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人ならざる者に与えた優しさとその代償⑫

 フラワーは、魂の質が変わったのを感じ取った。


 嫌な、変わり方だった。一つの魂を代償に、壊れかけた別の何かに丸々成り代わる、そんな変貌。


 そちらに自分はいなかったため、まだ息がしばらくあり続けるであろう人間の元にいる自分を問題の場所へと送る。


 嫌な予感はしていた。そこには、リディア達――正確には重傷者の治療をしてくれるというアスカがいたのだ。


 でも、まさか、パックとリディアがいるのなら、相手をアンデッドへと変えることなんてないだろうと思っていたのだ。


 けれど、辿り着いた先で見たのは、吸血鬼へと成り果てた女性だった。


 リディアが即席で立てた日除けの下で、ぼーっとしている。生まれ立てで、変化した実感など含めて慣れていないのだろう。身体をペタペタと触ったり、恐る恐る太陽の下に手を出して、すぐさまチリチリと焼けていく肌を見て、慌てて手を引っ込めたりしている。


 《な、な――》


 「あっ……」


 リディアがフラワーに気付き、顔を強張らせた。フラワーが絶句しているのを見て、困ったようにおろおろしている。


 フラワーは、背後にパックの気配が現れたのを感じ取る。フラワーは振り返らず、努めて静かに口を開いた。


 《…………ふー……。なんですか、あれは》


 《えーっと……色々あってね。アスカが無理矢理やったとかではないよ? 相談はされたし、……あの女の人も、そう望んだんだ。そうじゃなきゃ、あの人は助かるのに治療を断っていた》


 《だからと魔物へと変えた、と?》


 《……彼女の記憶はほとんど残ったままだよ。幸い、大切な記憶は残ったままだし、彼女の本質は一切変わっていない》


 《貴方が見れば、そうでしょう。ですが、私から見ると助かった、というより別の何かに変わった、としか見えないんですよ》


 ――パックの言い分も気持ちもフラワーは分かっているつもりだった。以前、オーベロンを感傷的だと皮肉を言っていたパックだったが、彼も彼で人の心が分かってしまうためにどうしても感情に振り回されてしまうことがあった。


 それを否定するつもりはない。彼も彼で苦悩しているのは分かっている。


 そして、パックはフラワーのその心さえも分かってしまうため、申し訳なさそうにしてしまう。


 《……ごめん。君のためにも、止めるべきだとは思ったんだけど……。どうしてもあの人が生きる意味を探りたかったんだ。死にたい、と思っているのは先の分からない未来が待ち受けているからで、本当は……生きたいって思いが根底にあったんだ。……方法はどうであれ、死の思いに被せられた生の思いを、どうしても引き出したかった》


 《…………》


 だから、アンデッドに変えた、と。――そう冷たく言い放つことも出来たが、フラワーは何も口に出来なかった。


 フラワーとパックとでは知的生命体に対する『テーマ』が根底から違っていた。


 フラワーは人間に対して――その人という種族全体を生かすための方法を探り続けている。『制定者』によってプログラミングされた使命とは、また違う。


 そもそも『制定者』は『人間という最低限の形』さえ残っていれば、それで良いと雑な考えを持っている。……『制定者』はリディア以外の人間が嫌いらしいし、そのリディアのため、渋々人類の体を保とうとしているにすぎない。


 フラワーは初めは『制定者』と同じ考えを持っていた。だが、今では、近いうちに『新世界』が創られ、そこへと移行する過程で出る死者をいかにして減らすか考えていた。


 その際に差別も選定もしたくはない。『制定者』のようにとりあえず最低限、人類としての形さえ残っていればオーベロンやパックがこの五千年近い時で蓄えた人間の情報を元に『再現』すれば良い、などとは思えなかった。


 その時、生きている人達が生き残って、それで『新世界』を生きてくれるのを願っていたのだ。


 そして、そんな先を見据えた考えゆえに――フラワーは冷徹な考えも同時に持たざるを得なかった。人を救うには限界がある。だから、あぶれた人達を見て見ぬ振りをして……今みたいに死に絶えそうになっている時、魂の回収をするという残酷なことしている。


 この矛盾がフラワーを悩ませていた。


 差別も選定もしたくはないのに、自分は何をやっているのだろう、と。


 パックのように、今生きる人のために最大限の何かをしてあげられたら、どれほど良いだろう。もちろんパックの苦悩は矛盾した心を理解してよりよい方向へと持っていくという難しい問題であるのは分かっている。だからそう簡単に『そちらの方が楽で良い』などと口には出せなかった。


 ……でも、――――辛かった。助けて欲しかったのだ。


 けれど人類に対する思いは自分が決めて実行していることであるし、そうしようと決めたのは自分だ。自分以外には出来ず、助けて、代わりにやってくれ、などとどうして言えよう。


 パックが何も口に出さなくなったフラワーに近づき、背中に垂れる金色の髪の毛先に、そっと触れた。


 《……君のやっていることは、本当にすごいことだよ》


 《…………。ありがとうございます》


 《――…………》


 ――いつでも頼ってくれていいからね、とはパックは言わなかった。いや、言えなかった。相手の心を分かっているからこそ、その悩みがどれほど大きいものであるのを理解しているからこそ、安易な言葉を口に出すのは憚られてしまうのだ。


 フラワーの『助けて』という根底に沈んだ願いは、優しい言葉だけでは掬えない。手が届かない思いに手を伸ばして、無闇にかき乱せば、沈殿した泥で澄んでいた心が汚れかねないのだ。


 心を持つ者は、どんな存在であれ、心を暴かれてしまうのを嫌う。


 不可侵の領域に踏み込む存在を嫌悪してしまう。


 だから、パックは心が読めても過度に踏み込むことは絶対にしない。……怖くて出来ない。


 あくまで心を読むツールとして他人に自分を使わせ、誰かを救うことを常としている。


 ……もちろんパック自身でも、どうにか助けたいと思ってしまう。死を願いながら、生を欲している心など、そんな絡まり矛盾を帯びた心をどうにかしてほぐして楽にしてやりたかった。


 でも、出来ない。


 目の前のフラワーであっても、リディアであっても、その思いは自分の能力ではどうしようも出来ないことであるのを理解しているから。


 だから、何も出来なかった。


 今を乗り切るために、小賢しい言葉を紡ぐことだけが彼に出来ることだった。


 《……吸血鬼に変えることは許してくれる? アスカにはやり過ぎないよう釘を刺すから》


 《……悪意がないなら、構わないですよ。…………見捨てろ、だなんて言えませんから》


 《ありがとう。……本当にごめん》


 結局のところ、大義を持つ者ほど自分自身を救えなくなるのだ。その大義が大きければ大きいほど、心に絡みつき、『本当の自分の願い』を沈めてくる。


 もはや、どうしようもないことであった。

 







 

 アスカは吸血鬼にするのは、後三人までと決めた。


 四天王を作りたかったのと、あまり一度に吸血鬼を増やしすぎると制御が出来なくなるからとリディアやパックに言われてしまったからだ。


 ということで、眷属とする者は三人までとする。その三人はパックに選んでもらった。


 アスカはそこで条件を出した。


 最低限、『善人』であること。


 色々な属性が欲しいこと。


 もちろん吸血鬼になっても構わない、生きたいと願う者だけを選ぶようにしてもらった。


 無理矢理は駄目絶対、と『彼』に言われていたので、ちゃんと相手の意を汲むようにする。


 そして、そんなこんなで条件に見合う者が偶然見つけられた。


 見つけた属性は、『筋肉』『研究者』『マスコット』だ。


 彼らを吸血鬼にして、他の人間をしっかりと治療して、夜が訪れたのでポーズを取ってみる。


 「始祖にしてリーダー? アスカっ」


 真ん中で荒ぶる鷹のポーズを取るアスカだ。


 「筋肉担当? ――――あー名前忘れたんだが?」


 大柄でひげ面の男がアスカの斜め後ろで困ったように頭を掻く。


 アスカは荒ぶる鷹のポーズを取ったまま彼に顔を向ける。


 「じゃあ、名前つける。もはもは、……ライオン……レオン……トラ……よし、敬称つけて……トラサァンで」


 「どういう基準でその名前になったんだ、リーダー? トラはともかく、サァンってなんだ」


 「サァンは敬称? 年上っぽい人には敬称つけるべきかもしれないって言われたから」


 「アバウトだな、おい。あとあんたが上じゃないのか?」


 「そうなの?」


 「……。『リーダー』じゃねえのか? ……まあいいや。じゃあ、俺はトラサァンな」


 「頑張れトラサァン」


 「おうよ!」


 トラサァンはグッとマッスルポーズをとる。


 そんな彼の隣にはひょろひょろとした目つきが悪く目の下にクマがある青年がいた。猫背気味でややふらふらしている。


 「……研究者? 担当、アンゼルム……」


 両腕を頑張って高々と掲げている。あくびをしてとても眠そうだ。


 「……リーダー。寝て良いか?」


 「あと二人いるから頑張って」


 「なんのためにこんなこと……それに僕が研究者って……まあ、採取とか調合とか好きだけどさ……」


 アンゼルムは、ぶつくさ言いながらもアスカは命の恩人だから素直に従う。


 そんなアンゼルムのさらに隣には、小柄な少年がぷるぷると震えながら、両腕を爪先までぴーんと左に向かって精一杯伸ばしていた。


 「マスコット担当? バルトゥラロメウス……!」


 「見た目可愛いけど、名前がいかつい」


 「そんな……」


 アスカにそんなことを言われて、バルトゥラロメウスがショックを受ける。


 「でも、ぎゃっぷというものが大事らしいから、よし」


 良いらしい。


 そしてアスカの後ろにいて、戸惑いながらも嬉しそうにしている女性が一人。彼女はアスカの腰に手を回し、アスカの頭に自らの顎を乗せている。


 「側近担当? プルクラ!」


 「名前は良い感じ?」


 「ええ、アスカ様のために頑張ろうという気になりますっ!」


 「ならとってもいい」


 トラサァンと同じように名前を忘れてしまっていたので、アスカが名付けた。『彼』が使っていた和名もいくつか知っていたのでそれでも良かったが、それよりも『彼』が好んでいたラテン語という言葉を使ってみる。意味は『美しい』だ。実際にプルクラは綺麗なので、合っているだろう。ちなみにパックは彼女の本当の名前を知っていたが、プルクラが新しい名前を欲したのだ。


 プルクラは吸血鬼になってから、何故かアスカにすごく懐いている。別に操っているわけではないのだが、とアスカは内心首を傾げてしまう。何故懐いてきたのか、直接聞いても、恥ずかしがって教えてくれなかった。パックに聞いてみたけど、プルクラに止められてしまう(パックいわく、人の感情は無闇矢鱈に暴くものではないらしいと、たしなめられた)。難しいものだ。


 「魔王戦隊? 爆誕!」


 ぼふん、と背後でリディアに軽めの爆発を起こしてもらって、とりあえずは終了だ。


 「じゃあ、自由時間。しばらくは各々好きにして。でも、人を襲ってはだめ」


 「了解だぜ」「はーい、眠る……ぐぅ」「えっと、えっと……自由時間……どうしよう……」「側近なので、アスカ様のお側にいますね」


 なんだかよく分からないおかしなメンバーは、適当にばらけてしまった。プルクラはアスカの傍から離れないが、移動の邪魔にならないように少し後ろに付き従うように張り付く。バルトゥラロメウスも特に行き場がなかったためか、プルクラの反対側についた。


 アスカは彼女達の行動について、特に気にしていなかった。無闇な人殺しという禁忌さえ犯さなければ、自由にしてもらえればいい。


 とりあえず後ろに二人を引き連れて、リディアに話しかける。


 「これからどうするの?」


 「うーんと、そうだねえ。最低限の処理……遺体を埋葬とか生きている人達にどうすれば良いかの指針を与えてから、ティターンに行こうかな。……遺体の方は……トラサァン? くんが穴を掘り始めてるし」


 「トラサァンは頑張り屋」


 トラサァンは木の板を使って、土を掘り始めていた。ただ、吸血鬼に変わったせいで力の加減が出来ていないのか、何度かへし折ってしまっていたが、それでもめげずに新しい板を見つけては土を掘ろうとしている。


 その近くでは、アンゼルムが寝ながら、廃材と荒縄を用いてスコップもどきを作っていた。トラサァンに「手伝え」と無理矢理引きずられていたようだ。けれど、面倒くさがりのアンゼルムは抵抗の末に道具を作って支援することで落ち着いたらしい。


 そんな彼らを見ていて、アスカはふと疑問を抱いて首を傾げる。


 「……死体って土に埋めても良いの? アンデッドにならない?」


 「そう簡単にはならないかな。アンデッドってまず、高濃度の魔力を長時間浴びさせなきゃならないから」


 高濃度の魔力というのは、普通では為し得ない環境であるため、アンデッドが生成されることはごく稀だ。死の森のような特定の条件が揃わない限り(そこであっても、さらに限定された環境による)生まれないため、アンデッドが氾濫することはまずない。


 「それに遺体を燃やすのにもたくさんの燃料が必要だしね。それを確保出来ないなら埋めるしかないよね」


 「リディアがお手伝いすればすぐでは?」


 「うーん、それはあまりよろしくないかなあ」


 「どうして?」


 アスカが問うとリディアは困ったように笑う。


 「私って結構『便利』だからさ、頼り切りにされちゃうんだよね。下手にそういう大きな歯車になっちゃうとさ、人であれ集落であれ成長を遅くしちゃうことがあるの」


 「……そんな上から目線の都合なんて知ったこっちゃない」


 プルクラがぼやく。――当事者からすれば、聞こえの良い理論なんて知ったことではないのだろう。


 プルクラは、リディアに聞こえるように言ったようで、その言葉が耳に届いたリディアはなんとも困ったようにしてしまう。けれどこういったことは過去に幾度となく経験があり、年季があるためおろおろすることはなく聞き流していた。ちなみに一番おろおろしていたのは、バルトゥラロメウスだった。


 アスカはその二人の言葉を聞いて、軽く夜空を見上げる。


 「むつかしい」


 人を生き返らせるのも、化け物に変えるのも、手伝いをするのも、色々と制約があることもあるらしい。人が人のために行ったことでも、喜んでもらえないどころか恨まれたりすることもあるようだ。


 必ずしも善意が善いことになるとは限らないらしい。


 まあ、だからこそ『彼』も苦しんでいたんだろうな、となんとなく察せた。


 アスカは思う。この世は――人は、物事を難しくするのが好きなようだ、と。


 もっとシンプルであった方が楽だろうに。


 (………………。まあ、いいや)


 そう考えて、『そう考える』ことも難しいことであると思い至り、一旦考えるのをやめる。


 とりあえず、アスカは他の皆と一緒に、遺体の埋葬をすることにしたのだった。

次回更新は5月9日を予定。

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