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人ならざる者に与えた優しさとその代償㉕

 イェネオは数人の仲間を引き連れて、予めアスカと決闘するために決めていた場所へと向かっていた。


 一人で来るように言われたが、数人で行くことで何かしらのペナルティーを課すつもりはないようだった。だが、一対一になるように、力を尽くすつもりらしい。


 さて、どうなるか。


 イェネオは自身が殺されることはないのを一応、分かっているが、他の仲間はそうでもない。アスカの味方をしているという四人の吸血鬼達は強大な力を持つと予想されており(ほぼ全てが王種かもしれないようだ)、対峙することになったら、全滅は免れないだろう。


 本当は一人で来たかったが、ジョブを得た者達によって上層部に魔王の出現を知られてしまったのだ。でも、極秘として一部の人間のみに知らされている。


 イェネオの町は魔界に近いため、もし魔王の出現が町民に知られれば、混乱が起こるのは必至であった。


 人類の危機ではあるが、町としての機能も失いたくない、損得勘定で話が上手いこと回った。


 だから、イェネオは話を合わせつつ、フラワーと共になんとか魔王の居場所を知っていることを伝え、少数――最悪一人でも問題ない、とそう通すことが出来たのだ。


 ――ちなみに大勢で向かうという最悪はとりあえず回避出来た。仮に軍隊で進もうものなら、アスカ一人に壊滅させられる恐れがあった。


 人間にとってアスカの血液は致命的な毒だ。それもあの『血』は一度に大量に出すことが出来る上に、無効化するのはとても難しい。


 それに『血』によって一つの軍隊を潰せるかどうかは分からないが、その毒によって殺されれば、全てが吸血鬼になってしまうのだ。


 少数精鋭でなければ、被害が甚大なものとなっていただろう。


 町から離れた指定された場所までもうすぐだ。気配は――一つあった。隠れている様子はない。堂々とこちらの進行方向上に居座っている。たぶん、向こうはすでに察知しているだろう。仮に遠回りして回避したところで、先回りされることになるはず。


「なあ、イェネオ……」


「うん、いるね」


 仲間であるジェントータが問いかけると、イェネオは頷き、吐息をついた。


 月夜に照らされた地上は思いの外、明るい。先にさらに歩みを進めていくと、十数メートル先に少年が立ち塞がっているのが見えた。

 青白い肌をした栗色の髪色をして、幼さが残った丸い顔つきだ。見た目だけで言えば、十二歳程度だろうか。顔つきは見るからに気弱そうで――けれど、頑張って怖い顔つきをしようとしているが、微かに震えているのが分かるため、どこかちぐはぐな可笑しさがあった。


 服は赤い聖衣のようなものを纏っているが――腕につけているものが少々変だ。両腕の肩から指先まで覆う革の長手袋をつけていた。ただファッションというよりかは、白くだぼだぼで、ベルトが所々に巻かれているため、拘束具に近い。手の手袋部分は分厚いミトン状になっており、あれではまともにものを掴めないのではないだろうか。


 一見すれば、奴隷にされた少年――でもあれが吸血鬼と分かっているならば、腕を封印されているかのような異質が伝わってくる。


 イェネオとその仲間達は後者の雰囲気を感じ取り、すぐさま武器を構えた。


「名前を名乗って貰ってもいいかな?」


 イェネオは比較的、小さな声で問いかける。この距離ならば普通の人間ならば聞こえないが――、


「バ、バルトゥラロメウス、ですっ! 『勇者』を一人だけにするように、き、来ました!」


 ――バルトゥラロメウスがそう答えた。完全にアスカに味方する吸血鬼だろう。


「格好良い名前だね。一人だけ?」


「……ありがとうございます? ……えっと…………た、たぶん?」


 バルトゥラロメウスは、どう答えたものかとしばらく逡巡した末に、そう口にする。……目が泳いでいるが――果たしてそれは他の仲間がいるからか、いないからか。判断が難しいところだ。


 まあ、警戒させるという囮としては十分な役割を担っていた。


 少々、試してみよう――イェネオはそう思い、口を開く。


「それで、私を一人だけっていうと、私以外を殺す的な?」


「えっと、はい! でも、言うことをきいてくれるなら、そうしません!」


 凄むが、怖さは見受けられない。ただ、これが演技である可能性捨てきれないため、イェネオも仲間達も警戒を一切解かなかった。


「じゃあ、このまま進ませてもらおうかな」


 さらに一歩踏み込むために、挑発的なことを口にする。すると――、


「え? あ、え……あ…………えっと…………でも、通しません? けど? アスカ様が貴方がこないと人を襲う、って言ってて? なので、だから、こう……なんか……」


 バルトゥラロメウスがしどろもどろになってしまう。……これで確信した。最初から最後まで弱い感じの雰囲気は演技ではない。普通にあんな性格のようだ。そして、こんな風になっても仲間が現れないところを見るに、援護はないのだろう。


「……なるほど、私以外はここで足止めって感じ?」


「はい!」


 バルトゥラロメウスが満面の笑みで言う。……その表情は駄目だと思う。


 ――この子はなんというか……アスカらしい仲間だ。


 イェネオは思わず笑ってしまいそうになるが、堪える。


 確かにバルトゥラロメウスの仲間はここにはおらず、こちらを傷つけるつもりはないようだ。しかし、アスカは冗談っぽいことをよくするが、冗談は言わないし何事にも本気だ。つまり、今目の前にいる相手は、イェネオをアスカの元まで一人だけで来させる能力を有しているということ。


 イェネオは作った笑顔を浮かべる。


「でも、やだ」


「え……? いや、……あ、貴方以外通しません!」


「やってみな。――皆、戦闘態勢! この子を倒して押し通るよ!」


 そう言って、イェネオはバルトゥラロメウスに戦いを挑むのであった。









 アスカは丘の上にあった岩の上に座り、闇夜に耳を澄ませていた。


 遠くから、微かに戦いの音が聞こえてくる。しばらく前から始まった戦いだが、まだ、鳴り止むことはない。


 本来なら、王種の魔物と強い人間達との勝負であれば、短い間で両者の生死が決まる。大抵、広範囲高威力を持つだろうし、それが当たるなら使わない手はないからだ。


 でも、バルトゥラロメウスと戦った場合、そうはならない。


 戦いを挑んだものは悟るだろう。――負けることはないが、勝てないし、逃げられない、と。そしてこのまま戦い続ければ、時間を――体力を浪費してしまうことを。


 ならば、取れる手段は『こちらが与えた手札』を使うこと。


 ……足音が聞こえてくる。


 多少焦っているのか、奇襲するつもりがないようで普通に向かってきている。


 すぐに姿が見えた。


 やはり、少女の姿をした女性――イェネオが少しだけ息を切らせながらやってくる。


 やっぱり一人だけだ。今も戦闘音が続いていることから、バルトゥラロメウスはしっかりと役目を果たしているようだ。


 十数メートル離れた位置でイェネオが立ち止まり、アスカを見つめながら口を開く。


「……油断してた。まさか一人も連れて来られないなんてね」


「バルは、足止めでは絶対に役立ってくれるから」


 アスカは岩の上から飛び降り、静かに着地する。


「だから誰も援護にはこないよ」


「かもね」


 イェネオは苦笑する。


「まあ、それで良かったかもしれないけど。……予定とは違うけど、やるか」


 剣を構えなおし、今まさに突撃を仕掛けようとしたところでアスカが手の平を向けてくる。


「良いけど、ちょっと待って」


「なに? 休ませてくれるの?」


 アスカは首を横に振る。


「それは勝手に疲れたそっちが悪いから許さない。ただ、王種は戦う前に特殊個体名を名乗るのが、礼儀だって聞いたことがあるから。それをやらせて」


「…………。……さっきのあの子はそういうのしなかったけど?」


「緊張してたんだと思う」


 その返答にイェネオは思わず笑ってしまう。そしてため息をついて、片手を差し伸べて促した。


「どうぞ」


「どうも。じゃあ――特殊個体名『望まぬ(おわり)を食らうもの『ウロボロス』』――よろしく」


「せっかくだし私も。特殊個体名『誓約の護人『フェルグス・マク・ロイヒ』』」


「挨拶もすんだし、始めよう」


「おっけ」


 二人は軽い返事を交わし――殺し合いを始める。

次回の更新は8月9日19時を予定しています

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