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05.情報屋

菱沼は、使い古した手帳を持って、電車に揺られていた。

携帯を持ったことがないため、知人の住所や電話番号は全てここに記載してある。


今から会いに行く女性は、決して友人ではない。

菱沼が嫌っているわけではなく、相手から絶縁を言い渡されているのだ。

原因や理由に思い当たることがあり、拒絶されても仕方がなかった。


目的の駅で降り、そこからバスに乗って、またしばらく行く。

こうしていると、まだ両親と一緒に住んでいたころを思い出して少し憂鬱になる。

とはいえ、自分のことはいい。


今はあの日何があったのか調べるために、彼女の元へ向かわなければならない。

オートロック式のマンションの前で、菱沼は立ち止まった。

目的の部屋があるのは、304号室だ。


中学の頃に会って以来であるため、インターホンの番号を押す指が緊張で震える。

呼び出しボタンを押すと、すぐに声がした。


「どちらさん?」

「菱沼です」


そう答えると、沈黙が流れて、入り口の自動ドアが開いた。

菱沼はあっさりと受け入れてくれたことに驚きながらも、304号室へ向かった。


インターホンの向こうでどんな顔をしていたのか、容易に想像できる。

彼女、花里はなさと千賀ちかは菱沼が嫌いなのだ。

開けてくれただけでも幸運だった。


部屋の前まで来てノックをすると、扉の前で待っていたのか、素早く扉が開く。

眼鏡をかけた背の低い女の子が、菱沼の腕を掴んで中へ引き込んだ。


「……何の用だ? お前とはもう話さないはずだったよな?」


花里は腕を組んで菱沼を睨んだ。


「仕事の依頼をしたくて……」

「依頼? 私のことをあれだけ邪魔してくれたお前が? お前のせいでどれだけ苦労したかわかってるのか?」

「ごめんなさい。いくら謝っても、足りないことはわかってる。でも、私には他に頼れる人がいなくて……」


彼女は鼻で笑った。


「ハッ! そりゃそうだろうな。お前みたいな孤高気取りの根暗女に友達がいるとは思えん」

「……うん。だけど、そんな私にも友達ができた。その友達に何があったのか知りたいの」


花里はじっと菱沼の顔を見た。

本当に困っているかどうか調べているのだろうか。

しばらくすると、彼女は小さく舌打ちをして背を向けた。


「あがれ。話だけなら聞いてやる。だが!」


彼女は振り返ると、鬼のような剣幕で言った。


「二度目はねえぞ! お前とはこれっきりだ。わかったな?」

「ありがとう。花里さん」

「名前を呼ぶな、気持ち悪い」


花里千賀は、中学の時からずっと、ひとりで暮らしている。

当時から彼女は異質で、どこから得たのかわからない情報網を駆使して探偵のようなことをやっていた。

普通の探偵とは違い、金次第ではどんな調べ物もやってくれると一部では有名だったらしい。

つまり、かなり黒に近い存在なのだ。


彼女の部屋は物が少なく、パソコンといくつかの機材くらいしかなかった。

パソコンの前には山のような吸い殻があり、部屋中にタバコの臭いが充満している。


(まだ高校生なのに、こんなにタバコを吸って……)


お節介ながらも、そう思わずにいはいられない。

リビングにあった椅子を出して菱沼に座るよう促すと、花里は自分のアーロンチェアに腰かけた。


「先に言っておく。何を調べるにしても、報酬は百万から。内容によっては追加で徴収する。払えないなら帰れ」

「大丈夫。生活費を切り崩すから」


彼女はまた舌打ちをした。

値段を言えば諦めて帰るとでも思ったのだろう。

気持ちを落ち着けるためか、タバコに火をつけて軽く吸い、タブレットを開くと菱沼に聞いた。


「……で、何を調べてほしいんだ」


菱沼は、自分の知っていることの詳細を話した。

成瀬に何か起きたであろう時間帯とその区域。

彼女が菱沼との接触を避けていること。

その話をしている間、花里は無言でメモを取り続けた。


「できれば、何があったのか知りたい。無理なら誰が関わっているのかだけでもいい。とにかく、手がかりがほしいの」

「あのな『無理なら』なんて誰に言ってるんだ? こっちにはプロとしてのプライドがあるんだよ。お望み通り徹底的に調べてやる。しかし私が言うのもおかしいが、警察に言えばもっと早く解決するんじゃないか?」


花里は灰皿にタバコを打ちつけて灰を落とす。


「お前がもし自分の手で解決したいだなんてバカみたいなことを考えているなら、やめとけよ」

「心配してくれてるの?」

「あ? バカ、ちげーよ。お前がヘマしたらこっちに目が向けられるだろうが。だいたいこの住所は誰にもバレてねえんだ。疑われるだけで面倒なんだよ」


だから入り口からすぐに部屋へあげたのか、と菱沼は思った。

他人の目に映るところは最小限にしなくてはならないのだろう。


「金はここに振り込め」


花里の渡した紙には、銀行口座の番号と、山本真弓という名前が書いてあった。


「山本真弓って?」

「お前は一から全部説明しねえといけねえのか?」


彼女は呆れたように言う。


「お前と直接やり取りすると足がつくんだよ。これは経由用のダミー口座だ」

「ああ、マネーロンダリングってことね」

「知ってんじゃねえか」


花里はフッと笑った。

彼女の笑う顔など、初めて見たかもしれない。


「調査の結果はお前の家に郵送する。またあのボロアパートに住んでるんだろ?」

「ええ」

「学校卒業して両親と暮らすのはうまくいかなかったってことか……」


もう一度やり直したい、と家族に寄り添ったが、努力の甲斐もむなしく、その手は払われてしまった。

そのことを知っているのは、もはや彼女だけだ。


菱沼も自分で考えて行動して、その結果折り合いがつかなかったとして、素直に受け入れている。

だからこそ、唯一、菱沼を必要としてくれる成瀬のことは、大切にしたいのだ。


花里にその気持ちが伝わったかどうかはわからない。

彼女は一週間後に結果を出すと約束して、菱沼を追い出した。


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