第二話 お勉強をしましょうか
翌日の学校は、ちょっとしたお祭り騒ぎとなっていた。
体育館周辺には、昨日の豚型事件の事後処理のために国防軍の兵士が何人もうろついていて、穴の開いた体育館と軍服の人間という珍しい光景を一目見ようと、多くの生徒が廊下の窓から身を乗り出していた。
ショーゴは強引にその人の群れを押しのけて教室の扉を開ける。予想していた通り、教室に足を踏み入れるや否や、二人のクラスメイトがショーゴに飛び付いてきた。
「ショーゴォ! 無事で良かった心配してたんだぞ」
「下田。村松。お前らもちゃんと逃げられたんだな」
「当たり前だろ、ショーゴが逃してくれたんだ。今朝の新聞に被害者ゼロとは書いてあったが、それでも俺たちは気が気じゃなくてよ……」
ショーゴは右の眉をピクリと動かす。ショーゴと付き合いの長い二人は知っていた。ショーゴが右眉だけ引きつったように動かすのは怒っているときだ。
なぜ怒っているのか二人には見当もつかなかったが、とにかくこの場に自分たちがいるべきではないというのは察したようで、
「お、俺たち体育館の大穴を見てくるぜ」
と、そう言ってそそくさと教室を出ていった。
下田たちは粗暴でバカだが察しのいい人間だった。ショーゴはそのことに安堵しつつ席に着くと、心を落ち着けるように一度大きく息を吐いた。
「ずいぶんとイライラしてるみたいね」
その様子を見られていたのか、今度は背後から声をかけられる。ショーゴは腰を回して上半身だけ後ろを向く。
「若菜」
「昨日の説教がそんなに堪えた?」
「別に。あんなもん何も響かねぇよ」
昨日、ドリがオークを打ち倒したあと、三人は生徒の避難誘導を終えて駆けつけた教師たちに保護された。
ドリとショーゴに治癒を施したのち、三人は一時間ほど説教を食らったのだ。
確かに学校の規則には、学生が外敵と接触した場合、決して戦わずに大人の助けを呼ぶことという旨の内容も含まれている。だから教師たちからすれば当然のお叱りだったのだろう。しかし現場に居合わせた三人は、あのとき戦うことが間違いだったとはどうしても思えなかった。
「あんな説教はどうでもいいんだよ。今朝の新聞、お前も見たろ?」
今回の豚型事件は学校敷地内に侵入されるという珍しいケースだったためか、新聞の一面に大々的に取り上げられていた。当事者のショーゴたちでなくとも、この学校の生徒なら目を通しているだろう。
「あぁ、あれね。『二高教師陣、お手柄!』ってやつ」
「そう、それだ。確かにあのあと軍の人間にオークの屍体を引き渡したのは先公だがよ。倒したのはミドリだぜ。なんであいつの手柄が先公に奪われなきゃならねーんだよ」
「私たち以外でドリーの戦う姿を見た人はいないからね。そもそも、高校生がたった一人でオークを倒したなんて、誰も信じないわよ」
「……だけどよぉ」
不満そうなショーゴの声をかき消すように、始業のチャイムが鳴った。
その日のホームルームはいつもよりも長い時間が取られていた。教室に入ってきた担任の唐沢は、クラスの中をざっと一瞥して欠席者がいないことを確認してから、口を開いた。
「さて。今日は、来月に迫った実技戦闘演習のためのペア決めをしてもらう。いいペアを組むために、少し魔法のおさらいをしようか。……大葉」
「はい?」
名前を呼ばれたショーゴは少し不機嫌そうに立ち上がる。若くて整った顔立ちの唐沢は生徒からの人気が高いが、ショーゴは彼の自信家な性格があまり好きではなかった。
「君の適性魔法は炎魔法だったね。ちょっと俺に向かって打ってみてくれ」
「いいけど、禿げるぜ」
ハハ、と乾いた声で笑いながら唐沢は答える。
「心配するな。俺の使う魔法が何か、大葉も知っているだろう?」
「……ふん」
軽く鼻を鳴らすと、ショーゴは拳ほどの大きさの火球を唐沢めがけて打ち出した。火球は唐沢の顔に向かってまっすぐに飛んでゆき、直撃すると同時に弾け飛んだ。
「……このように、自分に合った魔法であれば、自在にコントロールし使いこなすことができる」
唐沢は、火球を受け止めて黒くくすんだガラスを生徒たちに見せながら解説する。
「自分がちょっと珍しいガラス魔法を使えるからって、自慢したいだけじゃねぇか」
舌打ちしながらショーゴがボヤく。
「それじゃあ大葉。今度は、そうだな……、雷魔法を打ってみてくれ」
「はぁ?俺の適性魔法は炎魔法だぜ。今見せたじゃねぇか。雷魔法なんて使えねぇよ」
「はぁ……。その口の悪さをなんとかしてくれれば、素直に褒めてやれるんだがな。……まあいい」
大げさにため息を吐きながら唐沢が言う。唐沢に褒められたいなどと微塵も思っていないショーゴは、そのまま黙って席に着いた。
「なら俺がやってみよう。いくぞ……それ」
声と同時にパチっと音を立てて唐沢の指先が一瞬光る。車のドアに触れたときに起こる静電気とそっくりのものだった。
「俺が雷魔法を使おうと思っても、がんばってこの程度だ。魔導士は各々が一つの適性魔法を持っていて、自分の適性魔法以外はからっきしだ。……何が言いたいか分かるか、ショーゴ?」
「自分と同じ魔法を使うヤツとペアを組むなってことだろ。いちいち説明が回りくどいんだよ」
「正解だ。一言余計だがな」
毎年行われるペアを組んでの実技戦闘演習。個人の成績トップであるショーゴは、去年自分と同じ炎魔法を使う村松とペアを組み、全五十二チーム中十六位という散々な結果だった。
「二人の魔法の組み合わせ次第で、できることは格段に増える。そこで今から、改めて全員に自分の適性魔法を発表してもらう。誰がどんな魔法を使うのかよく聞いて、自分のペアとして相応しい人を見つけるんだ。いいね?」
そうして二〇分ほど、生徒たちの自己紹介が続いた。
「じゃあ次、花咲」
「はい。花咲若菜です。適性魔法は治癒魔法で、演習時は医療班に加わりますので演習は不参加となります」
二十九人の自己紹介が終わったところで、
「よし、これで全員だな」
と、唐沢がいたずらっぽく自己紹介を打ち切る。クラスからクスクスと小さな笑い声が起こる。
ショーゴの在籍する二年三組は三十人だ。ドリの名前が呼ばれていない。魔法が使えないドリをのけ者にしていたのは生徒だけではなかった。
これまでは一緒になって笑っていた『ドリいじめ』を、ショーゴはもう見過ごせなかった。
「おい先生よぉ! 一人呼び忘れてんじゃねぇか?」
ショーゴが当然大きな声を出したものだから、ざわついていたクラスがしんと静まる。唐沢は突然現れたドリの擁護者に困惑した様子で答える。
「な、なにを言ってるんだ大葉。これで全員だ。去年もそうだったろう?」
ショーゴはすぐに、唐沢に何を言っても無駄だと気付く。立ち上がって、俯いたまま座っているドリの席まで歩いていき、その机をドンと叩いた。
ビクッと顔を上げたドリに、右手を机に乗せたままの姿勢で言い放つ。
「おいドリ。お前も早く、どんな魔法を使うのかみんなに教えてやれよ。俺は今年は、お前と組むって決めてんだからよ」
ちょっと魔法の解説っぽいことをするかー、的な第二話。
ファンタジーらしく広い世界に飛び出してほしいものですが、まだしばらくは学校の中でわちゃわちゃしそうな感じです。