第十一章 それでも俺は生きるために
俺が今いるデカ蛙の胃袋の中は暗く、肉が動く不気味な音が絶えず聞こえてくる。
見事なほど完膚なきまでに負けた。
いや、無理だろうアレ。本来、俺の戦闘の要である『潜土』を封じられたら、どうしようもない。……やっぱり早めに走れるゾンビに進化していた方が良かったかなあ。
それとは別に、このデカ蛙が普通に強すぎたのもあった。物理攻撃が通らなかったのも痛い。
……あと、俺は、戦うことを舐めていたのかもしれない。
身近にいた魔物や野生動物を簡単に倒せていたから慢心していた。ゲームみたいなステータスというものがないのだから、少し強い奴でも上手くいけば倒せる、と。
でも、この世には埋めがたい格の違いが存在した。結果、俺は一方的に負けることになる。
そして、食われたわけだ。
真っ暗な闇の中でも奴の胃袋が動いているのが分かる。割とぎゅうぎゅうと押しつけてくる感じで身動きが取れない。頑張れば、腕くらいなら動かせそうだが……。もう少し余裕があると思ったのだが、想像以上に狭いな。
しゅう、という音がする。胃液で溶かされているのだろう。痛みがないのが幸いして、まだなんとか正気を保っていられる。でも怖い。すごく怖い。死に向かっているのが分かるから。
息があれば、過呼吸に陥って、心臓が動いていれば脈打ち過ぎて痙攣して心臓が止まりそうになっていただろう。
何も出来ず終わりに向かうのは痛みがなくてもこんなに怖いのか。
……助かりたい。死にたくない。こんな怖いの、嫌だ。
……だから考えろ。考えるんだ。まだ、終わっていないんだから。
幸い、この身体は痛みを感じない。
俺の心が折れなければ、死ぬその瞬間まで意識があり続ける。
だから考えろ。まだ諦めるな。
では、どうするか。
可能性として奴に『感染』の耐性がないことをかけて、毒で死ぬことを期待するか? 『感染』は同種以外なら相手をゾンビにすることもないし。まあ、それは望みが薄いだろうけど。
このデカ蛙がアンデッドがうろつく近辺で暮らしていたのなら、状態異常に対する耐性を持っていてもおかしくない。リディアいわく土地特有の進化をする場合もあるらしいし。
耐性と言えば、ここで俺が酸に対するなんらかのスキルによる耐性を得て長期間生き延びられたのなら、もしかしたらリディア達に助けられるかもしれない。だが、それはないだろうと同時に思う。
どうやら耐性系のスキルは取得が難しいようだ。
というか、そのまんま『~耐性』というスキルはないようだ。あったとしても、軽減やなんらかのスキルぐらいだろうか。もしくはそういうものに対応する属性を得るとか。
だからここで待っていても、耐性を得て生き延びられる可能性は低い。
あと、出来ることは……『接合』&『融合』か。それと『吸収』もあったな。
こいつと『融合』は……さすがにやりたくないな。けど、上手いことやれば、助かるどころか倒すことも出来るかも知れない。
恐らく、何か行動を起こしたら抵抗されるだろう。でも、直接的な攻撃がないだけマシか。
…………あっ、一つ案を思いついた。時間がかかるから普通に外で戦っていたのなら、使えない戦法だ。もし失敗しても良い。考えるのをやめず、絶えず試せ。
……生きてやろう、死んでしまうその時まで。
まず、俺は腕を動かし、胃の入り口にくっつける。あと頭も、すぐ近くの胃の壁に張り付けそのまま――『接合』を発動させる。
……やっぱりくっつかないな。でも、発動しなかったわけではなくて、何かに阻害されているような、なんというかジリジリとした感じがする。手応えはある。これがいつまでかかるか、だ。終わらないかもしれない。いや、弱気になるな。今はこれしかない。他の方法を考えつつ、やるんだ。
……十分くらい経っただろうか。胃液に浸かっている下半身が大分溶けてしまっていた。暗くて見えないが、定期的に脚を動かして(千切れた背骨は無理矢理『接合』したら繋がった)、溶けているかどうかを音で確かめていたが――音がなくなったのを見ると筋肉はほとんどなくなったと思う。
それでも慌てず、接合を発動させ続けていると、不意に腕と頭が胃と一体化した。
……よし、良かった。上手くいった。
そして腕の方で『吸収』を発動する。ほんの少しずつだが、体液を啜ることができた。
……よし、これもオッケー。これで治癒の速度も上がるだろう。まあ、これは、運良く出来た、程度のものだったのだが。思いのほかラッキーだった。
次は本命だ。頭の方で『融合』を発動する。だけど、すぐ止める。少しだけ頭が胃の壁の中に沈み込んだ。……そんなに混ざり込んではいないはず。あくまでちょっと皮膚が混ざって胃の壁に俺の頭が沈み込んだ程度な、はず。
今、俺は、この胃の中から逃げ出そうとしている。
と、言っても身体の外に出るつもりはない。正直、出るのだけは簡単だと思っている。
蛙って異物を飲み込んだ時、胃をひっくり返して内容物を吐き出すことができるらしい。こいつも蛙っぽい見た目なら多少暴れれば同じ事をするかもしれない。
でも、それをやられてしまうと俺は、もう一度真正面からデカ蛙と戦わなければならなくなる。下半身を失った状態でな。で、今度は生きたまま食われることなく殺されてしまうだろう。
それを避けるために、俺はこいつの身体に潜り込んで内側から殺すつもりだ。
潜り込めるかなんて分からない。さらに殺せるかどうかなんても。
でも、やるのだ。それに『潜土』『潜水』なんてあるのだ。もしかしたら『潜~』とか言う身体に潜り込める寄生虫御用達のスキルがあるかもしれない。上手くいけばその系統のスキルをゲットできるかも。
だが、それも時間との勝負だ。
『吸収』で体液を奪ってエネルギーに出来ているおかげか、『治癒強化』が若干、盛り返して溶ける速度が遅くなった気がする。このままいけばいいが――。
頭が半分くらいめり込んだ時だった。
やっぱり俺の行いが全て思い通りになるはずはなく――、デカ蛙の胃が大きく蠕動し始めたのだ。
たぶん、痛がっているのか? 当たり前か、肉体に半分以上異物が潜り込んだら、そりゃ痛いわな。
もしかしたら、胃をひっくり返されて外に吐き出そうとするかもな。
けど、出される心配はない。
何故ならそのために俺は胃の入り口を腕で塞いでやったのだから。俺を出したきゃ、自分の胃袋を破るつもりでやりな、馬鹿野郎め。
俺の予想通りか、胃が活発に動き、俺を押し出そうと徐々に徐々に奥の胃の壁が迫って――――あれ? これ、ヤバくね?
吐き出されないのはいいけど、このままだと俺、潰されるんじゃね?
たぶん、きっとデカ蛙も必死だから、何が何でも俺を吐き出そうとするはず。だから必然的に俺は塞がれた胃の入り口と奥の胃の壁に圧迫されるわけで……。
ヤベえ! やっちまった! 速く、速く、胃から脱出! もっと速くだ! お願い頼む!
脳幹がギリ潰れちゃう! いやあ! 鼻がミチミチ潰れてくう!
『熟練度が一定まで溜まりました。『潜身』を取得しました』
俺の頭の沈む速度がさらに上がった! やったぁ! 祈りが届いた! まさかの身体に潜るスキルゲットだ!
間一髪、俺の頭は完全に胃の壁に潜り込んだ。同時にぶちぶちぶちぶち、と嫌な音と共に首から下が千切れてしまう。
……死ぬかと思った。首だけになったけど、生きてるならまあ、いいや。このまま待ってればリディア達も来てくれるだろ。
いやーしかし、まさかの胃液に溶かされて死亡じゃなくて、自分の失策のせいで潰されて死ぬとこしたよ。あれで死んだら、本当に笑えないな。
ふー、ちょっと落ち着こう。
えっと、今、どうなってるんだ? たぶん胃を抜けてこいつの身体のどっかにいるんだよな。
『振動感知』で調べてみるか。……肉の音がうるさいな。
声出せば、エコーロケーション……とか思ったけど肺がなくなってた。舌でチッチッすれば、いけるかな?
……おっ、なんかいける気がする。んと、ちょうど背中らへんか。
じゃあ、このままゆっくりと待たせてもらって――――びりぃっ、とぉ!?
なんだ? なんか顔に変なビリビリとした感覚を伝わってくる。
本当になんだこれ? ……いや、なんか近い感覚を知っている。あれだ、ミアエルの光魔法受けた時の感じだ。リディアいわく、光魔法は魔力の干渉をうんぬん言っていたからそれか? 魔力でなんかしてきてんのか? んぐぐぐ、――もしや、デカ蛙が俺の位置を察知して、体内の魔力でも操って抵抗してきているのか? セルフ耐性みたいな感じか? ――けどリディアはそんなこと出来るなんて――いや、そもそも相手の体内入ってのことなんて説明するわけないか。
ちょっと、これ、割ときついかもしれない。痺れっぽい痛みがあるし、身体がボロボロになりそう――てかなってるかもな。
こいつ、しつこいな。俺が言うのもなんだけど。
『吸収』で血肉を啜ってやるが――焼け石に水だな。でも何もしないよりかはマシだ。
んぎぎぎ、にしても辛いぞ、これは。光魔法よりは弱い。けど辛い。強い痺れるような感覚が俺の顔を引っ張ったり押し潰したりしているような感じだ。
俺の表面の皮膚が少々崩れてきたぞ。
くそっ、ないと分かっていても耐性スキルが欲しい、耐性スキルが。なんでもいいからそれに準ずるスキルが欲しい。
けど、難しいか。スキルの取得は普通にやったら一日。相性が良いなら早くて半日。『潜身』もなんやかんやと生物の身体に潜り込んで操っていたりとかしていたので、取れたのは奇跡ではない。だからいきなりスキルはもう取れないだろう。それが耐性みたいな力ならもってのほかだ。
さすがに一日――どころか半日……いや、一時間、――一分持つことすら危うい。
……畜生。これでもまだ足りないってのか。それほどまでにこの壁はでかかったということか。
でもここまで粘ったのなら、簡単に諦めてやるもんか。
俺の顔はもうほとんど崩壊寸前だった。後十数秒持てば良い方だ。
それでも俺は戦って勝つつもりでいた。
……そう俺が全面的に戦う意志を見せた時だった――。
『――――『****』の要請を受け、取得待機中のスキルに対し、『****』の魂魄を還元し熟練度に変換し譲渡されました。――熟練度が一定まで溜まりました。『エネルギー変換効率UP』『寄生』を取得しました』
――は? なに? 譲渡? 『エネルギー変換効率UP』? 『寄生』?
あまりに突然のことに俺はフリーズしてしまう。
さらに――
『条件を満たしました。『潜水』『潜土』『潜身』『隠密』『寄生』を統合し、『潜伏』に変化できます。統合しますか?』
……統合? YES?
『確認しました。――『潜伏』を取得しました。――――条件を満たしました。『接合』『融合』『溶解液』『吸収』『エネルギー変換効率UP』『肉体操作』を統合し、『侵蝕』に変化できます。統合しますか? ――条件を満たしました。属性『寄生者』を取得可能です。『合成獣』に上書きしますか?』
……ちょっと待て。さすがに待て。本当に待て。
なんだこれ? 一気になんか色々なって、意味が分からんぞ!
……いや、うん、何が起こったか分からないが、これだけは言える。『潜伏』を手に入れて一気に楽になった。身体の崩壊がほぼ止まった。
一気に勝ちに近づいた。だが、なんだこれは。なんで俺は『寄生』と『エネルギー変換効率UP』を取得した。
……いや、この二つを取得出来た理由は実際のところどうだっていい。統合なんてのも今は良いんだ。
俺は、どうしようもなく、そう、どうしようもなく、……ムカついていた。
俺はこのデカ蛙と一対一で戦おうとしていた。それなのにも関わらずどこぞの誰か分からん奴に邪魔され、この戦いを汚された。
俺は確かに聞いたぞ。『熟練度を譲渡』と。つまり俺が奪い取ったわけでもなく、ましてやデカ蛙が渡すなんて馬鹿なことはしていない。つまり第三者が何かやらかした。少なくとも関わった奴が二人以上いやがる。
なんのつもりだ? 一体誰だ? 俺をこの世界に呼び寄せた存在か? それともまた別の奴か?
少なくとも見ているんだろう? 何か言ったらどうだ?
…………。…………何も言わないか、そうか。
――――。ムカつく。
俺とこのデカ蛙は必死になって戦っていた。なのに横からほいほいと手を出して、命のやり取りを気楽なものにしやがって。これじゃあ、俺とデカ蛙が馬鹿みたいじゃないか。
俺の命のやり取りは単なる余興か?
なんか知らない奴が高見の見物をしている可能性を想像して嫌な気持ちになる。
かと言って、ここで手を抜くつもりはない。
だって死にたくないから。
……死ぬのは怖い。だから抗う。だからどんなことになろうとも生きるための手段に縋り付く。何かを為すために場合によっては、俺は『人間』的な部分を捨てるのすら厭わない。現に俺はミアエルを助けるために、あの奴隷商人の脚の肉を食い千切ったしな。だから時には、人間性を捨てたり他人を騙し、陥れて利用したりも俺は平気でするだろう。
けど、それはあくまで俺の意思でやることだ。俺の悪行は俺自身が背負わないといけない。俺は小心者だから、『誰か』に借りなんて作りたくない。『誰か』意味分からない存在に命を握られたら、生きている意味を失うかもしれないから。それこそ死にたいと思えることになるかもしれない。それが怖い。
本来なら、ここは負けるべきだった俺が自ら進んで死を選ぶべきだ。
……でも――――――俺は、死にたくないのだ。
だから俺は怒りを込めて呟く。
……どちらもYES、と。
…………この矛盾を受け入れてしまうことがただひたすらに腹立たしい。
否定出来ないことが、ただ悔しい。
『確認しました。『侵蝕』を取得しました。属性『寄生者』を取得しました』
その言葉と同時に俺を殺そうとしていたデカ蛙の力が嘘みたいに完全にかき消えた。
それからあっという間だった。
『侵蝕』は文字通りの力だった。俺自身から血管のようなものを伸ばし、相手の身体を侵蝕し、奪う。抵抗のない今、容易く奴の脳に達して、侵蝕後、破壊。苦しませず、一撃で殺す。
『レベル18になりました。レベルアップによりスキルの熟練度にボーナスが入ります。『感染』の熟練度が上限に達しました。派生して『毒性強化』、『気化散布』を取得しました。『水泳』の熟練度が上限に達しました。『剛力』の熟練度が上限に達しました。進化して『剛力』から『怪力』になりました。『怪力』の熟練度が上限に達しました。熟練度が一定まで溜まりました。『吸血』を取得しました。またレベルアップにより魔力の最大値が上昇しました。――進化条件を満たしました。以下に進化可能です。『※スケルトン』『ランナー』『ハイウォーカー』『バイター』』
ランナーで。
『確認しました。『ランナー』への進化を開始します』
機械的な言葉がそう告げると、俺の意識は闇に沈んでいく。
何者か分からない存在に、強い怒りを抱きながら。




