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人ならざる者に与えた優しさとその代償㉓

 アスカは少々、悩みが出てきてしまった。


 フラワー達と仲違いして、距離を取ろうとしていると言っても、ティターニアの下にいる以上、どうしてもフラワー達と顔を合わさざるを得ない。


 アスカはフラワーを見かけたら、距離を取ってはいた。けれど、向こうがどうにも、興味関心がある――パックいわく、好感度が上がっていた――ようで、話しかけたそうにして、近づいてくることがあったのだ。


 それとなく離れるようにはしていたが、訪問数が徐々に増えているような気がするので、近いうちに話をして――最悪ボロを出してしまう可能性が出てきた。


 アスカは、少し困ってしまったので、ティターニアとパックに相談することにした。ついでに後ろには四天王を控えさせている。今後のことも関係してくるので、立ち会ってもらった方が良いように思えたのだ。それに隠し事をし過ぎていると、信頼度が下がってしまうらしい。


「どうすれば良いと思う? ……そもそも、ティターニアから伝わらない?」


『そこら辺は事前にパックと相談しておくべきでは? ……一応、大丈夫ですよ。デフォルトでは伝わっていましたが、最近ではそれに頼らないようにしていましたから』


《身近な人の心内が常に伝わるのって、ストレスがすごいしね。ちなみに僕とマスターはその逆――っていうか、絶対に分からないようになってるよ》


 アスカの肩に乗っているパックがそう言うと、部屋の隅にフッとオーベロンが現れる。


『ある意味、互いが癒やしになっているな』


『そうですか。ちなみに呼んではいませんが?』


『気にするな』


 ティターニアに冷たく言われても、オーベロンは楽しげに笑っている。


『まあ、それは冗談として我が輩もいるべきだと判断した。アスカの考えていることはあまり推奨できんのでな。『それ』をパックが流されて行いでもしたら事だと思ったのだ』


《……完全否定出来ないのが辛いところなんですよねー》


 はふぅ、とパックがため息をつく。


 パック、オーベロンは相手を深くしることが出来る故に、相手に強く共感してしまうことがある。そのため、雰囲気に流されてしまうことがないとも言えなかったのだ。


 オーベロンとパックは互いに心を読めないが、性質がほとんど同じであるため、ある意味心が読めてしまうのであった。


《それで、結論から言うとアスカの案は却下で、現状維持が良いと思う。そもそもフラワーとリディアには知られていても良いはずだよ》


「…………」


《…………。そこは念じないで喋ってよ》


 パックは心を読めると言っても、それだけで対話はしたくなかった。相手の心だけを見て、喋ってしまうと間違って『読み過ぎてしまって』、怖がらせてしまうかもしれないからだ。


「リディアはフラワーと仲が良い。フラワーはイェネオと仲が良い。どっちも私より、長く親しい間柄だから、普通ならそっちを選ぶべきだと思う。でも、優しすぎるから悩む可能性があるのかも、と考えている。……間違ってる?」


《いや、間違ってはいないけど……。理由も納得は出来るけどさ……》


「なら、私の案を採用すべきでは?」


《けど、それはあんまり勧められないっていうか……やるにしても問題があって――》


「じゃあ、具体例……私を納得させる意見を出してください」


《いや、色々あるんだって》


「それを言ってください」


《うう――》


 アスカにじろーっと横目で見つめられて、パックが言葉を詰まらせる。パックは、あまり自身の口が上手くないのを自覚していたが、まさかアスカにまで口で負けそうになるとはへこみそうになってしまった。あと何気に丁寧語の圧が強い。


 ちらりと見ると、オーベロンは助け船を出さず可笑しそうに笑っているし。――あれのように多少性格をひねくれさせた方が口が上手くなるのだろうか、とパックは真面目に考えてしまった。


 アスカがパックが何も言えなくなったのを見て、両手の拳を握ると、腕を左右に広げてガッツポーズをする。


「ころんびあ」


《煽んないでよ!?》


 アスカの心には確かに勝ち誇った気持ちがわずかに表れていた。パックに勝てたのが嬉しかったらしい。


「ころんびあ!」


《うるさいし!》


 パックがアスカの頬をぺちんと叩く。


 それを見ていた、オーベロンが腹を抱えて笑っており、そんな彼にティターニアがぷかぷかと近寄って行く。


『よく分からないのですが、あれはどういうことですか?』


『くくくっ――あぁ、アスカの言っていることは、いわゆるスラングに近いものだ。言葉は単なる地名だがな。あれで正しいかどうかは分からんが、不死ノ王は『勝って、煽るとき』に使えと言っていたようだ。――仲の良い相手にだけ、とも言っていたがな』


『そうですか』


 つまりアスカはパックと仲が良いと判断しているのか。――それが分かってしまっているから、パックがなんだか恥ずかしそうにしているのだろう。


『冗談を言えるというのは仲が良い証でもあるからな』


『……その場合、貴方と仲が良いということになるのですが……不思議ですね。貴方とは仲が良くはないはずなのですが……』


 ティターニアが首を傾げて、心底不思議そうにしながら言ってくる。


『そうだな』


 オーベロンは軽く鼻で笑った。どこなく嬉しそうにしている。


『ところでアスカの言う案とは何でしょうか? 乗り気ではないようですが』


『……良いかもしれんが、気に入らんことでな。我が輩達の力を使って、リディア、フラワー、イェネオの記憶を書き換えて、自身を悪く思わせるようにしたいらしい』


『……確かにそれはあまりよろしくありませんね』


『気付かれずに出来んこともないが、察せられると信頼が地に落ちかねん。そもそも書き換えるにしても、矛盾が発生させないように調整するのが難しいからな』


『でしょうね。魂に依らない生物であるならば、脳に記憶を蓄積させていましたし、その記憶も曖昧であることが多いので、都合の良いように改変出来なくもないですが、魂に保存される記憶は鮮明に呼び起こすことが出来ますからね』


 魂は情報の保存に特化したものであるため、それで記憶を代替すると生まれてから死ぬまでのほとんどの記憶を完全な形で保存することが出来る。五千年近く生きているリディアが過去のことを未だ思い出せるのも、それが理由だ。


『……まあ、それもたった今、アスカがちょうど良い改変を思いついたようだが。……アンデッドの耳の良さを舐めてはいけないな』


 オーベロンが疲れたようにため息をつく。


 アスカが片手を下ろし、片手を広げて高く挙げる。


「それじゃあ、言う。記憶改変については、あの魔獣が村を襲ったのを、私が襲ったことにすればいい。もしくは村の人達を次々に殺しまくって血を吸って吸血鬼を増やしたとかにすれば問題ないと思う」


「リーダー、そうすると、俺達って無理矢理吸血鬼にされたことになんのか?」


 トラサァンが、問いかけるとアスカは少し固まって小首を傾げた。


「そんな感じ? 悪く思ってないなら、魅了されてるとかなんとか。…………『もしもの』将来的に無理矢理従わせてた感を出して、社会に溶け込みやすくするために……奴隷的ななんかあれなユニット名にしよう」


「ユニット名」


 よく分からなくて、オウム返しに聞いてしまった。……本当に良く分からない。


「四天王『鎖に繋がれし(チェイン・ザ・)者達(スレイブス)』と名付けよう……。ということで、後で名前に合わせて適当にどこかに鎖とか首輪的なものを能力でつけるか、なんか作ってつけといて」


「お、おう……?」


「分かりましたー!」


 トラサァンは困惑しているが、プルクラはとっても元気に返事をしていた。ちなみにアンゼルムは適当に頷いていて、バルトゥラロメウスは、トラサァン同様に困惑していた(困惑の仕方が「な、何にすれば……」と少々ズレてはいたが)。


 アスカは改めて、パックに向き合う。パックは、アスカの肩から飛び立っており、彼女の顔の真向かいにいる。


「それで良い?」


《良くない》


「どうして?」


《感情的な話になるけど、それはすごく悲しいからだよ。今のリディアとフラワーは君のことを少なからず好いているんだ。だから、そんな二人の記憶と感情をすり替えて憎悪させるなんてしたくない》


「なら、私も感情的な話をする。悲しいと思うのは、仲が良くなっている人がなくなった時。仲の良さにもそれぞれ違いがあるはず。フラワーが私が死んだ場合とイェネオが死んだ場合、悲しみは同じにはならないはずだよ」


《それは――》


「それにパックだって、私とリディアのどちらか死んだ場合だって悲しさは違うはず」


《そんなことないよ!》


「かもしれない。けど、そうじゃないかもしれない。……どっちにしろ、選ぶ必要があると思う。イェネオが生き残ったのに、フラワーとリディアが悲しむのは、イェネオがたぶん可哀想だから」


《なら君は? 君が生き残ったことをリディアとフラワーが残念に思うなんて悲しいよ。……その時は戻せって言うの?》


「戻さなくても良いと思う。『偽神化』を得れば私はしばらくいなくなるし、そのままでも問題ない。それに戻したら結局悲しいことになるし。だったら、私は『悪い奴』のままでいいよ」


《…………》


 パックは目を伏せる。


 アスカの言ったことには十分な理屈がある。……分かっている。フラワーとリディアがアスカを気に懸けている以上、このままではどんな結果に転ぼうとも悲しみが生まれてしまうことが。


 ――でも、パックはアスカを悪者になんてしたくなかった。この子は優しい子だ。心が壊れ何も分からないままでも、相手のことを考えて『良い方』に接してあげられる子なのだ。


「……パック。貴方にとって、『大事』なのは何?」


《……なんで?》


 答えは分かっているけれど、パックは聞いてしまう。


「パックは博愛主義者なんだと思う。でも、一番『大事』なのを決めて、選べるようにしておくべきだと思う。何も選べなかった時、すごく後悔するし……分かっているのに、考えられるのに、それをしないのはズルだと思う」


《……ずるい、かな》


 ……なんだかそうするべきと思わされている。これが流される、ということだろう。


 パックがオーベロンに目を向けると、


『我が輩は止めておくべきだろう、と言っておく。確かに言い分は分からんでもないだろうがな』


『記憶を弄ったとしてもフラワーにバレないようにはしますよ』


 そうティターニア含めて、そう言った。


 オーベロンの心は分からないが、あくまでアスカの反対意見として言っているに過ぎないだろう。もしかしたら内心は同じく悩んでいるのかも知れない。


 ……確かに、アスカの言うとおりでもあるのだ。だから――、


《……分かった。でも、すぐには出来ないよ。記憶を弄るのにちゃんとしたストーリーを考えなきゃだし……それに二人は僕の親友なんだからね。そんな二人の記憶を弄くるなんて、正直嫌だから、……やめるかもしれない》


「いいよ。その時は言って。……その時は、なんか私で、実際にヤバいことやってみるから」


《それはそれで困るんだけど……》


 パックはどちらの道をとっても危ないことになりそうな状況に、項垂れてしまう。

次回の更新は8月1日19時の予定です。

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