限とかして、第一形態の燃費をとにかく良くしておかないと。文字通り『真の姿』とかは第二、第三形態みたいな感じにして》
(あっ、それ好きー。なんか良い感じのスキル、今後取っていく方向にしようぜー)
ラスボスのロマン、それは形態変化! 憧れちゃうね! ……あれ? 実は形態変化って理にかなったものだったのか? 理想と現実は紙一重ということか……!
(――色々と試したいけど……んまあ、そこは話が長くなるからおいとくとして、『ジト』ってなんだろう。伝説上のなんかだよね、『王種』の名前って)
《っぽいね。そこら辺は私はよく分かんないからなんとも言えないかな。……たぶん、リディアなら詳しいかも》
そうだね。リディアって結構、強めの中二病でもあるっぽいし。そういうの滅茶苦茶調べてそう。進化はそれ含めて、ちゃんと訊いてみてからにしよー。
よし、卵は全部潰せたな。感知を広げてみても、卵らしきものはないし、命の脈動は感じられない。とりあえず殲滅は完了と言ったところだろうか。後処理に俺の潰れた肉片の回収と侯爵令嬢ちゃんに火とかで消毒してもらえば完璧だな。
侯爵令嬢ちゃんも見回っていたから、とりあえず駆け寄ってみた。
「うー(終わったぞい)!」
でも、近づいたらビクッてされちゃった。
おいおいおいおい、その反応はないんじゃないかなあ。
俺は顔を頑張ってしかめながら、あくどいチンピラみたいに下から覗き込む。
「うー?」
「あっ、ご、ごめんなさい」
そう言いながら、侯爵令嬢ちゃんは、ちょっとビクビクしつつ俺の下半身に目をやっている。
そこがどうなっているかって?
さっき潰されて即時再生なんてしたもんだから、元の(一応)人型の下半身が生えているんだよ。無論、ちゃんと四足歩行しやすいように関節などは変化済みだ(四足の方が動きやすいし)。
ちなみに余った豚皮をその下半身に合わせているから、マジで人間の下半身が生えているみたいだろうな(『皮に合わせた』関係上、バランスがおかしいのはご愛敬)。
一言で言うなら、きもい、はず。
けど、侯爵令嬢ちゃんからしたら俺は命の恩人なわけで、割と真面目なこの子は罵詈雑言を口にすることが出来ないようだ。
…………。
俺は何気なしに、下半身を二足歩行型にして立ち上がってみた。つぶらな瞳の豚が突如として立ち上がり、明らかに目線を追い越したのである。
「ひぃっ!?」
あまりのおぞましさに侯爵令嬢ちゃんが息を呑んじゃったよ。……いいねえ、この化け物を見るような顔、ぞくぞくしちゃうよ。
そんな俺にラフレシアがため息をついてしまった。
《マスターってば、またそうやって……。嫌われて討伐されるよ?》
(そうかなー。じゃあ、警戒解くために文明人っぽく服着て、そこに文字入れるか。『アイラブユー』って。もちろん素材は人皮風豚皮)
《ジョークでボディブロー入れるのやめな? それだとお前を食うって意味しかないでしょ》
(Z級ホラー映画に出てきそうなクリーチャーだな。……うーむ。…………)
俺は少し間を置いて、考え込み、比較的朗らかに続けてみる。
(ラフレシア? 『I Love you!!』)
《『Eat me』》
(『Wow!!』)
な、なんて鋭い返しをしてくるんだ……!
俺はラフレシアを侮っていたようだ。上方修正しとかないとな。
さて、遊ぶのはこれくらいにしよう。とりあえずエネルギーを使うけど、元の豚の姿に戻ってみる。豚皮はさっき潰された時、色々と減っちゃったから元のサイズはやっぱり無理だ。けど、幸いにして中身となる肉はそこかしこに転がっているから、問題はない。
……いや、『体色変化』っていうのも覚えたから使ってみようかな。
ということで、四足歩行の普通の豚に戻りました。サイズも大体一緒で……色は……精密には出来ないからか、効果がそうなのかは知らんけども色合いが雑な単色にしか出来んね。もうちょい使っていって精度を上げるか効果範囲をしっかり把握していこう(この調子だと使えるなら用途に合った皮を使うのがよさそう)。
侯爵令嬢ちゃんも、これにはホッと一息ついてくれた。
(うーん、やっぱり犬とか豚とかの動物の方が安心出来るのかもな)
《人間という選択肢は》
(ありません)
人間と面合わせるのに人間になるとか、なんでそんなつまらないことしなくちゃいけないんですか?
侯爵令嬢ちゃんが、むむむっと眉をひそめながら俺を見つめてくる。
「やっぱり何か聞こえる?」
あっ、繋がってたのね。『念話』って魂に直接繋げてるわけじゃないのかな。だったら俺なら気付けるはずなんだけど。……この聞こえているようで聞こえていない感じ……互いを繋げる工程てか理論みたいなものは、無線みたいなものなのだろうか。
(気にすんな。ただ単に俺と魂の繋がりがある奴と対話してるんだよ)
「それってあんたの主人?」
(それとはまた違う)
「ふーん。まあ、他の魔物とかいるでしょうからね」
納得してくれた。その認識が妥当だろうね。
と、侯爵令嬢ちゃんがジッと俺を睨むように見つめてきた。
「……ところでなんでさっき立ったわけ?」
(面白そうだったから)
蹴られた。
「……で。もう大丈夫なわけ?」
(少なくとも、奴らっぽい音はしないし、魂も感知しない。討伐完了だな)
「そっ」
侯爵令嬢ちゃんは、ピンッと俺に何かを渡してきた。俺はその『何か』を受け取れず、鼻っ面に跳ね返り地面に落としてしまう。
クイーンの鱗だな。拾っておこう。
「討伐報酬。功績はあんたのもんよ。……実際、ワタクシは何もしなかったし」
(ありがたく受け取っておく。ただ、何もしなかったってことはないんじゃないか。ほんとちょうど良いタイミングで現れたし、気を逸らしてくれたのはかなり助かった)
「たったそれだけじゃない」
(かもな。ところで攻撃はされたか?)
そう問うと、侯爵令嬢ちゃんが眉根を寄せる。
「そりゃ、まあ、一応、針は飛ばされたわ」
……けど、怪我をしている様子はない。あの足針速射って弾幕が結構すごいんだよ。少なくとも俺は地面に潜りでもしないと避けきれん。
(あれを捌いたんなら十分すごいだろ。他の奴だったら、たぶん怪我してる)
「…………ま、まあ、そうかもしれないけどっ」
ぷいっと顔を逸らす侯爵令嬢ちゃんだ。おーおー、照れちゃって可愛いですなあ。
(それに俺がしくじったらリカバリーに入れてただろうからな。少なくとも知識や技術はそっちの方が上なわけだし、仮に戦っても問題なかったはず)
けど、事故が怖いから俺が徹頭徹尾戦ったわけだ。
(それに強い奴が、すぐに前線に来ちゃ駄目だろ。ゴブリンの群れを相手にしてる間に、オーガに部隊を蹴散らされたら、笑い話にもならんだろうし)
「……そうね」
切り札というのはここぞという時に切るから切り札なのだ。なんでもない相手に使って、後々使えなくなったら意味がなさ過ぎる。
馬鹿と鋏は使いようと言うけれど、天才も使い方を誤れば馬鹿並の効果しか発揮しない。
それにリーダー的存在が早々に脱落したら、士気低下は免れないからな。
割と重要なんだよ、戦う意志って。俺はそれを狙って攻撃するからよく分かる。統制の取れない烏合の衆など文字通りのカモに過ぎないのだ。
(うん、ブレスの時とかすごく助かったんだ。ぶっちゃけ、あれくると思ってなかったしさ。だから、状況を見て正確な情報を伝えられるのは、すごいことだと思う)
「……リーダーとしての才能はあるのかもね」
そう言いつつ、侯爵令嬢ちゃんは自嘲的だ。
……いやまあ、そうだよな。そのリーダーの才能がある奴が、仲間に突き落とされて殺されかけたわけなんだし。
それを本当に気にしているのだろう、侯爵令嬢ちゃんは一度重く深い吐息をついて、重々しく言った。
「……ねえ。『あれ』は、――ここに落ちてきたのは、ワタクシの何がいけなかったの?」
(……直球で?)
「……言ってよ」
俺はぼんやりと侯爵令嬢ちゃんを突き落とした奴らを思い浮かべる。あいつらは別に嬉々としてやったわけじゃない。むしろやる直前もやった後も怯えていた。
(ただ単にあいつらは死にたくなかっただけだろ。竜もどきって普通じゃないんだろ? しかもあの二体の上位種だって、集団でかかったら危なかったらしいじゃん。ある意味来なくて正解だったみたいだし)
「それは――そうだけど! だからって殺そうとするの!?」
(そりゃあ自分の命が危なくなったらな。少なくとも今回の依頼は、学生が受けるものじゃなかったんだろ。あいつらからしたら、迷惑も良いところだったんじゃないのか?)
侯爵令嬢ちゃんがギギッと歯が軋むほど噛みしめ、顔を伏せた。
「……! なんで――戦争があるっていうのは分かってるはず……もしかしたら前線に送られることだってあるのに――実際、他のクラスが行って、戻ってこなかった――だったら、荒療治でも強くならないと――皆帰ってこれなくなる――――……お姉ちゃんみたいに……」
小さく小さくぼそっと呟いた。
……なんかクレセントが統治してた時って、かなり滅茶苦茶やってたみたいだな。わざと劣勢になって、タイタンに国を売ろうとしてたとかなんとか。
その被害を侯爵令嬢ちゃんが何かしらの形で被ったんだろうな。
《…………》
ラフレシアのため息のような声が伝わってきた。こっちもこっちで理想があって非情に徹して色々とやってたみたいだけど、いざその被害者に遭うとなんとも言えない気持ちになったようだ。
(戦争で誰か亡くなったのか?)
「…………。姉が将軍として、前線に行ったの。けど死んだ。……大した成果も上げなかったくせに逃げようとして、そのくせ自分だけ死んじゃって……本当に何やってるの……本当に……弱いくせに、……分かってたはずなのに……馬鹿……」
侯爵令嬢ちゃんが拳を握り、思い詰めたように言葉をひねり出す。……なんかチグハグだな。その『姉』のことを貶すようにしていながら、侮るような感情は見受けられない。
よく分かんないから、一応、最低限のこと訊いておくか。
(逃げるって撤退戦?)
「………………。そうだけど」
ふーん。俺は戦争とかの陣形とか定石とか、そういうのよくわかんないけど、なんか逃げるのは難しいことだってのは、ちょっとだけ知ってる。
(そっちの事情はよく分からんし、詳しく訊くつもりはないけど、一つだけ言っておく。悲しい気持ちを隠すために亡くなった人を悪く言うのはやめておけ。それは正直、辛いし何よりも亡くなった人に対してどうしようもなく酷いことだと思うから)
「…………!」
侯爵令嬢ちゃんが目を見開き――すぐに俺を睨み、叫ぶ。
「あんたに何が分かるのよ!」
(何も。だから言っただろ、分からないって)
そう言ったら、思い切り蹴り飛ばされた。ずしゃあ、と地面に転がる。
「だったら、ワタクシのことに、口を、出すな!」
俺は起き上がり、侯爵令嬢ちゃんと向き合う。怒鳴っているが、今にも泣き出しそうに歯を食いしばって、目を潤ませている。
(だったら接続切って、耳でも塞いどけ。そうすりゃアンデッドの俺は、死人に口なしだ。……そう。だから生きてる人間には後悔しか残らないんだよ。死人は何も語ってくれないから。『仕方ない』から勝手に答えを決めてやるしかないんだ。――だからこそお前が何を思おうとも、勝手だ。けど『正しいと分かってる』ことをわざわざ『間違って分かってる』ふりをするのはどうなんだ?)
「ワタクシの何が間違ってるって言うのよ!」
(お前の姉は、撤退戦をやって命を失ったんだろう? 俺は戦術とか戦争のこととか、その定石とか知らん。けど逃げるのが難しいくらい知ってる。それを大勢伴って、ほとんど被害を出さなかったってんなら、お前の姉は優秀なんだろう)
「――!」
侯爵令嬢ちゃんが図星を突かれたように、怯んだ。しかし拳の握りは強くなり、顔は赤く険しくなって明らかに怒りのボルテージが上がっていく。
「だから――! あんたに――皆に何が分かるって言うのよ! どいつもこいつも……! どいつもこいつも褒め称えて! お前の姉はすごいって、素晴らしい働きをしたって! ああ、そう勝手! どいつもこいつも! そう死人に口なし! だからなんだって言える! あの馬鹿弱姉が素晴らしいって!? 馬鹿も休み休み言えっての! 誰も、何も、――知らないくせに!」
侯爵令嬢ちゃんが顔を伏せて、自らの髪をくしゃりと掴んだ。
「そうよ、そんな素晴らしい人間なんかじゃない。約束もまともに守れない人間だった……。何も知らないような馬鹿な顔で笑って、こっちの無茶な出来もしない要求に約束を交わして、それでも守ろうと頑張って色々馬鹿やってそれでなんとか半分約束守ってるくれる出来損ないだった! 素晴らしい人間なんかじゃない! 馬鹿で弱くて、雑魚な――そんなお姉ちゃんなのよ……!」
ぽたり、ぽたり、と雫が零れる音がする。
「でも、最後の約束は、全然守ってくれなかった……。一番守って欲しい約束を……。そんな、酷い奴を悪く言って、何が悪いの……!? 一番、分かりやすくて、簡単な約束だったのに……! 『生きて帰ってきて』って……たったそれだけだった……たったそれだけのことだったのに……! …………なんで、……なんで、守ってくれなかったの……?」
声を詰まらせ、しゃくりあげる。
俺はそんなイリティを遠くから見つめる。
(……そうなのか。約束を破ったのか)
「……そう、よ……だから、悪い、の……許してなんか、やらない……やるもんか……! お姉ちゃんは間違ってたって、証明して、やるんだ……勝手に、いなくなって、褒められてるのなんか、認めない……! そんなの、あんなの、ワタクシのお姉ちゃんなんかじゃない……違うんだもん……そんな『偶像』認めてやるもんか……! 死んだことが正しいなんて、言わせない……!」
それは、歪みながらも純情な願いなのだろう。これは正すことは出来ないし、俺にはその気も起きない。
まあ、少なくとも俺が思っていたように、この子は姉のことを嫌おうとしていた訳ではないようだ。ある意味ではそうだけど、造られた『偶像』を否定して、本物の姉を取り戻したいのだろう。
それが正しいのかは分からない。少なくとも、それは俺の尺度で語ることではないだろう。だから、もう言うことはない。
とりあえず、この子は姉のことが好きだということが分かった、それだけで良いんだ。……うん、そう、とりあえずは。
俺はそう思いながら、侯爵令嬢ちゃんが泣き止むのを、ただ待つのであった。
次回更新は本日20時にします。




