人ならざる者に与えた優しさとその代償⑯
「かしゃねがしゃねしゅみましぇん……」
顔をふっくらと膨らませたイェネオが、綺麗な九十度のお辞儀をしていた。彼女の周りには複数のフラワーがおり、頬を膨らませて腕を組んで浮いている。
イェネオがリディアの胸を一向に離さなかったため、フラワーが自身を総動員して張り手をかましたのだ。
それでようやく、正気に戻って手を止めてくれたというわけだ。
フラワーのほとんどは解散して、持ち場に戻っていく。先ほどからずっといたフラワーの一人は腕を組んで頬を膨らませたまま、リディアを睨む。
《リディアもリディアですよ! ちゃんと振り払ってください!》
「揉まれるくらい別に良いかなーって思って……」
《そういうリディアの自分に対して雑なところ嫌いですよ!》
やっぱり下手に男を派遣しなくて正解だった。絶対丸め込まれてしまうだろう。まあ、イェネオの派遣が正解がどうかと言えば、なんとも言えないのだが。
《とりあえず今日はもう遅いので、外出は控えてください。――特に、アスカ、貴方は絶対に外に出ないでくださいよ。絶対ですからね》
「分かった」
アスカは素直に頷く。『絶対』の言葉を守るためか、戸口の境界をちらりと見て、距離を測ってうっかり出ないように身をやや退かせた。
それを見てフラワーはアスカを悪い魔物ではない、とは思う。たぶん約束は守るだろうし、習った倫理におかしな点がなければ、変なこともしないだろう。
しかし同時に危うさも感じてしまうし、アンデッド特有の壊れかけた魂を見ていると不安になってくる。ふとした拍子に人間に対して、害意を抱いたらどうしよう、という思いは拭いされない。
出会いが最悪であったために、どうしても色眼鏡をかけて見てしまうのだ。
……それに、リディアと近いのが気に食わないところも多少はあると思う。それと……アスカは昔のフラワーと酷似していたのだ。根本的に心が分からないという大きな違いというか欠陥があるが、どうにも昔の自分を見ているようでやきもきしてしまう。
ある種の同族嫌悪に近いかもしれない。
それにそんな存在をリディアが甲斐甲斐しく世話をするのを見て――たぶん嫉妬しているのだ。
最近、忙しくてリディアとあまり会話をしていない。1億近くいると言っても世界中に散らばって人間や魔物の魂の回収をしなければならず、むしろ手が足りないと思うほどだ。
だから、のんびり会話している暇はない。話す理由はないわけではない。最近、面白い魔道具の開発に成功して、それをリディアに贈りたいと思っていた。けど、ここでその話をしたら、もしかしたらアスカもついてくるかもしれないし――それは正直嫌であった。
かと言って、アスカを放っておいてリディアと二人っきりになることは出来ない。
《…………》
「……?」
「?」
フラワーは、ぐももも、と複雑な感情を抱いている。そんな彼女に見られているリディアとアスカは微かに首を傾げていた。
「…………」
イェネオは、そんな険しい顔をしてリディアを見ているフラワーの横顔を見つつ、……人差し指を無防備な背中に当てて、腰椎部分まで指を這わせた。
《うひゃ!?》
「あっ、くすぐったいんだ」
《なにすんですか! ――総員突撃!》
「――やっべ――」
フラワーが顔を真っ赤にして、振り返り、イェネオに向かって指を向けた。――すると、解散していたフラワー達がまた戻ってきて、イェネオに顔に向かって突撃していく。
フラワーが顔に纏わり付くことで、光り輝いている。神々しくはあるものの、そこから聞こえてくるのは、ビシバシと容赦なく肌を打つ音だ。
「う、お――これ、――は――」
イェネオが呻き声を上げながら、膝をつく。中々良いダメージをもらっているらしい。
リディアはどうして良いか分からず困ったように笑う。
「な、仲良いねえ」
《……いっつもこんなんなんですよ、イェネオは》
「……これが、『いるみねーしょん』というもの……?」
アスカは、フラワーに纏わり付かれて頭が電球みたいになっているイェネオを見て、そう呟く。
とりあえず二人は「違う」と即座に否定しておいた。
こんなB級パニック映画に出てきそうな怪物と美しい装飾を一緒にしてはいけない。
――しばらく時間が過ぎて、顔を腫らしたイェネオは正座していた。
「ほんとにゅね? ごめんにぇ?」
《貴方の奇行にはいつも頭を悩ませられてるんですけど》
フラワーは深いため息をつく。
《それでなんですか、突然》
「いや、ちょっと無防備な背中があったからつい……」
《また引っぱたきますよ?》
「ごめんて」
イェネオは軽く笑いながら頭を下げる。頭を上げると、片目を瞑って舌を軽くペロリと出して、手を合わせた。
「あっ、それはそれとして、ちょっとお願いがあってねー」
《……この状況でお願いとは……良い度胸ですね……!》
フラワーがスッと指先をイェネオに顔へ向ける。これにはイェネオも慌ててしまう。何気に痛いのだ、あの突撃攻撃は。
「待って待って! 突撃はなし! ちょっとアスカちゃんと二人きりで話をさせて欲しくてさ、その許可を出して欲しいの!」
《はい? ……駄目に決まっているでしょう》
二人きり――つまりリディアとも引き離せということだろう。アスカが二人きりになった途端、凶行に及ぶことはないだろうが、事故がないとは言い切れない。
それにイェネオは勇者候補であり、アスカは魔王候補だ。そんな二人が触れ合うのはあまり好ましくない。
――最悪、アスカがうっかり口を滑らして魔王と勇者の真実を口にしてしまうこともあり得る。
「良いじゃん良いじゃんちょっとくらいさー。……ほーら、アスカちゃーん、ヌガーだよーお菓子だよー」
イェネオがポケットに突っ込んでいたらしい、包装された四角いものを取り出し、中を開くとそこからちょっとボロボロになったヌガーが現れた。
砂糖とナッツのほんのり甘い匂いが、部屋に漂いアスカの鼻にも届く。
「……ぬがー、おかし……」
甘い香りに興味がわいたのか、ふらっとアスカの足が一歩、イェネオに近づく。
「うへへ、こっちだよぉ、こっちに来てくれたら、この美味しいヌガーを全部あげちゃうよお」
「ほんと……?」
《やめなさい。あとアスカ、知っている人でも明らかに怪しい人にはついて行ってはいけません。お菓子で誘おうとする人なんてもってのほかです。むしろ積極的に通報してください》
「……お菓子をくれる人は怪しくない、良い人だと思う」
《リディア、アスカの監視を強化しても良いですか?》
たぶんこの子は放っておいたら普通に誘拐されてしまう。存在が危険以前に、注意深く見守っていないといけない子だ、これは。
「あー、うん、助かるかも――――と、それとは別に……アスカちゃんとイェネオちゃんを二人っきりにするのは良いんじゃないかな?」
《……駄目でしょう。確実に剥きますよ、あれは》
「剥かんですよ。そんな節操なしじゃありませんよ」
イェネオがふるふると頭を横に振っているが――真剣な表情でもあるが、説得力が素晴らしいほど皆無だ。
リディアはそんなイェネオを見て、笑ってしまう。
「もしもの時は、ここに転移してくるから。――私達が見ていなくても、もしもの時はすぐ分かるから大丈夫」
まあ、パックがいるだろうから『もしもの時』は本当にすぐ分かるだろう。
《――――いや、そもそも私もいなくなる話になってません?》
「私、アスカちゃんと秘密のガールズトークしたいー」
「秘密のがーるずとーく……」
《○十歳とアンデッドが何言ってるんですか?》
「ひっで」
イェネオはフラワーのきつい言葉に特に気にした様子もなく笑う。
《……。……?》
――どうにも何かがおかしい、とフラワーは思う。イェネオとアスカに関しては、元からおかしいから言動が変でも気にするべきではないが――リディアの対応がどうにもおかしい。
何やら何かしらの真実を知って、動いているような、そんな気がする。
《……パック?》
フラワーはリディアの肩口を睨みながら、そう呟くが――何も現れない。
……でも、これで分かった。心の中に声をかけてくることもないため、何かしらバツの悪い思いをしているのは確かだ。
フラワーは頬を膨らませる。……なんだかちょっとだけ、オーベロンを嫌うティターニアの気持ちが分かった気がした。
このままやっても恐らく押し問答のようになるだけだ。しかも心情を知られている以上、不利なのは自分だろう、とフラワーは思う。
《……分かりました、いいですよ》
そして、そう不貞腐れたように口にするのであった。
《うー……》
「機嫌直してー」
《フラワー、ほんとごめん》
ティターンにある、とある工房にてリディアはフラワーとパックと共にいた。
ここは主に魔道具を製作する工房となっている。魔道具は、魔力を大量照射することで造られることから、魔力の詰まった大きめのタンクがいくつか置かれている。また、スキルを埋め込むためのスキルが蓄えられた魔道具もあるが――こちらは工房にとって根幹とも言える商売道具なため、厳重に管理されており目に見えるところにはない。
だが、それ以外の魔道具や魔道具候補の物品が数多くあるため、工房は広いながらも圧迫感が強かった。
《……どうせ、二人して笑ってたんでしょう。そうなんでしょう》
フラワーが自身を数十人程度使って、準備を進めながらぼやく。
「そんなことないって。ていうか、パックに聞いたのはフラワーが話しがあるからって、二人っきりになるようにしたらってことだけだから」
《さすがに僕でも全部バラそうとなんてしないよ》
《……そういうことって、それなりにあったと思いますよ?》
《そ、そう? でも、ちゃんと時と場合と空気は読むよ!》
フラワーにジトッとした目で見られて、パックはたじたじしてしまう。
「まあまあ。ところでそろそろ何を見せてくれるか教えてくれると嬉しいかなあ」
リディアが手を合わせてにこやかに言うと、むくれっ面をしていたフラワーは軽く吐息をついた。
《そうですね。この際だから、率直に言いますと魔道具をプレゼントしようと思っていたんですよ》
「魔道具? ――私の魔法を強化する杖とか、欲しいなあとか言った覚えあるけど、それ?」
《それももちろんありますね。『黒杖』です》
フラワーが工房の奥から、ふよふよと大きな杖を持ってきた。リディアの身の丈がありそうな漆黒の長杖で先端には、殴打用武器として活用できるギザギザとした鉈のような太い刃物が等間隔についている。
《シンプルに魔法やスキルを増強する効果があります。特にリディアの魂とスキルに親和性を持たせるようにしていますね》
「あっ、意外に軽い」
《その分、かなり頑丈にしていますから、重力を操作して、かなり重くして振るっても問題ありませんよ》
リディアは軽く長杖を振る。柄が長いため、近接戦ではかなり気を回さなければならないだろう。まあ、そもそも魔法使いであるため、近接戦は本来すべきではないのだ。あくまで距離を取った上での戦いを考えるべきだろう。
《ふふっ、格好良いなあ。フラワー、良く分かってるね》
リディアは黒杖が気に入ったようで、上機嫌だ。
《そういうの好きですよね、リディアって》
《詠唱とかも、わざわざ凝った言い回しするし》
「魔法の詠唱するのなら、格好良いのって、とっても大事」
リディアから、絶対に譲れない確固たる意思を感じ取れた。……リディアは意外に子供っぽいというか、いわゆる思春期の男子が好きそうなことが大好きであったりする。黒い化粧や装飾品、なんだか魔女っぽいローブもロックな感じがして良さげだから、着ているようだ。
《……私にはよく分かりませんね》
《知ってはいる。共感はし辛いけど》
「つれないなあ」
リディアが杖に寄りかかって唇を尖らせる。
「まあ、良いけど。ありがとね、フラワー」
《あっ、まだプレゼントするものはありますよ》
そう言って、また工房の奥からフラワーが数人、数セットでやってくる。黒い球のようなものを抱えており、それを机の上に置いていく。
リディアはそれに顔を近づけ、突っつく。爪先に硬い――金属の感触が伝わってくる。綺麗に磨き上げられており、顔が鈍く映り込んでいた。
「これは?」
《『黒球』です。それぞれ宿っている効果が異なっています。名は『喰噛』『魔摂』『嘘偽』『混代』『重架』ですね。能力についてですが――》
フラワーが事細かに説明していく。リディアは興味深げに黒球の能力を聞き、たまに質問を交える。話が進んで行くほどに、リディアが目を輝きだした。
「おー、すごいなあ。もしかして私のスキルを元にしてる?」
《はい、ちょっと参考にさせてもらいました。あっ、もちろん他の人には使われないようにしっかりと情報は抹消しているのでご安心を》
魔道具にしたからと言って、必ずしもリディアのスキルを扱えるようになるわけではないが、リディアのスキルはどれも強力であるため、下手に流通させると危険なのだ。だからフラワーはしっかりとスキルの記録は消して、自分でさえもまた再現出来ないようにしていた。
まあ、似たスキルを創ることも出来るが、あくまで似ているだけでリディアが持つものに比べたら弱いものしか出来ないだろう。
《それと操作についてですが、魂を接続させることで遠くに離れてレジストされても、操作権を失わないようになっています》
「おー、すごいねえ。どんな原理? …………ん? どうしたの?」
リディアが問うと、フラワーがもじもじと恥ずかしそうに手を組み、脚を交差させる。
《……いや、原理ついてなんですけど……引かないでくださいよ?》
「え、何かえげつないことを――」
《してません! してませんよ! ……ただ、その……私達とマスターを繋いでいる方法を参考にしたんですよ。……ある意味、擬似的な妖精なんです、それ》
すごく恥ずかしいようで、フラワーが顔を手で覆ってしまった。
「そうなんだ。……自我とかはないよね?」
《……さすがにそれは武器として扱い辛いでしょう。一応、インテリジェンス化しないようにプログラムしていますし》
「へえー」
確かに自我があったら、武器として扱うのは躊躇いそうだ。しかも、性質上、ぶつけるような使い方が主なため、虐待感が半端ない。
《ただ、自我がない分、リディアが操作しなければいけません。軽く五感の接続などもしますから、手足のように扱えますがその分、負荷がかかります。『魔女ノ夜会』の情報処理能力ならそれなりの数を一度に扱えると思いますが――そこら辺は限界数を試してみてください。一種六個ずつあるので、組み合わせはお好きなように》
「これは戦略が広がるねえ」
使ってみないと分からないが、五感を得られるならネックとなっている感知能力の低さを補えるかもしれない。
それに一種類で六個もあるため、組み合わせ次第で、戦い方を大きく変えられるし、相手にそう簡単に対応されなくなるだろう。
《ど、どうでしょう》
フラワーが不安そうにリディアを覗き込んでいる。
リディアは満面の笑みを浮かべた。
「すっごい嬉しい! 雰囲気的にはドクター・オ○トパス感があるし、マグニ○トー的な感じを実際に味わえるね!」
《それはよく分かりませんが……》
《映画って見たことないんだよねー。記憶で見て知ってはいるけど》
「それにフラワー、パック、ティターニア、オーベロンとお揃いになった感じで、嬉しいよ。……本当にありがとうね、フラワー……」
リディアが手皿を作ると、そこにフラワーが降り立ち、互いの額を軽く合わせた。
《……喜んでいただけたのなら、幸いです》
フラワーも、満面の笑みを浮かべていた。
心がまた、近づけた、そんな気がした。
リディアはフラワーから離れると、『重架』に触れて――ちょっと危ない笑みを浮かべる。
「ふ、ふふ……この『重架』の性質を使えば、『神の杖』をすることも可能かも……。ちょっと町の外で試してくる!」
《やめてください!》
――うきうきでとんでもないことをしようとしていたリディアを止めるのは、中々に骨が折れることであった。
次回は6月13日19時を予定しています。




