表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/293

ベアーイーター

 このベアーイーターを討伐するのは、とある騎士がほぼ単独で行う予定だったようだ。でも、その騎士の主人がクレセント派――入れ替わりの件を知ってた貴族らしくって、しかも逃げたんだとよ。んで、その騎士は時間稼ぎをして、主人を逃がして……結果的に捕まえられて今は牢屋にいるんだって。


 その騎士は主人の居場所を吐かせるために尋問されているらしい。つっても、なんかアンサムいわくその騎士は悪い奴じゃないっぽくて凶行に及ぶことが出来なくって困ってるってさ。もしかしたら俺に尋問を頼むかも、とか言われた。とりあえず『魂支配』の空きはあるから無傷で従わせられはするから、楽な仕事になりそうだぜ。くくっ、報酬を毟り取ってやる……!


 んで、そんな騎士の代わりを務めることなったのが、貴族の学校のとあるクラスらしい。宙ぶらりんになった依頼に、侯爵令嬢ちゃんが要望を出して、受理されたみたい。


 優秀だからって最初は一人でいけるとかなんとかごねてたらしいけど、さすがに子供が一人で討伐するのは無理があるらしい。ということで、クラス一丸となって取り組むことになったようだ。


(学校って平民と一緒にーとかじゃないよな)


《分かってきてるね。この国の細かい政策は知らないけど、貴族以外の子が学校に通うことはないと思うよ。採算取れないだろうし》


 やっぱりそうかー。そうだよねー。この世界って中世っぽい時代で止められてて、技術レベルもオーベロンさんやパックくんが抑制しているから進むことはないみたいだし。


 だとすると人も急激に増えないし、農業も人手を必要とするだろう。……普通の家庭が子供を学校に通わせられるはずがないのだ。


《だったらむしろ、兵士にするために金を取るよりか志願兵を募るか徴兵するかして、給金を払った方が良いと思うし》


 経済も回るしね。――貴族学校の役目は、兵を率いるための『将』もしくは質の良い兵隊を育てることに注力することになるのだろう。


 ……だから、俺が学校に通う可能性はなくなったわけだ。アンサムに頼んで貴族として扱って貰えないこともないだろうけど、それはそれで面倒臭いからなあ。『貴族の役目(ノブレスオブリージュ)』は自由がなさそうで魅力がない。


 ぼんやりとそんなことを考えながら、俺は最後尾をのしのしと歩いていた。


「うぅ、ふー……」


 背中がややうるさい。


 ……俺の背にリディアが乗っているのだ。息が、息が荒い……! 豚の背に乗って移動するという滑稽な姿を皆に見られることで興奮しているようだ。


 ――このリディア騎乗は中々俺に利いた。


 俺の背中はわんぱく少年少女がきゃっきゃっと喜ぶためのもなのにっ!


 変態を乗せるなんて――屈辱だっ!


 ……こうなったのは散々侯爵令嬢ちゃんに馬鹿にされて、俺に乗ることを強要されちゃったんだよ。


 いやだなあ、マジで。マゾの性欲を満たす役目なんて負いたくないよ。


 ラフレシアともっと会話したり別のことを考えたりして目的地まで現実逃避したいけど……話題がない。


 ………………んまあ、仕方ないんだけどさー。あとで、ざまあを体験してもらうためには必要な過程なんだ、これは。


(……アハリちゃん、もうちょっとこうロデオっぽく乱暴に……)


(うっせぃ)


「ふぐぅっ……! ふー、はふー!」


 くそっ、少しでも会話に応じるとすぐこれだ。早くリディア下ろしたいよー。


 俺が精神にクリティカルを連続で食らっていると、ついに目的地に達したようだ。郊外のアントベアーが住まうには少々小さな林の中、大地が結構ボコボコしている場所で、そこにぽっかりと横穴の洞窟があった。中々に大きい。高さ、幅共に大人の男、2.5人分くらいあるんじゃないかな。下るように坂になっている。


 ひゅー、と風が抜ける音が微かに鳴る。――そしてその中に、かしゃかしゃと硬いモノが硬いモノに擦り合わされる音が聞こえてきた。それも無数に。大小様々……小、の方が多いかな。穴は結構深いのか、魂は見えないが――まあ、ベアーイーターだろう。


 行動するのは夜かららしい。だから、巣穴から出てくる前にやってきたようだ。


 何かしらの手段で追い立ててから、殲滅するようだ。ただ、それだけでは巣穴奥深くにいるベアーイーターを狩り尽くせないようなので、一定以上討伐した後は待機組と巣穴侵入組に分かれて退治するらしい。


 貴族達の武器は……刺股とハンマーやメイスなどの鈍器が主だ。一応、腰に剣を差しているけれど、あくまでサブっぽいな。


 格好がつかないけど、ベアーイーターは甲殻を纏っているらしいから、下手に『斬る』よりかは『叩く』方が効果的なんだろう。


 最初の外で行う殲滅での編成はざっくり聞いた感じだと、刺股の足止め係、トドメ係の鈍器係、大量に湧き出た場合の遅滞係の大まかにわけて三つのようだ。


 ちなみに侯爵令嬢ちゃんは遅滞係らしい。前線に立ちながら指揮する役目を負っているようだな。


 割と緊張しているようで、息を整えている。近くにいるメイドちゃんはリラックスさせるように小声で話しかけ、――侯爵令嬢ちゃんは意外にも「ありがとう、頑張る」みたいなことをちょっと口角を上げて言っていた。侯爵令嬢ちゃんとメイドちゃんは仲が良さげだ。……うむ、姫様とイユーさんの関係に似ているな。


 ちなみにだが最初の方、俺達は眺めるだけのようだ。


 ――あっ、教師役の人もそうなのかな? こっちにやってきた。


(リディア、降りろ)


(えぇ……)


 そんな物欲しそうにすんじゃねえ。


 リディアは教師の……おじさんが来ているのを見て、すんごく名残惜しそうに、渋々俺から降りる。


(まあ、確かに『乗る』のはどうかと思うし。……普通、『乗られる』べきなんだよねえ)


 自分に言い聞かせるようにして、迷いを振り払ったようだった。


 ……『普通』ってなんだろうね。


 俺は思わず遠い目をして、そんな哲学を考え込んでしまう。


 教師のおじさんがやってきた。


「どうも。……すみませんね」


「……い、いえ……」


 教師のおじさんが眉を下げながら言うと、リディアはしおらしい声と仕草をして、ふるふると首を横に振った。


 教師のおじさんは、悪い人ではなさそう? まあ、アンサムからのガチ依頼なのを分かってるから、丁寧に接してるんだろうな。侯爵令嬢ちゃんが足払いしたり、俺を罵ったり、俺にリディアを乗せたりしたのをドギマギして見ていたんじゃなかろうか。注意しなかったところを見るに、爵位はちょっと低かったりしてんのかね。


 ――まあ、爵位はともかく、結構強そう。鍛えられているけれど、バーニアス将軍のようなでっかい感じではなくて、ルイス将軍に近いかな? 研ぎ澄まされた筋肉をお持ちだ。専用の武器なのか、斧と槍と鎚がついた……いわゆるハルバードって奴か(斧部分が結構でっかい)? ――を背負っているのが強キャラ感を出している。


「魔物使いと聞いていたので、それなりの数を揃えてくると思っていたのだが……」


 それがっ! まさかっ! 豚がっ! 一匹だけなんてっ! みたいなー。ごめんなしゃい。


「あっ、はい、この子は……その、多数戦に特化しているので、今回の依頼にはちょうど良いかな、と」


「うー」


 そういや、俺って多数戦が得意なのよね。それも俺が一人で相手が多数いるのが理想的だ。俺の能力は相手を支配したり、雑に広範囲へと無差別に攻撃をばらまくから集団に深く刺さるのだ。


 だから、『戦争』とかでは良い感じに暴れられると思う。北であれ、西であれ、俺の力は猛威を振るうことになるだろう。ただ、一歩間違うと大惨事になるから、注意せんといかんけども。


 教師のおじさんは俺をジッと見つめてくる。


「擬態をしているのか……? もしやこの唸り声はゾンビ?」


 おっ、察しが良いね。


 ……いやしかし、うーむ、バレやすすぎのような? ある一定の力量や特定の感知能力を持っていると、俺がゾンビだってすぐバレちゃうみたいだな。


 特に唸り声はバレやすいから、今後、ラフレシアの声を使っていくことを念頭に入れようかな。……だとすると、人でなくても良いから女体を造るべきか。それと臭いにも注意しないと。獣人が相手だと臭いでバレやすいからな。


 教師のおじさんが、しゃがみ込んで俺に視線を合わせてくる。


「……もしもの時に私と一緒に生徒達の手助けに入って貰うことになるだろう。だからこの魔物の能力を教えてもらうと助かる」


「えーっと……毒系――酸や痛みを誘発、麻痺性の神経毒を扱えますね。その際に液体、気体へ好きに変化させることもできます。粘性も強めたり弱めたりも出来たはず……。……あと、触れたら相手を操ることが出来ます。黒い血管が走ったら、それはこの子の力が使われて支配下に置かれたものと思ってください。また、相手の肉体に直接、潜んだり……この子の体内にはワームがいて、それを相手の体内に入れたら操ることが出来ます。あ、あと触手を生やしたり、電撃を使えたりしますね」


 電撃は最近使えるようになったばかりだから、上手く使えるか分からんけども。あと地面に潜れるけど、共闘するにはいらん能力だし、ゾンビならデフォで持ってるもんだし、わざわざ言わんでいいのか。


「耐久性は?」


「頭が潰れなければ、死にません。肉さえあれば再生も出来ますし、その再生も速いです」


「共闘する際に注意すべきことは?」


「この子には『近づかない』ことです。『パラサイト』という系統を辿ってしまったので、『感染』の代わりに『卵胞血虫』という白いイトミミズ状の寄生虫を体内に生み出す能力になっています。そこに含まれる寄生虫やその卵に感染するとかなり危険なので、この子が相手をした生物にも近づかないようにお願いします。あと寄生虫以外にも体液が酸性の毒になっていて――魔力で造られたものではないので、レジストは出来ないものと思ってください。なので寄生虫に感染しないと分かっていても飛び散った体液には絶対に触れないようにしてください。一応、弱めてはいるんですが……」


 そこは『侵蝕』に統合された『溶解液』の効果だな。オンオフは出来るし、普段はオフにしてるけど用心させるに越したことはない。……あれ? この場合、レジストされると逆に酸に戻っちゃうのかな?  法則系だがは、効果は持続するから……レジストしても変わらないんだっけ? レジストした際のスキル、魔法の効果による関係っていまいち分からないんだよねー。ちょっとそこら辺、今度実験してみないといけないな。


「……なるほど。触っても?」


「どうぞ。外皮には寄生虫が乗らないようにしてもらっていますが、触った手で自身の鼻や口、粘膜などには触れないように」


「……そうか」


 教師のおじさんがダンディーな微笑みを浮かべる。そしてペタペタと俺の身体を触ってきた。筋肉の付き方とか外皮とか確かめてるみたい。


「……大人しいな。それに『してもらっている』か。かなり知能は高いようだな。――見るからに深く縛ってはいないようだが……アンデッドでこれは珍しい……」


 おろろん、色々と察せられてしまった様子。


 教師のおじさんは存分に調べたのか、立ち上がると少し距離を取ってから呪文を唱える。すると水が、ばしゃあと出てきて、それで手を洗った。ハンカチを取り出し、手を拭きながらリディアに向き合う。


「それでは貴方についても尋ねよう。魔物を操る以外に、魔法はどのくらい扱える?」


「威力は弱いですけど、火、水など一般的なものは出せます。魔力の濃度操作もそれなりに速く出来ます」


 それなりだってー。その魔物使い(仮)、かなり謙遜してますよ。


「ベアーイーターについての知識は?」


「形状などを実際に見たことはありませんが、最低限の『攻略法』だけは学んでいます。ベースは蛇で虫のような外骨格を持っているみたいですね。注意すべきは、毒性がある牙や……『展開』出来る顎肢(がくし)にも毒があるので、真正面は避けるのが鉄則。……虫の特性が強く表れているようで、頭を潰してもすぐに死なず、動きを完全に止めるためには身体の特定の部位を破壊する必要があります」


 頭を潰しても動く……食道下神経節だっけ? テラフォー○ーズでみたことあるー。


「ただ、『その部位』は多い。そこを潰して回るのは、個体数が多いことが想定される今回、理想的な討伐手段ではない。――頭部を潰すのは真っ先にやるべきだが……その後にすべきことは?」


「もし魔法の火力に自信があれば、焼き尽くすのが良いでしょう。もしくは熱湯をかけるか――あと、『石けん水』で……『綺麗』にすることは?」


 リディアがぎこちなく笑うと、教師のおじさんがフッと鼻を鳴らして笑った。


「正解だ。『綺麗』するのは外骨格のついていない、側面を狙え。――――知識が十分にあるなら、支援は問題なさそうだな。……生徒達の一時的な指揮――は出来なくても最低限の指示出しは出来るだろう。……アンサム王子の人選は間違っていないようだ。――何か質問は?」


「おびき寄せるスキルを持っていないので、ベアーイーターが何か反応するものがあるなら、助かるんですけど……」


「弱点でもある、熱に過敏に反応する」


「……なるほど、……それなら簡単かな。ありがとうございます」


 リディアがぺこりと頭を下げることで、教師のおじさんへの質問タイムは終了する。あとはいくつか教師のおじさんの能力を聞いていた。連携する時に重要なんだって。その後、ざっくりと俺にこう動くのが良いかも、と教えて貰った。出来るかどうかは分からんけどな! って言ったら笑いながら「大丈夫だよん」と言ってくれたぜ。


 と、言う訳でしっかりと報連相がすんだから、あとはゆっくりと貴族生徒達の観戦でもしてるかな。


 生徒達が、わちゃわちゃしてるー。リーダー格は侯爵令嬢ちゃんっぽいけど……周りに対する威圧感がすごいな。普通の会話でも怒鳴ってる感じ。あれが普通のようだけど……うーん、雰囲気的に他の子達、萎縮してるなー。自身を怖がらせて率いるのは間違ってない。けど、周りが意見や質問をしにくくなるから、柔軟性に欠けちゃうんだよね。……対人ならある程度問題ないかもだけど、魔物を相手するなら、あれはもしかしたら悪手になるかも。


 リディアも気になってるのか、侯爵令嬢ちゃんをジッと見ながら小首を傾げる。


「……あの、あの子は、いつもあんな感じですか?」


「……まあ、そうだな。イリティは優秀なんだが、どうにも落ち着きがないというか……焦っているというか……。……数少ない女騎士候補の一人、ということもあるんだが……それに今回この依頼をするべきだった騎士も女性ということもあって、自分がしっかりしなければ、と思っているようだな」


 教師のおじさんがため息をつきながらそう言った。呆れているというよりかは、心配しているようで、侯爵令嬢ちゃんのことを認めてはいるようだ。


「こればっかりは私が言って聞かせることもできん」


 ――なるほどねー。女騎士の地位向上を目指して頑張ってる感じか。で、頑張り過ぎちゃってちょい焦ってるっぽいな。


 ……そうなるとさっきのリディアに対する態度も、内心では、おどおどしてんじゃねえ、とか思って苛ついてたのかもね。


 あっ、そろそろ始まりそうだー。大丈夫かなー。


 侯爵令嬢ちゃんが何やら手の平大のボールを持ちながら、穴に近づいて行っている。穴近くに着くと、それを思い切り振りかぶり、穴の奥深くへと投げ込んだ。


 と、俺の耳に、ぼふんと音が聞こえてきて――もくもくと白い煙が立ち上ってきた。なるほど煙玉か。


 穴の奥が慌ただしくなっていく。かしゃかしゃという音が激しくなり――そのいくつかが高速で外に向かってくる。


「来る! 配置について!」


 穴近くに侯爵令嬢ちゃんがいる遅滞係が二組いて、後方に討伐係が四組ほどいる。大体、一組五人くらいか。


 一組五人じゃ少なくない? 効率よくいけば頭潰して、三人くらいで押さえ付けて、二人で左右の外骨格の隙間から炎やら、熱湯とか石けん水やらぶっかければ良いんだろうけど……。いや、一体の大きさによるな。あの巣穴くらい大っきいと思ってたけど違うんかな……。


 ベアーイーターが三体ほど、わらわらっと巣穴から這いだしてきた。あー、確かに蛇だ。頭部を黒い外骨格でガチガチに固めているけど形状がまさに蛇だった。……あれって頭潰せるのか? いや、斬るならともかく『潰す』なら外骨格を割る必要はないのか?


 顎の下には二対の顎肢って奴だろう、やや太い脚がにょきっと二つ生えている。


 胴体は上面半分を覆うように硬そうな外骨格があり、残りには鱗で覆われている。


 んで、あの蛇、脚ついてる。ムカデみたいな脚がたくさん、ずらーって。外骨格のせいか分からないけど普通の蛇よりかはスムーズに身を捻られないみたいだな。だからその補助っぽく脚をしゃかしゃかして地面を掻いて移動していた。


 胴体の太さは直径50センチくらいかな? アントベアーをたくさん収めておけるくらいの胴体してる。人間も丸呑みできんじゃないかな。頭の外骨格も、口を広げられそうな切れ目みたいなのがいくつか見えるし、それなりにぶっとい俺でも丸呑みされそー。


 長さは4メートルくらいか。……でかいなあ。


「二体、まず抑えるから!」


 侯爵令嬢ちゃんがそう言って、先陣切ってベアーイーターの一体に突っ込んで行く。その後に仲間が慌ててついて行き、もう一班が違うベアーイーターに向かって行った。


 残った三体目のベアーイーターはしゃかしゃかと走り――逃げる気満々のようで戦意はそれほどない――班と班の間にある隙間を駆け抜けようとする。


 ちょうど真ん中に行こうとしているため、両班がまごついてしまう。


「――何してんの! 四班、あんたら行きなさいよ!」


 おお、すごいすごい、侯爵令嬢ちゃん、周りが見えているようで叱咤するように命令を飛ばした。先陣切って戦ってるのにようやるわ。――命令のかいあってか、四班が動いてベアーイーターの討伐にあたる。


 侯爵令嬢ちゃんは四班が交戦したのを見て、他の班にベアーイーターを流していく。結構手際が良く、誘導もしっかりしていた。……なるほど、優秀ってのは間違っていないみたいだな。


 ……ただ、続々とベアーイーターも溢れ出してきて、後列組が詰まり始めてきてから荒が見え始めた。


 侯爵令嬢ちゃん率いる前列組は魔法で巣穴の出入り口を狭めることで数を絞ったり、挑発系のスキルを使っているのか、その場に留めて延々と回避をしていたりした。


 だから役割は必要以上に熟しているんだけど、どんどん溜まっていく。……うーん、どうにも後列の討伐速度が班によって結構違っているらしいな。


 ――他の子達の擁護をするなら、能力が低いわけじゃなくて討伐手段に違いがあって、側面に吹き付ける火の火力が強すぎて息切れを起こし出していたり、胴体を押さえ付ける役がちょうど良い場所を把握していなかったようで、時間を食っていたようだ。


 それと今、ちょうど頭を潰そうとしていた班のベアーイーターが鎌首をもたげてしまって、少々泡を食っていた。


 教師のおじさんはそれを厳しい目で見つめる。


「ベアーイーターは外骨格もあり、上部の方が防御力も高く、可動域も通常の蛇より大きくないため頭を上げることが稀だ。ただ、今のように頭を上げることはもちろんある」


「あの鱗なら、剣でお腹を裂けそうですね」


 リディアがそう言うと、教師のおじさんは頷く。


「……ああ。臨機応変に対応するなら、剣に持ち替えて刺してやれば、すぐに頭も下げるだろう。……いつかの授業でベアーイーターの生態については一通りやったはずだがな」


 いわゆる知識不足と経験不足が響いてる感じか。仕方ないかもね。頭を潰すっていう固定観念があるし、ましてや戦闘は、一秒一秒が重要だ。仮に『知識があっても』最初からそういう選択肢を持っていないとすぐに行動に移すのは難しい。


 ……言っちゃえば、ミーティング不足だな。


 侯爵令嬢ちゃんが複数のベアーイーターを相手取りながら、鎌首をもたげたベアーイーターがいる班を見て、歯ぎしりをした。


「六班! ぼーっとしてんな! 腹なら剣、通るでしょ! 小隊長、やれ!」


 たぶん、それぞれの班にいる小隊長やってる子かな? その子がビクッとして慌てて剣に持ち替えると、ベアーイーターに向かって行く。


 ただ迷っている様子。


「えっと、神経、節……は?」


 ……あらら、そこを攻撃するべきだ、と思っているようだ。頭を下ろすことではなく、倒すことを考えちゃったみたい。


 ここで駄目だったことは、攻撃したら頭を下ろすかもしれない、というのを想定していなかったことだろう。


 とりあえずお腹を斬りつけて、避けずにもう一度斬りつけようとしたところ――ベアーイーターが痛みに苦しんで身体を下ろしてきた。


「!?」


 小隊長くんは慌てて回避――したけれど、体勢が悪く膝をつく形になってしまう。すぐに動けない。そんな彼に痛みで怒ったベアーイーターの顔が向けられる。


 距離は1メートルは空いている。けど、ベアーイーターの顎肢がキシキシっと軋んで……伸びた。さっきリディアが言っていた言葉を借りるなら、『展開』されたようだ。折りたたまれていた顎肢が伸びて鎌のような形になって、小隊長くんの胴体に刺さる。


 革の防具をしていたため、串刺しにはならなかったけど、それなりに深く刺さっているから皮膚には到達したかもしれない。


 実際、顔をしかめていたし。


 しかし、その顔はすぐに恐怖に歪むことになる。


 ぐいっと小隊長くんの身体がベアーイーターに引き寄せられる。


 その顎肢は毒があるものの、それで仕留めるためのものではなかったようだ。


 それは『獲物を口に運ぶ』ために使うらしい。


 ベアーイーターの口がガバッと大きく開き、赤くほの暗い体内が奥まで見える。


「ひっ――」


 顎肢を剣で切ろうとしていたが、胴体よりかは薄いものの甲殻状になっているため、勢いをつけてぶった切らない限りは切れそうにない。その班の仲間達の――頭部を潰したりトドメを刺す役目がある二人が向かうものの、若干遅い。


「ばかっ――!」


 侯爵令嬢ちゃんも慌てる。しかし、複数相手にしている以上、助けに行くこともまた難しい。


 まあ、心配はいらないんだけどね。


 教師のおじさんがね、小隊長くんが膝をついた時点で走り出して行ったのだ。


 そしてあわや飲み込まれそうなところで、教師のおじさんのハルバートがベアーイーターの頭部を一刀両断する。


 ひゅーっ、格好良いぜっ。


「せ、先生……」


「お前は一旦、退け! 六班も、こいつにトドメを刺した後、一度離脱するように!」


 六班の皆は教師のおじさんにそう言われて、うぐっと息が詰まったようだった。プライドが退きたくなさを示していたが、すぐに「はい!」と一斉に言って手際よくトドメを刺しに行く。


 教師のおじさんは次に侯爵令嬢ちゃんの方に走っていく。


「イリティ、私と交替だ! お前も一旦、退くんだ!」


「なっ――何故!? 私は、まだ余裕があります!」


 侯爵令嬢ちゃんは、納得がいかないようで反抗する。


 教師のおじさんはそれに対して怒らず、怒鳴る。


「『お前』ではなく、『お前の班』に余裕があれば、いち早く気付いていたお前か、他の誰かが、あいつの救援に回れただろうが!」


「――!」


 侯爵令嬢ちゃんが目を見開き、歯噛みする。


 ……うん、侯爵令嬢ちゃん、負担を全部請け負う形で対処していたからなあ。ただ他の前列組が対処出来ないってわけじゃなく、他の皆がキャパオーバーしないように『無理』に対応していたっぽい。


 本当に余裕があれば、一人抜けても大丈夫だったからね。少なくとも侯爵令嬢ちゃんの班は。


「イリティ、退け!」


「――――っ。――はい……!」


 すんごい溜めて溜めた上で、侯爵令嬢ちゃんが退いてきた。そう『退いてきた』のだ、こっちに。


 たぶんリディアが『準備』し始めたのを見て、こっちも参戦するかもと察知したのだろう。


 俺達を睨みつけてきてるぜっ。


「ふんぐぅ……!」


 これにはリディアも興奮を禁じ得ない。脚がガクってんぞ。倒れんなよ。


 侯爵令嬢ちゃんが俺らの横にやってきて、綺麗に振り返ると腕を組んでギッと横目で睨み付けてきた。


 これはお手並み拝見といこうかしら、的なあれ?


 俺を見ながら、ふんっと鼻を鳴らしてきた。


「その豚で一体、何をするの?」


「え、えっと……」


 リディアはおどおど演技をしながら、俺の胴体に手を回す。そしてヒョイッと持ち上げた。


「まず持って」


「待って」


「振りかぶって」


「待って?」


「投げます」


「待って!?」


 びゅーん、と俺が勢い良く飛んで行く。ひゃっはー、爽快だぜー。


「!?!?」


 侯爵令嬢ちゃんが言葉を失って驚いている。……そりゃそうだよな。俺を蹴った感触を知っているなら、それなりに重いことを分かっているはずだ。


 そんな俺を抱えて、一直線に飛ばすなんて不可能なはずなのだ。


 あっ、足を動かそー。しゃかしゃか宙を掻いていると、俺が空を駆けているみたい。天翔る豚だぜっ。――むっ、いや、この場合は飛んでいる……つまり言うべきことはただ一つ――!


(ラフレシア、聞いてー。――飛ばねえ豚は――)


《言わせないよ?》


 あー、遮られたー。名言キャンセルされたー。豚をキャンセルしたー、豚キャンだー。


(なんてことを……。人生で一度言えるかどうかの名言を遮るなんてっ……!)


《普通は言える状況なんて、揃わないんだよ》


 そりゃそうっすね。


 ――とまあ、ふざけるのはこれくらいにしよう。お仕事の時間だ。

次回の更新は10月24日19時の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ