分からせるために必要なこと②
一通り、ベアーイーターの退治は終わったよ。
特に危なげも無かったけど……侯爵令嬢ちゃんの圧が怖かったよ。不必要に怒鳴りもしなかったから、たぶんあら探しとかしてたわけじゃないんだ。
俺らがピンチになったら駆けつけてやるという意志をビンビンに感じたね。……いや、真面目か。……まあ、真面目なんだろうなあ。
その圧力のせいか、皆の意識がより一層引き締まって、結局誰もピンチにならなかったんだけどね。
侯爵令嬢ちゃん、すっごい、ぐぬぬしてる。けど、すぐに気張っていたらしい肩の力を抜く。力ぬ抜け具合が本当に強くって、がっくり項垂れているかのようだ。
《……あそこまで行くと、不憫に思えてくる》
(こういう場面だとあの子みたいなのって、空回りがすごいからなあ)
普段から力入れてる子ほど、ぶんぶん空音が鳴るほどの空回り具合だしな。
肩に力を入れすぎても良い事ってない。某超能力を使う少年の武器で肩に力入るまくるバッドあったけど、あれ、まず当たらんし。TASさんくらい乱数調整出来ないと意味がないだろう。
場面場面でのメリハリってとっても大事。
(かと言って、それを直接言ったところで変わってくれるわけでもないし)
《……そうだね》
他人に責められるようにして言われて、自身の行いについて駄目だと気付いて反省したところで、実際は意味がなかったりする。そういう人達を、それなりに見てきたけど大体日数経つと元に戻っちゃうんだよ。俺自身もそうだったし。
噛む馬はしまいまで噛む、とは言わんけども、言われた程度の反省で変わるのって難しいんだよね。
もし、変わるとしたら、深い『傷』を負う必要があるだろう。
だから俺が出来ることはなにもなーい。もう気にしなーい。
んで、出来るだけもう侯爵令嬢ちゃんに意地悪をしないようにするよ。
意地悪されたら、仕返すけども。
その逆もまた然り。
意地悪したら、仕返しされる覚悟は持っておかなければならない。
そういう関係性だとか状況に応じた場合はともかく、一方的な意地悪を続けると、本当にただのイジメになっちゃうからね。いわゆる上下関係を確定するための行為になっちゃうし。
だから仕返ししてこない相手には、基本的に俺は意地悪とか悪戯は続けないようにしてる。
嫌がってないからとか、面白いと思ってるからとかいう考えを持つのはかなり危ない。人がどう思ってるかなんて、ちゃんと言われない限り、分かるはずないんだからさ。そもそもそういうことをしてきた相手に本音なんて言うわけないしな。
ちなみに自分が面白いからとやり続ける奴は単なるクズだ。気をつけよう。
――さて、レベルも45まで上がった。
ただ、やっぱりベアーイーターは弱いのか、6体ほど倒してこれだからなあ。
出来れば上位種を倒したいところ。
恐らく、まだ巣穴にいるはず。
巣穴からカサコソという音が耳に届いてきていたのだ。……たぶん、音的に大きい奴らがいる。
通常個体は日が落ちたら活性化して出てくるけど、もし上位種の……それも卵を産む『クイーン』だった場合、出てこない可能性がある。もしそいつがいる場合、さすがにいつまでも待っているわけにはいかないからな。
だから巣穴に入り込んで駆除しなければならないようだ。
誰が行くとかは大体、決まってるらしい。前衛にいた二組は一応、能力が高い者を集めた精鋭になってるらしいから、少なくともこの二組を編成し直すようだけど……どうなるかは俺は知らん。
んで、俺とリディアが巣穴の中までついて行く感じ。もしもの時の監督要員で基本、手出しはしない感じらしい。
教師のおじさんは外に残るらしいよ。
てってって、とリディアが駆け寄ってきてしゃがみ込んでくる。
小首を傾げて笑顔を向けてきた。
「アハリちゃん、次は背中に乗ってくれる?」
なんか聞き間違いしちゃったかな?
(なんて?)
「ふふっ、アハリちゃんが聞こえないなんて珍しいねえ。じゃあ、もう一度。……こほん、私の背中に乗ってくれる?」
(…………)
俺は、うーっとため息をつきながら(呆れた感じにしたらリディアがぶるぶるっと震えた)、首に巻き付けていたリードを咥えてリディアに手渡す。
そして怒鳴るのだ。
(おらっ、飼い主! さっさとそのリード引けよ! ちゃんと前歩けよな! 上下関係はっきりさせろやおらぁあ! しっかりペットの上に立てやぁあ!)
「――!? え、えぇ……違う、違うよ、アハリちゃん……」
リディアが困惑している。俺の物言いは高圧的だが、言っちまえばリディアに俺をペット扱いするように強要しているのだ。ドMとしてはこれは違う――解釈違いと言わざるを得ないだろう。
(何が違うってんだ! おらぁ! ご主人様よぉ、さっさとこのペットの前に立って、その手に持ったリードを強く引くんだよ! 周りに見せつけなあ! 俺のご主人様だってことをよお!)
「そ、そんな……なんでそんな酷いことを……!」
俺はブイブイとリディアに先に行かせることを求め続ける。お前は俺をペット扱いしなければならないのだ。そしてよりよいペット生活を満喫するために躾をしなければならない(豚に犬の躾をやっていいかは知らん)。
断じてそれ以外……乗せたり乗ったりするものか。……いや、『乗ったり』ってなんだよ、『乗ったり』って。
「や、やだ……! 私が雌豚になってぶひぶひ這いつくばるんだ!」
(まともな四足歩行が出来ない人間様が何言ってんだ! お前は毅然として、ペットの俺を引きつれりゃあ良いんだよお!)
「いやぁ……!」
(さぁ、引っ張りやがれやぁ……!)
《私は一体、何を見せられているんだ》
ラフレシアが、とっても戸惑っています。俺も自分が何言ってるんだろうって、思ってるよ。
でも、そんなこんななやり取りによって、俺はリディアにリードを引かせることに成功した。やっぱり押しには弱いみたいっすね。
(なんだぁ、その弱々しい引きは! 俺の力が勝って、引っ張り癖がついたらどうすんだ! 躾ける気あんのか! 豚に舐められようとしてんじゃねえよ!)
「うぅ、……うぅ……こんなのやだよぉ……私が引きずられたいよお……舐められて馬鹿にされたいよお……」
リディアがさめざめとしながら、俺をグイグイと引っ張っていく。俺はリディアの後ろを歩きながら、程よく遅れることで引っ張らせて相手に自分は上だと無理矢理分からせてやった(普通の動物というか犬の時は無理に引っ張ってはいけない。なるべくハーネスをつけよう。首輪の時に無理をしていいのは名前の頭にゾンビがつく動物くらいだろう)。
これでとりあえず意趣返しは出来たかな?
今後、リディアには俺を痛めつける的な何かを用意してこうか。……そのために、なんか動物に変わって躾けてもらうのはありかもなあ。
そんなリディアに対する身の振り方を考えていると、侯爵令嬢ちゃんと巣穴に突入する面々の元に辿り着いた。
侯爵令嬢ちゃんが編成した一班と二班の前で立ちながら声を張り上げていた。
「巣穴に入る前に武器の変更は忘れないようにしておきなさい! 魔道具の剣、短槍であることを確認!」
武器の変更と確認をやっていたよ。どうやら外でやっていた定石は巣穴ではやらない……というか出来ないらしい。
事前の調査で、巣穴はそれなりに広い空間であることが分かっているようだ。だがそれでも足場は悪く、天井や左右が狭くなる場合があるため、取り押さえることが難しくなるみたいだ。あと上位種だと攻略法も変わってくるんだと。それ、よく分かるわー。上位種怖いよね、王種とか。
だから、真っ向から戦うことになるらしい。んでもって、高火力で押し切るようだな。
中に入るのは精鋭らしいけど……ちょっと士気が低いかなあ。リーダーである侯爵令嬢ちゃんのさっきの失敗が響いているようだな。それに精鋭って言ってもまだ、子供だ。死地に向かうには心構えが足りていないのだろう。
……聞いた話じゃ、侯爵令嬢ちゃんがもぎ取ってきた依頼だっていうし、本来、学生には荷が重いものなんだろう。
たぶん、その微妙な雰囲気を侯爵令嬢ちゃんも気付いている。その上で無理矢理押し通そうとしているようだ。
もしかしたら、もしかすると、お姫様が言っていたように『事故』が起こるかもしれないなあ。
――それに俺の耳に、不穏な声もいくつか届いていた。――「――聞いた話だと……」「深い縦穴が――」「そこで――」という風にだ。
最悪、この場合、リーダーが『いなくなったら』退けるだろうし。全員が『間違い』を犯さないだろうが、洞窟内は人の目が届きにくい。少ない人数でも意図的に問題を起こしても口裏を合わせれば、『問題ない』ように出来るだろう。
……さて、誰かを変えることは出来なくても、誰も死なさないようにはするかね。
イリティは気に入らなかった。
周りの空気が。――仲間の求心力が弱まっているのを肌に感じていた。
そして、この士気の低さで巣穴に入ったら、誰かが死ぬ……もしくは全滅する可能性さえある。
……今、皆に支持されているのは、あの魔物使い――『メディア』の方だ。そして皆の求心力を失わされた原因でもある。
腹立たしい。
けれど、イリティはメディアの言葉を認めてはいた。確かに自分が知っているからと、情報の擦り合わせを行わなかった。そのせいで後方組の討伐速度に大きなムラが生じる結果となったのだ。それにもしかしたら、一人、死んでいたかもしれなかったのだ。
そういう悪い結果が出ている以上、認めないわけにはいかない。
改善はする。変化を受け入れていかなければ、いつか必ず躓いてしまうから。
けれどプライドがないわけではない。プライドは己の心を毅然と立たせるために必要なものだから。誇りを持てない者に自信は宿らず、――強くなることも出来ない。
ヘラヘラ笑って己を鍛えない者は、命を落とすだけだ。
――ふと、とある女性の顔が思い浮かぶ。弱そうな笑顔をこちらに向けてきている。
姉だ。将軍の地位を得ていたが、特段強くはなく、家柄でその階級を手に入れたものだと思っていた。……妙に慕われていて、評価は高かったがイリティは信じられなかった。
何故なら彼女は数年前、北での魔族との戦闘で命を落としたのだ。
部隊編成がおかしくなった時期で、新兵や老兵などおかしな編成を率いることになっていたらしい。ちょうど攻勢も強まったこともあり、他の部隊が軒並み全滅させられた中、ほぼ無傷で撤退することが出来たようだ。
けど、その撤退戦の最中、命を落としたのだ。
………………それは……きっと、弱いからに他ならない。
プライドもなく、弱いままだったから、死んでしまったに違いないのだ。
自分は絶対にそうはならない。
イリティはそんな誓いを胸に、部隊の士気をどうするか考える。
たぶん言葉で言っても信じてもらえないし、行動で示さなければどうしようもない。しかし、上位種との戦闘でそんな悠長なことをやっていたら、全滅するのは必至だ。
ベアーイーターの――いや、魔物の上位種を舐めてはいけない。進化の系統によっては本来の弱点がなくなってしまうため、攻め方を変えなければならないのだ。
それをもちろん、説明して、どう対策するのか言っておく。
理解出来たかどうかは……さすがにそこまで面倒は見きれない。これは実戦であるのだ。即座に理解することも訓練の一つだ。
……それに下手に出過ぎるのは危険だ。そうした結果、舐められてしまったら元も子もない。
…………目的は、皆を死なせずに上位種を倒すことだ。だから……とても嫌なことではあるが最悪、メディアに指揮を委譲することも検討すべきだろう。
……人命とプライドなら前者を選ぶべきだ。
だが、委譲は最終手段に過ぎない。プライド云々以前に予め皆に伝えるのは色々と問題がある。指揮系統の変更は混乱を招きかねないのだ。それこそ全滅に繋がるリスクが存在する。
……もし、隊長である自分に『何か』が起きて離脱した場合に、その時は副隊長に任命した者に判断を任せれば良い(ただでさえ混乱しているだろうから、この場合は拠り所として使えばいい)。メディアには知識があるようだから、指揮を委譲しなくてもアドバイザーとして使うのも良いだろう。
編成や説明を終え、洞窟の中へと侵入する。
光を灯すと、デコボコとした黄土色の壁が徐々に広がりながら続いている。やや傾斜になっており、足元はゴロゴロとした岩が転がっていて、とても歩きにくい。
空間拡張などはされていないが、天然で広い洞窟らしく、分岐もそれなりにあるため迷わないようにしなければならない。
『危機感知』と『集中』のスキルを切らさないようにしなければ。
前者は状況に応じて自動で発動するスキルではあるものの、魔力操作を上手く行えば感知範囲を広げることが出来るのだ。
無論、それをやると内在魔力の消費の増加や範囲を意図的に広げたことによる魔力濃度微妙な変化によって、それらを感知出来る存在に気付かれやすくなる。だが、ベアーイーターには今のところ魔法関連のスキルを持った進化系統は見つかっていない。
魔物であるため、突然変異はもちろんある。……たた、仮にもしそんな存在がいたならば、逆におびき寄せることも出来るだろう。
……可能性の全てを考慮しては『動かない方が良い』になるため、危険なことをする以上、リスクを取る選択をしなければならない。
もちろん、リスクを取る以上はそれ相応の管理を怠ることは絶対にしない。魔力の消費だって、後の戦闘に向けて問題ないくらいに抑えている。
戦いには『死』が付きまとう以上、面倒なことだろうとやらねばならないのだ。
――ちなみになのだが、『危機感知』には一定のレベル以上と肉体的な何らかの強さが判別出来た場合やこちらの肉体に何らかの悪影響を及ぼす物事、敵意や悪意などの感情に反応するのだが……後ろからついてきているメディアと豚からひっきりなしに警告を感知していた。
今まで感じたことがないほど、けたたましかったので、もはや洞窟に入る前からあの一人と一匹に関しては感知しないように設定してしまった。
……寄生虫を体内に宿している豚はともかく、あの魔物使いは本当になんなのだろうか。
――30分程度歩いていると、程よく広い空間に出た。
仲間にも疲労感が見られるため、一度、休憩した方がいいかもしれない。それにここなら、ベアーイーターが襲いかかってきても、互いに距離を取って対応出来るだろう。
「5分間休憩するわ。ただ、警戒は怠らないように」
そう言って、イリティはザッと歩き回ってみる。這いずった後や地面に転がる岩、壁や天井に引っ掻くような傷跡があることからベアーイーターの通り道であることがうかがえる。
それにいくつか縦穴のような深い穴が開いているから、注意が必要だろう。基本、壁に開いていたり端っこであるため、よほど追いつめられて寄ってしまった時ぐらいにしか、落ちそうにはないが……。
――あと、ここがベアーイーターの通り道になっている可能性もある。バックアタックや挟み撃ちを防ぐために、警告しておくべきだろう。
まあ、不意打ちに関しては『潜土』を持っている個体がいる場合があるから、穴だけに注意を凝らすのも危険なのだが……。そういえば、『潜土』のことも一応は説明したが、ちゃんとその詳しい特性や対応出来る魔法を本当に分かって使えるだろうか。こればっかりはしっかりと出来るかどうか問いただしておくべきだったろうか。一応、対応出来る魔法を確実に扱える者はこちらで把握しているが……。
休憩中に穴に関することを注意したついでに今一度問うてみるべきだろうか。
――しかし、あらゆることを言い過ぎても逆に注意力が散漫する原因にもなる。
だから情報提供のし過ぎも考え物である。新しいことを飲み込んで対応するには時間がかかる。だから予習というものは大事なのだ。それを分かっていない仲間が多いから、部隊を強化するなら、その意識の変化を考えていかなければ――。
そう、イリティが穴の前で悶々と考え込んでいると『危機感知』が反応した。
対応が遅れた。考え込んでいたこともあるが、何が起こるか、一瞬、判断出来なかったのだ。
だって、後からやってきていたのは、『仲間』だと足音などで分かっていたから。
背中を、ドッと強く押され、さすがのイリティも前のめりになり――そのまま穴の中に転がり落ちてしまう。
「――!?」
――どうして、という思いを抱きながら。
次回は11月7日19時を予定しています。ただ、もしかしたら本日の23時か11月1日の7時に投稿するかもしれません。




