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ひとりよがりの勇者  作者: 閲覧用
第一章 歪んだ信念
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第八話 騒がしく、そして平穏な

「ふう、満腹になるってのは久しぶりだな」


 五人での食事を終えたエリアスは、今晩から泊まることになる宿の一室で体を伸ばしていた。本来では四人用のこの部屋では窮屈さを感じることも無く快適だ。

 少なくとも、屋根が森の木々で、ベッドが大きめな岩な生活よりかよっぽど良い。しかし、一点だけ無視できない問題が存在する。それが何かといえば、


「なあ、俺が女部屋ってのはおかしくねえか?」


「おかしくないにゃ。むしろレオンたちの部屋に迷わず入ろうとしてる方が問題だよ」


 すぐ傍で荷物の整理をしているソラとセレナの存在だ。確かに今のエリアスはまごうことなき少女の姿である。それでも中身は男であることに間違いはないし、エリアス自身も男として振る舞っているつもりだ。

 しかし、ソラたちにはただの強気な少女と扱われているのが現状だった。先ほども迷わずレオンとブライアンの部屋に入ろうとして、慌ててレオンに追い出されてしまった。


「貧民街のような場所の生まれなら性別を隠す必要もあったかもしれませんが、ここではそんなことはしなくて大丈夫ですよ?」


 何やらエリアスの境遇を勝手に設定されている気がするが、訂正するのも面倒なので無視する。正直言って女性に囲まれて睡眠を取るのは、気まずいなんてものではないが、信用してもらえないのだから仕方がない。

 だが、柔らかいベッドで寝られるのだから、その程度は我慢して見せよう。そう結論付けて、そのままの格好でベッドへ飛び込み、暖かい寝床を堪能する。


「ちょっと! せっかく買った服にしわができちゃうから、寝巻に着替えてからにしてよ」


「面倒だからこのままでいいだろ?」


「ダーメっ!」


 唇を尖らせるソラに無理やり体を持ち上げられ、イスに運ばれると袋から水色の寝巻を手渡された。着替えろという意味なのは明白だが、シンプルながらも明らかに少女趣味なそれを身につけるのは、中々に難易度が高い。


「というか、俺の服にいくらかけたんだよ……。戦闘用と予備で二着あれば十分だろ」


「うわー、本当に女を捨ててるにゃ。せっかく綺麗な顔してるしてるんだから、少しぐらい意識してみたらどうなの?」


 呆れたとばかりに視線を叩きつけられても、エリアスにどうしろと言うのだろうか。客観的には普通の姿でも、主観的には男の女装。少しはエリアス側の気持ちも汲んでもらいたい。


「それと着替える前に、これを」


 露骨に嫌な顔をして、着替えを拒否していると、セレナがお湯の入った桶とタオルを差し出してきた。

 一言お礼を言って、当たり前のように受けとるソラに対して、エリアスには用途が分からず、不思議そうな顔をしていると、


「本当はお風呂に入れれば良いのですがね。この宿には無い設備ですから、こちらで体を拭いておいてください」


「まあ、仕方ないにゃ。時間あるときに行けるように、今度近くのお風呂屋さんを探しておこうか」


 何の迷いもなく服を脱ぎ出したソラを見て、状況反射で視線を横へ逸らした。一瞬、白く小さな背中が視界に映り込んだことに、思わず顔を赤くする。


「お前、男の前でなにやってんだっ!?」


「えぇ……さすがにそこまで演技する?」


 他者との交流自体が皆無だったのがこれまでの人生だ。もちろん、女性と交際した経験など存在しない。よって異性の裸への耐性もまた、皆無である。

 何を言っているのだとばかりの視線をソラから浴びせられるが、全力で意識の外に追い出している現状、それに気づくことも無かった。ともかく、半分混乱気味の頭をフル回転させて、


「小便行ってくる……!」


 生理現状を建前に部屋から逃げ出していった。取り残されたソラとセレナはその慌て方に顔を見合わせて苦笑する。しかし、直後にセレナが怪訝そうな顔つきで首を傾げた。豊満な胸の下で腕を組み、エリアスの出ていった部屋のドアを見つめて、


「本当に男の子みたいな反応でしたけど……まさか嘘や冗談じゃないとか」


「いやいや、無いでしょ。昼間の時に見たけど完璧に女の子だったし、性別をひっくり返す方法なんて存在しにゃいよ」


「……まあ、そうですよね。色々と複雑な事情があるように見えますから、これまでの環境の問題でしょうか」


 多少の疑問を残しつつも、勝手に納得する二人であった。





 ☆ ☆ ☆ ☆





「ったく、俺は男だって何度も言ってるだろ……」


 ブツブツと愚痴をこぼしながら、エリアスは宿の廊下を歩く。昨日からオスカルに吹き飛ばされ、『勇者』の力を奪われ、挙句の果てには肉体まで全くの別物に変化させられた。エリアスにとって、最悪な二日間だ。

 こんな不便な生活などいつまで送っていられる気がしない。必ず力と元の体を取り戻さなければならないだろう。ついでにあの男も殺してやる。


 そんな物騒なことを考えつつ階段を下り、宿一階のトイレの前へ到着。左に男性用トレイ。右に女性用トレイだ。迷わず左側のドアを開こうとして、さすがのエリアスも直前で踏みとどまる。


「やっぱりどうやっても女にしか思われねえのか……」


 自らの体を見下ろして、確かに存在を主張する胸の膨らみを見て、げんなり。その体が女物の服で着飾られているのを見て、さらに憂鬱。だからと言って、女性用のトイレに入るのも、自分が女だと認めてしまったようでエリアスのプライド的に厳しい。

 どうしようかと僅かに考えた結果、一瞬だけ顔を覗かせて誰もいなかった男性用のトイレを使用することにした。


「って、ダメだこりゃ。誰かいるな……」


 ドアの取っ手を掴んだ状態で意識を集中し、内側から人の気配を感じ取る。エリアスの鋭い感性は、何者かがトイレを利用していることを告げていた。とは言っても集中して初めて気が付くということは、妙に気配が薄いようだが──


「エ、エリアス……? 何やっているんだ?」


 ドアに手をかけたままだったのがいけなかった。内側からドアが開き、思わず仰け反ってしまったエリアスへ、中から出てきたレオンが奇怪そうな視線を向けてくる。その姿を見てどう言い訳するか迷ったものの、同時に納得もしていた。

 彼は優秀な冒険者、つまり戦闘員だ。常日頃から周囲に警戒の目を向けていても、何らおかしくはない。気配を捉えにくかったのもそれが原因だろう。


「な、なあ、君の事情にとやかく言うつもりは無いけど、女の子なんだから男子トイレの前に張り付くのはどうかと思うんだ」


「その事情が本当は男だってことなんだが……分かってる。んなこと信用できねえよな」


 言いづらそうに、それでも何とか言葉を絞り出したレオンを適当にあしらう。投げやりなエリアスの態度に気を悪くさせたと思ったのか、レオンは申し訳なさそうに肩を落とした。少々不憫な構図だが、丁寧な気遣いなどエリアスにできるわけがない。

 そのまま部屋に戻っていく彼の背中を黙って見送り、再び二つのドアの前に佇んだ。


「っん……やばい、漏れる」


 落ち着いたせいなのか、下半身がダムの決壊を警告してくる。尿意を感じてからあまりに早過ぎるそれは、体が縮んでしまったことが原因なのか。それとも性別の違いによるものなのか。エリアスには判断が付かないが、残された時間が少ないことだけは理解できた。

 左と右に心と視線を揺らし続ける。欲望に従えば左だが、客観的には右が正解だ。常識かプライドか迷いに迷って、


「ああ、ちくしょうッ! こっちが正解なんだろ!?」


 中に誰もいないことを確認してから女性用トイレに突撃していった。気が付けば尿意も限界寸前であり、無人のトイレを駆け足で進んで個室の中へと飛び込む。

 未だ動かし方に慣れていない自らの手にもどかしさを感じながら、ズボンのボタンを外した。そのまま脱いで後は出すものを出すだけであり──


「……っち!」


 何だか悪いことをしているような気分になり、一瞬自分が自分で嫌になる。エリアス自身の体なのに何故こうような気分になれなければならないのか。

 少女の大きな舌打ちの音が、誰かに聞かれることは無かった。





 ☆ ☆ ☆ ☆





「まだ顔赤いけど……大丈夫?」


「何でもねえよ」


 部屋に戻って早々、心配げなソラの質問を可能な限り意識の外に置いて、先ほど座っていたイスに腰かける。何だか無性に疲れを感じて、そのまま全体重をイスに任せていると、ふと床に放置していた寝巻が目に入った。

 何気なく手触りの良い素材で作られたそれを手に取ると、期待するような視線がソラから向けられることに気が付いた。エリアスからすればお断りしたいところだが、この生活がいつまでも続くか分からない現状、毎晩のように騒がられても面倒だろう。


「……おい、なんでそんなに見てるんだよ?」


「何々、照れてるにゃ? 恥ずかしいなら部屋の隅で着替えてもいいけど……」


「んなわけねえだろっ!!」


 何故か鼻息荒くエリアスを見つめるソラに嫌なものを感じた。会話能力では最底辺のエリアスはうまく丸め込められてしまったが、本来のエリアスは男である。

 別に裸を見られたところで何も喚く必要はあるまい。そう判断して服を脱ぎ出したが、


「…………」


「────」


 やはり気になるものは気になる。思わずセレナへ視線で助けを求めるが、彼女も楽しげに微笑を浮かべるだけ。こちらへ干渉する様子はまるで無い。

 いっそのこと殴って黙らせるか、と物騒な考えが頭を過るが、残念なことに今のエリアスでは一方的にソラに勝つことはできなかった。


 そのままどうすることもできず、黙って脱衣を開始する。肌の大部分が露になり──大事な部位を覆う下着が目に入った。

 昼間の買い物でソラとセレナに無理やり着せられたものだ。確かに身に付けていた方が安定して楽なのは認めるが、それでも羞恥心による精神的苦痛の方が大きい。


「俺は一体何やってるんだ……」


 嫌々ながらもソラとセレナに従ってしまった自分が情けなく感じてしまい、ついつい口に出したところでソラが桶とタオルを差し出してきた。


「身だしなみは大事だにゃ」


「……分かったよ」


 お湯にタオルをつけて適度に絞ると、腹部から順番に当てていく。さすがに、この程度のことなら男の時にもやっていた。汚いという単純な問題もあったが、何より衛生面で危険だからだ。

 故に慣れた手つきで体を磨こうと力を込めて、


「……いてっ!?」


 乱雑に扱われた肌から痛みを訴えられ、反射的に手を離してしまった。別に苛立ちを込めて特別に力を多く込めたなど、そういったことはしていない。

 普段通りの行いのはずなのに何がいけなかったのだろうか。眉をひそめて自身の体を見つめていると、隣からわざとらしいため息が聞こえてきた。その発生源に顔を向けると、エリアスを睨み付けるソラと眼が合う。


「まさかいっつもそんなやり方してるの? 当たり前だけど痛いだろうし、肌も傷ついちゃうよ。……その割にはずいぶん綺麗にゃんだけど」


 説教臭いことを好き勝手にエリアスに叩き付ける。最後の言葉は声量が小さすぎてうまく聞き取れなかったが、うるさい小言の類には違いない。

 昼間の時にも感じたことだが、エリアスの周囲からの扱いは完全に子供のそれだ。人間兵器とまで呼ばれた『勇者』であるエリアスからしてみれば、不快極まりなかった。


 そうした不満が顔に出てしまっていたのか。ソラがむっと唇を尖らされると、床に落ちたタオルを拾い上げて、


「ほら、あたしがやってあげるから加減を覚えて」


「いっ!? これぐらい自分でできるからやめろ!」


 前触れなくタオル越しに腹部に触れられて、奇妙なくすぐったさに変な悲鳴を上げると、ソラの手からタオルを無理やり奪い去った。クスクスと堪え切れない笑みを浮かべているソラを可能な限り意識から追い出しながら、今度は慎重な手つきで体を拭いていく。


 腹部を終わらせて腕に移り、こうしてみると分かることは、現在の体はあまりに貧弱なイメージしかないことだ。細く柔らかな腕は筋肉などまるで存在せず、きめ細かい肌は戦場とは無縁にしか思えない。

 その見た目通りの腕力しか有しておらず、筋力の不足は致命的。魔法による身体強化である程度なら補えるだろうが、その魔力さえも元の体とは比べ物にならないほど少なかった。


 それでも一般的な魔法使い以上には保有しているように感じるが、『勇者』であれば実質無限にあると言っても過言では無いのだ。平均以上はあると言っても、エリアスにとっては雀の涙である。


「はあ……これでいいんだろ?」


「できればもう少し丁寧にやって欲しいんにゃけど……まあ、今日はそれで良しとしよう」


 そうやって思考を働かせることで女性特有の部位に触れる邪念を吹き飛ばし、完遂するとソラへ投げやりに確認する。少々歯切れの悪い言い方ながらも、妥協点を認めてもらうとさっさと寝巻に袖を通した。

 何だかんだ言い訳していたが、貧弱な今の体をじっと見られることは恥ずかしいことに違いは無かったのだ。


「うんうん、可愛い。やっぱり綺麗な青い髪だし、水色とかそういうのが似合うよね」


「私とソラさんの眼に狂いはありませんね。買ってきて正解でした」


「似合うとか、どうでもいいとしか思えねえけどな」


 着替えも済み、ソラとセレナが口々に褒めてくるがエリアスは男である。例え体は少女でも魂は男である。カッコいい、逞しいと言われればまだ思うところもあるだろうが、可愛いと言われたところで喜ぶわけがない。

 そんな反応の薄い青髪の少女に頬を含まらせたソラは荷物の中から何かを取り出すと、エリアスの背後から肩に手を回した。突然の行動にエリアスが機嫌悪そうに視線を向けるのも気にせず、手の中の何か──手鏡をエリアスの顔が映る様に傾けた。


 そこに映るのは青髪、碧眼の少女が柔らかな水色の寝巻で身を包んでいる光景だ。機嫌悪そうに眼を細めつつも、整った顔立ちは十分に可愛らしいと言えるだろう。


「どう? 悪くないでしょ」


 満面の笑みでそう尋ねてくるソラの言葉を聞き流し、エリアスも鏡の中の自分の容姿をじっと見る。考えてみれば、昼間には着せ替え人形にされたことによる疲労感でまともに確認していなかったため、こうやってじっくりと現在の顔立ちを確認するのはこれが初めて。

 あまりに変わり切ってしまった顔は完全に年頃の少女の、もっと言えば美人な少女のものであり──


「あーあ。本当に情けねえ格好だな」


「え、ちょ……!?」


 嫌気が差してソラの腕をほどくと今度こそベッドへ倒れ込む。想像していた反応と違ったのか、困惑した視線を寝る態勢に入っているエリアスに向けて、それから訴えるようにセレナにも同じことを繰り返して、


「これは……矯正には骨が折れそうだにゃ」


「……ゆっくりやっていきましょう」


 エリアスの意識改善の難易度に、前途多難な道筋を幻視するソラとセレナであった。


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