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人ならざる者に与えた優しさとその代償⑨

前回までのあらすじ

リディアと妖精の過去について。

リディアは吸血鬼のアスカと共に魔獣が襲撃されている場所へ赴くことになった。

 その村は村というより、スラムに近かった。難民や軽犯罪者などが寄り集まり、形成された集落だ。だから立ち並ぶ家屋も廃材を用いた掘っ立て小屋で、村の周りを囲う柵も風が吹けば、崩れ落ちてしまいそうなほど脆い。


 実際、柵は魔獣が襲来した時、何の役にも立たなかった。


 結果、蹂躙されるしかなかった。


 先ほどまで聞こえていた人々の叫びは、すでになく、辺りは血に塗れている。


 魔獣は容赦がない。そもそも、手心を加える理性などなかった。言葉を交わせる魔族と違い文字通り『獣』なのが魔獣だ。意思の疎通など出来ず、そこにある命を食い荒らすだけだ。


 その魔獣は幾度も進化を遂げたのか、体表面に魔力の膜が張り、薄く立ち上っている。


 体高が五メートルほどの虎の様な強靱な体躯をしており、外骨格のような甲殻に覆われている。半端な武器では撥ね除けてしまうだろう。幸い、王種ではなかったが……力のない人間にとってはあまり関係のないことだ。


 それに手足の鋭い爪の他に、長い尾の先端には、甲殻の塊がついており鈍器となっている。ふらふらと揺れるその尾には肉片と血が滴っていた。縦横無尽に振るわれる鞭のような尾は、当たれば致命傷となってしまうのは明白で、近づくことすら困難だろう。


 その魔獣は、鎮まり返った集落の中で、肉を貪っていた。


 すでに敵対する存在はおらず、周りを気にする様子もない。


 遠巻きに人型の虫が飛び回って、魂を回収しているのは気付いていたが、気にしない。あれに関しては、敵対的な意思は湧かなかった。自分達魔物に近しい存在だし、何より魔力の塊であるため、食べたとしても腹の足しにもならないのが感覚的に分かりきっていたのだ。


 適度に、適当に、近くにいる、魂を盗もうとする奴だけを潰しておく。


 その魔獣は魂より、とにかく腹が減っていた。何かを食べたかった。


 強くなりすぎて、今まで住んでいた近隣の森では手頃な動物は食らってしまったのだ。


 ――魔物の最大の欠陥は、まさに強くなってしまうことだろうか。


 力を付ければつけるほど身体は大きくなり、魔力の消費が多くなっていくスキルも身についてしまう。


 それ故に魔力を吸うことで周囲の魔力濃度を上げてしまい、混沌とした環境に変えてしまう。


 肉体を維持するために食わなければならず、生態系を壊してしまう。


 普通の生物なら一世代で身体が何度も変化するなんてことはない。


 ある日突然、肥大化して不安定な魔力で構成されてしまうことなんてない。不安定な状態から脱するために多くの食料を求めることなんてあり得ないのだ。


 その欠陥故に、魔獣は魔物の中でも特に忌み嫌われる存在だ。


 しかし、魔獣にとって生態系が狂おうがどうでも良かった。そもそもそんなこと、分かるはずもない。


 飢えている。だから食う。


 食うために力をつける。


 それはひとえに、生きるため。


 魔力の靄から、塊となり、命を得た時から、変わらない『生きる』という目的。


 だから際限なく強くなろうとするのだ。



 ……そして、そんな魔物は大抵――自然発生した場合は特に、弱かった頃が必ずある。


 『弱い自分』知っているからこそ、『強い敵』がいるのも知っている。


 「――!」


 魔獣はぴくん、と反応して死体から顔を上げた。鋭い牙の間から血が滴り落ちる。


 嫌な臭いがした。


 『毒のある』新鮮な死体の臭いだ。


 今、貪っている生物と似た形をしているのに、唸り声だけあげて噛みついてくる変な奴ら。弱くて、けれど死ににくい面倒な奴ら。


 全部倒して食らってみれば、腹を下した。あれ以来、その魔物には近づかなかった。


 臭いの方に視線を向け続けていると、奥から、血のように赤い毛並みをしたアンデッドが歩いてきた。目の焦点は合っているが、目に光がない。


 その後ろに毒の臭いのしない『人間』がいたが――――魔獣は感覚的に理解した。あれは不味い、と。『強い』よりもっと危ない『絶対に敵わない存在』であると。


 言うなれば、自身が幼体の頃に見た空を飛ぶ爬虫類――竜と同等かそれ以上の存在だ。


 魔獣は、じりっと後退る。下手に背を向けたら殺されるかもしれない。……真正面でも結果は同じかもしれない。


 《リディア、怯えてるよ。逃げるかも》


 「あー、やっぱりかあ。なんでか程よく強い子って私に怯えるんだよねえ。逃がしちゃ不味いし…………すぐにやろうかな」


 黒い人間――リディアがやや前屈みになる。狩る姿勢だ。次に行う動作を見逃せば、死ぬことを魔獣は理解し、注視する。そして逃げることに全力を向けた。


 「待って」


 赤い死体――アスカが言う。


 「私がやる」


 「……大丈夫?」


 「強くならないと。それにあれくらいなら、いける」


 「うーん、分かった。危険だと思ったら私がやるからね」


 「うん、いいよ」


 アスカが頷くと、リディアが肩から力を抜き、やや斜め上後方に飛んで行った。


 圧が消えるが――粒になったリディアの姿を視認できる。脅威は完全に去ってはいないだろう。


 魔獣は何かから生まれ落ちたわけではないため、経験はなかったが、子供に狩りを教える動物や魔物を見たことがある。それと似たような感覚を受けた。


 子を殺せば、親が来る。親も弱いならそのまま殺してしまえるが、強いなら子は殺してはいけない。半端に痛めつければ、親がやってくるが、子を守るために追いかけてはこない。


 だから、あの死体を殺さずに動けなくする程度に壊すべきだ。


 そう魔獣は判断し、アスカに害意を向けた。


 爪が突き出て、うなり声を上げたことで、アスカが微かに首を傾げる。


 「戦うんだ。――じゃあ、《厄災(パルモナリィ・)渦巻く盃(デクスター)』――『嵐よ(エアー)来い(ストリーム)』》」


 アスカが何かを呟き、息を吐く。魔獣は魔力を見ることが出来た。だから、アスカが何かをしようとしているのを理解して、避けようとして――意味がないことを次の瞬間知る。


 突如、渦巻く暴風が発生して、魔獣を瞬く間に飲み込む。


 「!? !?」


 何が起こっているのか分からなかった。


 世界が渦巻き、天地が分からなくなる。


 遠くに吹っ飛ばされ、何かの茂みに突っ込み、突き抜けて、さらに何かにぶつかってようやく勢いが殺されて地面に転がる。


 地面にいるのは分かったが、脳が混乱して手足をばたつかせてしまう。


 それでもなんとか立ち上がり、頭を一度振ってから、『敵』の方を向く。


 魔獣は自分とアスカの直線上にあるものが根こそぎなくなっているのを見てしまった。自身は藪を突き抜けて、木にぶつかってようやく止まったが、他のものは全て後方に散らばっていた。


 先ほどまでいた村は遠い。数百メートルもの距離を吹き飛ばされてしまったのだ。


 「ダメージはそれほどない? なら毒は効く?」


 「!」


 魔獣はアスカが間近に迫っていたのに気付けなかった。


 彼女はまた口を開けていた。


 十数メートルの距離だ。跳びかかれば爪は届くかもしれない。先ほどの『風』が来ても、上手くすれば尻尾が届くかもしれない。――今度はちゃんとあの魔法を消せれば……そうでなくても弱めれば、もっと近づける。一撃でも当てれば、あのひ弱な身体は壊れるはず。


 「《『病魔(パルモナリィ・)満ちる盃(スィニスター)』――『溢れ出る(ヘモリジィ・)葡萄酒(バットリィ)』……召し上がれ》」


 ごぽ、と赤黒い液体がアスカの口から溢れ出て――それがスライムのような塊となって、魔獣の全身を包み込んだ。


 跳びかかろうとした勢いは殺され、勢い良く振り下ろされたであろう腕は、弱々しく血の海を掻く。


 そう、これは血だった。血の塊が魔獣を閉じ込めていた。


 身体を捻り動かすが、血の海は魔獣の身体に粘り着くように纏わり付き、身動きを許さない。


 ごぽ、と魔獣の口から息が漏れ――血が流れ込んでくる。


 「ぐがぁ、ごぁ――」


 そしてその血は決して体内にいれてはいけないものであるのを理解する。だが、血は空間を満たそうと魔獣の意思と裏腹に流れ込んでくる。


 魔力を放出して消そうとした。……でも、いつもならある抵抗感が全くない。この力に全く干渉出来ない。


 身体が痺れてくる。痛みが走る。必死に身体を捩るが、どんどん身体は動かなくなってくる。


 酸素が脳に回らなくなって、考えることすら出来なくなってきた。


 ――もはや魔獣に為す術はなく、血の海に飲まれて死を待つ他なかった。

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