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2話 愛しいあなたと

8/13 ⋯⋯に修正

「少しは落ち着きましたか?」


 女神様の優しい声、柔らかい腕の中、ぬくもりが俺の心を癒していく。

まさか自分がこんなに甘えたがりだとは思わなかった。

冷静になってくるとすごく恥ずかしい。


「ありがとうございます⋯⋯少し楽になりました」


「それはよかったです」


 ニコっと微笑む。

何度も見せてくれるその笑顔に、俺の顔も緩みそうになる。


 今まで他人に、自分の母親にすら甘えたことはなかった。

物心ついたときには父親の姿はなく、母は昼も夜も働きに出ていた。

母はなにも言わないでいたが、子供ながらに察した俺は、妹の面倒を見ながら、迷惑をかけない生き方をしてきた。

 バイトの給料は全て家に入れ、どこにも行かず、なにも欲しがらず、日夜働いて自分たちを養ってくれる母のために自分を押し殺してきた。


 その末に事故死。自分の運のなさには呆れてしまう。

母を恨んだことはない。それが自分の運命なのはわかっていたから。

だけど、死んでしまった今なら少しぐらい甘えても許されるよね。

耐えて耐えて耐え忍んできた思いが、女神様の抱擁で決壊しそうなんだ。


「女神様。転生する前に一つお願いしたいことがあるんですが」


「なんでしょう?」


「俺を⋯⋯女神様の所でしばらく住まわせてもらえませんか」


「え、ええええ!?」


 言ってしまった。

さっきまでの女神様らしくないオーバーなリアクション。

それもそうか、こんな事言い出すやつなんていなかっただろうな。

無理を言っているのは百も承知。だけど今言うしかなかったんだ。


「え、と家? があるのかわかりませんが家事炊事は得意です。御手伝いするのでどうかお願いします」


「いや、でも、ダメだよ、若い男の子を泊めるなんて! 私も独り暮らしだし⋯⋯」


 焦る女神様も可愛らしい。なんだろうこの気持ちは。

俺の中で、知らない感情が湧き上がって渦を巻いている。


「お願いします」


 ダメ押し。真剣な目で彼女を見つめる。

これでダメなら素直に転生しよう。

迷惑をかけるわけにはいかない。いや、もうすでにかけているか⋯⋯。


「⋯⋯わかりました。これも私の役目と見なし、しばらくの間、あなたを受け入れます」


 役目⋯⋯ってことは仕事の一環か。

少し心に刺さって痛いのはなぜだろう。

なにはともあれありがたいことには変わりない。


「ありがとうございます。自分でもこのような提案を口にしたことに驚いているんですが」


「死んだばかりですからそういう気持ちにもなるのでしょう。私の仕事が終わったら案内するので待っててくださいね」


 それでもなお、笑顔で接してくれる彼女はまさしく女神だ。

俺はもしかしてこのまま成仏してしまうのでは。




 白い花の中を歩き、うろうろしてみたが、ここは単なる説明のための場所なのであろう、広さはさほどなく、遠くに見える滝へも歩いては行けない。

空中に島が浮いている感じだ。

しばらく待っていると女神様が戻ってきた。


「お待たせしました。今日のお仕事は終わりましたので家まで案内しますね」


 そう言うと、持っていた木製の杖の先端部が眩しく光り、目を瞑り、気づいたときにはそこはもう家の前であった。

神の住む場所なのだからとんでもなく豪華な大きい家なのかと思いきや、確かに豪華な石製の神殿のような作りではあるが、1人で住むのにちょうどよさそうなサイズの家だった。


「イメージと違いましたか?しかも借家なんですよ」


 女神様は少し照れていた。

神様も意外とシビアでリアルな生活をしてるんだろうか。

いったい誰から借りているのか⋯⋯。

まぁ住まわせてもらう以上なにも言うことはない。


「入ってリビングにあがってください。ここでは頭で思い浮かべるだけで好きなものが出せますよ。なにか飲み物でも飲んでてください」


 そのあたりは流石、と言ったところか。

家の中に入ると、イスとテーブルだけの殺風景な部屋があった。

なんでも出せるから生活感のある代物が一切ないということか。

女神様は二階へあがっていったようだな。階段を登る音がする。


 勢いで住まわせてもらったはいいが、なにも考えてなかった。

これからどうしようかな。

とりあえず夕食の準備でもしようか。

神様って日本食でもいいのかな。俺が思い浮かべられるものはそれしかない。

ご飯に味噌汁、おかずには豚の生姜焼きを想像し、出してみた。

味は⋯⋯母親が作ってくれたものと似てるな⋯⋯。

記憶の中から抽出しているのだろうか。



 準備はすぐに終わった。

女神様はなかなか降りてこない。

⋯⋯悪いとは思いつつも二階へ上がってみる。

扉がちょっとだけ開いている部屋がある。

静かに歩いていき、こっそり覗いてみると、女神様が机に突っ伏していた。


「はぁ⋯⋯」


 溜息をついている彼女の姿は、衣装だけ女神のようで、面影がない。

ひょっとして俺が押し入ったせいか?

グサグサとナイフが突き刺さるような感覚。

油断してドアを軋ませ、音を立ててしまった。


 バッとこちらに振り向く女神様。

バレた。ここは下手に逃げるよりは素直に謝るほうがよさそうだ。


「すみません。覗くつもりはなかったんですが、その⋯⋯」


 ここにきて言い訳は印象が悪い。やめよう。


「あの、女神様が辛いのであればやっぱりすぐにでも転生して出ていきます」


「あっ⋯⋯違うの! あなたのせいで疲れたわけじゃなくて別の理由があって⋯⋯。ごほん、だから大丈夫です。安心してこの家に居てください」


 女神様は時折、お堅い女神としての姿ではなく、別の姿を覗かせる。

あなたの本当の姿は⋯⋯どちらなのですか?



「勝手ながら夕食の支度をしました。よかったら食べてください。俺は先に下で待ってます」


 待ってる、という言い方は卑怯だったかな。


「では一緒に食事にしますか」


 またニッコリ笑ってくれた。

俺は心の底から安堵した。




 簡素な部屋での2人きりの夕食。

女神様はいつも独りで寂しくなかったのだろうか。

あまり触れないほうがいいかとも思ったが、女神様の疲労の理由を遠回しに聞いてみることにした。


「差し出がましいかもしれませんが、俺でよかったら愚痴でもなんでも聞きますよ」


「心配してくれてありがとう。大丈夫ですよ」


 言う気はない、か。会ってその日のうちに気を許すわけもないもんな。

余計な詮索のしすぎに気をつけようか。



「二階に空いてる部屋があるのでそこを使ってください。家具も想像することで創造が可能です。私の加護がこの家には付与されてますからね」


「便利な能力ですね。俺もその能力にしようかな」


「想像力に依存しますから得意な人には役立つ能力だと思いますよ」


「なるほど、あまり欲がない俺には向いてないかもしれませんね。」


「ふふ、これからは自由に求めていいんですよ。ちなみに悪用が発覚したらその時点で転生生活は終わりですからね! 零くんなら大丈夫だと思いますけど」


「悪用したらまた女神様のところに帰れるんですか?」


「帰れません! もう、ダメですからね」


 あぁ優しく叱られるのは癖になりそうだ。

いや、何を言ってるんだ俺は。

自然と笑うのは久々な気がする。無機質な日々、ただただ過ごすだけの生活をしていた俺にとって、この空間はなによりも代え難い。

転生なんてしなくてもずっとこのまま⋯⋯。



 それから女神様との素晴らしい日々が始まった。

毎朝女神様を見送って、想像した物を出現させる能力で部屋の模様替えを行なった。

怒られたら消そうと思ったが、けっこう喜んで貰えて俺も嬉しい。

この時間は有限なのか無限なのか、死んでるし歳は取らないかもしれない。


 ある日、女神様が部屋から出てこなかった。

心配した俺は扉越しに事情を聞く。


 ここ最近、異世界に行きたがり、わざと自殺する者が増えてきているそうだ。

下界には女神様の存在が知れるはずもないが、漫画や小説などの異世界を題材にした物語が増え、世界に絶望した若者たちは、自暴自棄になり、ある種の賭けのように異世界へ行けることを信じて死を選ぶ。

見事賭けに勝った者はこうして女神様に会い、希望通りの異世界へいけるというわけだ。


 そんなことが続いてるうちに優しい女神様は自分の行いが正しいことなのかわからなくなってきたらしい。

もちろん下界の人間は女神様がいなくとも、死ぬやつは死ぬ。

死んで初めて天界の存在を認識するからだ。

 それでも女神様は事を重く考え、精神を病んでしまった。

勝手な人間の、安易な行動が原因で、解決方法なんかない。

「逃げる」という行為はいつだって否定されるが、それしか手段がないのなら、女神様の事を思う俺の行動は一つしかない。


「女神様、俺と一緒に異世界へ転生しましょう」



 俺は、女神様を護る覚悟を決めた。

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