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人ならざる者に与えた優しさとその代償㉚

 イェネオの仲間は人類としては強かった。真実は伝えられていなくても、フラワーの力を昔から使われていたこともあり、元来魂の強度が高かった者などは王種に至っていたのだ。


 しかし、強いと言っても、あくまで『人類として』だ。


 アスカは見た目こそ人間のようであるが、その不死者としての特性は群を抜いており、多少攻撃力がある程度では、殺しきることはほぼ不可能になっている。


 だから、アスカが瞬く間にイェネオの仲間達を無力化してしまったのは必然と言えた。


 手足にダメージを与えられて、動けなくさせられた彼らを見下ろしながら、アスカは近くにいた一人に狙いを定め――トドメを刺す。


 そして待機させていたフラワーを使って魂を回収させ、吸収する。


「――!? ぐっ――」


 アスカは魂を取り込んだ瞬間、意識を失いそうになるほどの衝撃を受けた。フラッシュバックするように、様々な記憶、感情が高速で再生され、気を抜けば自身が何者であるか分からなくなるほどの意識の混濁を起こしてしまう。


 なんとかアスカは踏みとどまり、前をしっかりと見据える。


 ――こうなることは分かっていた。


 魂とは情報の塊だ。そのまま取り込めば、その詰めこまれた情報を一気に感じてしまうことになる。気が狂うのは、無理からぬことであるのだ。


『レベル309になりました――』


 しかし、そのエネルギーはかなりのもので、無事取り込むことに成功したのならば、レベルの大幅な上昇を期待出来る。


 ……だが、まだ『偽神化』は得られなかった。


 アスカは足元がおぼつかなくなりながらも、まだ命があるイェネオの仲間へと足を向けた。


『制定者』が予め定めた警告音声も流れてきていたが、それを無視し、淡々と続けていく。













 パックはアスカがいる場所近くまでやってきていた。最悪、アスカと出遭った時に殺されてしまうことに備えて自分をいくつかの地点にわけて配置している。


 とにかくリスポーンを確実に出来るようにする。


 そして索敵だ。アスカを見つけて、常に捕捉し続けなければならない。ただ、完全に見失った状態でのアスカの隠蔽能力と索敵能力は負けているため、とにかく物量で押すしかない。


《……説得が出来ないなら、記憶を失わせることも考えないと……》


 パックには攻撃能力がない。触れることで記憶の操作、感情の付与などを行うことが出来るが、そもそも攻撃に使う能力ではないため、射程が全くない。


 だから、本当なら言葉での説得がベストなのだ。


 そうでなければ、無理にでも纏わり付いて一部の記憶を失わせるべきだ。でも、それは本当に最悪の手段だ。


 とにかく、魔神化する危険性さえ伝えられたら、アスカはきっと止まってくれるはず……。


『付近で魔神化する魔物が発生する可能性があります。ただちに避難することを推奨します。魔神は数キロ圏内にあらゆる存在を閉じ込める『世界』を創り出すため、生存は限りなく低くなります。この勧告は『世界』に入る可能性がある存在全てに伝えられます。繰り返します――』


 ――と、無機質な声が聞こえてくる。


『制定者』の声であるが、あれが直接語りかけてきたわけではないようだ。スキルを得た時やレベルアップ時の音声と同じように予め設定していたものだろう。


 ……人類を滅ぼしたいにも関わらず避難勧告をするのはおかしく思えるが、あくまで『制定者』が人類を滅ぼそうとするのは『趣味』や『やれたらやる』程度らしい。基本的には救う方向で動いているため、この勧告には一切の悪意はない本当に逃げて貰うためのものだ。


 ただ、いきなりであるため町では混乱が起き始めている。……避難は期待出来ないだろう。


 それに、この避難勧告が出たということは、時間がないということだ。


《『間に合うけど、間に合わない』……》


 ……間に合わせたい。出来る限りたくさんの人を救いたい。――でも、そうするには一人を殺す必要があったら――? 


 そんなトロッコ問題が一瞬頭をよぎって、振り払おうとして……でも考えなければならないとパックは自分に言い聞かせた。


 綺麗事だけでは解決できないことがある。そんなの数千年の時間を生きてきて学んできているはずだ。だから非情な決断をすべきなのだ。


 ここは高原であるが、整備がほとんどされていない脇道であるため、細い木々や背の高い草が乱雑に生えているため、絶妙に視認し辛い。


 それでも空から見下ろしていれば、月明かりに照らされた赤髪が目に付く。


 アスカは四つん這いになりながら、最後の一人の魂を取り込もうとしていた。


《駄目だ、アスカ! それをすると魔神になっちゃうんだ!》


 言えた。


「……!」


 そして伝わった。


 瞬時に理解してくれて、止めようとしてくれた。


 けれど、遅かった。


 アスカに魂を注ぎ込もうとしているのは、操られたフラワーだ。アスカは意識が朦朧としていて命令の取り消しが間に合わなかった。


 魂がアスカの中に入っていってしまう。


「――!? ぁあああああああああああああああああ――!」


 アスカの苦しそうな悲鳴が響き渡る。


『条件が満たされました。魔神が発生します』


 同時に無機質な声が、そう一言だけ告げた。


 パックはアスカに急いで駆け寄り、彼女の顔の前に行く。


「……パッ、ク……」


 アスカの身体が揺らぎ始めている。魂が見えないパックでさえ、彼女の内部の力が暴走しているのが分かるほどだった。


 魔神化の際は一度、身体が飛散し、再構成される。そうして自我を失った完全な化け物へと変貌してしまうのだ。


 ……周囲の魔力濃度が急速に上がってきている。魔神としての身体を構築するために必要なのだろう。猶予はまだほんの少しある。


「……ご、めん……、どう、すれ、ば……」


 アスカが尋ねてきた。


 それに対する答えは簡単だった。


 この状態での魔神化を防ぐ、もしくは戻す方法は確立されていない。


 だから、変質しようとする魂を壊して止めることが唯一の『魔神化を止める』方法ではないかと思われていた。


 つまり、こう一言言えば良い。




『死ね』と。




 けれど、


《――――っ》


 パックは言えなかった。


 きっとアスカはパックの言葉を瞬時に理解し、行動に移してくれるだろう。たとえ、今、パックに対して『パックならきっとどうにかしてくれる』とわずかな希望を抱いていたとしても、自分にすら容赦しないはず。


 パックも分かっていた。その『最善の言葉』を言わなければ、『惨劇』が立て続けに起こってしまうことが。


 何が大切か、優先順位も決めていた。――覚悟も出来ていた、つもりだった。


 でも、言葉が何故か出なかったのだ。


 胸が締め付けられるように痛む。喉がつかえて言葉が詰まってしまう。


 相手が自分に向ける、希望が目に映ってしまったのだ。そしてそれを叶えられないどころか、裏切る言葉を口に出来るほど、彼は残酷にはなれなかった。


 時間があれば、言葉をひり出せたかもしれない。


 ……しかし、残念ながらその時間は存在しなかった。


 アスカが、目の前で光の粒となって飛び散る。


《――!》


 慌てて手を伸ばすが、もう遅い。


 余韻も情緒も何もなく、感傷に浸る暇を与えないほど、無慈悲にそれは進んで行く。


 漆黒の夜空に魔力の塊が大きな繭のように形成された。


 それは凝縮されていき、形を伴っていく。太く長い――それは蛇だ。しかも明暗分かれたあかがね色の二匹の蛇が地面に落ちて、渦巻きながら『底』を作り出していった。


 そして、二匹の蛇は途中で頭を持ち上げ、上に向かいながら反対にいる『己』と身体を結ぶと地面に向かって行く。


 それを何度も何度も繰り返していくと――ある形になった。


《……鳥籠?》


 それはドーム型の大きな鳥籠だった。


 蛇が頭を持ち上げ、互いの身体がきつく結ばれた部位に目を向けた。


 鱗どころか肉さえも潰れるほどの圧迫を受けた部位は、血を滴らせていく。しかし、それは地面に落ちることなく、途中で溜まり――形を為していく。


 それは、逆さづりにされた赤い鳥だった。翼をいくつも持つが、羽ばたかせることはなく、閉じこもるように一枚一枚身を包むように閉じていく。


 しかし、最後の一対の翼が閉じられようとしたとき、蛇が頭を伸ばし、その翼に噛みついた。鋭い牙が深々と翼に刺さり……ついに血が噴き出し、地面に向かってあり得ない量が洪水のように垂れ流れていく。


 その『血』は、鳥籠の外に流れ、――次々に命ある存在を飲み込み、取り込んでいく。大地にいる者だけではない。血は触手のように伸び、異変に気付き、逃れようと羽ばたいていた鳥すらも捕らえて飲み込んでいったのだ。


 無差別で、パックも例外ではなかった。


 血が触手のように手を伸ばして迫ってくる。


 パックは逃げようとせず、変わり果てたアスカを泣きそうな顔で見つめていた。


 声が聞こえる。



『答えが分からない。

 何もかも間違えた。


 一体、どうすれば良かったのだろう。

 もう何も分からなかった。


 あの時、あの瞬間、何をすれば良かったのだろう。

 ……『誰か』教えて。


 何も知らない、何も分からない私に。

 間違い続けてきた、この私に。


 ――どうか、お願いします』



《……君の、せいじゃ、ないよ……》


 そう呟くが、パックの声はアスカに届くことなく……彼は血の洪水に呑まれてしまったのだった。









 無機質な声が『鳥籠』の及ぶ範囲にいる者達に伝わる。


『魔神の『世界』の予測が進みました。

――魔神アスカ、狂界(ワールド)あの日の正しき結末を(ネバーエンディング)どうか私に(・ストーリー)』。これは魔神攻略、逃走の可能性向上を求めた報告です。世界構築は『鳥籠』内部から始まります。この魔神の力は『記憶』の再現が永続的に続くものと思われます。法則に従い『正解』に辿り着くことで生存出来る可能性がわずかに上昇するかもしれません。魔神が機能停止をした場合でも、その存在が霧散しない限り、近づかないことを推奨します。報告は以上です。……それでは最後に、幸運を』


 その日、一つの町から住民が一人残らず消え、高原に動かぬ大きな鳥籠が佇み続けることとなった。

次回の更新は9月5日19時の予定です。

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