豚を口にするなら熱処理を!
登場人物紹介
プシェケット
王都でアハリートが出会った獣人の子供。上半身は人間だが下半身は豹っぽい。
ナラン
赤獅子族の姫。赤いボリュームのある頭髪が特徴的。両手が大きな獅子のものになっており、それ故に引っ掻く、叩きつけるなどの通常攻撃が必殺級の一撃になる。割と戦闘狂。
今日は快晴! 太陽が燦々としていて、眩しいくらいだ! 気温は……どうだろう、たぶんちょうど良いくらいじゃないかな。……そういや、ここら辺の四季ってどうなってるんだろ。そもそも宇宙とかあるんかな。一週間って言葉も聞いたことあるから、たぶん何かしらはあるんだろうけど……。
まあ、リディアもいるし、ラフレシアとかにも訊けばいいか。
ちなみに俺は今日は豚の姿をしている。何故豚かって? 豚可愛いだろ!
今日はちゃんと首輪もつけてリディアにリードをつけてもらってる。これなら飼い豚だと思われて、蹴られないね!
《……それで良いのか、元人間……》
ラフレシアが困惑してらっしゃる。
「…………これは普通、逆になるべきでは?」
リディアも、ぼそっと呟いてなんか疑問を呈してきた。
逆になるべきじゃないよ? あとそんなことしたら、ウェイトさん泣いちゃうから。母親が首輪とリードつけられて(それも豚に)市中引き回されてたら、辛いなんてものじゃない。しかも本人が喜んでやられてるとか感情が行方不明になりそう。
んで、そんな俺らの近くには線が細いお兄さんが一人いる。どうやらこの方がウェイトさんが俺らにあてがった、回復魔法を使える人らしい。ドーナルさんと言う名前だそうだ。
「よ、よろしくお願いします……」
ぺこり、と頭を下げてきた。うむ、苦しゅうない。
「話は一通り聞いていますが……寄生虫の有無を調べるだとか……あの、出来れば……その、難しいかもしれませんが、どのようなものか分かれば助かるのですが……」
何やら『何か』分かっていれば参照やらマーキングやらして、精度や速度がアップするんだってよ。
そういうことなら俺を見て貰えると助かるね。
作業短縮のために、俺をスキャンしてもらった。
「――!? ひぇっ」
結果、ビビられちゃった。やったね!
そんなこんなありつつ、俺はプシェケットがいるであろう遊郭街へ歩いて行く。そんな最中、俺はリディアと適当に話してた。ちょっと前までは訊くのを憚られたことも今なら平気で訊けるからね。
それで、地味に気になってたことを一つ尋ねてみた。
(この世界って、俺の世界の未来的な感じなん?)
すごい気になったんだよね。リディアの昔話を聞いて、ちょくちょく現代っぽいことを口にしてた――さらには俺が知っている映画の話題も出していたから。だから、俺はこの世界は実は、未来の可能性もなくはないんじゃないかって思ったんだ。
リディアは視線をやや上に向けて、小さく唸る。
(……たぶん、違うと思う)
(たぶん違う?)
(パラレルワールドっていう方が近いかなん。アハリちゃんとの世界との関係は、たぶんそれ。似ているけど、違う世界。――私の世界では、今で言う魔力――アグノストスっていう未知の粒子が21世紀に発見されてね、それが研究されていったの)
リディアは(ただ――)と続ける。
(ゼドがアハリちゃんの世界に繋げたせいで、そっちの世界にも魔力が漏れてる可能性があるから、五千年経った今だとその力を元にして発展しててもおかしくはないかなあ)
そうなのー、とぼんやり思ったが――、
(五千年!?)
向こうもそんなに経ってるの!?
(経ってるかどうかは分からないけど、経ってる可能性はある、かもしれない。……そこら辺は……天然物じゃない転生者を喚んでる方が分かってるんじゃないかな)
《…………》
ラフレシアが微かに唸る声が聞こえてくる。……リディア、なーんか遠回しにラフレシアに話を振ってきたね。いや、まあ、気持ちは分からんでもないけど。昨日今日で普通にきゃっきゃっと話し合えるようになるわけないよね。五百年前に仲違いしたことが、今の関係に至っているようだし。
少なくともそれ以前のリディアとフラワーの関係ってかなり良好だったことを踏まえると――突然攻撃されたって言ってるリディアはそうとう傷ついたんじゃなかろうか。理由を未だ知らないみたいだし。
(……えっと、そういえばアハリちゃんって、最後の光景ってバスに乗ってた感じ?)
(うん? うん)
ラフレシアが話題に入って来なかったせいだろう。そのせいで話題がさらりと変えられたけど、それは俺の興味を引くものだったから、普通に乗っかる。
(天然物って言われてる転生者って実は、そのバスに乗ってた子達らしいんだよね。どうにもゼドが――なんというか、……そういえばアハリちゃんって転生する直前の記憶ってある?)
(ないな。……なんか天井迫ってきた記憶があったような気がするけど……その直後にあの墓に入ってた感じ)
そう俺が伝えると、リディアが(あー)としまった感を出してきた。……つまり、そういうことかー。
(元の世界の俺は、マジで死んだ感じか)
(……うん、ごめん。そうらしい。……あっ、一応、言っておくけど、ゼドは事故に関係ない……はず……あくまで条件を絞って合致した環境、相手がそこだったらしくて――)
(そうなんだ)
元の世界には帰れないって感じで良いのかな。いや、いいんだけどさ。つーか、この身体で帰るとかないな。そもそも帰るつもりは元からないし。こっちの方が大変だけど、楽しそうだし。
俺の前世の生き死には正直、もうどうでも良いから気になったことを訊こう。
(そういえば天然物? の転生者が現れる時期ってバラツキがあるようだけどなんで?)
(……うーん、それに関しては魂が異空間にあってそれぞれ個人の何かしらの条件に合致したときに、そこから魂が放出されて転生するっていうのが通説? 天然物の人は本当に『魂が偶然出来ちゃって喚び出された』感じで何にも条件が設定されないままの可能性があるんだよね。細かい指定はされていないから、本当に転生したいものがあった時に転生する感じだから、時期に大きなバラツキがあるんだと思う)
《……たぶん転生する条件はそれで合ってる。私達が転生者を喚び出す時も、何かしらの条件を元にしてるし。持ってる知識とか技術とか。ただ、それ以外に……たぶんそのバスの関係者とかが喚び出されやすいとかが多いかも。最近で、そういう子はミズミとかかな》
そうラフレシアが補足する。
――その話だと、俺の関係者だから妹の華が喚び出された可能性があるって訳か。
(そう都合良く死んでるもんなの? いや、五千年経ってたら、そりゃ死んでるだろうけどさ。ちょうど知識とか持ってる人がいるもんなんかなーって)
《……それに関しては、向こうに魔力が満ちている可能性が示唆されてるんだよね。――魔力の性質は『模倣』――その個々人の魂が私達が喚び出すのに使ってる異空間に記録されてる――つまり記録されている以上、その人達は魂を持つに至った可能性があるから。……まあ、実際魔力関連の知識があるっていう人もいるんだけどさ。応用技術を持ってる人はかなり珍しいんだけど》
へえー、俺の元の世界、ずいぶんと様変わりしてそうね。つーか五千年経ってるなら、人が人じゃなくなってそう。確実に種族の代替わりはしてそうだよね。変化が激しい魔力、魔物という生物がある上で人が人であるのは、――『生命管理』されていないなら百年保つかどうかだろう。いや、魔物は『制定者』が造ったんだっけかな? それとも自然発生してそれを弄くったんだっけ。……そこはまだどっちでもいいか。
いや、それよりもちょっと気になる点が一つ。
(魂って元から持ってるものじゃないの?)
《違うよ。そこら辺の話をすると長くなるから省くけど、皆が今『魂』って呼んでるものは、ある種後天的なものだから。今だと遺伝もしたりしているようだけど……なくても…………魔力が満ちている環境だとかなり危険で不便だけど、生きていけるし》
そうなんか。
…………ふと突然、思った。花畑できゃっきゃうふふしてそうな妖精がなんか理知的なことを言ってるのに違和感があるなーって。
……なんか、この世界ファンタジーがファンタジーしてないよね。ファンタジーでも最初にSが入る系のファンタジーだ。
まあいいけどさ。
ていうか、その話が事実なら俺も元から『魂』なるものを持っていないといけないわけで――でも前世の俺はそんな特別なことはないはずなんだけど――っていうことを伝えてみた。この世界の魂が前世の魂と同義とは思えないんだよな。
《えっと、たぶんそれはマスターが亡くなる直前に魂が生成されたからで――》
――みたいななんか気になることをラフレシアが話し始めた時に――それは遮られることになる。
「わんわー!」
プシェケットが遠くからダダダッと走ってきたのだ。その後ろにはプシェケットのママンが慌てて走り寄ってきていた。
俺の臭いでも嗅ぎつけてきたんかね。
しかし、今の俺は、豚である!
「わん、わ……?」
豚の俺を見たプシェケットはすんごい困惑してる。いやーん、可愛いー。けど、困らせたままだと可哀想なので、俺は斜め上に顔を上げつつ、唸る。
「うー!」
「! わんわー!」
俺が昨日の俺だと確信出来たようで、嬉しそうに抱きついてきた。今日は皮膚も分厚い感じにして寄生虫を出来る限り排除しているけど(俺自身の筋肉には寄生虫は浸潤しないみたいだ)、ちょっとドキドキする。
プシェケットがよじよじと俺によじ登ってきている。
その間に、ママンも俺の前にやってきたよ。
「犬――え? 豚? 唸り声――人――――でも、この臭い――死臭? アンデッド――え?」
めっちゃ困惑しています。
(……今の俺ほど、素晴らしい矛盾塊はいないだろうな)
《何も分からないと脳がバグる》
それが普通だろうね。
リディアが一歩進み出て、プシェママに頭を下げた。
「初めまして、メディアです」
俺はリディアとプシェママを見ながらラフレシアにひそひそと問いかける。
(メディア?)
《リディアの特殊個体名》
あのなんか、あの王種になると手に入るみたいな奴だっけ? ……名前の基準はたぶん、俺の世界でいうところの伝説、伝承における怪物や偉人なんだろうか。ウロボロスとか、そうだよね、確か。……まあ、あれは怪物っていうか『永遠』の象徴だったはず。
俺が王種になったらどんな名前になるのかな。ゾンビでなんかいたっけ。……いや、アスカのウロボロスを見るに(あれは蛇か竜だったような)、必ずゾンビ系ではないかもしれんけど。冥界を司りし、ハデスとかヘルとか格好良さそうー。
……ところで、リディアのメディアってほとんど変わってなくない? 実際、魔女っぽいリディアの見た目も相まって、プシェママがビクッてしちゃったぞ。
けれど俺はツッコミもまともに出来ないので、プシェケットに顔をげしけしされて登られながら、二人を見ていた。
「本人たっての希望なので、プシェケットくんを調べさせて貰いますね」
「本人……」
プシェママが俺をジッと見てくる。なので唸ってみた。
「うー」
「うー!」
俺の背中に乗ったプシェケットも元気に唸る。
リディアがプシェケットに笑顔を向けながら、自然にドーナルさんにリードを手渡した。
俺が歩き出すと慌ててドーナルさんがついてくる。移動っつっても、二人の周りをぐるぐる回るだけだけれども。それでもプシェケットはきゃっきゃっと喜んでくれた。その最中にドーナルさんがプシェケットの背中に手を付かないくらいに添えてスキャンを開始している。
「……あの、この豚? は一体なんなの?」
「……えーっと、なんというか………………ペットのアンデッド?」
すぐにリディアから(ごめん、アハリちゃん)と謝られた。(いいんやで)と返しておく。
「多少知性はあるんですけど、何分体内が危険過ぎて……」
「そ、そう…………………………ペットのアンデッドに魔女…………まさか、ね」
プシェママがボソッと呟いていた。まあ、この前のあれは大事件だったし、疑うよね。つっても、疑ったところで何が出来るわけでもないだろうから、問題ないだろうけど。都合良く(悪く?)この人が俺らと敵対している奴らと仲が良かったら別だけどさ。
それ以外は国民的な義務で城に報告するぐらい? でもそれは意味ないだろう。仮に今、城に報告したところで、そこはすでに俺らの手に落ちてるしなっ! ……そう考えるとホラーだな。一部のトップの中身が違くなってるとか。元に戻っただけなんだけど……擬態もしくは寄生モンスター系の映画では成り代わりは鉄板かな?
「あっ、あの、問題なさそうです……」
ドーナルさんがスキャンを終えたようで、リディアに報告してくれた。
「ありがとう」
「は、はい……」
リディアが綺麗な笑顔を向けると、ドーナルさんがてれてれする。――おい、惚れるなよ。俺は別に良いし、たぶん本人も気にしないだろうけど、その人、あんたの依頼主の母親だからいい顔されんかもよ。それと、『どっかの村』の皆にリンチされるからな。で、今はその村人の一人がこの王都にいるし。スーヤだけでも圧が怖いんだよ、圧が。
それに俺の内部にいる奴も魂ブルブル震わせて威嚇しようとするし。
……んーまあ、リディアに惚れるのは無理ないかもしれないけど。
……何度も言うけど、リディア本人は本当に魅力的なんだよねー。マゾでなければ。
(そういやリディアって昔からマゾってわけじゃないっぽいね)
俺はラフレシアに向かって声をかけてみる。――この声のかけ方だとリディアにも伝わっちゃうかもだけど気にしなーい。
――リディアがぴくんと反応して、ちょっとふーふー息荒げてる。陰口じゃねえから興奮すんな。
《…………五百年前くらいからかも。…………たぶん》
なるほど、ラフレシアがリディアに攻撃しかけた以降からか。……つまり相当な精神的苦痛だったのかな。その前の四千五百年のうちに目覚めなかったのだから、かなりのことだろう。……まあ、その間に下地が出来てたかもしれないけどさ。
意外に地雷系の話だったから、これ以上追求はしないけども。ラフレシアは言いづらいだろうし、リディアは興奮しちゃうからね。
リディアがプシェママに改めて声をかける。
「――えーっと、ここ出身ですか?」
「違うけど。――あっ、一応言っておくけど、私は用心棒で娼婦じゃないから。……子供連れてくるのはどうかって思うかもしれないけどさ」
リディアの質問にプシェママがそう答える。――あらそうなのね。てっきり、店の従業員かと思ってた。
「……別にここの仕事を馬鹿にはしてないけど。意外に良い人達多いし、店の子達もプシェも面倒見てくれるしさ」
そう言って、昨日俺も話したもう一人の用心棒っぽいおじさんをちらりと見る。うん、このおじさん、結構良い人よね。今、店の前で話しても特に悪い目向けてこないし。むしろ、俺に乗っかって喜ぶプシェケットに優しい目を向けてるくらいだ。
んで、そのプシェケットは――――なんかザリザリした音が……やばっ、プシェケット俺の事 舐めてる! 嬉しすぎて興奮しちゃったか!
(きゃー、リディアー、プシェケットを止めてー! 直喩的な意味で舐められちゃってるー!)
「え!? あっ、舐めたら駄目だよ! その子――――ば、ばっちいから!」
(そう、ばっちいから!)
《う、うーん、緊急事態だから仕方ないんだろうけど……自分で言う?》
(他人の身体にとって悪いものがたくさんあるなら、それはばっちいんだよ)
身体に悪い=ばっちい=寄生虫が住まう俺、ということだなっ。――――QED、証明終了。
んで、そんなばっちい俺を舐めるプシェケットを振り落とすわけにもいかず、近くのドーナルさんに擦り寄って引き離してもらおうとする。
ドーナルさんは俺の危険性を十分理解してくれているから、対応が早かった。すぐさまプシェケットの脇の下に手を入れて持ち上げてくれたのだ。
「!? やああ! あああああああああ!」
けどまあ、泣かれるよね。
「え、あ、あ――」
ドーナルさん、すごい戸惑ってる。でもパタパタ暴れるプシェケットを離さないように頑張ってる。うん、いいぞ、離すと俺にくっついて舐めちゃうからね。
プシェママも対応が早く、すぐにプシェケットを引き取って抱きしめる。ただ、プシェケットは俺に乗りたいようでぐにーと背中を反らす。さらに俺に手を伸ばして、いやいやとぐずる。
「プシェ、良い? 乗っても良いけど、舐めちゃ駄目だから。――えーっと……」
プシェママが俺を見てきたので、頷いておく。
「うー」
――それだけでは伝わらないから、リディアに代わりに伝えてもらう。
「ばっちいって言っても良いそうです」
「そ、そう。……この豚、すごくばっちいから、舐めちゃ駄目。良い?」
そうそう、豚は生では駄目。加熱処理しないと。確かあれも寄生虫だったか。
「やーあー!」
「じゃあ乗っちゃ駄目」
「やぁああああああ!」
わー、ぎゃん泣きだー。
プシェケットは猫成分強いからか、ぐねんぐねん暴れている。すごーい液体みたーい。そしてプシェママは腕の中で暴れられるのに慣れているのか、呆れた顔でしっかりホールドしたままだ。さすがだ。
ただ、泣き止ませることが出来ないようでそれを見かねたのか、リディアが近寄る。
「プシェケットくん、あのね、あの豚さん、お肌がボロボロになっちゃうと戻らないの。だから、舐めて傷をつけないで欲しいなーって、豚さんは思ってるの」
おー、なんかそれっぽいこと言ったよ。別に嘘は言ってないな。この豚の姿って俺の本当の姿じゃないから、傷がつくと直すのやや面倒なんだよね。……本当はミンチにでもならなきゃ、削れるくらいならすぐに戻せるけどね。
ただ、乗っからせてもらう!
「うー」
唸って頷く。
「……わんわ、いたいいたい?」
「うー」
頷く。
「んー、わかった! プシェなめない!」
良い子だ。
プシェママは、大人しくなったプシェケットを俺の上に乗せる。皆してやや緊張した面もちで眺めていたが、「よしよし」と俺を舐めたところを撫でたので、安堵する。
とりあえず、ドーナルさんはまたスキャンすることになるのであった。
リディアはまたプシェママに向き直る。
「やっぱり西から?」
「そっ、プシェがいるから比較的平和なこっちに避難してきたの。――正直、ついていけなくなってさ。あのままあっちにいたら、キメラを産まされることになりそうだったし」
「キメラ?」
なんか不穏な言葉が出てきたぞ。
「……あたしらって動物と交わるごとに種族間の……交配の制限が緩くなるっぽくってさ、それを利用して違う獣人と交わって強い獣人を造ろうとか馬鹿なこと考え始めたの」
プシェママが心底気色悪そうに顔をしかめてしまった。
「……そんなことやったら、吸血鬼達のこと悪く言えなくなるってのにさ。自分達のことだから良いって? 馬鹿じゃないの」
はあ、と深いため息をつく。
「その馬鹿達のせいで、あたしの夫も特攻させられたしさ。……戦い苦手だったってのに。何がプライドを持てだっつーの。糞食らえだっての。――あんな馬鹿になるくらいだったら、赤獅子達みたいに人狼と仲良くやってた方がよっぽどマシ。むしろそうするべきなんだよ、本当は」
すごい言うねえ。鬱憤溜まってたんだろうか。……そりゃそうか。伴侶を特攻させられたら、切れるよな。たぶんここにいないってことは向こうでまだ戦ってるか、死んじゃったかだろうな。
「……人狼はそんなに嫌いではないんですか?」
「前は意味もなく嫌ってたけど、今は特に。ただ、周りの目があるから気軽に話しかけられなくてさ」
そうなのねー。周りの目って怖いよねー。それで村八分みたいなことになったら、たまったもんじゃないから、時勢に従わざるを得ないってね。
嫌いじゃないけど、嫌いという風にプシェケットにも言わなきゃいけなくなるのが辛いだろうね。それを言う本人が相手のことを嫌っているなら良いんだけど、プシェママはそこに疑問を持っちゃって嫌いになれなくなったようだし。
「それに赤獅子達のこと悪く言いながら、あっちが売ってる物資にも手を出してるし。本当に意味分かんない。結果的に人狼達に金を流してるようなもんなのに」
赤獅子――ナランさんのことかな? ナランさんの部族は仲買業を営んでるのか。西では人狼が手を出せないから、そういう風に手を広げた感じ?
フェリス見て人狼を戦闘部族みたいな感じに思ってたけど、割と結構、商人気質が強いのかしら。
プシェママが手を横に振る。
「ああ、ごめん。初対面なのに愚痴ばっかり言っちゃって」
「大丈夫ですよ。それに私達ももしかしたら、西に行く可能性があるので、現地の話は貴重ですし」
「あっち行くの? 出来るなら止めといた方が良いわよ。特に人間は獣人達に目の敵にされてるから、襲われるかもだし」
ヒャッハーな感じに襲われちゃうんだろうか。
リディアがプシェママに笑いかける。
「心配してくれてありがとうございます。――もし良ければ、たまに話をしに来ても良いですか?」
「んー、そうね。プシェもその……豚(?)に懐いてるようだし、愚痴訊いてくれるなら助かるわ。昼間なら、ほとんど暇だし」
娼館は夜からフル稼働するだろうから、まあ、昼間は開いていても暇だろうね。それでもトラブル起こるかもしれんから、立ってなきゃいけないし、大変そう。
おじさん、がんばっ。
「うー」
「なんだ?」
「うー!」
プシェケットがおじさんを見上げながら俺の真似をして唸ると、へにゃっと笑顔になった。……意外に子供好きか、このおじさん。良いギャップだ。
フッとリディアが小声になる。
「それと実は、西から逃げてきた光の種族の子供がいて、その子の話も聞いてもらいたいんですけど……大丈夫ですか?」
「…………そうなの? …………まあ、良いけど」
ちょっと渋りそうだったけど、プシェママは受け入れてくれた。もしかしたら、西から逃げてきた他の獣人だったら偏見を持ってる可能性もあったけど、リディアはプシェママなら大丈夫だと判断したんだろう。
――俺にとっても、そしてミアエルにとっても良い情報源が手に入ったな。ナランさんに訊くのも良いけど、あっちはこの国と関わってるからなあ。出来ればこの国――アンサムの権力を利用出来たら良いけど、まあ、そんなに迷惑かけられないからこっちはこっちでアプローチの方法を手に入れんとね。
それにナランさんはたぶん、他の獣人と深い繋がりはないかもしれないから、詳しい内部事情ならプシェママから話を聞いた方が良いまである。
――で、そんなこんな色んな話を聞きながら、俺はプシェケットと存分に遊び、疲れてお眠になったのを境に帰ることになった。色々と収穫があった。情けは人のためならず、とはこのことを言うんだろうね、と思った今日この頃だ。
次回の更新は10月3日19時の予定です。




