07.大雨
大粒の雨が屋根を叩く。
成瀬は菱沼にもらったアドレスを打ち込み、本文を書いては消してを繰り返していた。
心がざわついて、何と送ったらいいものかわからない。
あの日起こったことを、菱沼に知られた。
それだけでも随分ショックなものだったが、さらには菱沼があの男までたどり着いたことに驚いていた。
成瀬自身はまだ警察に届け出ていなかったが、菱沼が通報すれば、すぐにあの男は処罰される。
母親を心配させまいと隠し通してきたが、黙って部屋に閉じこもっているのも、もう限界だった。
(そうだ、お礼を言わなきゃ)
そう思い、成瀬は震える指で文字を打った。
理由も言わず、ただ引きこもっていただけの自分を、菱沼は見捨てなかった。
やっぱり、憧れの会長はいつだって格好いい。
メールを送って数十分後、菱沼から返事が来た。
『ちよつとまつて』
(ちょっとまって……。かいちょー、小文字できなかったのかな?)
その一文だけで成瀬は少し元気が出て、くすくすと笑った。
いつかまた思い返す時のために、初めてのメールを保護して、携帯をベッドに放ると、成瀬はおもむろに部屋を出た。
まずは母親に今までのことを謝って、それからシャワーでも浴びよう。
美味しいものを食べて、学校で笑って、あのことは忘れてしまおう。
菱沼のように強くなりたい。
それはきっと、好きと憧れの入り混じった感情なのだろう。
どちらにせよ、好意は強い原動力になる。
成瀬の重い体と気持ちを動かせるほどに、それは高まっていた。
久しぶりの風呂は、気持ちの良いものだった。
(そういえば、私、お風呂好きだったんだ。なんで忘れていたんだろう)
ひとりで部屋にいると、嫌なことばかり考えてしまうことに気がついたのも、母親と会話しながら食事をしたからだ。
人と関わることで救われることもある。
たしかに、自分の気持ちと向き合う時間は必要だが、あのまま部屋にいたら思い詰めて命を絶っていたかもしれない。
(かいちょー、どうなったのかな)
部屋に携帯を置いたまま、すでに五時間ほど経っている。
菱沼からなにか連絡が来ているはずだ。
もう少しゆっくり湯船に浸かっているつもりだったが、メールが気になり、成瀬は部屋へ戻ることにした。
タオルを頭に被り、適当にドライヤーを当てながら、左手で携帯のスリープを解除する。
「んー?」
菱沼から画像が届いているという通知が何件も入っていた。
さっきの『ちよつとまつて』は画像を送りたいという意味だったのか、と成瀬はまた微笑んだ。
「かいちょー、かわいいなぁ」
今度会ったら一通のメールに何枚かの画像を一度に載せる方法を教えてあげようと思いながら、ドライヤーを置いて携帯のパスワードを解除する。
メールを開いて、成瀬は少しの間、そこに何が写っているのかわからなかった。
気がついた瞬間に、手の力が抜けて、携帯が滑り落ちた。
「なんで……?」
そこに写っていたのは、ブルーシートの上に広がるおびただしい量の赤い血と内臓であった。