08.作業
ブルーシートを敷いた部屋の中で、縛りつけた男を前に、菱沼は写真を撮っていた。
体格のいい男だが、菱沼が自作した大容量高電圧のスタンガンで気絶させて部屋に運び込むのはそれほど難しいことではなかった。
市販のスタンガンは弱く、威嚇する程度の威力しかない。
今回は相手が死んでも構わなかったため、確実に気絶させられるものを作るに至ったのだ。
男は数分前に目を覚ましていた。
口をガムテープで塞がれ、手足は新品の白いロープで結ばれている。
身動きはとれないが、目だけはしっかりと開いており、堪えられない怒りを示しながら、菱沼を睨んでいた。
「写真って、難しいのね。なかなか上手く撮れないわ」
携帯を机の上に置き、並べられたいくつかの道具から金槌を選んで握った。
新田恵介はこれから自分が何をされるのか想像したのか、少しだけ身じろぎをしたが、しっかりと縛られており、満足に体を動かすことができない。
菱沼は彼の前に膝をつき、右足を板に当てがい、手早く針金でぐるぐると固定した。
「怖い?」
菱沼が聞くと、彼は頷いた。
「じゃあ、説明するわね。今からあなたの骨を全部砕きます。ダメだったら、途中で死んでもいいからね」
新田は必死に首を振った。
死にたくない、と目で訴えている。
「ダメよ。だって、砕かないと、持ち運びにくくて、捨てられないでしょ?」
菱沼は聞く耳を持たず、金槌を足の親指に振り下ろした。
まるで貝殻を割るかのように、簡単に爪が砕けた。
新田は声にならない悲鳴をあげ、ロープで手足の皮が剥けるのも構わず暴れた。
その調子で、菱沼は彼の骨を足から順に潰していった。
途中で痛みに耐えかねたのか、彼は気絶し、その後も目覚めることはなかった。
雨粒の落ちる音だけが、静まり返った部屋に響く。
赤く染まったブルーシートの上で、菱沼はノコギリを手に立ち尽くしていた。
実に四年ぶりの解体だった。
以前は三日を要したこの作業も、人体の構造を勉強した今なら、一日で済ませられるようになった。
数時間前まで人間だったものは、無数の肉団子となってクーラーボックスに詰められていた。
日が暮れたら海へ捨てに行くつもりだ。
計画通り大雨が降り、これなら人目に触れることはないだろう。
「あっ、成瀬さんからメール来てるかしら」
携帯を見る習慣がないため、ふと思い出して画面に目をやる。
すると、今日家を訪ねたことに対するお礼が書かれていた。
「なるほど。手紙より砕けた感じでいいのね。ええと、そうだ」
菱沼は四苦八苦して成瀬にメールの本文を打つ。
「ん、これ、どうやって文字を小さくするの?」
『ちよつとまつて』となってしまったが、これでも意味は通じるだろうととりあえず返事を送る。
「写真ってどうやって送るの?」
これもまた頭を悩ませながら、やっと送れた時には一時間が経っていた。
「よし、これで成瀬さんにも安心してもらえる」
菱沼はほっとして携帯をビニール袋に入れた。
これから外に行くのに、濡れて壊れては困る。
「傘、はいいか。持てないものね」
菱沼は重たいクーラーボックスを持ち、降り止まぬ雨の中へ進み始めた。