人ならざる者に与えた優しさとその代償⑩
「おぉ、えげつない」
遠くの空からアスカの戦いぶりを観戦していたリディアはそう呟く。
「あれは『血』みたいだね。……単純に溺れさせた、ってわけじゃなさそう。……毒? もしかしてアスカちゃんって、ゾンビから進化した?」
《そうだね。あの子、元はゾンビだよ》
パックが簡潔に答えてくれる。
――それだけで色々と想像出来てしまう。それにアスカの体質を考えれば、魔力障害を起こしての死亡――そして、『不死ノ王』は『生き返り』を願って彼女をゾンビにした可能性がある。ただ、もしそうしてしまったのならば、きっと親族との関係はこじれることになっただろう。どちらが『生き返り』を願ったにせよ、ゾンビはまともな知能を持たず、人を食い殺そうとする。
どっちにしろ良い結果にはならなかったはずだ。
リディアはちらりとパックを見やるが、小さな妖精は、ふいっと視線を逸らした。やはりあまり言いたくないようなことがあったらしい。問い詰めるのは酷だろう。
「えっと、あの血は、魔法で作ったわけじゃないっぽいね。あくまで本物を操ってるだけかな。……胃か肺か……拡張された空間に入れて、取り出してるのかな」
肺の内部が空間拡張されているようだから、間違いないだろう。普通の生物なら色々と問題が発生するが、アンデッド――半死半生となっている吸血鬼であるから、有効に活用出来るのだろう。
「……操るだけだから動作がかなり速いね。詠唱もかなり簡略化されたみたいだし。挙げ句にレジスト出来ないから、食らっちゃったら、それそのものを直接どうにかしないといけない感じかあ」
もし、戦うとしたらかなり面倒な相手と言わざるを得ない。レジスト無効は、かなり強い力だ(逆に相手の魔法やスキルなどを無効化出来ないということでもあるのだが)。
血やあの風は物理的な方法で防がなければならないだろう。純粋に攻撃力を上げれば、それだけで脅威になる。様々な効果を付与すれば、立ち回りしやすくもなる。
ネックは体質的に内在魔力の回復速度が遅いため、完全な魔法型には出来ないというところだろうか。
――さて、どんな方向性に強くするべきだろうか……。
そうリディアが考え込もうとしていると、こちらに向かってくる光の球が見えた。
それは女の子の妖精、フラワーだった。
《リディア!》
フラワーが目の前までやってくる。
《来ていたんですね……! もしかして、あの…………アンデッドが、今回の魔王候補ですか?》
フラワーの表情が芳しくなかった。それが分かってしまって、でも、応えを遅らせて不安を長引かせたくなくて、リディアはすぐさま答える。
「うん、そうだよ」
《あの方、本当に大丈夫、なんですか?》
不安そうだ。それはそうだろう。アンデッドはこの数千年見てきた中で人間に友好的な存在はいなかった。『不死ノ王』などは人類を滅ぼそうとしたほどだ。フラワーは、アスカがやり過ぎることを憂慮しているのだろう。……アスカが『不死ノ王』の眷属であったのを知ったら、どう思うだろうか。
「……えっと、たぶん?」
正直、リディアも問題ないと太鼓判を押せなかった。
アスカの戦闘跡地は渦巻く風が通った地面は抉れ、家屋などが根こそぎ削り取られ、辺りに散らばっている。無残たる有様だ。それを躊躇無くやったのだから、心配するなというのも難しいだろう。
《一応、生きている人に攻撃は当たらないようにはしてたみたいだよ。実際に当ててないし》
パックがフォローを入れてくれる。
「へえ」
――リディアは意外に思ってしまう。もしかしたら、何人か巻き込んでいたんだろうな、とは思っていたのだ。……嘘偽りなく、ここの村の人間を助けようとしているようだ。
《嘘とか偽り以前に『そういう話だったから』っていうのもあるけどね。あの子、かなり律儀だし、素直だよ。少なくとも『言うとおり』にはちゃんとしてくれるはず》
「あー。それはある意味楽かもだけど……。これは、あんまり変なこと言えないかもねえ」
素直で、なんでも言うとおりにしてくれるということは、言い聞かせやすくはある。だが下手をすれば解釈が多少違った場合、とんでもないことをしでかすかもしれないということだ。
《……悪い人(?)ではないんですかね……? リディアが決めたのであれば、たぶん問題ないと思いますけど……》
フラワーの信頼がちょっと厚くて重い。これは期待に応えねばと思ってしまう。
「フラワー、あの子……アスカちゃんに、ちょっと挨拶に行ってみよっか? 今後、関わることになるだろうしね。それと、あの子、魔力障害があって、魔晶石の力をちょこーっと借りたかったからさー、仲良くしてくれると嬉しいかも?」
《そうなんですか? …………えーと、魔王候補なんですよね……正直言うと、町にはあまり近づけたくないですね……。勇者候補のイェネオの件もありますし…………でも、アンデッドで魔力障害あり……かなり良い献体なのでは……?》
なんだかほんのり危ない雰囲気が漂っているような気がする。
フラワーはこの数千年で酸いも甘い経験しているからか、以前ほど甘さがなくなった。見た目はファンタジーな存在だが、中身は割と現実的でシビアになってきている。……人間にはだだ甘だが、悪者や魔物には少々、厳しい態度をとることがあった。
そうでなければ、誰も救えないと分かっているからだろう。
心を得て、誰かを好きになって、その誰かを救いたいと願い、しかし、そうするためには以前のように冷たく徹することも必要だと思い至ったのだ。
でも、何も知らず感じず、ただ目的をこなしていた時とは明らかに違っている。
フラワーは昔より遙かに危うくなっているが、それ故に最高最善を選ぶことが出来るようになっていた。
リディアが手皿を作ると、フラワーはちょこんとそこに乗って、見つめてくる。パックも身を寄せてくれた。
リディアはフラワーを額を近づけ、囁く。
「この世代も頑張ろうね」
《頑張りましょう》
《頑張ろー》
一緒に歩み続けよう。今は辛くても、報われる未来を築くために。
そのために互いは互いのために協力は惜しまない。
「お疲れー」
リディアが、ふよふよと空中を漂いながら、アスカの近くに降り立つ。アスカはというと、魔獣を包んでいた血の塊を吸い戻している最中だった。
明らかに体内容量を超える血液が、勢い良く吸い込まれていく。瞬く間に、アスカの体内に収まり、彼女は「けふ」と血の臭いの混じった息を吐き、リディアに顔を向ける。
「終わった」
「想像以上に強いねー。あれがアスカちゃんの戦い方の基本みたいな感じ?」
「うん。肺に溜めた血と空気を使って、魔法で法則系? の力を与えて操る感じ。この方が魔力の消費も少ないし、私向きって言われた。あと、最終手段で肺を壊して、自爆もある」
何故かどや顔をするアスカだ。
「それはやめてね」
「なんだか、それ、よく言われる? 効果的で良いと思うんだけど……。この肺が壊しにくいのもあるから? 知り合いが巻き込まれないようにも注意はするつもり」
……これを本気で言っているから、怖い。
「そういう意味じゃないんだけどなあ」
確かに拡張された空間の内外壁はとても壊しにくくなる。次元が変化する関係か、拡張された空間によって壁が重なり合う状態になるためか、ここら辺は実験などで確かめることが危険なのであまり分かっていないことだ。
「それやったら死んじゃうから、駄目だよ」
リディアが悲しそうに眉を顰めるが、アスカは分かっていなさそうだった。
「死にそうな時の最終手段……だから良い感じでは?」
「その一点だけを考えるのなら、百歩譲って良いんだけど……。スプラッタになって身体残らないとなんだか悲しいし」
「そういうもの?」
「そういうもの」
「なるほど」
アスカがこくりと頷いたのを見て、リディアも同じく微笑みながら頷く。
《ど、独特ですね……》
リディアの隣に浮かんでいたフラワーがそう呟く。
声を聞きつけてか、アスカの興味がフラワーへと移った。フラワーとリディアの肩口に座るパックを交互に見て、首を傾げる。
「少し違う? この……む――」
《ざっくり言うなら『そっち』より妖精が良いかなあ。あと改めて名乗るけど、ボクはパックで隣の子はフラワーだよ》
パックが遮ってたしなめるように言うと、アスカは素直に頷く。
「パックとフラワー覚えた。あと、ざっくりな呼び名は妖精……覚えた」
《えーっと?》
フラワーが困惑している。
それでもおずおずとアスカに近づいて行き、彼女の顔の前でぺこりと頭を下げた。
《初めまして。フラワーです。今後、レベル上げでお世話になると思います。それと私のマスターであるティターニアとも関わり合いになると思うので、共々よろしくお願いします》
「私はアスカ。アンデッドで吸血鬼。よろしくお願い、……します」
そう言ってアスカも軽く頭を下げた。
顔を上げたアスカは、ジッとフラワーを見つめる。何か気になるのか、目を細めるようにして見つめ続けている。これにはフラワーもどうしていいか分からず、困ったような顔をしてリディアやパックに視線をやっていた。そしてアスカは首を傾げ、口を開きかけた。
同時にパックが慌てる。
《あっ、ちょ――》
アスカを止めようとしたのか、でも間に合わず、彼女は言う。
「私は、貴方が……嫌い?」
《はい!?》
その突然の宣言にフラワーは混乱の極みに達した。
別に何か粗相をした訳でもないはずなのだから、余計に『何故』という思いが強まった。そもそもアスカ本人もよく分かっていないようで、眉間に少しシワを寄せて首を傾げている。
「……何故?」
その上、そんなことをフラワー本人に訊いてくるのだ。
《知りませんよ!? パック!?》
「なんでか教えて欲しい」
フラワーとアスカはパックへと顔を向ける。
《ボクも分からないよ! いきなり、そんな感情抱いたんだから!》
本当に何の関連性もなく、フラッシュバックもなく、ポッと突然光が灯ったようにアスカはフラワーに対してそんな感情を抱いたのだ。――いや、何か微かに記憶がよぎったようだったが、パックが認識する暇もなく、感情だけが残されて、言葉が出力されてしまったのだ。
もはや、記憶を漁ったところで記憶と感情を紐付けて繋げることは出来ないだろう。
想像以上に、アスカの心の欠陥は酷い。
そして当のアスカはというと、自分のフラワーに対する感情に疑問を持っていた。
今は特に強く思っていないが、もやもやとした感情がくすぶっているような気がしないでもなかった。
《えぇ、……うぅ、なんですか、ほんと……》
「なんだろう。でも嫌いになったから仕方ない」
アスカがそんな不思議そうにして首を傾げるものだから、フラワーがなんとも言えない気持ちになる。
《~~っ。――ほんと、何なんですか! 何なんですか! この子!》
「あ、あはは、落ち着いて、フラワー。アスカちゃんに悪気はないから」
《分かってますよ! もっと悪い人もいたし、酷いことも言われました……。――けど今まであんな意味が分からないことは言われたことないです! 私は悪くないのに、でも、それなのに向こうも悪気がないのが余計、なんか――こう――!》
「うん、分かるから、ちょっと落ち着こうね?」
リディアが苦笑しながら、なんとも言えない感情に振り回されるフラワーをなだめていた。
アスカはそんなフラワーなる妖精の態度が乱れたことを見て、たぶん恐らくきっと――もしかしたら怒っている可能性を考慮する。
嫌い、という感情や言葉を向けられると、人は悲しくなったり怒ったりすることがある。
なので、きっとたぶんフラワーは怒っているのだと思う。それも自分に向けられているのを理解出来た。
怒る、という感情はあまり向けられたことがない。少なくとも、こういう『仲間内』的な感じなものでの『怒り』を向けられた記憶があまりなかったように思う。なんやかんやと自身を接してくれていた人――もといアンデッド達は優しかったから。
フラワーは怒っている。怒らせてしまった? だから、怒っていないようにするのが良いはず。では、怒っていない状態にするには? 楽しませたり嬉しいようなことをする? 楽しいことはフラワーのことを知らないからすぐやることは出来なくて、嬉しいことは……今できることでは――――褒める? この子はきっと可愛いから、それを伝えるべきだろうか?
《それ――まっ――》
パックがまた慌てていたけれど、アスカは自分に向けられたものだと認識せず、フラワーに向かって笑顔を浮かべながら口を開いた。
「貴方、可愛い」
《!? ~~~~~~~~~!?》
盛大な煽りをかまされたと思ったフラワーは、何も言葉に出来なかった。
しかし身体が無意識の内に動き、彼女の鼻先に――ドロップキックを叩き込んだのだった。
「おふっ」
それなりに威力があったのか、アスカの頭がわずかに後ろへと傾ぐ。
これにはリディアとパックも驚いてしまう。
「わぁ!?」
《フラワー!?》
《あぁああああああ!》
フラワーが我を失っている。
……たぶん今の煽りで(本当はそうではないけれど)、溜まりに溜まったストレスが爆発してしまったのだろう。さらに感情のハウリングを起こして暴走状態に入ってしまったのだ(人間だったらまだしも、『魔物』に言われてしまったためでもあるだろう)。
これはまずいとパックはフラワーの後ろに飛んでいく。追撃をかけようとしていたフラワーを後ろから押さえ込んで、アスカから距離を取る。
《フラワーどうどうどうどう!》
《んぎぃあぐぁぐぁぁああああ!》
フラワーが歯を剥き出しにして、アスカに向かってバタバタともがいている。
アスカは、ぽかんとした顔をしており、ほんのり痛みがある鼻先を触わりながら首を傾げ、パックに目を向けた。
「何故?」
《待っててね! 教えるから! だから今は待ってて! 出来れば何もしないで! お願いほんと!》
「りょうかい」
アスカは素直にコクリと頷くのであった。




