第三話 相性
クラスはしばらく騒然としていた。
当たり前だ。学年トップの男が、魔法を使うことすらできない生徒とともに実技戦闘演習に参加すると言ったのだから。
いつまでも静まらないクラスに喝を入れるように、唐沢が鋭い声で言い放つ。
「ふざけるのも大概にするんだ! 星見は魔法が使えない、演習に参加する資格すら無いんだよ!」
そんな激昂をあざ笑うかのように、平然とショーゴは言う。
「どうかな。ドリはきっとアンタよりも強いぜ。もちろん俺なんかよりもずっとずっと強いしな」
ざわめきは収まるどころかさらに大きくなる。ショーゴが他の誰かを強いと認めたところなんて、今まで誰も見たことがなかった。
しかし実のところ、ショーゴは強い人間が好きだった。これまで誰かの強さを認めたことがなかったのは、単純にショーゴが認めるだけの強さを持った相手がいなかったからに過ぎない。
だからこそ、これまで毛嫌いしていたドリを、昨日ショーゴは認めたのだ。いや、認めたという言い方すらおこがましい、敵を目の前にして実に不敵なドリに対して、ショーゴは敬意すら覚えた。
自分と対等以上の強さを持つドリに対するショーゴの信頼は、揺らがない。
「ありえないって顔してるな。だったら先生、ドリと模擬戦でもしてみろよ。そうすれば俺の言葉が真実だって証明できるだろ?」
アンタになら俺でも勝つ自信あるけどな。そう言って舌を出すショーゴを見て、唐沢の怒りはついに頂点に達した。
「いいだろう。明日の放課後、校庭の使用許可を取ってやる。そこまで舐めたことを言ったんだ、どうなっても知らんぞ!」
唐沢は顔を赤くしたまま教室を出ていく。ドリの机に腰掛けてそれを見送ったショーゴは、机の主に後ろから服を引っ張られる。
「ショーゴ君! なんで勝手に決めちゃうのさ! 先生と模擬戦なんてそんな……」
「いいだろ、お前なら余裕じゃねぇか。オークと先公どっちが強いと思ってんだ」
「そういう問題じゃないよ! あれじゃあ僕が反抗的な生徒みたいじゃないか!」
「ちったぁ反抗しろ! 力を手に入れて、まだイジメられる必要なんて無いだろうがよ」
そう言われてドリが口を閉ざすと、今度は周囲が一斉に騒ぎ出した。
「おいショーゴ、どういうことだよ説明しろ!」
下田たちをはじめとした多くのクラスメートに取り囲まれたショーゴは、面倒くさそうに、
「うるせぇ! 知りたきゃ明日の模擬戦を見に来やがれ!」
そう言って一蹴した。
翌日の授業は、一日中どこか浮ついた空気のなか行われた。放課後になると、みんな掃除も早々に校庭へ飛び出す。唐沢はすでにそこで待っていた。
模擬戦を見ようと駆けつけたクラスメートから五分ほど遅れて、ドリが校庭に姿を見せた。
「すみません、掃除してて……」
「当然だ」
唐沢は取り巻きのクラスメートたちをジトりと睨む。バツの悪そうなクラスメートに内心でため息を吐きながら、ドリは唐沢の正面に立つ。
「あの、こうなってしまったら、もうやるしかないですけど、叱るのはショーゴ君にしてくださいね?」
「だから何を気にしてるんだよ、お前は」
後ろからショーゴに声をかけられる。掃除のときにいなかったから先に来ているかと思っていたが、どうやら今来たばかりのようだ。
「ほれ」
ショーゴは手に持っていた長めの木の枝をドリに渡す。
「ガラスを叩き割るくらいなら、これで充分だろ」
どうやら掃除をサボって、剣の代わりを探してくれていたようだ。ドリは受け取ったそれを軽く振ってみる。
「うん、まぁ大丈夫そうかな」
「なんだ、その棒切れ一本で俺と戦う気か?」
「ちゃんと魔法も使うつもりです。手は抜きません」
「ふん、まあいい」
唐沢はドリに背を向けると、五メートルほど離れた場所まで移動して振り返った。
「ちょうどいい。大葉、開始の合図を出せ」
「ああ、いいぜ。ドリも準備はいいか?」
ドリは棍棒を両手で構え、静かに頷いた。
「よし、始めるぞ。よォい……」
合図を出そうとしたところで、ショーゴは気がついた。周囲に目をやる。ドリは同じく気づいている。取り巻きの生徒も、若菜を含めて何人かは気付き始めたようだ。
「おい、早く合図を……」
「分からねぇのか先生。地面が揺れてる。嫌な予感がするぜ、こりゃ」
ショーゴがそう言った次の瞬間、あたりに二日前にも聞いたばかりの警報が鳴り響く。
『外敵警報。外敵警報。国内に外敵四体の侵入を確認しました。場所は……』
警報とともに地鳴りが大きくなっていく。その警報が鳴り止むと同時に、校庭の真ん中、ドリと唐沢が向かい合う中心で爆発が起き、あたりに轟音が響き渡る。
「……一昨日ぶりじゃねぇか。どういう因果だ、これは?」
そう言ってショーゴが見つめる先、大穴の空いた校庭の中心には、闘争心むき出しの複数の外敵の姿があった。
「なっ、リ、外敵? どうしてこんなところに!」
「おい先公、オロオロしてねぇで、早くギャラリーに救援を呼ばせろ。アレは俺たちで足止めするぞ」
落ち着いた口調でそう言うショーゴに対し、唐沢はずいぶんと取り乱した様子で、
「足止め? 戦うってことか? じ、冗談じゃないぞ。何でそんな命を捨てるようなことをしなきゃいけないんだ! 俺は逃げるぞ、お前らも早く逃げろ!」
と、それだけ言い捨てて校舎の方へと走っていってしまった。
唐沢の自信家な態度も整った容姿もすべて去勢だったのだと、その瞬間に誰もが気付いた。臆病な内面を隠すために彼は必死に強がっていて、危機的状況を前にしてその仮面が剥がれ落ちた。なんとも情けない話だった。
「……あの野郎、魔法の通り『ガラスのハート』だったわけか」
「それを言うなら『ノミの心臓』じゃない?」
「……同じようなもんだろ。それよりドリ、これは」
「……うん。ちょっとマズいよね」
唐沢が逃げ出したことで、多くの生徒たちが混乱に陥っていた。唐沢の言動は半分間違いだが半分は正解だ。「俺は逃げるぞ」は、間違いなく教師の取るべき行動ではない。ただ、「お前らも早く逃げろ」というのはほとんどの生徒にとって正しい言葉だった。恐怖心と逃げなければという思いが混ざり合い、全員が一斉に動き出した結果、辺りは軽いパニック状態になっていた。
「おいドリ。俺も手伝う。あいつら倒せるよな?」
「……うん」
ドリが肯定するのを聞いて、ショーゴは戸惑うクラスメートたちに向かって叫ぶ。
「おい逃げんなギャラリーどもォ! しっかり見てろ、当初とは違うかたちになったが、これから、ドリの力のお披露目だぜ」
ドリとショーゴは肩を並べ、目の前で唸りを上げる外敵たちに向き直った。
ショーゴの言葉で何とか落ち着きを取り戻した生徒たちは、固唾を飲んで二人の行く末を見守る。
「……しかしよぉ、ショーゴの言ったこととはいえ、ホントにあのヘナチョコミドリが外敵に勝てるのか? やっぱり俺が助けに行った方が……!」
そう言って飛び出そうとする下田を、若菜がチョップで静止する。
「やめなさい。……ドリーなら大丈夫だから」
「痛ってーな! ……何だよ、お前も何か知ってんのか、花咲?」
「もとよりそれを知りたくてここに来たんでしょう? ……見てれば分かるわよ」
小さく舌打ちして、下田は口を閉ざした。若菜を除く全員が、どこか不安げな表情を浮かべながら、緊張の校庭に目を向ける。
目の前に現れた外敵は二種類。身長が百センチほどの小柄な人型が二体、それに加えてネズミのような見た目のものが二体。ネズミ型の二体に関しては肉がついておらず骨だけという何とも不気味な容姿だった。
「小人型に、あれは鼠骸型か? 油断するなよ、特にゴブリンは道具を使う。知能があるやつは総じて厄介だ」
ドリはオークが大木を振り回してきたことを思い出し、納得する。見ればこのゴブリンたちも、土を固めて作ったような小さな盾を持っている。
「わかった、ゴブリンは僕がやろう」
「今回は複数相手だ、この前みたいな大技はなるべく控えとけ。魔力を温存しながら戦うんだ」
「……やってみるよ」
「よし。……いくぞ!」
ショーゴの掛け声とともに、ドリは左手で電気の塊を作り出す。両手で溜めていた技を片手で溜める。経験の浅いドリにも思いつく単純な力の制御だ。
「小龍の光!」
電流をゴブリン目がけて勢いよく打ち出す。しかしゴブリンの持つ土盾は、この電流をいとも簡単に打ち消した。
「……っ! それなら!」
今度は右手の棍棒に力を込めて思い切り叩きつける。しかしこれでも、土盾を割ることができない。
「おいドリ、二体いること忘れんな!」
ショーゴの声で、ドリに飛びかかってきているもう一体の存在になんとか気付く。すんでのところを棍棒で受け止めるも、攻撃を受け止めた棍棒がグニャリと大きくしなる。ドリはギョッとして大きく身を引く。
「くそ、小柄なのにとんでもない怪力だな……」
一旦ゴブリンたちと距離をとったドリの横にショーゴが並ぶ。
「おいドリ、どんなんだ?」
「土盾が厄介なんだ。電気は通らないし、棍棒じゃどうしたって強度負けだよ」
それを聞いたショーゴは何か思いついたようにニヤリと笑う。
「ドリ、俺たちはお互いに相性の悪いヤツを相手にしてたみたいだ。俺の方も炎をぶつけては見たが、骨は燃やせねぇもんな。だがよく考えてみろ。俺は盾ごと全身を炎で包むことができる。逆に、お前なら骨だけネズミを叩き崩すことは簡単だろう?」
「なるほど。じゃあ交代だね」
「終わりにするぞ!」
ショーゴはゴブリンの方に向き直ると、左右の手で二つの大きな火球を作り出した。二体のゴブリンに向かって同時に打ち出す。
「丸焦げにしてやる! フレア・ショット!」
身体の前に構えた盾も虚しく、その炎はゴブリンの身体を丸ごと飲み込んだ。数秒ののち、火球が弾け飛ぶとともにゴブリンたちはその場に崩れ落ちた。
「よし、僕も……」
ドリが棍棒にありったけの力を込めると、棍棒がまるで熱せられた鉄のように赤く光りだした。
「武装強化・強魔剣!」
その光る棍棒を、飛びかかってきた一体のデスラットの頭に向けて振り下ろす。頭蓋骨を割られたラットは短い悲鳴を上げてその場に倒れる。
その姿を確認するや否や、ドリはもう一体のラットに突進し、そのまま一閃する。反応すらできなかったラットは、骨をバラバラにしながら崩れた。
四体の外敵すべてが倒れると、それを見ていたクラスメートたちが一斉に歓喜の声を上げた。
第二話から引き続いたかたちの第三話。
技名考えるの楽しいです。リアンを考えるのが面倒です。
とりあえず初期構想で考えてあったのはここまで。決まっていることは戦闘演習が近々あることくらい。これからどうすっかなぁ。